287 / 875
第十四話 贖罪
11
しおりを挟む
ヴァスティナ帝国領内で発生した、軍部主導の大粛清。
標的は、反女王派の帝国貴族全員。命令は、反女王派の貴族を可能であれば捕縛。抵抗する場合は殺害せよ、と言う命令だ。
帝国参謀長命令で、怒りと憎しみに燃えて動き出した、ヴァスティナ帝国軍。
いくつもの部隊に分かれた軍は、今日一晩の内に全ての対象を捕縛する。そうしなければ、取り逃がしてしまう可能性があるからだ。
リックたちがヌーヴェルの屋敷を焼いた頃、同じように火を放たれた屋敷があった。ここもまた、粛清の対象であったためである。
「ちっ・・・・・」
「不満があるのか、破廉恥剣士」
槍士レイナ・ミカズキと、剣士クリスティアーノ・レッドフォードは今、兵を率いて貴族の屋敷を襲撃している。勿論この屋敷は、反女王派の貴族の屋敷だ。
目標を護衛していた者たちや、逆らった者たちは全て、レイナが一人で殺した。目標であった貴族はクリスが捕縛し、今現在ここでは、反逆の見せしめとして屋敷に火が放たれていた。
屋敷の中には、貴族の男の家族や使用人が、まだ残されたままだ。残された者たち事、屋敷を燃やしているのだ。
「あるに決まってんだろ。てめぇは無いって言うのかよ」
「無い。これは参謀長閣下の命令だ。不満などあるはずがない」
燃え盛る炎と、焼け落ちていく屋敷。表情は寡黙なまま、その光景を見つめているレイナの目に、人の心はない。あるのは参謀長への忠誠心と、一生背負うと誓った罪のみだ。
彼女は変わった。変わってしまったのだ、あの日から。
永遠に失われた、リックの希望。メシアが死に、ユリーシアは永遠の眠りについたあの日から、彼女は新たな決意を持った。そして、自分にとって邪魔なものは全て捨て去ると誓った。
「変わる気かお前。自分の全部を捨てて、リックのためだけに生きる忠実な駒になる気かよ」
「間違っていない。私は本来、死すべき大罪人。一生償う事のできない罪を背負う、参謀長閣下の槍だ」
「てめぇ、自分が何ほざいてるか、本当にわかってんだろうな」
「・・・・・・」
レイナは何も答えない。舌打ちし、苛立ちを募らせるクリス。
「レイナちゃん、クリス君。二人ともどうしたの?」
背後からの声に振り向くと、そこには狙撃手イヴ・ベルトーチカの姿があった。
手には彼の相棒である狙撃銃。後ろには数十人の兵士を従えて、二人へと合流したのである。
「女装男子か。てめぇのところは片付いたのかよ?」
「まあね。全員僕が殺してきたよ。貴族のおじさんは逃げようとしたから、この子で足を吹き飛ばしてあげたの。三発撃ってね♪♪」
イヴの任務は終了している。想定以上に早く目標を捕縛した彼は、他の部隊の支援のために動いていた。レイナとクリスの元へと来たのは、それが理由だ。とは言え、彼が来るまでもなく、この地での任務はほぼ完了している。
彼は楽しそうに、相棒の狙撃銃を撫でて、明るい笑顔を浮かべている。だが、明るい笑顔のはずなのに、今の彼は恐ろしい。言動ではなく、身に纏う空気が普段と全く異なっているのだ。
怒り、悲しみ、殺意、全てが混じり合い、彼を取り巻いている。今の彼は、リックの敵となった相手を殺す、一人の殺戮者。たとえ相手が、女子供であろうとも容赦はしない。
現に彼はもう、捕縛した貴族の屋敷襲撃の際、屋敷中の人間を皆殺しにしている。
「で、二人はまた喧嘩中?」
「こいつが舐めた事抜かしやがっただけだ。喧嘩なんざしてねぇ」
「喧嘩してるじゃん、それ」
イヴの登場を見定めた後、レイナは再び視線を屋敷に戻す。
彼女の様子がおかしいのは、イヴにもわかる。クリスと同様に、イヴもまた彼女に、複雑な思いを抱く。
