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第二十四話 謀略の果てに
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「全てが計画通りにいきました、王女殿下。いや、これからはこう御呼びするのが正しいですね。ソフィー・ア・エステラン女王陛下」
「・・・・・・・」
「女王陛下のお陰で、我が軍によるアーロンの処刑は大義あるものとして認められました。これで帝国はエステラン国と正式に軍事同盟を締結し、来るべき戦いに備える事ができます」
エステラン国内に聳え立つ、一基の塔。そこは、観兵式の当日、暗殺者による狙撃が行なわれた現場である。そこには今、密会を行なっているとある人物達の姿があった。
塔の頂上で話をしている、帝国とエステラン国の主要な人物。帝国側の人物は、帝国参謀長リクトビアと軍師エミリオに加え、二人の護衛としてこの場に控える、狙撃手イヴ・ベルトーチカの三人であった。エステラン国側の人物は、第一王女ソフィーと、彼女に仕える側近の少女が一人である。
この場に集まった五人の人物。ここに皆を集めたのはソフィーであった。誰にも聞かれてはならない話をするには、この塔は打って付けの場所であったのと、彼女自身がこの場所で密会するのを望んだからである。
「互いに平等な関係ではなく、私を傀儡として、帝国がこの国を支配する軍事同盟。貴方はさぞ気分がいいでしょうね」
「傀儡政権を望まれたのは陛下の方です。まあ確かに、気分はすっごくいいですが」
「私が兄上を逆賊であったと宣言しなければ、貴方はこの国を手に入れる事はできなかった。それを忘れないで」
「わかってます。陛下には感謝の言葉もありません。陛下が我が国に送ったあの密書のお陰で、我々はこの戦いに勝利する事が出来たのですから」
国王ジグムントの暗殺と、第一王子アーロンの処刑。
これによりエステラン国は、国の支配者を完全に失ったかに思われた。誰もが新しい王を望む中、立ち上がったのはこの少女、ソフィー・ア・エステランであった。
王族唯一の姫であった彼女は、次期国王候補ではない。だが、エステラン王族の血が流れる唯一の存在ではあった。王位継承の資格を持った、最後の一人。国の主要な者達が集まった会議の場で、彼女は突然現れて、自分が王座に就くと宣言したのである。
彼女が玉座に就くと宣言し、初めはほとんどの者達が反対した。王を代々継いでいたのは王子であったし、今のソフィーの若さでは、一国を背負う事などできないと思われたからだ。
誰もが反対する中、彼女は言った。「今、誰かがこの国の王にならなければ、民は不安に怯え、国は滅ぶでしょう。誰かが民を導かなければなりません。ならばその責務、私が背負いましょう」と。
彼女の言葉を聞いて、それ以上反対意見を述べる者はいなかった。彼女の強い意志と決意を知り、皆が彼女を次の王と認めたのである。
アーロンの処刑から二日後には、ソフィーは多くの者達の力を借りて、エステラン国初の女王に即位していた。ソフィー・ア・エステランの女王即位は、国民の支持を集め、彼女はエステランの新たな支配者となったのである。
女王となったソフィーは、即位式の場で早速宣言を行なった。国王ジグムントの死は、第一王子アーロンと彼の配下による謀略であったと口にし、彼は逆賊であったと認めた。その後彼女は、国民の混乱収拾に乗り出し、国王直属の武装警護隊などを利用して、国内の混乱を治めていった。
混乱を収拾しつつ、自分に従う者達を増やしていき、女王の地位を固めていったソフィーは、ジグムントに代わって正式に、帝国との軍事同盟を締結したのである。帝国という後ろ盾を得たソフィー相手に、逆らう勢力は存在しなかった。女王ソフィーはエステランの完全な支配者となり、今回帝国が起こした軍事行動は、正義なきアーロンによる謀略から、エステラン国を守り抜いた大義ある行動だったと、彼女が宣言したのである。
ソフィーのお陰で、帝国はエステランの敵ではなく、逆賊を討つために行動したエステラン国の味方となった。彼女の言葉のお陰で、帝国の独断による軍事行動に対して、これ以上異を唱える者はいなくなった。これから両国は、軍事同盟を結ぶ同盟国同士として、対ジエーデル戦を展開していく事になるだろう。
「私と貴方の策で、この国は害悪を取り除きました。ジグムント、アーロン、そしてメロースは、将来この国を滅ぼす存在。三人を排除し、私が実権を握った今、貴方の望みは何ですか?」
「聡明な陛下ならもうお判りでしょう。エステラン国を起点とする、ジエーデル国との戦争です。この国の国力と軍事力が加われば、帝国がジエーデルに勝利する未来は遠くない」
全ては、最初から仕組んだ事であった。帝国参謀長リクトビアの謀略は、ソフィーが実権を握った事で、見事達成されたのである。
開戦前、帝国に届けられた国王ジグムントからの密書。この密書により、帝国軍はエステラン国王の力を借りて、戦局を優位に進めた。だが、帝国に密書を送り、密かに協力関係を築いていた勢力は、もう一つ存在したのである。
第一王女ソフィーが、国王にも王子達にも気付かれぬよう、密かに帝国へと送った密書。その内容は、エステラン国王と王子を倒せるならば、自国を帝国に与えるというものであった。さらに、彼女からの密書には、国王と王子を倒すためならば、どんな協力も惜しまないと記されていたのである。
帝国参謀長リクトビアのもとにその密書が届いた時、彼は配下の軍師エミリオ・メンフィスと相談し、エステラン国を帝国のものとするための、冷酷な謀略を考え出したのである。
帝国参謀長リクトビアは、国王ジグムントと手を組み、二人の王子を倒すための協力関係を築いた。しかしその裏では、第一王女ソフィーと手を結び、エステラン国王族を彼女以外抹殺する計画を進めた。リクトビアの計画は、国王と王子を皆殺しにし、王女ソフィーをエステランの新たな支配者とする事が、最終目的であったのである。
計画の第一段階は、第二王子メロースの処刑と、第一王子アーロンの幽閉であった。計画の第二段階は、国王ジグムントを暗殺し、その暗殺をアーロンの謀略だと言って濡れ衣を着させて、彼も処刑する。そして最終段階は、王女ソフィーの即位である。
そう、国王暗殺は帝国軍による謀略であったのだ。暗殺事件の表向きの概要は、アーロンの命令を受けた第一王子派の兵士が、帝国軍仮設駐屯地から狙撃銃を盗み出し、リクトビアとジグムントの暗殺を謀ったというものである。
だが実際は、全て帝国軍が仕組んだものであった。ジグムントを公の場で暗殺するために、リクトビアは観兵式を企画した。後は、ジグムントと共にリクトビアも式に出席し、二人が暗殺に会えば計画通りである。リクトビアは暗殺未遂に会い、ジグムントは殺された。これは全てアーロンの仕業であったとすれば、彼を捕らえて処刑する大義名分を得られるのである。
ジグムントとアーロンを始末した後は、ソフィーの即位である。帝国軍は彼女に全面的に協力し、エステラン国初の女王誕生を後押しした。初めからソフィーは、帝国による傀儡政権樹立を画策していたため、帝国軍は彼女に協力したのである。
ソフィーが女王となった今、帝国はエステラン国を手に入れたに等しい。彼女を王とする代わりに、主に軍事関係を帝国が支配し、望むままの戦争を行なうのである。
彼女を殺し、帝国がエステラン国を完全支配する方法もあるが、彼女を傀儡とする方が支配は確実となる。何故ならば、王族全てを殺して、帝国軍がエステラン支配に乗り出すと、国そのものが帝国に反発するからである。国民は帝国を完全に敵と見なし、エステラン国軍との戦闘状態が再開される。国力が圧倒的に不足している帝国では、泥沼となるであろう再度の戦争に勝利する事は不可能なのだ。
エステランとの争いを回避し、この国を簡単に支配する方法は、王女ソフィーに女王になってもらうしかない。よって帝国軍は、張り巡らせた策略の数々で、彼女の邪魔者となる存在を消していき、彼女の即位に力を貸したのである。旧第一王子派勢力の幹部達を処刑したのも、それが理由だ。
女王ソフィーの一党独裁体制を築くため、彼女に逆らうであろう存在は、あの日全て排除した。裏でアーロンと繋がっていたとして、旧第一王子派以外にも、旧第二王子派や国王派の一部の人間も謀殺していたのである。ソフィーの王位継承に反対する可能性があった者達は、全員排除されていた。彼女が簡単に王位に就く事ができたのは、それによるところも大きい。
