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第四話 リクトビア・フローレンス
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日も暮れて、今日も夕食の時間帯を迎える。
城には帝国軍兵士専用の食堂があり、訓練や勤務を終えた大勢の兵士たちは、この場で食事しようと集まるのである。兵士たちの中には、城外の食堂や酒場に行く者もいるが、この食堂の料理の味は、兵士たちに人気がある。
一日の消費したエネルギーを、美味い料理で補給しようと、今日も食堂は賑わいを見せていた。
部屋はとても広く、長いテーブルや椅子が沢山設置され、一度に大勢が食事できるように、軍の食堂は作られている。しかしこの広い食堂には、一般兵士が座ってはいけない、暗黙の了解のある席があった。
誰かが決めたわけではない。ただ、そこにいつも座る者たちは、帝国軍参謀長直属の配下であり、兵士たちは敬意を払って、座らないようにと決めているのだ。
そして今日もまた、広い食堂のその一角には、変わらない面子が座っていた。
「あむあむ、もぐもぐ、ごきゅごきゅ、ごくごくごくごく・・・・・」
「ばくばくばくばくばく、ごくごくごくごくごく・・・・・・」
「お前ら食い過ぎなんだよ。少しは行儀よく食えねぇのか」
「まあまあいつもの事やんか、気にしてたら切り無いで」
食事をするいつもの面子。席に座っているのは、レイナ、クリス、シャランドラ、ゴリオン、エミリオ、ヘルベルトであった。皆一様に食事の最中である。
テーブルには料理が並んでいるが、これらは用意されたものではない。軍の食堂であるから、料理は自分で取りに行かなくてはならない。
料理を自分の使う席まで運ぶための、食堂の入り口近くに用意されているトレイを持ち、順番に並んで料理を取る。トレイに皿を置き、そこへ自分の食べたい分だけ、大きな鍋などから料理をよそう。料理によっては、担当の調理師によそって貰うなどして、トレイに料理を集めて、席へと向かうのだ。
そうなると、必然的にとんでもない量の料理を皿に盛る、とんでもない人間が二人出てくる。当然レイナとゴリオンだ。
およそ普通の少女が、摂取する量ではない盛り付けの料理皿を、数十秒の内に空にするレイナ。さらに、超大食い少女レイナを上回る量の盛り付け料理を、これまた数十秒の内に空にするゴリオン。
見ているだけで満腹になってしまいそうな量を、まるで競争するかのように平らげていく二人に、剣士クリスティアーノは我慢できない。
「お前らはもっと食事の作法を勉強しやがれ。食い意地張り過ぎなんだよ馬鹿が」
「ばくばく、ごっくん。何を言うのだ破廉恥剣士。私は今日の料理に残飯が出ないよう、全力で料理と戦っているだけだ。決して馬鹿ではないぞ、ぱくぱくぱく・・・・・」
「オラはここの飯好きなんだな。だからいっぱい食べたいだよ」
「ゴリオン仕方ないやろな。なんせその巨体やし」
「この際ゴリオンはいいとしてもだ、この脳筋槍女には我慢ならねぇ。わけわからん言い訳しゃべりやがって」
自分が気に入らない、犬猿の仲の彼女を睨みつつ、自らの食事を再開するクリスは、周りにいる者たちの中では、最も食事のマナーが完璧であった。普段は口調が荒く、粗暴な印象を周りに与えるのだが、食事する姿には気品がある。
剣の技でも歩き方でも、彼には育ちの良さそうな気品があるのだ。口調さえ直せば、何処かの国の若き王子にでも見えることだろう。
「クリスはどこでその作法を覚えたんだい?」
「昔ちょっとな。お前も俺ほどじゃないが、作法は習ってるみたいだな」
クリスの次に食事作法がわかっているのは、帝国軍の頭脳派軍師エミリオである。
ちなみに、作法は完璧なクリスだが、レイナやゴリオン程ではないにしろ、食事の量は多い。彼のトレイに載っている皿の料理は、全皿大盛りであった。
「私も君と同じで昔教えて貰ったのさ。それにしても、帝国軍武闘派筆頭はよく食べるね」
「もぐもぐもぐ・・・・、腹が減っては戦ができぬと言うだろう。破廉恥剣士と違って、私は日々の鍛練を怠ってはいないからお腹が空くのだ」
「調子のんなよ、俺は脳筋と違って頭を使うんだ。だから余計に腹が減るんだよ」
「何だと、貴様は私が頭を使っていないと言いたいのか」
「事実だろうが、大食い脳筋槍女」
食事の手を止め睨み合い、火花を散らす武闘派二人。犬猿の仲の二人は、これで今日二度目の喧嘩である。
これでも、いつもよりは少ない方だ。
「け、喧嘩はよくないだよ。やめるだよ二人とも」
「どうせいつものことだ。ほっときゃいい」
「そういえばヘルベルトさん、他の方たちはどちらに?」
「あいつらは俺をおいて酒場に行きやがった。俺が調査で忙しくしてる隙にな」
「何の調査してたんや?」
「今はまだ秘密だ。参謀長命令で他言無用なんだよ」
「どうせろくなことやないんやろ?リックの参謀長命令はそんなんばっかやし」
リックが参謀長命令だと言って命令する時は、大抵真面目なことではない。仲間たちにおいていかれたヘルベルトは、リックの命令で、例のラブレターの女兵士を調査していた。その調査に時間がかかり、終えて戻って見れば誰もいない。聞くところによれば、彼らはヘルベルトをおいて、酒場に行ってしまったと言うのだ。
調査を終えたら仲間たちを誘い、久しぶりに飲みに行こうと考えていた彼は、もうどうでもよくなり、ふらりと食堂へ足を運んで、現在に至る。
ラブレターの送り主の調査という、「そんなことは自分でやれ」と言いたくなるような、職務とは全く関係ない調査だ。正直面倒くさい。
このような命令を、参謀長の権限を利用して下すのである。された側からすれば、面倒くさくて困る。明らかに職権乱用だ。
「また喧嘩をしているのか。ここは食堂だ、外でやれ」
口喧嘩を始め、今にも殴り合いに発展しそうであった、レイナとクリスの前に、本来この食堂を利用しない、騎士団長メシアが現れた。手にはトレイを持ち、その上には、山盛りに積まれた料理の数々が載っている。
彼女は騎士団であるため、普段は騎士団専用の食堂を利用するのだが、偶にリックと一緒に、この場へ来ることもあった。しかし、今日はリックはおらず、彼女一人だ。
「メシア騎士団長、私たちに何かご用ですか?」
エミリオにはすぐにわかった。彼女は自分たちに、話があって現れたのだと。
気まぐれで動くことのない彼女が、用も無しに自分たちの前に現れるとは、考えられなかったのだ。
そして、彼女の用事には心当たりがあった。
「そうだ、話があってここまで来た。その前に、座ってもいいか?」
「どうぞどうぞや。うちの隣空いてるで」
勧められるまま、シャランドラの隣に座ったメシアは、山盛りの料理が載ったトレイを、テーブルに置く。その量は、レイナが普段食べる量を上回っている。ここにも、帝国の大食いファイターがいたようだ。
「率直に聞く。お前たちはイヴのことをどう見る?」
そう、イヴ・ベルトーチカのことである。リックが連れてきて以来、銃に随分とご執心な彼は、新兵器開発実験場で、毎日射撃をして過ごしている。それは今日も変わらない。
そんなイヴに、大層ご執心なのがリックである。いつもの悪い癖で、気に入ってしまった人間が、欲しくて堪らないのだ。いつリックが、「お前が欲しい!」と言ってしまうか、彼女はそれを危惧しているのだろう。
「あの女装男子か。あんなの気に入るなんて、ほんとあいつは趣味が悪いぜ」
「銃の扱いは見事だと思います。ですが・・・・・」
「レイナっちはまだ信用してないんやな。うちは結構気に入ってるで、銃使いこなしてくれるし」
信用していないのは、メシアも同じである。だからこそ、気を付けろと彼女はリックに言ったのだ。
リックがイヴにご執心なのが、クリスは気に入らないのである。男同士の恋愛に興味はないと、常に宣言しているリックは、今回女の子のような男の子であるイヴに迫られ、とても満足そうな表情を見せている。
リックに惚れているクリスからすれば、それは面白くないことだ。故にイヴのことを嫌っている。
レイナは初めから彼女を警戒しているため、百発百中の腕前を認めてはいるものの、イヴを信用できないでいた。
対してシャランドラは、イヴのおかげで、現在の銃の問題点などを見つけ、新型開発に役立てているため、寧ろ気に入っているのだ。
「女装男子の素性を調べる必要はあるな」
「まあ、隊長が気に入ってる限り、俺たちは手が出せませんぜ。勝手に尋問なんかしたら、後がやばそうだ」
「そうですね。一番良い手は、彼を捕えて尋問することでしょう。勿論、やり方を間違えなければですが」
「エミリオ、他に確かめる手はないのか?」
「リックに知られることなく、イヴ・ベルトーチカの正体を確かめる方法。時間をかけるならいくつかありますが、短時間の内にというのなら、やはり尋問しかありません。尋問ならば薬物を使うことにより、短時間で吐かせることも可能でしょう」
「どんな方法にしろ、時間をかけりゃあその内隊長に気付かれちまうからな。自白剤使った尋問が妥当か」
軍師であるエミリオもまた、イヴのことを信用してはいなかった。
独自に調査し、彼が何者なのか探っていたが、特に怪しい点は見つけられない。男であることを除けば、何処にでもいる、娼婦であることしかわからなかった。
しかし、怪しい点が見つけられなかったからと言っても、簡単に信用してしまうのは、軍師という立場上許されない。主であるリックが信用しているからと、自分までそうなってしまえば、最悪の場合を、未然に防ぐことができないのである。
一番良い方法は、彼を今すぐにでも捕まえ、尋問して何者かを吐かせる方法だろう。
少々荒っぽいが、確実性はある。エミリオの考えとしては、メシアと同じように、イヴは危険な存在であると考えている。故に確かめたいのだ。
だが、独断で動くわけにはいかない。もし、確証もないままイヴを捕まえ、薬物を使用する尋問を行なったことが知れれば、確実にリックは、烈火の如く激怒するだろう。
だからこそ、誰もイヴに手が出せずにいる。
「お恥ずかしい話です。皆、リックに嫌われたくないから、こうして見守るしかないのです。私も含めてですが、本当に情けない」
「そうか」
メシアを除き、ここに集まる皆は、リックによって集められた者たちである。皆彼に魅せられ、配下となることを良しとした。皆それぞれの目的や考えがあるのだが、リックに特別な思いがあるのもまた、事実である。
彼は皆を気に入り、皆は彼を思う。その関係であるからこそ、今回の場合、彼のお気に入りに手を出すことができずにいる。下手に手を出せば、自分たちの特別な存在を傷つけ、自分たちも傷ついてしまうからだ。
今回と似たようなことは、エミリオが帝国の軍師となった時にもあった。
その時はレイナとクリスが、素性の知れない男を、いきなり軍師にしたことに反対し、リックを説得しようとした。しかし彼は強情で、自分の気に入ったエミリオに、病気的にご執心であった。
どうしようもなくなり、最後の手段として、メシアに何とかして貰おうと、二人で頼み込んだ程だ。
その時はメシアが、エミリオとほんの少しだけ会話をし、「この男は大丈夫だ」と一言、レイナとクリスに伝えて終わった。二人はその時渋々納得したのだが、エミリオは特に怪しいこともなく、現在もリックと帝国のために力を尽くしている。
彼女が言った通り、エミリオは大丈夫であった。だが、今回は違う。
彼女はヘルベルトがいる時にも言った。あの男には気を付けろと。
そして今も、彼女は皆の前で、イヴのことをどう思うのかを聞いたのだ。
このように彼女が聞くということは、イヴには何かがあることを意味する。それも、リックの身に危険が及ぶ可能性だ。
「オラは、あの子を疑いたくないだよ」
「何だよゴリオン。じゃあお前は、リックに万が一があってもいいのかよ」
「オラ、リックが気に入った子を疑うなんてできないだよ。リックが連れてきた子なら、オラたちの仲間なんだな。仲間は疑えないだよ」
ゴリオンのその言葉は、リック配下の者たちの胸に突き刺さる。
その言葉は正しい。故に反論できなかった。
「ならば、あの男がリックに刃を向けるようなことがあれば、お前はどうする?」
「決まってるだよ騎士団長。その時は、みんなでリックを守ればいいんだな」
ゴリオンは簡単なことだと言わんばかりに、当然の如く言い放つ。
何が来ようとも、配下である自分たちが守ればいいというのは、確かに間違ってはいない。レイナやクリスなどは、無論そのつもりである。
だとしても、場合によっては守りきれないこともあるだろう。それが怖いのだ。
「お前の言う通りだ。他の者たちもわかっているのだろう?」
「わかっています。しかし・・・・・」
「どんな時も、どんな状況であろうとも、リックを守れるのはお前たちしかいない。難しいことを考えるな」
ようやくここにいる者たちは、メシアの言いたいことを理解できた。
彼女はただ、多くを考えず、一つのことに集中しろと言いたいのだ。リックに何が起ころうとも、守ることだけを常に考えろと言っている。
リックがどんな選択をしようと、どんな人間を仲間に加えようとも関係ない。常に、全力で守れと言っているのだ。
「ところでリックはどうした。今日はここで食事をしないのか?」
「うちがさっき誘ったんやけど、イヴと一緒に食事するとかで断られてもうた。今頃二人でどっか行っとるんやないか」
「何故それを先に言わん!?」
「やべぇぞ、こんなところでのん気に飯食ってる場合じゃねぇ!!」
急いで残りの料理をかきこんでいく二人。そんなに急ぐのならば、いっそ残してしまってもいいのではと思うのだが、残さず食べようとするところが面白い。レイナはそうだが、意外にクリスも真面目な性格をしている。
リックとイヴを二人きりにしてしまうのは危険だ。
急がなければ、先程話していた、万が一が起こってしまうかも知れない。
「どうした二人とも、大食い選手権の真っ最中か?」
「「ぶっううううーーーーーーー!?」」
「うわっ!?なんで吹き出しとんのや二人とも!」
急いで守りにいかなければと、早食いしていたにも関わらず、目の前に守護しなければならない対象が現れた。イヴに誘いを断られたリックが、食堂で夕食を食べるために現れたのだ。
驚き、思わず口に含んでいた食べ物を吹き出してしまった二人。正直汚い。
何故、二人が吹き出したのか理解できないリックには、頭の上に、はてなマークが浮かんでいる。
「まったく・・・・、何やってんだよ二人とも。俺の顔見て驚くな」
城には帝国軍兵士専用の食堂があり、訓練や勤務を終えた大勢の兵士たちは、この場で食事しようと集まるのである。兵士たちの中には、城外の食堂や酒場に行く者もいるが、この食堂の料理の味は、兵士たちに人気がある。
一日の消費したエネルギーを、美味い料理で補給しようと、今日も食堂は賑わいを見せていた。
部屋はとても広く、長いテーブルや椅子が沢山設置され、一度に大勢が食事できるように、軍の食堂は作られている。しかしこの広い食堂には、一般兵士が座ってはいけない、暗黙の了解のある席があった。
誰かが決めたわけではない。ただ、そこにいつも座る者たちは、帝国軍参謀長直属の配下であり、兵士たちは敬意を払って、座らないようにと決めているのだ。
そして今日もまた、広い食堂のその一角には、変わらない面子が座っていた。
「あむあむ、もぐもぐ、ごきゅごきゅ、ごくごくごくごく・・・・・」
「ばくばくばくばくばく、ごくごくごくごくごく・・・・・・」
「お前ら食い過ぎなんだよ。少しは行儀よく食えねぇのか」
「まあまあいつもの事やんか、気にしてたら切り無いで」
食事をするいつもの面子。席に座っているのは、レイナ、クリス、シャランドラ、ゴリオン、エミリオ、ヘルベルトであった。皆一様に食事の最中である。
テーブルには料理が並んでいるが、これらは用意されたものではない。軍の食堂であるから、料理は自分で取りに行かなくてはならない。
料理を自分の使う席まで運ぶための、食堂の入り口近くに用意されているトレイを持ち、順番に並んで料理を取る。トレイに皿を置き、そこへ自分の食べたい分だけ、大きな鍋などから料理をよそう。料理によっては、担当の調理師によそって貰うなどして、トレイに料理を集めて、席へと向かうのだ。
そうなると、必然的にとんでもない量の料理を皿に盛る、とんでもない人間が二人出てくる。当然レイナとゴリオンだ。
およそ普通の少女が、摂取する量ではない盛り付けの料理皿を、数十秒の内に空にするレイナ。さらに、超大食い少女レイナを上回る量の盛り付け料理を、これまた数十秒の内に空にするゴリオン。
見ているだけで満腹になってしまいそうな量を、まるで競争するかのように平らげていく二人に、剣士クリスティアーノは我慢できない。
「お前らはもっと食事の作法を勉強しやがれ。食い意地張り過ぎなんだよ馬鹿が」
「ばくばく、ごっくん。何を言うのだ破廉恥剣士。私は今日の料理に残飯が出ないよう、全力で料理と戦っているだけだ。決して馬鹿ではないぞ、ぱくぱくぱく・・・・・」
「オラはここの飯好きなんだな。だからいっぱい食べたいだよ」
「ゴリオン仕方ないやろな。なんせその巨体やし」
「この際ゴリオンはいいとしてもだ、この脳筋槍女には我慢ならねぇ。わけわからん言い訳しゃべりやがって」
自分が気に入らない、犬猿の仲の彼女を睨みつつ、自らの食事を再開するクリスは、周りにいる者たちの中では、最も食事のマナーが完璧であった。普段は口調が荒く、粗暴な印象を周りに与えるのだが、食事する姿には気品がある。
剣の技でも歩き方でも、彼には育ちの良さそうな気品があるのだ。口調さえ直せば、何処かの国の若き王子にでも見えることだろう。
「クリスはどこでその作法を覚えたんだい?」
「昔ちょっとな。お前も俺ほどじゃないが、作法は習ってるみたいだな」
クリスの次に食事作法がわかっているのは、帝国軍の頭脳派軍師エミリオである。
ちなみに、作法は完璧なクリスだが、レイナやゴリオン程ではないにしろ、食事の量は多い。彼のトレイに載っている皿の料理は、全皿大盛りであった。
「私も君と同じで昔教えて貰ったのさ。それにしても、帝国軍武闘派筆頭はよく食べるね」
「もぐもぐもぐ・・・・、腹が減っては戦ができぬと言うだろう。破廉恥剣士と違って、私は日々の鍛練を怠ってはいないからお腹が空くのだ」
「調子のんなよ、俺は脳筋と違って頭を使うんだ。だから余計に腹が減るんだよ」
「何だと、貴様は私が頭を使っていないと言いたいのか」
「事実だろうが、大食い脳筋槍女」
食事の手を止め睨み合い、火花を散らす武闘派二人。犬猿の仲の二人は、これで今日二度目の喧嘩である。
これでも、いつもよりは少ない方だ。
「け、喧嘩はよくないだよ。やめるだよ二人とも」
「どうせいつものことだ。ほっときゃいい」
「そういえばヘルベルトさん、他の方たちはどちらに?」
「あいつらは俺をおいて酒場に行きやがった。俺が調査で忙しくしてる隙にな」
「何の調査してたんや?」
「今はまだ秘密だ。参謀長命令で他言無用なんだよ」
「どうせろくなことやないんやろ?リックの参謀長命令はそんなんばっかやし」
リックが参謀長命令だと言って命令する時は、大抵真面目なことではない。仲間たちにおいていかれたヘルベルトは、リックの命令で、例のラブレターの女兵士を調査していた。その調査に時間がかかり、終えて戻って見れば誰もいない。聞くところによれば、彼らはヘルベルトをおいて、酒場に行ってしまったと言うのだ。
調査を終えたら仲間たちを誘い、久しぶりに飲みに行こうと考えていた彼は、もうどうでもよくなり、ふらりと食堂へ足を運んで、現在に至る。
ラブレターの送り主の調査という、「そんなことは自分でやれ」と言いたくなるような、職務とは全く関係ない調査だ。正直面倒くさい。
このような命令を、参謀長の権限を利用して下すのである。された側からすれば、面倒くさくて困る。明らかに職権乱用だ。
「また喧嘩をしているのか。ここは食堂だ、外でやれ」
口喧嘩を始め、今にも殴り合いに発展しそうであった、レイナとクリスの前に、本来この食堂を利用しない、騎士団長メシアが現れた。手にはトレイを持ち、その上には、山盛りに積まれた料理の数々が載っている。
彼女は騎士団であるため、普段は騎士団専用の食堂を利用するのだが、偶にリックと一緒に、この場へ来ることもあった。しかし、今日はリックはおらず、彼女一人だ。
「メシア騎士団長、私たちに何かご用ですか?」
エミリオにはすぐにわかった。彼女は自分たちに、話があって現れたのだと。
気まぐれで動くことのない彼女が、用も無しに自分たちの前に現れるとは、考えられなかったのだ。
そして、彼女の用事には心当たりがあった。
「そうだ、話があってここまで来た。その前に、座ってもいいか?」
「どうぞどうぞや。うちの隣空いてるで」
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「銃の扱いは見事だと思います。ですが・・・・・」
「レイナっちはまだ信用してないんやな。うちは結構気に入ってるで、銃使いこなしてくれるし」
信用していないのは、メシアも同じである。だからこそ、気を付けろと彼女はリックに言ったのだ。
リックがイヴにご執心なのが、クリスは気に入らないのである。男同士の恋愛に興味はないと、常に宣言しているリックは、今回女の子のような男の子であるイヴに迫られ、とても満足そうな表情を見せている。
リックに惚れているクリスからすれば、それは面白くないことだ。故にイヴのことを嫌っている。
レイナは初めから彼女を警戒しているため、百発百中の腕前を認めてはいるものの、イヴを信用できないでいた。
対してシャランドラは、イヴのおかげで、現在の銃の問題点などを見つけ、新型開発に役立てているため、寧ろ気に入っているのだ。
「女装男子の素性を調べる必要はあるな」
「まあ、隊長が気に入ってる限り、俺たちは手が出せませんぜ。勝手に尋問なんかしたら、後がやばそうだ」
「そうですね。一番良い手は、彼を捕えて尋問することでしょう。勿論、やり方を間違えなければですが」
「エミリオ、他に確かめる手はないのか?」
「リックに知られることなく、イヴ・ベルトーチカの正体を確かめる方法。時間をかけるならいくつかありますが、短時間の内にというのなら、やはり尋問しかありません。尋問ならば薬物を使うことにより、短時間で吐かせることも可能でしょう」
「どんな方法にしろ、時間をかけりゃあその内隊長に気付かれちまうからな。自白剤使った尋問が妥当か」
軍師であるエミリオもまた、イヴのことを信用してはいなかった。
独自に調査し、彼が何者なのか探っていたが、特に怪しい点は見つけられない。男であることを除けば、何処にでもいる、娼婦であることしかわからなかった。
しかし、怪しい点が見つけられなかったからと言っても、簡単に信用してしまうのは、軍師という立場上許されない。主であるリックが信用しているからと、自分までそうなってしまえば、最悪の場合を、未然に防ぐことができないのである。
一番良い方法は、彼を今すぐにでも捕まえ、尋問して何者かを吐かせる方法だろう。
少々荒っぽいが、確実性はある。エミリオの考えとしては、メシアと同じように、イヴは危険な存在であると考えている。故に確かめたいのだ。
だが、独断で動くわけにはいかない。もし、確証もないままイヴを捕まえ、薬物を使用する尋問を行なったことが知れれば、確実にリックは、烈火の如く激怒するだろう。
だからこそ、誰もイヴに手が出せずにいる。
「お恥ずかしい話です。皆、リックに嫌われたくないから、こうして見守るしかないのです。私も含めてですが、本当に情けない」
「そうか」
メシアを除き、ここに集まる皆は、リックによって集められた者たちである。皆彼に魅せられ、配下となることを良しとした。皆それぞれの目的や考えがあるのだが、リックに特別な思いがあるのもまた、事実である。
彼は皆を気に入り、皆は彼を思う。その関係であるからこそ、今回の場合、彼のお気に入りに手を出すことができずにいる。下手に手を出せば、自分たちの特別な存在を傷つけ、自分たちも傷ついてしまうからだ。
今回と似たようなことは、エミリオが帝国の軍師となった時にもあった。
その時はレイナとクリスが、素性の知れない男を、いきなり軍師にしたことに反対し、リックを説得しようとした。しかし彼は強情で、自分の気に入ったエミリオに、病気的にご執心であった。
どうしようもなくなり、最後の手段として、メシアに何とかして貰おうと、二人で頼み込んだ程だ。
その時はメシアが、エミリオとほんの少しだけ会話をし、「この男は大丈夫だ」と一言、レイナとクリスに伝えて終わった。二人はその時渋々納得したのだが、エミリオは特に怪しいこともなく、現在もリックと帝国のために力を尽くしている。
彼女が言った通り、エミリオは大丈夫であった。だが、今回は違う。
彼女はヘルベルトがいる時にも言った。あの男には気を付けろと。
そして今も、彼女は皆の前で、イヴのことをどう思うのかを聞いたのだ。
このように彼女が聞くということは、イヴには何かがあることを意味する。それも、リックの身に危険が及ぶ可能性だ。
「オラは、あの子を疑いたくないだよ」
「何だよゴリオン。じゃあお前は、リックに万が一があってもいいのかよ」
「オラ、リックが気に入った子を疑うなんてできないだよ。リックが連れてきた子なら、オラたちの仲間なんだな。仲間は疑えないだよ」
ゴリオンのその言葉は、リック配下の者たちの胸に突き刺さる。
その言葉は正しい。故に反論できなかった。
「ならば、あの男がリックに刃を向けるようなことがあれば、お前はどうする?」
「決まってるだよ騎士団長。その時は、みんなでリックを守ればいいんだな」
ゴリオンは簡単なことだと言わんばかりに、当然の如く言い放つ。
何が来ようとも、配下である自分たちが守ればいいというのは、確かに間違ってはいない。レイナやクリスなどは、無論そのつもりである。
だとしても、場合によっては守りきれないこともあるだろう。それが怖いのだ。
「お前の言う通りだ。他の者たちもわかっているのだろう?」
「わかっています。しかし・・・・・」
「どんな時も、どんな状況であろうとも、リックを守れるのはお前たちしかいない。難しいことを考えるな」
ようやくここにいる者たちは、メシアの言いたいことを理解できた。
彼女はただ、多くを考えず、一つのことに集中しろと言いたいのだ。リックに何が起ころうとも、守ることだけを常に考えろと言っている。
リックがどんな選択をしようと、どんな人間を仲間に加えようとも関係ない。常に、全力で守れと言っているのだ。
「ところでリックはどうした。今日はここで食事をしないのか?」
「うちがさっき誘ったんやけど、イヴと一緒に食事するとかで断られてもうた。今頃二人でどっか行っとるんやないか」
「何故それを先に言わん!?」
「やべぇぞ、こんなところでのん気に飯食ってる場合じゃねぇ!!」
急いで残りの料理をかきこんでいく二人。そんなに急ぐのならば、いっそ残してしまってもいいのではと思うのだが、残さず食べようとするところが面白い。レイナはそうだが、意外にクリスも真面目な性格をしている。
リックとイヴを二人きりにしてしまうのは危険だ。
急がなければ、先程話していた、万が一が起こってしまうかも知れない。
「どうした二人とも、大食い選手権の真っ最中か?」
「「ぶっううううーーーーーーー!?」」
「うわっ!?なんで吹き出しとんのや二人とも!」
急いで守りにいかなければと、早食いしていたにも関わらず、目の前に守護しなければならない対象が現れた。イヴに誘いを断られたリックが、食堂で夕食を食べるために現れたのだ。
驚き、思わず口に含んでいた食べ物を吹き出してしまった二人。正直汚い。
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高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。
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だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう――
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30年待たされた異世界転移
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枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
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【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
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※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。
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私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
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