「燃えろ!燃えるんや!!なんもかんも燃えて無くなりゃええんや!!」
レイナの視線の先には、特徴的な言葉遣いの眼鏡少女が、自身の発明品を使い、屋敷に炎を浴びせている。火を放った張本人は彼女だ。
「あんの発明馬鹿。真相知って壊れちまいやがって・・・・・」
「シャランドラちゃん・・・・・」
眼鏡少女、発明家シャランドラは狂っていた。皆が知らぬ間に彼女の手で開発されていた、個人携帯用火炎放射器が炎を吐いて、屋敷の全てを燃やし尽くしていく。
彼女もまた、怒りや憎しみに駆られ、愛する者たちの敵を殺している。火炎放射器から放たれる地獄の業火は、生きたまま人間を焼き殺す。焼かれ苦しむ人間の声など、彼女の心には何も響かない。
当然だ。元々彼女はこの世界を恨み、自分と愛する者たち以外の命など、価値あるものと見ていない。関係ない人間を何人殺そうが、罪悪感など覚えない。
あの優しかった女王陛下は、貴族たちの手によって殺された。彼女の死で、シャランドラにとって大切な男は、心が壊れてしまった。ユリーシアを殺し、リックに絶望を与えた者たち。実行した者も、計画した者も、誰であろうがシャランドラは許さない。子供であろうが、生きたまま焼き殺す。
「あはっ、あははははははは!!死ねや死ねや死ねや、みーーーーーんなうちが殺してやるで!!!」
女王の死の真相を知り、壊れてしまったのだと周りの兵士たちは思う。
違う、彼女は最初から壊れていた。だから彼女は、新兵器の開発に全力を注ぎ、大量に人殺しができる武器を作り出す。今使用されている火炎放射器もそうだ。
捕らえられ、拘束された屋敷の貴族が、燃え盛る屋敷と焼き殺される妻と子を見せられ、声にならない悲鳴を上げ続けている。そんな悲鳴も、シャランドラには届かない。
「どいつもこいつも壊れやがって。畜生が、糞イラつくぜ」
吐き捨てるように毒づき、クリスは己の剣に視線を移す。
左の腰にかかった、自身の分身。この剣と共に、剣士としての道を歩んできた。彼はリックに忠誠を誓い、命令であれば、たとえそれが納得のいかないものであろうと、従うと決めている。今もそうだ。
しかし、そんな彼にも迷いがある。クリスは最強の剣士になるために、己の技を磨き続けている。彼の剣は、粛清や虐殺のためにあるのではない。戦いの場で、相手と命懸けで戦い、勝利するために彼の剣はある。
だが今、クリスに与えられた命令は粛清だ。貴族を捕縛し、皆殺しにする命令である。女子供も関係なしに、彼はその剣で武器すら持たない者たちを、斬り伏せなければならない。
これは剣士の所業ではない。わかっているからこそ、迷いが生まれる。
(俺も、槍女みてぇに・・・・・・)
レイナは、槍士としての道を捨てた。彼女は戦士ではなくなり、外道に堕ちると決めた。
リクトビア・フローレンスのためだけに生きる、堕ちた槍士となる気なのだ。だから彼女は、この屋敷の人間を皆殺しにする時、己の手だけで行なった。
そしてもう一つ、自分だけで手を汚した理由がある。剣士であるクリスや、帝国の兵士たちに、粛清という名の虐殺の罪を背負わせたくなかったのだ。彼女はこの罪を、自分が背負うべきものだと思うと同時に、自分以外の者たちを苦しめたくなかった。その思いを胸に、屋敷中の人間を手にかけた。
自ら外道に堕ち、全てを背負う。己の心を殺して、忠義のためだけに生きる。その生き方を選んだレイナに、クリスは憧れに似た感情を抱いてしまう。彼女のようになれたなら、どんな命令であろうと、迷う事はないと。
(誓っただろうが。俺はあいつのために生きるって。だったら、何も迷う事はねぇだろうが!)
