贖罪の救世主

水野アヤト

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第四話 リクトビア・フローレンス

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 日も暮れて、今日も夕食の時間帯を迎える。
 城には帝国軍兵士専用の食堂があり、訓練や勤務を終えた大勢の兵士たちは、この場で食事しようと集まるのである。兵士たちの中には、城外の食堂や酒場に行く者もいるが、この食堂の料理の味は、兵士たちに人気がある。
 一日の消費したエネルギーを、美味い料理で補給しようと、今日も食堂は賑わいを見せていた。
 部屋はとても広く、長いテーブルや椅子が沢山設置され、一度に大勢が食事できるように、軍の食堂は作られている。しかしこの広い食堂には、一般兵士が座ってはいけない、暗黙の了解のある席があった。
 誰かが決めたわけではない。ただ、そこにいつも座る者たちは、帝国軍参謀長直属の配下であり、兵士たちは敬意を払って、座らないようにと決めているのだ。
 そして今日もまた、広い食堂のその一角には、変わらない面子が座っていた。

「あむあむ、もぐもぐ、ごきゅごきゅ、ごくごくごくごく・・・・・」
「ばくばくばくばくばく、ごくごくごくごくごく・・・・・・」
「お前ら食い過ぎなんだよ。少しは行儀よく食えねぇのか」
「まあまあいつもの事やんか、気にしてたら切り無いで」

 食事をするいつもの面子。席に座っているのは、レイナ、クリス、シャランドラ、ゴリオン、エミリオ、ヘルベルトであった。皆一様に食事の最中である。
 テーブルには料理が並んでいるが、これらは用意されたものではない。軍の食堂であるから、料理は自分で取りに行かなくてはならない。
 料理を自分の使う席まで運ぶための、食堂の入り口近くに用意されているトレイを持ち、順番に並んで料理を取る。トレイに皿を置き、そこへ自分の食べたい分だけ、大きな鍋などから料理をよそう。料理によっては、担当の調理師によそって貰うなどして、トレイに料理を集めて、席へと向かうのだ。
 そうなると、必然的にとんでもない量の料理を皿に盛る、とんでもない人間が二人出てくる。当然レイナとゴリオンだ。
 およそ普通の少女が、摂取する量ではない盛り付けの料理皿を、数十秒の内に空にするレイナ。さらに、超大食い少女レイナを上回る量の盛り付け料理を、これまた数十秒の内に空にするゴリオン。
 見ているだけで満腹になってしまいそうな量を、まるで競争するかのように平らげていく二人に、剣士クリスティアーノは我慢できない。

「お前らはもっと食事の作法を勉強しやがれ。食い意地張り過ぎなんだよ馬鹿が」
「ばくばく、ごっくん。何を言うのだ破廉恥剣士。私は今日の料理に残飯が出ないよう、全力で料理と戦っているだけだ。決して馬鹿ではないぞ、ぱくぱくぱく・・・・・」
「オラはここの飯好きなんだな。だからいっぱい食べたいだよ」
「ゴリオン仕方ないやろな。なんせその巨体やし」
「この際ゴリオンはいいとしてもだ、この脳筋槍女には我慢ならねぇ。わけわからん言い訳しゃべりやがって」

 自分が気に入らない、犬猿の仲の彼女を睨みつつ、自らの食事を再開するクリスは、周りにいる者たちの中では、最も食事のマナーが完璧であった。普段は口調が荒く、粗暴な印象を周りに与えるのだが、食事する姿には気品がある。
 剣の技でも歩き方でも、彼には育ちの良さそうな気品があるのだ。口調さえ直せば、何処かの国の若き王子にでも見えることだろう。

「クリスはどこでその作法を覚えたんだい?」
「昔ちょっとな。お前も俺ほどじゃないが、作法は習ってるみたいだな」

 クリスの次に食事作法がわかっているのは、帝国軍の頭脳派軍師エミリオである。
 ちなみに、作法は完璧なクリスだが、レイナやゴリオン程ではないにしろ、食事の量は多い。彼のトレイに載っている皿の料理は、全皿大盛りであった。

「私も君と同じで昔教えて貰ったのさ。それにしても、帝国軍武闘派筆頭はよく食べるね」
「もぐもぐもぐ・・・・、腹が減っては戦ができぬと言うだろう。破廉恥剣士と違って、私は日々の鍛練を怠ってはいないからお腹が空くのだ」
「調子のんなよ、俺は脳筋と違って頭を使うんだ。だから余計に腹が減るんだよ」
「何だと、貴様は私が頭を使っていないと言いたいのか」
「事実だろうが、大食い脳筋槍女」

 食事の手を止め睨み合い、火花を散らす武闘派二人。犬猿の仲の二人は、これで今日二度目の喧嘩である。
 これでも、いつもよりは少ない方だ。

「け、喧嘩はよくないだよ。やめるだよ二人とも」
「どうせいつものことだ。ほっときゃいい」
「そういえばヘルベルトさん、他の方たちはどちらに?」
「あいつらは俺をおいて酒場に行きやがった。俺が調査で忙しくしてる隙にな」
「何の調査してたんや?」
「今はまだ秘密だ。参謀長命令で他言無用なんだよ」
「どうせろくなことやないんやろ?リックの参謀長命令はそんなんばっかやし」

 リックが参謀長命令だと言って命令する時は、大抵真面目なことではない。仲間たちにおいていかれたヘルベルトは、リックの命令で、例のラブレターの女兵士を調査していた。その調査に時間がかかり、終えて戻って見れば誰もいない。聞くところによれば、彼らはヘルベルトをおいて、酒場に行ってしまったと言うのだ。
 調査を終えたら仲間たちを誘い、久しぶりに飲みに行こうと考えていた彼は、もうどうでもよくなり、ふらりと食堂へ足を運んで、現在に至る。
 ラブレターの送り主の調査という、「そんなことは自分でやれ」と言いたくなるような、職務とは全く関係ない調査だ。正直面倒くさい。
 このような命令を、参謀長の権限を利用して下すのである。された側からすれば、面倒くさくて困る。明らかに職権乱用だ。

「また喧嘩をしているのか。ここは食堂だ、外でやれ」

 口喧嘩を始め、今にも殴り合いに発展しそうであった、レイナとクリスの前に、本来この食堂を利用しない、騎士団長メシアが現れた。手にはトレイを持ち、その上には、山盛りに積まれた料理の数々が載っている。
 彼女は騎士団であるため、普段は騎士団専用の食堂を利用するのだが、偶にリックと一緒に、この場へ来ることもあった。しかし、今日はリックはおらず、彼女一人だ。

「メシア騎士団長、私たちに何かご用ですか?」

 エミリオにはすぐにわかった。彼女は自分たちに、話があって現れたのだと。
 気まぐれで動くことのない彼女が、用も無しに自分たちの前に現れるとは、考えられなかったのだ。
 そして、彼女の用事には心当たりがあった。

「そうだ、話があってここまで来た。その前に、座ってもいいか?」
「どうぞどうぞや。うちの隣空いてるで」

 勧められるまま、シャランドラの隣に座ったメシアは、山盛りの料理が載ったトレイを、テーブルに置く。その量は、レイナが普段食べる量を上回っている。ここにも、帝国の大食いファイターがいたようだ。

「率直に聞く。お前たちはイヴのことをどう見る?」

 そう、イヴ・ベルトーチカのことである。リックが連れてきて以来、銃に随分とご執心な彼は、新兵器開発実験場で、毎日射撃をして過ごしている。それは今日も変わらない。
 そんなイヴに、大層ご執心なのがリックである。いつもの悪い癖で、気に入ってしまった人間が、欲しくて堪らないのだ。いつリックが、「お前が欲しい!」と言ってしまうか、彼女はそれを危惧しているのだろう。

「あの女装男子か。あんなの気に入るなんて、ほんとあいつは趣味が悪いぜ」
「銃の扱いは見事だと思います。ですが・・・・・」
「レイナっちはまだ信用してないんやな。うちは結構気に入ってるで、銃使いこなしてくれるし」

 信用していないのは、メシアも同じである。だからこそ、気を付けろと彼女はリックに言ったのだ。
 リックがイヴにご執心なのが、クリスは気に入らないのである。男同士の恋愛に興味はないと、常に宣言しているリックは、今回女の子のような男の子であるイヴに迫られ、とても満足そうな表情を見せている。
 リックに惚れているクリスからすれば、それは面白くないことだ。故にイヴのことを嫌っている。
 レイナは初めから彼女を警戒しているため、百発百中の腕前を認めてはいるものの、イヴを信用できないでいた。
 対してシャランドラは、イヴのおかげで、現在の銃の問題点などを見つけ、新型開発に役立てているため、寧ろ気に入っているのだ。

「女装男子の素性を調べる必要はあるな」
「まあ、隊長が気に入ってる限り、俺たちは手が出せませんぜ。勝手に尋問なんかしたら、後がやばそうだ」
「そうですね。一番良い手は、彼を捕えて尋問することでしょう。勿論、やり方を間違えなければですが」
「エミリオ、他に確かめる手はないのか?」
「リックに知られることなく、イヴ・ベルトーチカの正体を確かめる方法。時間をかけるならいくつかありますが、短時間の内にというのなら、やはり尋問しかありません。尋問ならば薬物を使うことにより、短時間で吐かせることも可能でしょう」
「どんな方法にしろ、時間をかけりゃあその内隊長に気付かれちまうからな。自白剤使った尋問が妥当か」

 軍師であるエミリオもまた、イヴのことを信用してはいなかった。
 独自に調査し、彼が何者なのか探っていたが、特に怪しい点は見つけられない。男であることを除けば、何処にでもいる、娼婦であることしかわからなかった。
 しかし、怪しい点が見つけられなかったからと言っても、簡単に信用してしまうのは、軍師という立場上許されない。主であるリックが信用しているからと、自分までそうなってしまえば、最悪の場合を、未然に防ぐことができないのである。
 一番良い方法は、彼を今すぐにでも捕まえ、尋問して何者かを吐かせる方法だろう。
 少々荒っぽいが、確実性はある。エミリオの考えとしては、メシアと同じように、イヴは危険な存在であると考えている。故に確かめたいのだ。
 だが、独断で動くわけにはいかない。もし、確証もないままイヴを捕まえ、薬物を使用する尋問を行なったことが知れれば、確実にリックは、烈火の如く激怒するだろう。
 だからこそ、誰もイヴに手が出せずにいる。

「お恥ずかしい話です。皆、リックに嫌われたくないから、こうして見守るしかないのです。私も含めてですが、本当に情けない」
「そうか」

 メシアを除き、ここに集まる皆は、リックによって集められた者たちである。皆彼に魅せられ、配下となることを良しとした。皆それぞれの目的や考えがあるのだが、リックに特別な思いがあるのもまた、事実である。
 彼は皆を気に入り、皆は彼を思う。その関係であるからこそ、今回の場合、彼のお気に入りに手を出すことができずにいる。下手に手を出せば、自分たちの特別な存在を傷つけ、自分たちも傷ついてしまうからだ。
 今回と似たようなことは、エミリオが帝国の軍師となった時にもあった。
 その時はレイナとクリスが、素性の知れない男を、いきなり軍師にしたことに反対し、リックを説得しようとした。しかし彼は強情で、自分の気に入ったエミリオに、病気的にご執心であった。
 どうしようもなくなり、最後の手段として、メシアに何とかして貰おうと、二人で頼み込んだ程だ。
 その時はメシアが、エミリオとほんの少しだけ会話をし、「この男は大丈夫だ」と一言、レイナとクリスに伝えて終わった。二人はその時渋々納得したのだが、エミリオは特に怪しいこともなく、現在もリックと帝国のために力を尽くしている。
 彼女が言った通り、エミリオは大丈夫であった。だが、今回は違う。
 彼女はヘルベルトがいる時にも言った。あの男には気を付けろと。
 そして今も、彼女は皆の前で、イヴのことをどう思うのかを聞いたのだ。
 このように彼女が聞くということは、イヴには何かがあることを意味する。それも、リックの身に危険が及ぶ可能性だ。

「オラは、あの子を疑いたくないだよ」
「何だよゴリオン。じゃあお前は、リックに万が一があってもいいのかよ」
「オラ、リックが気に入った子を疑うなんてできないだよ。リックが連れてきた子なら、オラたちの仲間なんだな。仲間は疑えないだよ」

 ゴリオンのその言葉は、リック配下の者たちの胸に突き刺さる。
 その言葉は正しい。故に反論できなかった。

「ならば、あの男がリックに刃を向けるようなことがあれば、お前はどうする?」
「決まってるだよ騎士団長。その時は、みんなでリックを守ればいいんだな」

 ゴリオンは簡単なことだと言わんばかりに、当然の如く言い放つ。
 何が来ようとも、配下である自分たちが守ればいいというのは、確かに間違ってはいない。レイナやクリスなどは、無論そのつもりである。
 だとしても、場合によっては守りきれないこともあるだろう。それが怖いのだ。

「お前の言う通りだ。他の者たちもわかっているのだろう?」
「わかっています。しかし・・・・・」
「どんな時も、どんな状況であろうとも、リックを守れるのはお前たちしかいない。難しいことを考えるな」

 ようやくここにいる者たちは、メシアの言いたいことを理解できた。
 彼女はただ、多くを考えず、一つのことに集中しろと言いたいのだ。リックに何が起ころうとも、守ることだけを常に考えろと言っている。
 リックがどんな選択をしようと、どんな人間を仲間に加えようとも関係ない。常に、全力で守れと言っているのだ。

「ところでリックはどうした。今日はここで食事をしないのか?」
「うちがさっき誘ったんやけど、イヴと一緒に食事するとかで断られてもうた。今頃二人でどっか行っとるんやないか」
「何故それを先に言わん!?」
「やべぇぞ、こんなところでのん気に飯食ってる場合じゃねぇ!!」

 急いで残りの料理をかきこんでいく二人。そんなに急ぐのならば、いっそ残してしまってもいいのではと思うのだが、残さず食べようとするところが面白い。レイナはそうだが、意外にクリスも真面目な性格をしている。
 リックとイヴを二人きりにしてしまうのは危険だ。
 急がなければ、先程話していた、万が一が起こってしまうかも知れない。

「どうした二人とも、大食い選手権の真っ最中か?」
「「ぶっううううーーーーーーー!?」」
「うわっ!?なんで吹き出しとんのや二人とも!」

 急いで守りにいかなければと、早食いしていたにも関わらず、目の前に守護しなければならない対象が現れた。イヴに誘いを断られたリックが、食堂で夕食を食べるために現れたのだ。
 驚き、思わず口に含んでいた食べ物を吹き出してしまった二人。正直汚い。
 何故、二人が吹き出したのか理解できないリックには、頭の上に、はてなマークが浮かんでいる。

「まったく・・・・、何やってんだよ二人とも。俺の顔見て驚くな」
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