「でも、わからないんですよ。どうして陛下は、自分の親と兄弟を殺してまでこの国の支配者になろうとしたんですか?」
「・・・・・・それを貴方に話す必要はないでしょう」
「知りたいんです。貴女が我々に国を売ってまで手に入れたかったものを。でないと我々は、今後貴女を信用できない」
彼女は国を裏切り、親兄弟までも裏切って、権力を欲した。単に彼女が欲深い女性で、王の座を狙っていたとするならば、このような行動に出ても不思議はない。だがリクトビアは、この場で初めてソフィーと話した事で、彼女が権力欲しさに国を売った人間だと、とても思えなかったのである。
国王と王子の抹殺という望みを叶え、傀儡とは言え玉座を手に入れたにも関わらず、彼女は全く嬉しそうに振舞う事はなく、憎しみを宿した瞳で街を見渡している。その本心がわからなければ、今後女王ソフィーを信用できないと、リクトビアは言っている。国も親兄弟も裏切る事のできる人間なのだから、今度は自分達が裏切られる可能性もあるからだ。
「・・・・・・私は、この国が嫌い」
「・・・・・・」
「腐敗した王族と政治。無力で無能なくせに口ばかりな忠臣達。そんな支配者達に立ち向かわない哀れな国民。この国は、本当に腐っている」
吐き捨てるように口にした、侮蔑の言葉。国を統べる者が口にしていい言葉ではない。
彼女は自分が手にした国を見渡している。自分が手に入れたものの価値を、改めて考えているのだ。
「この国いるのは汚物ばかり。父上も、兄上達も、そして私も・・・・・」
「・・・・・少なくとも俺は、貴女を汚物だとは思いません」
「私にはエステラン王族の血が流れてる。謀略で権力を手にし、国の支配者として君臨する、忌むべき血が流れているの。現に私は、貴方に国を売ってこの地位を手に入れた」
「ですがそれは、この国を救うためではなかったのですか?貴女が女王にならなければ、今頃アーロンとメロースの内紛で国は焼かれ、ジエーデル国の魔の手によって何もかも奪われていたはずです。それを阻止して国を救ったのは、他でもなく貴女です」
リクトビアの言う事は間違っていない。確かに彼女の謀略は、二人の王子の対立からこの国を救っている。それは彼女自身も理解しているはずなのだ。
理解していながらも、彼女は国を救う道を選択した。国を嫌っていながら、彼女が国を救う道を選択した理由は、この場の誰にもわからない。
「・・・・・・気に入らなかったから」
「えっ?」
「国も民も、父上も兄上も、何もかも気に入らなかった。自分達の愚かさも醜さも認めない人間達なんか、消えてなくなればいい。私がこの国を貴方に売ったのは、自分を含めたこの国全ての者達に裁きを与えるため・・・・・・」
国王の罪。王子達の罪。国民の罪。そして、王女の犯した罪。これら全てを纏めたこの国の罪に対して、彼女は裁きを与えるためだと口にした。
人が人に裁きを与えるなど、間違っているのかもしれない。それは、とても身勝手な行ないであるからだ。それでも彼女は、裁きのために国を売った。帝国参謀長リクトビアは、彼女の言う通りこの国に裁きを与えるだろう。独裁国家ジエーデルとの戦争のために、エステランの全てを奪い続けるだろう。戦火にこの国が焼き尽くされる、その日まで・・・・・・。
「それで、本当にいいんですか?」
「これでいいの。どうせ、放っておいてもいずれ滅ぶ国だった。この国の人間は誰も納得しないでしょうけど、私に逆らう事は許さない。エステランをこんな風に腐らせたのは他でもない、この国の人間達なのだから・・・・・・」
リクトビアは彼女の姿に、自分が絶対の忠誠を誓っている主を重ねた。漆黒のドレスを身に纏い、自身の姉を殺され復讐を誓った彼女の姿と、ソフィーはよく似ていると、そう思ったのである。
ソフィーもまた、心の奥底に消せない闇を抱えた存在なのだと、彼は確信した。そして、自分自身とも似ていると感じた。だからこそ彼は、彼女を信じられる。
「・・・・・・わかりました。貴女の願い通り、俺はエステランを存分に利用させて貰います。帝国のため、俺自身のため・・・・・・・、そして貴女のために」
「帝国参謀長リクトビア・フローレンス。エステランの力は貴方に委ねます。この力を使って、貴方が敵と定めた全てを滅ぼせばいい」
「感謝致します、ソフィー・ア・エステラン女王陛下」
自国を見渡していたソフィーは、リクトビアに視線を向ける。彼の眼を見た彼女は、リクトビアの覚悟を見る。そしてまたリクトビアも、彼女の眼を見て、女王ソフィーの覚悟を知った。
互いに見つめ合う時が十を数え、場に沈黙が流れ続ける。二人の周りに控える者達は、何も言葉を発さず、唯々二人を待っていた。
先に視線を外したのはソフィーである。彼女は歩き出し、リクトビアの横を通り過ぎて、塔の頂上の出口へと進んでいった。
「コレット、話は終わりよ。城に戻りましょう」
「はい、女王陛下」
コレットと呼ばれた側近の少女を連れ、彼女は出口へと向かう。城に戻れば彼女は、この国の女王陛下。南ローミリアの盟主ヴァスティナ帝国の大陸中央侵攻に協力する、便利な操り人形として、この国と共に生きる事になるのだ。
「これだけは覚えておいて」
「・・・・・何でしょう?」
出口へ入る直前で彼女は立ち止まり、振り向く事なくリクトビアに声をかける。
王族としての責務を背負った彼女の背中には、一体どれだけの罪がこれから背負わされていくのだろうか。自分が死ぬまで、彼女はその身に余るほどの責務と罪を背負っていく。そんな彼女の背中を見たリクトビアは、彼女の背中を自らの主と重ねてしまいながら、彼女の言葉を待った。
「これで貴方と私は共犯者。裏切りは、決して許さない」
「・・・・・!」
「私の望みを叶えなさい、リクトビア・フローレンス。でなければ、貴方は必要ないわ」
そう言い残し、ソフィーはコレットを連れてこの場を後にする。場に再び流れた沈黙を破ったのはリクトビアだった。
「流石、エステラン王族の血を引いているだけある。彼女の前じゃ、俺は汚物以下だな」
「・・・・・・・」
「女王陛下のお陰で、我が軍によるアーロンの処刑は大義あるものとして認められました。これで帝国はエステラン国と正式に軍事同盟を締結し、来るべき戦いに備える事ができます」
エステラン国内に聳え立つ、一基の塔。そこは、観兵式の当日、暗殺者による狙撃が行なわれた現場である。そこには今、密会を行なっているとある人物達の姿があった。
塔の頂上で話をしている、帝国とエステラン国の主要な人物。帝国側の人物は、帝国参謀長リクトビアと軍師エミリオに加え、二人の護衛としてこの場に控える、狙撃手イヴ・ベルトーチカの三人であった。エステラン国側の人物は、第一王女ソフィーと、彼女に仕える側近の少女が一人である。
この場に集まった五人の人物。ここに皆を集めたのはソフィーであった。誰にも聞かれてはならない話をするには、この塔は打って付けの場所であったのと、彼女自身がこの場所で密会するのを望んだからである。
「互いに平等な関係ではなく、私を傀儡として、帝国がこの国を支配する軍事同盟。貴方はさぞ気分がいいでしょうね」
「傀儡政権を望まれたのは陛下の方です。まあ確かに、気分はすっごくいいですが」
「私が兄上を逆賊であったと宣言しなければ、貴方はこの国を手に入れる事はできなかった。それを忘れないで」
「わかってます。陛下には感謝の言葉もありません。陛下が我が国に送ったあの密書のお陰で、我々はこの戦いに勝利する事が出来たのですから」
国王ジグムントの暗殺と、第一王子アーロンの処刑。
これによりエステラン国は、国の支配者を完全に失ったかに思われた。誰もが新しい王を望む中、立ち上がったのはこの少女、ソフィー・ア・エステランであった。
王族唯一の姫であった彼女は、次期国王候補ではない。だが、エステラン王族の血が流れる唯一の存在ではあった。王位継承の資格を持った、最後の一人。国の主要な者達が集まった会議の場で、彼女は突然現れて、自分が王座に就くと宣言したのである。
彼女が玉座に就くと宣言し、初めはほとんどの者達が反対した。王を代々継いでいたのは王子であったし、今のソフィーの若さでは、一国を背負う事などできないと思われたからだ。
誰もが反対する中、彼女は言った。「今、誰かがこの国の王にならなければ、民は不安に怯え、国は滅ぶでしょう。誰かが民を導かなければなりません。ならばその責務、私が背負いましょう」と。
彼女の言葉を聞いて、それ以上反対意見を述べる者はいなかった。彼女の強い意志と決意を知り、皆が彼女を次の王と認めたのである。
アーロンの処刑から二日後には、ソフィーは多くの者達の力を借りて、エステラン国初の女王に即位していた。ソフィー・ア・エステランの女王即位は、国民の支持を集め、彼女はエステランの新たな支配者となったのである。
女王となったソフィーは、即位式の場で早速宣言を行なった。国王ジグムントの死は、第一王子アーロンと彼の配下による謀略であったと口にし、彼は逆賊であったと認めた。その後彼女は、国民の混乱収拾に乗り出し、国王直属の武装警護隊などを利用して、国内の混乱を治めていった。
混乱を収拾しつつ、自分に従う者達を増やしていき、女王の地位を固めていったソフィーは、ジグムントに代わって正式に、帝国との軍事同盟を締結したのである。帝国という後ろ盾を得たソフィー相手に、逆らう勢力は存在しなかった。女王ソフィーはエステランの完全な支配者となり、今回帝国が起こした軍事行動は、正義なきアーロンによる謀略から、エステラン国を守り抜いた大義ある行動だったと、彼女が宣言したのである。
ソフィーのお陰で、帝国はエステランの敵ではなく、逆賊を討つために行動したエステラン国の味方となった。彼女の言葉のお陰で、帝国の独断による軍事行動に対して、これ以上異を唱える者はいなくなった。これから両国は、軍事同盟を結ぶ同盟国同士として、対ジエーデル戦を展開していく事になるだろう。
「私と貴方の策で、この国は害悪を取り除きました。ジグムント、アーロン、そしてメロースは、将来この国を滅ぼす存在。三人を排除し、私が実権を握った今、貴方の望みは何ですか?」
「聡明な陛下ならもうお判りでしょう。エステラン国を起点とする、ジエーデル国との戦争です。この国の国力と軍事力が加われば、帝国がジエーデルに勝利する未来は遠くない」
全ては、最初から仕組んだ事であった。帝国参謀長リクトビアの謀略は、ソフィーが実権を握った事で、見事達成されたのである。
開戦前、帝国に届けられた国王ジグムントからの密書。この密書により、帝国軍はエステラン国王の力を借りて、戦局を優位に進めた。だが、帝国に密書を送り、密かに協力関係を築いていた勢力は、もう一つ存在したのである。
第一王女ソフィーが、国王にも王子達にも気付かれぬよう、密かに帝国へと送った密書。その内容は、エステラン国王と王子を倒せるならば、自国を帝国に与えるというものであった。さらに、彼女からの密書には、国王と王子を倒すためならば、どんな協力も惜しまないと記されていたのである。
帝国参謀長リクトビアのもとにその密書が届いた時、彼は配下の軍師エミリオ・メンフィスと相談し、エステラン国を帝国のものとするための、冷酷な謀略を考え出したのである。
帝国参謀長リクトビアは、国王ジグムントと手を組み、二人の王子を倒すための協力関係を築いた。しかしその裏では、第一王女ソフィーと手を結び、エステラン国王族を彼女以外抹殺する計画を進めた。リクトビアの計画は、国王と王子を皆殺しにし、王女ソフィーをエステランの新たな支配者とする事が、最終目的であったのである。
計画の第一段階は、第二王子メロースの処刑と、第一王子アーロンの幽閉であった。計画の第二段階は、国王ジグムントを暗殺し、その暗殺をアーロンの謀略だと言って濡れ衣を着させて、彼も処刑する。そして最終段階は、王女ソフィーの即位である。
そう、国王暗殺は帝国軍による謀略であったのだ。暗殺事件の表向きの概要は、アーロンの命令を受けた第一王子派の兵士が、帝国軍仮設駐屯地から狙撃銃を盗み出し、リクトビアとジグムントの暗殺を謀ったというものである。
だが実際は、全て帝国軍が仕組んだものであった。ジグムントを公の場で暗殺するために、リクトビアは観兵式を企画した。後は、ジグムントと共にリクトビアも式に出席し、二人が暗殺に会えば計画通りである。リクトビアは暗殺未遂に会い、ジグムントは殺された。これは全てアーロンの仕業であったとすれば、彼を捕らえて処刑する大義名分を得られるのである。
ジグムントとアーロンを始末した後は、ソフィーの即位である。帝国軍は彼女に全面的に協力し、エステラン国初の女王誕生を後押しした。初めからソフィーは、帝国による傀儡政権樹立を画策していたため、帝国軍は彼女に協力したのである。
ソフィーが女王となった今、帝国はエステラン国を手に入れたに等しい。彼女を王とする代わりに、主に軍事関係を帝国が支配し、望むままの戦争を行なうのである。
彼女を殺し、帝国がエステラン国を完全支配する方法もあるが、彼女を傀儡とする方が支配は確実となる。何故ならば、王族全てを殺して、帝国軍がエステラン支配に乗り出すと、国そのものが帝国に反発するからである。国民は帝国を完全に敵と見なし、エステラン国軍との戦闘状態が再開される。国力が圧倒的に不足している帝国では、泥沼となるであろう再度の戦争に勝利する事は不可能なのだ。
エステランとの争いを回避し、この国を簡単に支配する方法は、王女ソフィーに女王になってもらうしかない。よって帝国軍は、張り巡らせた策略の数々で、彼女の邪魔者となる存在を消していき、彼女の即位に力を貸したのである。旧第一王子派勢力の幹部達を処刑したのも、それが理由だ。
女王ソフィーの一党独裁体制を築くため、彼女に逆らうであろう存在は、あの日全て排除した。裏でアーロンと繋がっていたとして、旧第一王子派以外にも、旧第二王子派や国王派の一部の人間も謀殺していたのである。ソフィーの王位継承に反対する可能性があった者達は、全員排除されていた。彼女が簡単に王位に就く事ができたのは、それによるところも大きい。
「でも、わからないんですよ。どうして陛下は、自分の親と兄弟を殺してまでこの国の支配者になろうとしたんですか?」
「・・・・・・それを貴方に話す必要はないでしょう」
「知りたいんです。貴女が我々に国を売ってまで手に入れたかったものを。でないと我々は、今後貴女を信用できない」
彼女は国を裏切り、親兄弟までも裏切って、権力を欲した。単に彼女が欲深い女性で、王の座を狙っていたとするならば、このような行動に出ても不思議はない。だがリクトビアは、この場で初めてソフィーと話した事で、彼女が権力欲しさに国を売った人間だと、とても思えなかったのである。
国王と王子の抹殺という望みを叶え、傀儡とは言え玉座を手に入れたにも関わらず、彼女は全く嬉しそうに振舞う事はなく、憎しみを宿した瞳で街を見渡している。その本心がわからなければ、今後女王ソフィーを信用できないと、リクトビアは言っている。国も親兄弟も裏切る事のできる人間なのだから、今度は自分達が裏切られる可能性もあるからだ。
「・・・・・・私は、この国が嫌い」
「・・・・・・」
「腐敗した王族と政治。無力で無能なくせに口ばかりな忠臣達。そんな支配者達に立ち向かわない哀れな国民。この国は、本当に腐っている」
吐き捨てるように口にした、侮蔑の言葉。国を統べる者が口にしていい言葉ではない。
彼女は自分が手にした国を見渡している。自分が手に入れたものの価値を、改めて考えているのだ。
「この国いるのは汚物ばかり。父上も、兄上達も、そして私も・・・・・」
「・・・・・少なくとも俺は、貴女を汚物だとは思いません」
「私にはエステラン王族の血が流れてる。謀略で権力を手にし、国の支配者として君臨する、忌むべき血が流れているの。現に私は、貴方に国を売ってこの地位を手に入れた」
「ですがそれは、この国を救うためではなかったのですか?貴女が女王にならなければ、今頃アーロンとメロースの内紛で国は焼かれ、ジエーデル国の魔の手によって何もかも奪われていたはずです。それを阻止して国を救ったのは、他でもなく貴女です」
リクトビアの言う事は間違っていない。確かに彼女の謀略は、二人の王子の対立からこの国を救っている。それは彼女自身も理解しているはずなのだ。
理解していながらも、彼女は国を救う道を選択した。国を嫌っていながら、彼女が国を救う道を選択した理由は、この場の誰にもわからない。
「・・・・・・気に入らなかったから」
「えっ?」
「国も民も、父上も兄上も、何もかも気に入らなかった。自分達の愚かさも醜さも認めない人間達なんか、消えてなくなればいい。私がこの国を貴方に売ったのは、自分を含めたこの国全ての者達に裁きを与えるため・・・・・・」
国王の罪。王子達の罪。国民の罪。そして、王女の犯した罪。これら全てを纏めたこの国の罪に対して、彼女は裁きを与えるためだと口にした。
人が人に裁きを与えるなど、間違っているのかもしれない。それは、とても身勝手な行ないであるからだ。それでも彼女は、裁きのために国を売った。帝国参謀長リクトビアは、彼女の言う通りこの国に裁きを与えるだろう。独裁国家ジエーデルとの戦争のために、エステランの全てを奪い続けるだろう。戦火にこの国が焼き尽くされる、その日まで・・・・・・。
「それで、本当にいいんですか?」
「これでいいの。どうせ、放っておいてもいずれ滅ぶ国だった。この国の人間は誰も納得しないでしょうけど、私に逆らう事は許さない。エステランをこんな風に腐らせたのは他でもない、この国の人間達なのだから・・・・・・」
リクトビアは彼女の姿に、自分が絶対の忠誠を誓っている主を重ねた。漆黒のドレスを身に纏い、自身の姉を殺され復讐を誓った彼女の姿と、ソフィーはよく似ていると、そう思ったのである。
ソフィーもまた、心の奥底に消せない闇を抱えた存在なのだと、彼は確信した。そして、自分自身とも似ていると感じた。だからこそ彼は、彼女を信じられる。
「・・・・・・わかりました。貴女の願い通り、俺はエステランを存分に利用させて貰います。帝国のため、俺自身のため・・・・・・・、そして貴女のために」
「帝国参謀長リクトビア・フローレンス。エステランの力は貴方に委ねます。この力を使って、貴方が敵と定めた全てを滅ぼせばいい」
「感謝致します、ソフィー・ア・エステラン女王陛下」
自国を見渡していたソフィーは、リクトビアに視線を向ける。彼の眼を見た彼女は、リクトビアの覚悟を見る。そしてまたリクトビアも、彼女の眼を見て、女王ソフィーの覚悟を知った。
互いに見つめ合う時が十を数え、場に沈黙が流れ続ける。二人の周りに控える者達は、何も言葉を発さず、唯々二人を待っていた。
先に視線を外したのはソフィーである。彼女は歩き出し、リクトビアの横を通り過ぎて、塔の頂上の出口へと進んでいった。
「コレット、話は終わりよ。城に戻りましょう」
「はい、女王陛下」
コレットと呼ばれた側近の少女を連れ、彼女は出口へと向かう。城に戻れば彼女は、この国の女王陛下。南ローミリアの盟主ヴァスティナ帝国の大陸中央侵攻に協力する、便利な操り人形として、この国と共に生きる事になるのだ。
「これだけは覚えておいて」
「・・・・・何でしょう?」
出口へ入る直前で彼女は立ち止まり、振り向く事なくリクトビアに声をかける。
王族としての責務を背負った彼女の背中には、一体どれだけの罪がこれから背負わされていくのだろうか。自分が死ぬまで、彼女はその身に余るほどの責務と罪を背負っていく。そんな彼女の背中を見たリクトビアは、彼女の背中を自らの主と重ねてしまいながら、彼女の言葉を待った。
「これで貴方と私は共犯者。裏切りは、決して許さない」
「・・・・・!」
「私の望みを叶えなさい、リクトビア・フローレンス。でなければ、貴方は必要ないわ」
そう言い残し、ソフィーはコレットを連れてこの場を後にする。場に再び流れた沈黙を破ったのはリクトビアだった。
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それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~
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高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。
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