68 / 87
いぬぐるい編
心が汚れて
しおりを挟む一方、アオイ達はというと──。
「嗚呼、この手を離すのが名残惜しいね。本当に……」
ダンスホールとはまた別の大ホール。
人混みの中でそう呟くルイ·ハモンド侯爵の手は、アオイの両手をしっかりと包み込んでいた。
会食に使われるその大ホールの舞台上には、各国の王族達が座る席が用意されている。
〈王の間〉に入れるのは文字通り王族だけ。彼等がもてなしを受けている間に、皆会食の席へ着くのだ。
しかし王族を待っているその時間も無駄ではない。一秒でも多くビジネスの伝を広げたいし、結婚相手も探したい。
だいたいの参加者はそんなことが目的だ。けれどこれは蒼松国の伝統行事。己の知見を広げるための来国だからやましいことなど一切無い。
もちろん参加するにあたって身分証明や書類手続き等が必要なのだが。
因みに(他の参加者は知りたくないだろうが)アオイはパーティーに参加する気など毛頭無かったため自身では一切の手続きを行っていない。ハモンド侯爵が全て済ませたのだ。第一王子の幼馴染みという所謂“顔パス”で。
面倒事をすっ飛ばして平然と別の男とパーティーに出掛けるそんなアオイに、怜は素直に腹が立ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
会食が行われる大ホールには、等間隔に並べられた幾つもの丸いテーブル。多くの椅子が用意されているが、どの席でも舞台が見やすいようにと綺麗に配置されている。
舞台に近い席から放射状に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と順に並んでいる。準男爵や士爵は、更に端で一番奥のテーブル。
余談だがこの国での〈辺境伯〉は伯爵の下にあたる。世界大戦中は侯爵と同等の扱いだったのだが。平和とはある意味恐ろしいものだ。
他国用のテーブルの、舞台から遠く離れた男爵の席。
そこに案内され、アオイは席に着いたのだが、ハモンド侯爵が手を離してくれない。
「ルイ様ったら、あと十五分で始まりますよ」
「はぁ……。ああ、君一人を残してなんて……隣に座らせたいぐらいだけど、仕方無い、諦めるしかないか」
「んふふ、はい! 諦めて下さい! また、後で」
兄より過保護なハモンド侯爵。彼は名残惜しそうに視線を残すので可愛らしく手を振った。
「アオイ様っ! やっとここでお会いできましたね!」
ハモンド侯爵が見えなくなった頃、後ろから声を掛けてきたのは青竹色のレースのドレスを纏ったアリスだった。その後ろには娘をエスコートするクリスの姿。
「アリス様! んもう広すぎて全然会わなかったですね!」
「本当に全くです!」
「人も多くって驚いちゃった」
「そりゃあ自国の貴族だけでも百八家、それに加え他国の方々も来られてますからねぇ。多過ぎです……酔います……」
「あはは……その内の一人です、お邪魔してます……」
「あっ……! ア、アオイ様は別ですっ……! むしろ居てくださいっ……!!」
アリスが一生懸命取り繕う様子に、父クリスはなんとも優しい顔。娘の元気な姿が本当に嬉しいのだろう。
アオイも、そんなクリスの表情にほっこりした。
「ほらアリス、私達も早く席に着かないと」
「え!? あ、そうね、本当だわ」
「行って行って! また後でね! まぁまた会えるか分からないけれどね!」
「ふふ! ええ! 会えるか分からないけれど!」
ハモンド侯爵のときと同じように手を振って見届ける。
ただ侯爵のテーブルより格下なだけあって辺境伯のテーブルは然程離れてはいなかった。
二人とも席はあそこね、会食が終わったらお喋りでもしに行こうかなと、そのテーブルを何となく眺めていた。
すると親娘は同じテーブルの誰かに挨拶をする。ああそうだった。あそこは狼森家、辺境伯のテーブルなのだ。
その黄金の髪を瞳で捉えれば、はた──、と時が止まる。
分からない。外せばいいのに、目線を。どうしても、瞳が、捉えれて離さない。
“彼”は隣のテーブルに座る他国の女性と話しているようだ。唇が重なってしまうのではないかと思う程、顔を近付けて。
一体あれは誰だ。紅華国の服装のようだけれど。
二人は、どんな事を話しているのだろう。
何かが、込み上げる。
何だろうか。何というのだろうか、この感情は。
とても醜い感情が、奥から滲み出るように溢れてくる。
もっと綺麗で居たいのに。どんどん汚れていく気がする。得体の知れぬこの感情のせいで。
自分でも誇れるぐらいのこの心が、汚れていく──。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される
水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。
行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。
「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた!
聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。
「君は俺の宝だ」
冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。
これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる