贖罪の救世主

水野アヤト

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第四十一話 代価

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「へえ~⋯⋯⋯。知らない間にそんな面白い事になってたの」

 ボーゼアス義勇軍陣地での異変は、離れているグラーフ同盟軍の陣地からでも確認できていた。
 陣地中心で激しい火災が発生し、夜空を赤く照らしている。一体何事かと、同盟軍に参加している多くの兵が、異変が起きている敵軍陣地を眺めていた。
 彼もまたその一人である。独裁国家ジエーデル国の軍隊を率いる若き将校、ロイド・ルヒテンドルクもまた、他の兵達と同様に敵陣地を見つめていた。彼の傍には、情報収集に当たっていた一人の兵士の姿がある。その兵士はロイドに耳打ちし、自分が集めた情報を彼に伝えていた。

(捕まちゃった勇者ちゃん達と、単独で助けに向かった無謀勇者ちゃん。あの騒ぎはどっちかの勇者の仕業、或いは両方かしら)

 夜襲などの備えとして、ずっと敵軍陣地を見張っていた兵士達の話では、晴れていたはずの夜空から突然雷が現れ、敵陣地の中心部に落ちたという。その後、生き物の鳴き声のような音がここまで聞こえ、次の瞬間には爆発音まで聞こえてきたというのだ。
 これはただの落雷による火災ではない。何者かが強力な魔法を発動し、敵軍陣地で暴れた結果だと彼は予測した。その何者かというのは、捕らわれた勇者の可能性が高い。指揮官であるロイドには、今後の戦局を左右するかもしれない選択を求められていた。

(あれほどの破壊力を敵に渡してはおけない。それに、勇者救出のために兵を動かしておけば、王国や連合に貸しを作れそうね)

 勇者連合所属の勇者が二人捕まろうが、ジエーデル国軍としては一切関わるつもりはない。救出を行なうつもりなど全くなかった。しかし、離れた地点からでも分かる程の、あれだけの破壊を目にすれば、そうも言ってはいられない。
 ただでさえ、グラーフ同盟軍は数でボーゼアス義勇軍に負けている。それに加えて、想像もできない破壊力を持つ勇者の力を敵に渡してしまえば、同盟軍全体の戦いはより一層厳しさを増すだろう。この戦いに参加している以上、厳しい戦いを強いられるのはジエーデル国軍も同じである。
 本来であれば、同盟軍の盟主たるホーリスローネ王国や勇者連合を助ける義理はない。寧ろ、ジエーデル国からすれば彼らは対立する敵であり、手助けするなど許されないのである。だがこのままでは、ジエーデルの絶対的支配者から預けれた軍団が、敵によって大きな損失を受ける可能性がある。それだけは阻止しなければ、国に戻ってどんな責任を取らされるかは明白だ。

「直ちに部隊を準備して出撃。陽動作戦を展開してちょうだい」

 勇者救出を選択したロイドは、自分の後ろに控えていた者達に命令を下す。彼が命令したのは、今回の戦いで彼を補佐するため従軍している副官と、ボーゼアス教の教祖オズワルドを捕らえるために従軍した、軍警察の指揮官だった。
 副官は彼の命令に異論はなかったが、軍警察の指揮官の方は違った。この指揮官は軍団の参謀職も兼任しており、ロイドの命令に強気に異議を唱える。

「勇者など助ける必要はない。総統閣下からお預かりした兵を無駄な戦いで死なせるつもりか」
「ここで助けておかないと、総統からお預かりした兵をもっと失う結果になりますもの。それに勇者を救って王国と連合に恩を売っておくのは、総統にとっても悪くない話よ」
「しかし⋯⋯⋯⋯!」
「心配しなくても大丈夫。こっちは敵に仕掛けるつもりはありません。連中の相手は、先に救出に動いたあの国の軍隊がやってくれる」

 軍警察指揮官の方へ振り返る事もなく、ロイドは敵陣地を見つめたまま答えた。
 情報収集に当たった兵の報告で、単独で動いた勇者以外に、救出に動いた戦力の存在を彼は知った。故に彼はその動きに呼応するように、自軍の戦力を陽動として出撃させようとしている。

「我々は彼らを少しだけ手助けすればいいのですよ。敵軍陣地前に部隊を展開し、敵の注意を分散させてお仕舞い。どう、簡単でしょ?」

 自軍からは一切の損失を出さず、勇者救出の功を得るロイドの作戦は、軍警察の指揮官を簡単に黙らせた。反論が無くなった事で、副官は兵達に命令を与えて出撃準備を進める。

(ほんと、邪魔な見張りね)

 表向きはオズワルド捕縛の任を受けた軍警察部隊。しかし彼らには、ジエーデル国総統バルザック・ギム・ハインツベントより裏の任務が与えられている。その任務とは、名将ドレビン・ルヒテンドルクの息子であるロイドの監視だ。
 
(こういう馬鹿がいると毎回作戦がやりづらい。どうせ見張りを付けるなら、もっと頭の切れる奴を寄越して欲しいわ)

 今のロイドは、軍警察指揮官に向かって振り返る事が出来なかった。陣地を見つめ、敵の様子を観察している風を装っているのである。
 何故ならば、彼の顔は後ろの男への不満で、偶然目にした兵士達が驚くほどの仏頂面だったからだ。

(どっかにいないものかしらね。アタシ好みな頭のいいイケメン参謀って⋯⋯⋯⋯)
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