クリスの後悔。それは、あの時リックたちに同行していれば、少なくともメシアを死なせる事はなかったという、どうしようもない後悔だ。この後悔は、レイナも同じ。
「決めたぜ槍女、俺は迷わねぇ。粛清でも何でもやってやる。それであいつを救えるってんなら、この剣で人を斬る」
「・・・・・・そうか」
クリスも迷いを払い、選択した。
彼の決意を聞き届け、レイナは忘れられないあの日の事を思い返す。リックとメシアに、無理やりにでも同行しなかった、あの運命の分かれ道を。
自分がいれば、メシアを失わずに済んだかもしれない。ユリーシアの死後、メシアさえいればリックは救われたはずだ。それなのに、自分の浅ましい嫉妬が、メシアの死を招き、リックの心を殺した。
何もかもが許せない。メシアを殺したジエーデルも、女王を殺した貴族たちも、許す事ができない。でも、一番許す事のできない存在は、己自身。
これは彼女の罪。彼女が逃げずに背負うと誓った、大罪なのだ。
誰もが言うだろう。それは罪ではないと。だがこれは、彼女自身からすれば立派な罪。一生かけて償うと決意した、彼女の贖罪。
「シャランドラ、気は済んだか?」
「今うち、めっちゃ怒ってんねん。この程度で気が済むわけないないやろ」
「ならば、次の目標へと移動するぞ。ここでの務めは果たした」
レイナがこの粛清部隊の指揮官であり、シャランドラは無理を言って付いてきたに過ぎない。彼女の命令は絶対だった。
粛清はまだ始まったばかり。彼女たちは、今夜中に全ての片を付けるつもりだ。
帝国で作戦指揮を執っているエミリオの、綿密な計画に沿ってレイナたちは動いている。帝国の防衛は鉄壁のゴリオンに任せ、今この時も、続々と貴族たちが連行されている事だろう。
「破廉恥剣士、遅れるなよ」
「うるせぇ。言われなくてもわかってんだよ」
次の目標を捕縛するため、レイナは燃える屋敷に背を向けた。
罪を背負った少女の背中。クリスは彼女を呼び止める。
「待てよ」
「なんだ?」
振り返ったレイナの表情は、屋敷を見つめていた時と変わらない。
今の彼女は、人の心を捨てた怪物。リックと同じだ。
「これから、てめぇがどんな生き方しようが知った事じゃねぇ。だがな、リックの前では変わるな」
「・・・・・・」
「いつもと同じでいろ。あいつを悲しませんじゃねぇぞ」
それだけを言いたかった。今の彼女を見れば、きっと彼は悲しむと、よく知っているから・・・・・。
「わかったな?」
レイナは返事をしなかった。変わらないようにあると、約束できないからだ。
それでも、クリスの言葉は彼女に響く。何も答えなくとも、彼にはわかる。
「なんだかんだで優しいよね、レイナちゃんに」
「ほんまやわ」
「お前らもうるせぇぞ!俺がいつ槍女に優しくしたんだよ!」
苛立ち、舌打ちを残して、彼は屋敷を後にするレイナに続く。
「じゃあ、僕たちも行こっか」
「せやな。まだまだ殺さんとあかん奴はおる。うちが全部まとめて焼き殺したる」
二人もまた、堕ちた道を歩む。
愛する者たちを悲しませた、最も憎むべき者たちを、狂おしい程に殺したいと思いながら。
ヴァスティナ帝国領内の各地で、多くの血が流されている。
帝国の大粛清。実行しているのは、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンス。
だが、この粛清を彼へと命じた人間がいる。
一週間前の夜。その日を境に、全てが変わった。
標的は、反女王派の帝国貴族全員。命令は、反女王派の貴族を可能であれば捕縛。抵抗する場合は殺害せよ、と言う命令だ。
