イケメンが好きですか? いいえ、いけわんが好きなのです。

ぱっつんぱつお

文字の大きさ
65 / 87
いぬぐるい編

心に、瞳に、灯す

しおりを挟む

「貴女も……! みっともなくてよ! いくら貴女が他国の人間といえど恥ずかしいわ! この国の品位も疑われるじゃない!」
「そうですか? 気に触ったのでしたら謝ります、申し訳御座いません」
「ふんっ、素直なのはいい事だけど。さっさとそこから出て頂戴。水浴び場じゃないのよ? お猿さん」

 嫌味ったらしくアオイに投げ捨てるレイチェル王女。
 だが当のアオイは、どの種類の猿だろうかとそんな事気にも止めない。はい畏まりましたと返事をして、脱いだ靴まで歩き出す。すると、レイチェルは何かを思いついて己の顔を扇子で隠し、「あら。ちょっと待って」と自身の爪先を差し出した。
 ツン──と、アオイは躓く。
 予想通り、アオイは鏡の水の中。

「いてて~……」

 ドレスが水浸しだ。
 その様を見て、レイチェルは満足そうに言う。

「あら! ごめんなさぁい! わざとじゃないのよぉ? ただ、今日のドレスコードが気になっただけなのよぉ」

 にまにまと抑えきれない笑み。扇子で隠してはいるが、声と瞳が相手を嘲笑っていた。

「ドレスコード……?」

 まるでひざまずいているかの様なその姿に、王女は満足だった。ドレスもそんなに水浸しになっては直ぐに大ホールには戻れないだろう。ハモンド侯爵に心配かけまいと逃げ出すかも、いや、泣きつくかもしれない。
 例え泣きついたって、王女にはそんなこと関係無い。

「あぁ、全く! 私のドレスにまで水が散ったわ……! これから来賓の方々をおもてなしするというのに! 知ってて? 今日はあのラモーナ公国からも来賓されるのよ!?」
「は、はい、存じてます」

 勿論アオイが知らない訳がない。
 ラモーナの姫なのだから。

「ラモーナ公国の平和の象徴である緑と、蒼松国の象徴である松。その緑が今日のドレスコードよ!? もしかして知らずに来たのかしらぁ? だって、見るからに身に着けていないものねぇ?? 恥ずかしいわぁ、一度帰られたらどお?」

 きゃははは──!と、不快な高笑いが水面を揺らす。
 この様子がどうやらハモンド侯爵の目に入っていたようで、初めて出逢ったその時と変わらず、騎士のように駆けている。
 けれど、こんなの一人でだって立ち上がれる。
 私だって、貴女と同じ、姫なのよと、心に強く響かせて。

「厳密にいえば、」
「なぁに?」

 水を吸って、重くなったドレスを滴らせ、アオイは立ち上がった。

「ラモーナの緑は、風の精霊の緑です。平和の象徴である緑は、後から人間が付け足した意味」
「ッ何よ! 知ったかぶっちゃって……!」

 強い眼差しに、王女は気圧される。

「それに、ちゃんと身に着けていますよ」

 シンデレラがガラスの靴を履く時のように、優美なつま先。ほら、と靴のトゥを王女に見せた。
 トゥには大きくてまあるい、深い緑の、まるで夜の森を閉じ込めたような、そんな石が飾られていた。怜の裏地と、似たような色だった。

「身に着けているのなら、いいけど!?」

 王女は悔しくて悔しくて、扇子の下の顔は醜く歪んでいる。ふんっ、とそっぽを向いたと同時に現れるハモンド侯爵。

「アオイ……! 大丈夫かい!?」
「ルイ様! 全然平気ですよ!」

 心配そうに覗き込む瞳に、強い光を灯しながら見つめ返した。
 隣では二人のやり取りを知らん顔でひらひらと扇子を扇ぐ王女。ハモンド侯爵は怒りを覚え、アオイを見つめる時とは全く違う鋭い瞳で彼女を睨む。

「いくら王女といえど、やっていい事と悪い事があるのでは?」

 その言葉にピクリと反応するレイチェル。

「なぁに? 私が虐めたとでも言っているような口振りね?」
「では、アオイのドレスは何故こんなにも水浸しに?」
「この女が勝手に転んだのよ! 私には関係無いわ!」
「なッ、」
「それに! 私達は、ただ単に戯れていただけよ? ねぇ? アオイさん・・・・・?」

 弓形ゆみなりに細く笑った目がアオイに向けられる。「ねぇ?」ともう一言、念を押して。
 ハモンド侯爵は呆れるしかなかった。大きく溜め息をついて、首を横に振った。
 これがこの国の王女か、と。

「ええルイ様。その通りよ?」
「アオイ……!」

 アオイの言葉を聞いてレイチェルの目はより、細くなった。「正直に話してくれれば私がなんとかするよ……!」と説得するルイをも見下しながら。

「レイチェル様の言う通り、戯れていただけですから」
「だけど、ドレスが……!」
「ふふ、こんなの、少しも気にならないわ!」

 本当に気にもしていない顔で言うものだから、レイチェルの顔はまた、扇子の下で歪みはじめる。
 悲しい顔で名を呼び見つめるハモンド侯爵にアオイは微笑んで、「ほら、見てて」と鏡の中から飛び出した。
 そしてくるくると踊るように、纏うドレスをはためかせる。温かい風がアオイと遊ぶ。
 アオイが止まれば、風も止んだ──。

「え……?」
「すっかり乾いているでしょう?」
「な、」

 滴っていた重いドレスも、風のように軽くなっている。
 濡れた形跡すら無い。

「あら、ルイ様ったら。オーランドが魔法を使える国だってご存知でしょう?」
「あ、あぁ、けど……、」
「ふふっ、わたし、風の精霊に愛されてるの」
「ははっ、君って人は……!」

 無邪気に笑うアオイを見て、ルイもつられて笑った。

「ではレイチェル様。また」
「ッ、え、ええ……」

 目の前で堂々と見せられたものに、王女は黒目を小さくする事しかできなかった。
 何も、何も出来ない。何故あの女は、何事も無かったかのように振る舞えるのか。
(私が、まるでわたくしが、弄ばれているみたいじゃないの……ッ)
 レイチェルが暫くその場に立ち尽くしていると、「あの子は、なかなか簡単にはいかないでしょう?」と待ち合わせの人物。

「ッ怜様……」

 見てらしたのと、バツの悪い顔をする。
 怜も一部始終を目撃し、駆けつけようとしたがその足を止めたのだ。何故ならアオイのその瞳に灯ったものが見えたから。勿論ハモンド侯爵に先を越されたのは悔しいけれど。

 並んで歩くハモンド侯爵とアオイの背中を見つめながら、怜もまた、心に覚悟を灯したのだ──。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...