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第1話:苦手な優等生(10)

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夜の魔法のせいだろうか。

いつも怒られてばかりで、
苦手だった西森に対してドキッとするなんて・・・

この雰囲気はやばい。

なんか危ない方向に連れていかれそうな気がして、
おれはあわててしゃべり出す。

「星が好きなんですね、って、おれを誰だと思ってるんだよ。
これでも一応、地学教師だぞ」

すると西森がクスクスと笑った。

「あ、そうでしたね、地学担当でした。
でも、あまり先生っぽくなかったので、
とりあえず『公務員』である教師を選んで適当に就職したのかと思いました。」

「おいおい、失礼な言い方だな」

ちょっと憤慨してみせたが、
西森の言っていることもあながち外れではないので、
冷や汗が出てしまった。

西森は続ける。

「だって本当に先生っぽくないじゃないですか。
いつもヨレヨレのTシャツに白衣着て、
生徒達からは完全になめられているし、
授業の仕方もあまりスムーズじゃないし。
やる気あるのかな、っていつもイライラしていました。」

ああ・・・、
さっき西森のことを一瞬でも「かわいい」と思ってしまった自分を
今さらながら後悔している。

やっぱりこれが西森だ。

ま、別にこれで構わないが、
お昼に続き、夜に再びクレームがくるとは・・・。

がっくり肩を落としながら天体望遠鏡を組み立てていると、
「でも、星が好きだから地学教師になったんですよね。
そんなふうに夢があって、
将来の仕事を決められるって正直、うらやましいです」
と西森が言った。

「え?西森には夢とかないのか?」

「夢・・・というか、
親の希望で、将来は『国家公務員』になりたいと思ってます」

西森らしい・・・。
なんて堅実で安定志向の強い夢なんだ。
たぶん西森なら軽く叶えられるだろう。

でも・・・
なんかちょっと寂しい。

おれが西森の人生に対して
とやかく言う権利なんてこれっぽっちも無いのだが、
でも黙っていられなかった。 

「それは親の希望であって、西森の夢ではないんだろ?
何かないのか?
これが好きだから、こういう職業に就きたいっていう夢が」

と、おれが熱く聞くと西森は
「特にないです」
と即答した。

なんだ、その冷めた答えは!

まだ17歳という若さなのに、夢が無いなんて言うなよ!

80歳超えたご年配の方でも『わしゃ、まだまだ夢がある』って
言う人もたくさんいる時代だぞ!

そりゃ安定した将来は大事だ。

でも、たった一度の青春時代、
この年でしか味わえないキラキラした時間を
おまえは過ごさないまま大人になるのか?

そんなのもったいないだろ!

そう考えると、おれは思わず叫んでいた。 

「じゃあ、何か他にないのか?
勉強以外で興味があることは?
例えば恋愛とか!」

すると西森は、
「恋愛なんて全く興味ないですね」
と、そっけなく言った。

おれは「うん、そうですよね」と心の中でうなずく。

熱くなっていた自分を急速冷凍させるぐらい
返しの言葉は冷めていた。 

さらに 西森は続ける。

「だって、親から『恋愛なんて勉強の邪魔だ』って言われてますから 。
それに・・・」

「それに?」

西森はちょっとモジモジしながらも、
「男の人が女の人と付き合うのは体目的だって、
何かの本に書いているのを読んだのですが、
先生、それは本当なんですか?」
と、超ストレートに『答えにくい質問』をおれにぶつけてきた。

西森!
おまえ何の本を読んだんだよ!
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