帝国参謀長命令で、怒りと憎しみに燃えて動き出した、ヴァスティナ帝国軍。
いくつもの部隊に分かれた軍は、今日一晩の内に全ての対象を捕縛する。そうしなければ、取り逃がしてしまう可能性があるからだ。
リックたちがヌーヴェルの屋敷を焼いた頃、同じように火を放たれた屋敷があった。ここもまた、粛清の対象であったためである。
「ちっ・・・・・」
「不満があるのか、破廉恥剣士」
槍士レイナ・ミカズキと、剣士クリスティアーノ・レッドフォードは今、兵を率いて貴族の屋敷を襲撃している。勿論この屋敷は、反女王派の貴族の屋敷だ。
目標を護衛していた者たちや、逆らった者たちは全て、レイナが一人で殺した。目標であった貴族はクリスが捕縛し、今現在ここでは、反逆の見せしめとして屋敷に火が放たれていた。
屋敷の中には、貴族の男の家族や使用人が、まだ残されたままだ。残された者たち事、屋敷を燃やしているのだ。
「あるに決まってんだろ。てめぇは無いって言うのかよ」
「無い。これは参謀長閣下の命令だ。不満などあるはずがない」
燃え盛る炎と、焼け落ちていく屋敷。表情は寡黙なまま、その光景を見つめているレイナの目に、人の心はない。あるのは参謀長への忠誠心と、一生背負うと誓った罪のみだ。
彼女は変わった。変わってしまったのだ、あの日から。
永遠に失われた、リックの希望。メシアが死に、ユリーシアは永遠の眠りについたあの日から、彼女は新たな決意を持った。そして、自分にとって邪魔なものは全て捨て去ると誓った。
「変わる気かお前。自分の全部を捨てて、リックのためだけに生きる忠実な駒になる気かよ」
「間違っていない。私は本来、死すべき大罪人。一生償う事のできない罪を背負う、参謀長閣下の槍だ」
「てめぇ、自分が何ほざいてるか、本当にわかってんだろうな」
「・・・・・・」
レイナは何も答えない。舌打ちし、苛立ちを募らせるクリス。
「レイナちゃん、クリス君。二人ともどうしたの?」
背後からの声に振り向くと、そこには狙撃手イヴ・ベルトーチカの姿があった。
手には彼の相棒である狙撃銃。後ろには数十人の兵士を従えて、二人へと合流したのである。
「女装男子か。てめぇのところは片付いたのかよ?」
「まあね。全員僕が殺してきたよ。貴族のおじさんは逃げようとしたから、この子で足を吹き飛ばしてあげたの。三発撃ってね♪♪」
イヴの任務は終了している。想定以上に早く目標を捕縛した彼は、他の部隊の支援のために動いていた。レイナとクリスの元へと来たのは、それが理由だ。とは言え、彼が来るまでもなく、この地での任務はほぼ完了している。
彼は楽しそうに、相棒の狙撃銃を撫でて、明るい笑顔を浮かべている。だが、明るい笑顔のはずなのに、今の彼は恐ろしい。言動ではなく、身に纏う空気が普段と全く異なっているのだ。
怒り、悲しみ、殺意、全てが混じり合い、彼を取り巻いている。今の彼は、リックの敵となった相手を殺す、一人の殺戮者。たとえ相手が、女子供であろうとも容赦はしない。
現に彼はもう、捕縛した貴族の屋敷襲撃の際、屋敷中の人間を皆殺しにしている。
「で、二人はまた喧嘩中?」
「こいつが舐めた事抜かしやがっただけだ。喧嘩なんざしてねぇ」
「喧嘩してるじゃん、それ」
イヴの登場を見定めた後、レイナは再び視線を屋敷に戻す。
彼女の様子がおかしいのは、イヴにもわかる。クリスと同様に、イヴもまた彼女に、複雑な思いを抱く。
「燃えろ!燃えるんや!!なんもかんも燃えて無くなりゃええんや!!」
レイナの視線の先には、特徴的な言葉遣いの眼鏡少女が、自身の発明品を使い、屋敷に炎を浴びせている。火を放った張本人は彼女だ。
「あんの発明馬鹿。真相知って壊れちまいやがって・・・・・」
「シャランドラちゃん・・・・・」
眼鏡少女、発明家シャランドラは狂っていた。皆が知らぬ間に彼女の手で開発されていた、個人携帯用火炎放射器が炎を吐いて、屋敷の全てを燃やし尽くしていく。
彼女もまた、怒りや憎しみに駆られ、愛する者たちの敵を殺している。火炎放射器から放たれる地獄の業火は、生きたまま人間を焼き殺す。焼かれ苦しむ人間の声など、彼女の心には何も響かない。
当然だ。元々彼女はこの世界を恨み、自分と愛する者たち以外の命など、価値あるものと見ていない。関係ない人間を何人殺そうが、罪悪感など覚えない。
あの優しかった女王陛下は、貴族たちの手によって殺された。彼女の死で、シャランドラにとって大切な男は、心が壊れてしまった。ユリーシアを殺し、リックに絶望を与えた者たち。実行した者も、計画した者も、誰であろうがシャランドラは許さない。子供であろうが、生きたまま焼き殺す。
「あはっ、あははははははは!!死ねや死ねや死ねや、みーーーーーんなうちが殺してやるで!!!」
女王の死の真相を知り、壊れてしまったのだと周りの兵士たちは思う。
違う、彼女は最初から壊れていた。だから彼女は、新兵器の開発に全力を注ぎ、大量に人殺しができる武器を作り出す。今使用されている火炎放射器もそうだ。
捕らえられ、拘束された屋敷の貴族が、燃え盛る屋敷と焼き殺される妻と子を見せられ、声にならない悲鳴を上げ続けている。そんな悲鳴も、シャランドラには届かない。
「どいつもこいつも壊れやがって。畜生が、糞イラつくぜ」
吐き捨てるように毒づき、クリスは己の剣に視線を移す。
左の腰にかかった、自身の分身。この剣と共に、剣士としての道を歩んできた。彼はリックに忠誠を誓い、命令であれば、たとえそれが納得のいかないものであろうと、従うと決めている。今もそうだ。
しかし、そんな彼にも迷いがある。クリスは最強の剣士になるために、己の技を磨き続けている。彼の剣は、粛清や虐殺のためにあるのではない。戦いの場で、相手と命懸けで戦い、勝利するために彼の剣はある。
だが今、クリスに与えられた命令は粛清だ。貴族を捕縛し、皆殺しにする命令である。女子供も関係なしに、彼はその剣で武器すら持たない者たちを、斬り伏せなければならない。
これは剣士の所業ではない。わかっているからこそ、迷いが生まれる。
(俺も、槍女みてぇに・・・・・・)
レイナは、槍士としての道を捨てた。彼女は戦士ではなくなり、外道に堕ちると決めた。
リクトビア・フローレンスのためだけに生きる、堕ちた槍士となる気なのだ。だから彼女は、この屋敷の人間を皆殺しにする時、己の手だけで行なった。
そしてもう一つ、自分だけで手を汚した理由がある。剣士であるクリスや、帝国の兵士たちに、粛清という名の虐殺の罪を背負わせたくなかったのだ。彼女はこの罪を、自分が背負うべきものだと思うと同時に、自分以外の者たちを苦しめたくなかった。その思いを胸に、屋敷中の人間を手にかけた。
自ら外道に堕ち、全てを背負う。己の心を殺して、忠義のためだけに生きる。その生き方を選んだレイナに、クリスは憧れに似た感情を抱いてしまう。彼女のようになれたなら、どんな命令であろうと、迷う事はないと。
(誓っただろうが。俺はあいつのために生きるって。だったら、何も迷う事はねぇだろうが!)
クリスの後悔。それは、あの時リックたちに同行していれば、少なくともメシアを死なせる事はなかったという、どうしようもない後悔だ。この後悔は、レイナも同じ。
「決めたぜ槍女、俺は迷わねぇ。粛清でも何でもやってやる。それであいつを救えるってんなら、この剣で人を斬る」
「・・・・・・そうか」
クリスも迷いを払い、選択した。
彼の決意を聞き届け、レイナは忘れられないあの日の事を思い返す。リックとメシアに、無理やりにでも同行しなかった、あの運命の分かれ道を。
自分がいれば、メシアを失わずに済んだかもしれない。ユリーシアの死後、メシアさえいればリックは救われたはずだ。それなのに、自分の浅ましい嫉妬が、メシアの死を招き、リックの心を殺した。
何もかもが許せない。メシアを殺したジエーデルも、女王を殺した貴族たちも、許す事ができない。でも、一番許す事のできない存在は、己自身。
これは彼女の罪。彼女が逃げずに背負うと誓った、大罪なのだ。
誰もが言うだろう。それは罪ではないと。だがこれは、彼女自身からすれば立派な罪。一生かけて償うと決意した、彼女の贖罪。
「シャランドラ、気は済んだか?」
「今うち、めっちゃ怒ってんねん。この程度で気が済むわけないないやろ」
「ならば、次の目標へと移動するぞ。ここでの務めは果たした」
レイナがこの粛清部隊の指揮官であり、シャランドラは無理を言って付いてきたに過ぎない。彼女の命令は絶対だった。
粛清はまだ始まったばかり。彼女たちは、今夜中に全ての片を付けるつもりだ。
帝国で作戦指揮を執っているエミリオの、綿密な計画に沿ってレイナたちは動いている。帝国の防衛は鉄壁のゴリオンに任せ、今この時も、続々と貴族たちが連行されている事だろう。
「破廉恥剣士、遅れるなよ」
「うるせぇ。言われなくてもわかってんだよ」
次の目標を捕縛するため、レイナは燃える屋敷に背を向けた。
罪を背負った少女の背中。クリスは彼女を呼び止める。
「待てよ」
「なんだ?」
振り返ったレイナの表情は、屋敷を見つめていた時と変わらない。
今の彼女は、人の心を捨てた怪物。リックと同じだ。
「これから、てめぇがどんな生き方しようが知った事じゃねぇ。だがな、リックの前では変わるな」
「・・・・・・」
「いつもと同じでいろ。あいつを悲しませんじゃねぇぞ」
それだけを言いたかった。今の彼女を見れば、きっと彼は悲しむと、よく知っているから・・・・・。
「わかったな?」
レイナは返事をしなかった。変わらないようにあると、約束できないからだ。
それでも、クリスの言葉は彼女に響く。何も答えなくとも、彼にはわかる。
「なんだかんだで優しいよね、レイナちゃんに」
「ほんまやわ」
「お前らもうるせぇぞ!俺がいつ槍女に優しくしたんだよ!」
苛立ち、舌打ちを残して、彼は屋敷を後にするレイナに続く。
「じゃあ、僕たちも行こっか」
「せやな。まだまだ殺さんとあかん奴はおる。うちが全部まとめて焼き殺したる」
二人もまた、堕ちた道を歩む。
愛する者たちを悲しませた、最も憎むべき者たちを、狂おしい程に殺したいと思いながら。
ヴァスティナ帝国領内の各地で、多くの血が流されている。
帝国の大粛清。実行しているのは、帝国軍参謀長リクトビア・フローレンス。
だが、この粛清を彼へと命じた人間がいる。
一週間前の夜。その日を境に、全てが変わった。
0
あなたにおすすめの小説
【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
勇者召喚の余り物ですが、メイド型アンドロイド軍団で冒険者始めます
水江タカシ
ファンタジー
28歳独身、一般事務の会社員である俺は、勇者召喚に巻き込まれて異世界へと転移した。
勇者、聖女、剣聖――
華やかな肩書きを持つ者たちがもてはやされる中、俺に与えられたのは聞いたこともないスキルだった。
【戦術構築サポートAI】
【アンドロイド工廠】
【兵器保管庫】
【兵站生成モジュール】
【拠点構築システム】
【個体強化カスタマイズ】
王は落胆し、貴族は嘲笑い、俺は“役立たず”として王都から追放される。
だが――
この世界には存在しないはずの“機械兵器”を、俺は召喚できた。
最初に召喚したのは、クールな軍人タイプのメイド型戦闘アンドロイド。
識別番号で呼ばれる彼女に、俺は名前を与えた。
「今日からお前はレイナだ」
これは、勇者ではない男が、
メイド型アンドロイド軍団と共に冒険者として成り上がっていく物語。
屋敷を手に入れ、土地を拠点化し、戦力を増強しながら、
趣味全開で異世界を生きていく。
魔王とはいずれ戦うことになるだろう。
だが今は――
まずは冒険者登録からだ。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる