贖罪の救世主

水野アヤト

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第二十四話 謀略の果てに

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第二十四話 謀略の果てに






 エステラン国史よりの抜粋、「ビィクトーリア幼年期学校立て籠もり事件」。
 後にこう呼ばれる事になる、エステラン国史上最も国内を騒がせたこの事件は、当時人質となった子供達によって、後世に伝えられていったのである。
 人質となった子供達は、この事件の事を他者へと話す時、決まってまずこう言った。「楽しかった」と。





「うわああああんっ!わあああああんっ!」
「だから言ったろ、走ると危ないぞって。ほら、転んだぐらいですぐに泣くんじゃねぇ」
「おじちゃん!僕、お腹空いた~」
「わかったわかった、後でお菓子やるからちょっと待ってろ」
「おじちゃん、おじちゃん、おしっこ行きたい・・・・・」
「一人で行けるだろ!あーもう、連れてってやるから泣きそうな顔すんじゃねぇ」

 ビィクトーリア幼年期学校立て籠もり事件の現場は、とても賑やかであった。
 人質となっているはずの多くの子供達が、学校の教室の中で楽しくはしゃぎ回っている。子供達は、銃火器武装した屈強な体の男達と、楽しそうに遊んでいる。ある子供は男の背中に乗ってはしゃぎ、またある子共は男達と鬼ごっこをして遊んでいた。
 夢中で走りまわり、教室で転んで大泣きする子供もいれば、子供特有のよくわからない理由で泣いてしまう子もいる。ここは託児所かと思わせるそんな教室で、子供達を世話する屈強な男達。
 この屈強な男達を率いているのは、一人の髭を生やした男である。彼もまた、皆と同じように銃火器で武装しており、右手には半自動の小銃を持って、腰のホルスターには自動拳銃を装備している。弾倉と手榴弾を装備したタクティカルベストを身に纏い、近接戦闘用のナイフも携えていた。
 男の名はヘルベルト。ヴァスティナ帝国軍精鋭部隊、鉄血部隊の部隊長である。彼らは完全銃火器武装の精鋭部隊であり、帝国製の銃器を使いこなし、これまで数多くの戦場を地獄に変えて来た。
 ヘルベルトに率いられた鉄血部隊は、この学校内で子供達を人質に取り、銃火器で防衛線を構築して立て籠もっている。学校の外にはエステラン国軍が展開しており、鉄血部隊を逃がさないよう包囲を継続していた。
 彼らがここに立て籠もり、今日で二週間が経過している。その間に彼ら鉄血部隊は、エステラン国軍が展開した人質奪還作戦を、自慢の銃火器で尽く粉砕した。最初は力技で人質を奪還しようとしたエステラン国軍に対し、鉄血部隊は機関銃までも駆使して撃退し、大損害を敵に与えた。
 その後、現場のエステラン国軍の指揮を握った、第一王子アーロン・レ・エステランは、何度も新たな人質救出作戦を計画しては、すぐに実行に移したのである。だが、その結果は全て失敗に終わった。実戦慣れした精鋭である鉄血部隊の迎撃が、彼の作戦を尽く打ち破って見せたのである。
 鉄血部隊が使用した銃火器の放つ弾丸は、エステラン兵士の鎧を容易く貫通し、多くの兵士達を血祭りに上げた。どんな突入作戦も、彼らの銃火器の前には全く効果がなく、屍を増やすだけであった。鉄血部隊に損害はなく、エステラン側は損害を増すばかりであり、現場は膠着状態を続けて今に至る。

「部隊長、いい加減子守りは疲れたぜ。何で見張りを代わってきた俺らまで餓鬼共の相手しなきゃいけねぇですか」
「うるせぇ、どうせ暇なんだろ?だったら子供達と遊んでやれ。外に出れなくて退屈してんだからよ」
「これだよ。このおっさんほんと子供には甘いんだから・・・・・」
「流石ロリベルトだな」
「だからその名前で呼ぶんじゃねぇ!」

 子供達の遊び相手となっている男達が、ヘルベルトの悪い病気に呆れていた。髭面で強面の戦闘狂の彼は、子供にはとても甘い。昔から子供好き故に、部下達からは最早呆れられている。
 年相応に元気一杯ではしゃぐ子供達の相手は、歴戦の兵士である彼らを大いに疲れさせた。彼らは知った。これが、休日に家族サービスしなければならない父親の苦労なのだと・・・・・・。
 
「おじちゃん・・・・・、私のクマちゃんどっかいっちゃった・・・・・・・」
「わかった、探してやる。おーいお前ら、この子のぬいぐるみ探して来い。大至急だ」
「「「「・・・・・はあ」」」」

 屈強で強面の武装したこの男達は、すっかり子供達に好かれている。彼らの人質となっているにも拘らず、子供達が彼らを好いているのは、子供に甘すぎるヘルベルトのお陰と言えた。遊んであげたりお菓子をあげたり、人質の子供達に優しくあった彼のお陰で、子供達はヘルベルト達を恐がらなくなり、今では彼らと寝食を共にする程の仲なのである。
 他人がこの光景を見れば、ここは本当にテロリストが人質を取って立て籠もっている現場なのかと疑う事だろう。しかし実際、外にはアーロン派のエステラン兵士達が展開し、学校の周囲を包囲している。
 孤立無援の鉄血部隊。だがここには、武器弾薬と食料の備蓄が最初から用意されていた。彼らに協力しているエステラン国王の勢力によって、立て籠もり以前に極秘裏に運び込まれていたのである。彼らが今日までここに立て籠もる事が出来たのは、予め用意されていた物資のお陰である。
 しかし、立て籠もり開始から今日で二週間。弾薬と食料の備蓄は、既に二割を切っている。これ以上の戦闘継続は、敗北しかないだろう。次に敵の大規模な突入作戦があれば、弾薬を全て使い切ってしまう。そうなれば、兵力に任せて雪崩れ込んでくる敵軍を押し留める事は、不可能になる。
 彼らは耐えてきた。自分達を陽動とし、国外で戦う帝国軍主力が作戦を完了すれば、彼らの役目は終わる。その時が来るまで、彼らはここで耐え続けなければならない。このままでは全滅するとわかっていても、ここに留まり、戦闘を継続するのが彼らの役目だ。

(予定通りならそろそろか・・・・・)

 作戦通りならば、もうすぐ彼らの役目も終わる。ここで耐え忍んだ成果が、彼らの前に現れるはずなのだ。
 
(久々に味わいたいもんだぜ・・・・・、勝利の美酒ってやつをな)

 ヘルベルトは信じて待っている。自分達の勝利を知らせる、その報を。勝利の知らせが届くまで、彼とその仲間達による戦いは終わらない。
 だがその前に、彼にとっての最優先の戦いは、遊びまわる事に全力で忙しい子供達の面倒を見る事であった。
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