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第三章 追う者と追われる者
ベレッタ
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暗闇の中に小さな火がポッと灯った。ゆらゆらと揺れながら移動していくその火の光の中に照らし出されるのは粉々になったガラスの破片、そして緑色に鈍く輝くスコッチ・ウイスキーのボトルである。
暁明はライターの火を消してそのボトルを手に取り、カウンターテーブルに並べられたスツールのひとつに腰を下ろした。グラスにウイスキーを注いでストレートでぐいと呷る。カッと喉が焼けるように熱くなり、体をじわりと温まってくる。
もう一度ライターをつけ、口にくわえたタバコに火をつけた。束の間、そのぼんやりとした光の中に店内の様子が照らし出される。フロアにはガラスの破片などが散在し、木の壁には銃弾の痕が残されている。
雑居ビルの五階に位置する、中国マフィアの息のかかったスタンドバー。特殊治安部隊の襲撃を受けたあとだった。彼らのアジトになっていたのは店の奥の事務室のさらに奥の部屋だが、銃撃戦はこの店内のほうで激しく行われたようである。
ライターの火が消えると、暗闇の中にタバコの火だけがポツリと灯る。暁明が煙を吸い込むと、その火は少しだけ大きくなる。ふうっと煙を吐き出し、ウイスキーをちびりと飲んだ。
短くなったタバコを陶器の灰皿でもみ消した。そのとき、ふいに眩い光に照らされて目を細めた。店の入り口に誰かが懐中電灯をもって立っていた。
「ボス……ですか?」
「誰だ?」
「私です。王浩宇です」
懐中電灯の光がくるりと反転した。その光の中にチャコールグレーのジャケットを着た浩宇の姿が浮かび上がった。黒縁の丸メガネをかけ、髪の毛は七三分けにしている。
「ここ座ってもいいですか?」
「ああ」
浩宇はL字型になっているカウンターの暁明の斜め向かいの席に着いた。懐中電灯はつけたままカウンターの上に置いた。
「一杯いただきます」
そして自分でウイスキーをグラスに注いで一口飲む。
「なにしにここへ来た?」
「ここに来ればボスに会えるような気がして。私の勘はよく当たるんですよ」
浩宇は元々有島の商社に勤める堅気の駐在員だった。その後、暁明の組織に加入。商社マン時代に培ったビジネスセンスを活かして組織の利益拡大に大きく貢献し、ほんの数年で幹部のひとりにまでのし上がっていた。ピンチに見舞われたときに少しも動じない胆力も暁明は高く評価していた。
「それより、ボスのその格好はいったいなんですか?」
暁明はアラブ人から買い取った白い民族衣装をずっと着続けていた。
「こんなのでもそれなりにあいつらの目を欺くことはできるんだ。中国マフィアのボスがまさかアラブ人の格好をしているとは思わんだろう」
「ちゃんと洗濯してるんですか? 汚れてますよ」
「こっちはずっと逃亡生活を続けてるんだ。そんな余裕あるかよ。おまえはどうなんだ?」
「私は大丈夫です。堅気のビジネスマンにしか見えませんから。元々そうでしたし」
暁明はふんッと鼻を鳴らしてウイスキーを飲む。空になったグラスに浩宇がおかわりを注いだ。
「で、本題に入りますけど……」
「ああ」
「私のところに連絡が来たのはまだ三日前です。組織を解散するというのは本当ですか?」
「本当だ」
「どうしてですか?」
「これ以上続けても死人を増やすだけだ」
「尻尾を巻いて逃げるというわけですか?」
「俺を挑発してるつもりか?」
「このままやられっぱなしでいいんですか? 私はボスに憧れて、ボスのような男になりたくて組織に入ったんです。ボスがその気ならどこまでもついていきますよ」
「組織は解散する。これは決定だ」
「どうしてもですか?」
「そうだ。諦めろ」
浩宇はふうっと小さくため息をついてウイスキーを飲む。そのままグラスを口元に当てて考え込むような表情を見せた。
しばらくして暁明のほうに刺すような鋭い視線を向ける。スツールから立ち上がり、ジャケットの内側から拳銃を取り出して発砲した。
ダン!
響く銃声。懐中電灯の光の中を静かに漂う硝煙。
「う、うう……」
店の入り口のほうから呻き声が聞こえた。暁明は後ろを振り向いた。男が前のめりにドサリと倒れ、その手元に拳銃が転がった。フロアに血がじわりと広がっていく。
浩宇は格子柄のシャツを着た男の死体を足でひっくり返して仰向けにし、その顔を懐中電灯で照らした。眉間を貫いて斜めに走る傷跡。暁明の知っている顔だった。
「杰勇……」
「どうしてこいつがボスの命を……?」
「心当たりはある。こいつが暴走したときに少し痛い思いをさせてやった。そのときのことを根に持っていたんだろう」
浩宇はスツールに戻った。
「ボスはこれからどうするつもりなんですか?」
「有島に残る。そして、すべてにけじめをつける。警察以外にもきっちりと借りを返してやらないといけない奴がいるんでな」
「それなら、私も有島に残ります」
「おまえは中国に帰れ」
「嫌です。けじめをつけたらまた組織を復活させるつもりなんでしょう? 私は有島に残ってそれを待ちますよ」
「……勝手にしろ」
「武器はあるんですか?」
「ない」
「では、とりあえずこれを使ってください」
浩宇はそう言ってカウンターの上に拳銃を置く。ベレッタの自動拳銃。暁明はためらいがちにそれを見つめ、しばらくして手に取る。手に馴染ませるようにしてグリップを握った。少し向きを変えると、懐中電灯の仄かな光を受けて銃身が黒光りした。
暁明はライターの火を消してそのボトルを手に取り、カウンターテーブルに並べられたスツールのひとつに腰を下ろした。グラスにウイスキーを注いでストレートでぐいと呷る。カッと喉が焼けるように熱くなり、体をじわりと温まってくる。
もう一度ライターをつけ、口にくわえたタバコに火をつけた。束の間、そのぼんやりとした光の中に店内の様子が照らし出される。フロアにはガラスの破片などが散在し、木の壁には銃弾の痕が残されている。
雑居ビルの五階に位置する、中国マフィアの息のかかったスタンドバー。特殊治安部隊の襲撃を受けたあとだった。彼らのアジトになっていたのは店の奥の事務室のさらに奥の部屋だが、銃撃戦はこの店内のほうで激しく行われたようである。
ライターの火が消えると、暗闇の中にタバコの火だけがポツリと灯る。暁明が煙を吸い込むと、その火は少しだけ大きくなる。ふうっと煙を吐き出し、ウイスキーをちびりと飲んだ。
短くなったタバコを陶器の灰皿でもみ消した。そのとき、ふいに眩い光に照らされて目を細めた。店の入り口に誰かが懐中電灯をもって立っていた。
「ボス……ですか?」
「誰だ?」
「私です。王浩宇です」
懐中電灯の光がくるりと反転した。その光の中にチャコールグレーのジャケットを着た浩宇の姿が浮かび上がった。黒縁の丸メガネをかけ、髪の毛は七三分けにしている。
「ここ座ってもいいですか?」
「ああ」
浩宇はL字型になっているカウンターの暁明の斜め向かいの席に着いた。懐中電灯はつけたままカウンターの上に置いた。
「一杯いただきます」
そして自分でウイスキーをグラスに注いで一口飲む。
「なにしにここへ来た?」
「ここに来ればボスに会えるような気がして。私の勘はよく当たるんですよ」
浩宇は元々有島の商社に勤める堅気の駐在員だった。その後、暁明の組織に加入。商社マン時代に培ったビジネスセンスを活かして組織の利益拡大に大きく貢献し、ほんの数年で幹部のひとりにまでのし上がっていた。ピンチに見舞われたときに少しも動じない胆力も暁明は高く評価していた。
「それより、ボスのその格好はいったいなんですか?」
暁明はアラブ人から買い取った白い民族衣装をずっと着続けていた。
「こんなのでもそれなりにあいつらの目を欺くことはできるんだ。中国マフィアのボスがまさかアラブ人の格好をしているとは思わんだろう」
「ちゃんと洗濯してるんですか? 汚れてますよ」
「こっちはずっと逃亡生活を続けてるんだ。そんな余裕あるかよ。おまえはどうなんだ?」
「私は大丈夫です。堅気のビジネスマンにしか見えませんから。元々そうでしたし」
暁明はふんッと鼻を鳴らしてウイスキーを飲む。空になったグラスに浩宇がおかわりを注いだ。
「で、本題に入りますけど……」
「ああ」
「私のところに連絡が来たのはまだ三日前です。組織を解散するというのは本当ですか?」
「本当だ」
「どうしてですか?」
「これ以上続けても死人を増やすだけだ」
「尻尾を巻いて逃げるというわけですか?」
「俺を挑発してるつもりか?」
「このままやられっぱなしでいいんですか? 私はボスに憧れて、ボスのような男になりたくて組織に入ったんです。ボスがその気ならどこまでもついていきますよ」
「組織は解散する。これは決定だ」
「どうしてもですか?」
「そうだ。諦めろ」
浩宇はふうっと小さくため息をついてウイスキーを飲む。そのままグラスを口元に当てて考え込むような表情を見せた。
しばらくして暁明のほうに刺すような鋭い視線を向ける。スツールから立ち上がり、ジャケットの内側から拳銃を取り出して発砲した。
ダン!
響く銃声。懐中電灯の光の中を静かに漂う硝煙。
「う、うう……」
店の入り口のほうから呻き声が聞こえた。暁明は後ろを振り向いた。男が前のめりにドサリと倒れ、その手元に拳銃が転がった。フロアに血がじわりと広がっていく。
浩宇は格子柄のシャツを着た男の死体を足でひっくり返して仰向けにし、その顔を懐中電灯で照らした。眉間を貫いて斜めに走る傷跡。暁明の知っている顔だった。
「杰勇……」
「どうしてこいつがボスの命を……?」
「心当たりはある。こいつが暴走したときに少し痛い思いをさせてやった。そのときのことを根に持っていたんだろう」
浩宇はスツールに戻った。
「ボスはこれからどうするつもりなんですか?」
「有島に残る。そして、すべてにけじめをつける。警察以外にもきっちりと借りを返してやらないといけない奴がいるんでな」
「それなら、私も有島に残ります」
「おまえは中国に帰れ」
「嫌です。けじめをつけたらまた組織を復活させるつもりなんでしょう? 私は有島に残ってそれを待ちますよ」
「……勝手にしろ」
「武器はあるんですか?」
「ない」
「では、とりあえずこれを使ってください」
浩宇はそう言ってカウンターの上に拳銃を置く。ベレッタの自動拳銃。暁明はためらいがちにそれを見つめ、しばらくして手に取る。手に馴染ませるようにしてグリップを握った。少し向きを変えると、懐中電灯の仄かな光を受けて銃身が黒光りした。
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