魔法少女は死んだ

ラムダム睡眠

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1話 かつて彼女がいた

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 銃声を3つ轟かせる。
 化け物の叫びが聞こえる。
 化物は光となって散っていく。
 化け物の後残ったのは少年ただ1人。
 足で腹を突いてみる。

「んん……………」

 生きているようだ。
 怪我もなさそう。
 いや、無事じゃない。
 「アクの種」を心に植え付けられている。
 心臓部が紫色に光っている。
 取り除けない。手遅れだ。

 殺(や)らねば。
 もう1発銃弾を打ち込む。
 心臓めがけて、1発。

 もう一度足で突いてみる。無反応。
 足でひっくり返してみる。無反応。
 死んだ。

 ため息をつく。
 結果的に、公園に少年の死体が1体。
 またニュースは報じるだろう。
 「連続殺人鬼が現れた」と。
 辟易する。
 私が嫌いな奴が私の嫌いな言葉で私を揶揄する。
 クソくらえだ。

 走る。
 逃げるように走る。
 捕まらないように走る。
 捕まれば、あの子の望むものを手に入れることができない。

 悪を為そう。
 善を穢そう。
 花の名を穢した私ができる唯一の手向けなのだから。

◆◆◆◆◆

 魔法少女が死んだ。
 私の友達だった「錦野リッカ」が死んだ。
 中学のクラスは騒然とした。この時初めて、クラスの誰もが彼女が魔法少女だと知ったのだから。
 私以外が。

 葬式が執り行われた。
 いろんな人が来た。クラスのみんなだけじゃなく、例えば市長や県知事や、はたまた大臣と名乗るジジイまで来ていた。総勢3000人、ニュースでは1万人以上が葬式に来ていたと報じた。

 それほどのまでの損失だったのだ。
 日本中に突然出現した化け物「デステイカー」。人間に埋め込まれた「アクの種」が時間経過などで人間の体に根を張った時、その人間の最も為したいと思う悪行を具現した化け物。
 警察の拳銃では歯が立たない。自衛隊のミサイルでは周辺に危害が及ぶ。
 そんな悩める国家武力の代わりになっていたのが、日本で唯一確認された「魔法少女」。
 日曜朝のアニメのようにデステイカーを鎧袖一触する様に大衆は歓喜した。日本各地に現れるデステイカーを笑顔のまま葬り去る魔法少女を崇める民衆は、それでも魔法少女の正体を知ることはなかった。
 お偉いさんが来るのも納得できる。テレビでは2ヶ月経っても魔法少女の損失についてコメンテーターが話し合ってたくらいだし。

 私だけが知っていた。魔法少女の正体を。錦野リッカの正体を。
 放課後の教室、先週の英語の課題を提出するべく勤しんでいた私に、彼女がそっと耳打ちをした。
 呪いの言葉を、一言だけ。

◆◆◆◆◆

「やりすぎだ」

 間違ったほどに暖房の効いた埃臭い部屋で女は説教を始める。まともに取り合う必要もないし、指摘も理解しているから、手元の拳銃の手入れに勤しむ。
 いくらか女は私の反応を求めたが、自分の言葉が届いていないことを悟ったのか、大きくため息をした後に埃が舞うソファにもたれかかった。

「はあ~。話も聞かない命令も聞けない、飛んだクソガキのお守りを頼まれたもんだな、全く」

「美玲、何度も言ってるけど、私は子供じゃない。聞くべき話は聞くし、従うべき命令も従う。そう私が思ったなら」

「そうやって私のこと無視するところが子供なんだよ。自分が何しているかわかってるの?」

 ポチと美玲がリモコンのボタンを押す。若い女性のキャスターと太ったおじさんのアナウンサー、そして教授と呼ばれる人が一つの議題に溺れているようだった。

『つまりですよ?この一連の殺人事件の犯人は高度な知能路持っている。そして何より人の死をなんとも思わない残虐性を持っている。サイコパスと言った方がいいでしょうね。魔法少女という抑止力が消えた今、自分の殺人欲を果たし始めている。仮に警察が犯人の目星をつけようと、証拠がない限り検挙には至れない。そしてそう言う犯人はえてして証拠をそう簡単に漏らすことはない。逮捕には当分時間がいるでしょう』

『なるほど、ありがとうございます。えー、ではここで、この2年間で起きた事件の数々について、今一度振り返ってみましょう』

「せめて行方不明にすれば、ここまで警察の警戒が強くなることもなかった。他にもバレないようにしようと思えばやれることはあった。ここまで大々的になっているのは、シノ、あなたの浅慮のせいじゃなくて?」

「………別に。そうしたいと思ったのは私だし、この結果を招いたのを私だし、今更何か弁明する気はない。下衆の勘ぐりがこんなにもムカつくのも知れたからいいんじゃない?」

「………一応念のため言っておくけど、テレビ局に突っ込んでいかないよね?」

「デステイカーが出なければ、ね」

 リモコンを奪い、テレビの音量をミュートにする。

「あ、貴様っ!?」

 そのまま美玲のソファの後ろ、事務机の横のゴミ箱めがけて投げる。ゴミ箱の淵に当たってあさっての方向へ飛んで行った挙句、ゴミ箱が倒れて中の屑がボロボロと床に流れ出る。
 うわあ。
 見なかったふりをして銃を隣の棚の引き出しの中に丁寧にしまう。が、起き上がった美玲に耳を摘まれる。痛い。

「何無視してんのよ。さっさと拾ってテレビの音量あげなさい。番組変えてもいいから」

「痛いからやめて。言葉でわかる、わかるから」

「この前掃除しろっつって忘れて寝ていたやつの口から出る言葉かしら?」

 耳が痛い。いろんな意味で、耳が痛い。
 手を振り払って、仕方なく言う通りにする。リモコンを机に置くついでに番組はいつもの教育系テレビで島の猫の番組にしておく。ニュースほどイライラを募らせる番組はない。

(髪、伸びたな)

 ゴミを拾うとき目にかかった前髪を見てふと思う。ゴミを拾い終わって、ちょうど机の上にあった置き鏡を見る。
 肩よりかなり伸びて、前髪もいつもヘアピンで止めていたからわからなかったけど、目の下、鼻の真ん中くらいまで伸びている。全体的に毛量が増えていて、遠目から見たら多分黒いマツタケみたいに見えそうだ。
 初めて自分の髪の長さに驚く。最後に切ったのは、いつだっただろうか。夏の最後くらいだから、3ヶ月くらい前か。

「だから髪切ればって言ったのに」

 置き鏡の中のソファからミレイが覗く。金髪を後ろでポニーテールのようにまとめた髪が、凛々しくこちらを見る大人びたイケメン顔に似合っているなんて言いたくない。30代手前にしては若すぎる顔を突きつけないでほしい。

「なんのこと?」

「今、髪長いって思ったでしょ。髪切れって前行ったのに。やっぱり話聞いてなかったんじゃない」

「聞いてた。今切るべきじゃないって思っただけ」

「一昨日の話よ?」

「……………」

 聞いていた。聞いていたとも。ただ親くらいうざい人間の話を聞き流していただけ。耳には入っていたとも。頭に入っていないだけで。
 いつの間にか両肩に美玲の手が置かれている。何をするのかと思ったら

「そこに座んなよ」

 机の前の椅子に座らせられる。置き鏡が私の前に置かれ、寒暖差でできた露ごしの光を背に美玲が大きな白い布を頭からかぶせてくる。鋏とくしを手に、私の背後に回る。

「言っても聞かない子供には実力行使しかないからね。切ってあげるよ。何、3ヶ月前にタイムスリップさせてあげるだけだから、変な髪にはしないよ」

「………子供じゃないって言ってるでしょ」

 鋏も持たれたら下手に抵抗するわけにもいかないし、美玲の好意を無碍にするわけにもいかず、大人しく髪を切られることにする。
 チョキチョキ、チョキチョキと。

 鏡より事務所全体を見渡す。よく美玲はこんな事務所を設けていられる。
 今座っている椅子と目の前の机。その向こうに、寝るには埃臭いソファとテーブルと、客人のための1人用のソファと、その向こうに1つだけの扉と。あと初見の人が目を見張るものといえば、左の壁のガラスケースに飾られた猟銃たちその下のテレビ、右の棚に雑に整理してある魔法少女についての書類諸々。
 私だって高校に通ってて暇じゃない。ここにくるのはデステイカーを倒した夜か、土曜日か今日のような日曜日。掃除は土曜日に私が来て適当にやるけど、それ以上に埃の溜まり具合がひどい。
 たまに土日の間はここで1泊するのが通例だから、ソファだけでもきれいにしておきたいのだけど。
 きれいにする速度より、汚くなる速度が10倍くらい早い。なんでだ。

「髪切るの、結構うまい」

「そりゃ元理髪店の従業員だしねー。これくらいはお手のものよ」

 慣れた手つきで私の黒い髪がバサリバサリと落ちていく。床に、手に、白い布に。

「あ、そうだ。今度の土日、九州に飛ぶから。金曜日に飛び立つから、」

「コンビニ行くからみたいな感覚で言わないでほしい。来週は………そうか。お母さんたちの結婚記念日でうち姉しかいないのか。ならいいか。もしかして、狙ってた?」

「半々。この時期シノ1人になっれるなってのもあるけど、あと単純に異変の報告が重なっただけ。いつのもの如く、拒否権はないよ」

「今まで拒否したことあった?」

 三十路の女の女子高生が2人だけで泊まり含めた遠出、なんて危ない匂いしかしないけど、構わない。今デステイカーを倒せるのは私しかいないのだから。

「土曜から調査したいし、金曜に迎えに行くから。わかってるとは思うけど」

「荷物は荷物にまとめておくから。鍵もいつもの場所に置いておくから」

「ポストの奥だよね。そっちこそきちんと準備しておいてよ。準備忘れとかあってももう面倒見ないからね」

 何が悲しくて学校が終わる金曜の夕方から九州に向かわないといけないのだろう。私がいる首都圏にデステイカーが発生しないのは、合理的なんだろうけど。
 逆にいえば、リッカはよく全国に渡ってデステイカーを倒し回っていたものだ。当時はそこまで散らばって出現しなかったから、少しは楽ができたのかも知れないけど。

 警察とか消防とか自衛隊とか、そういうところで対処してくれるなら、私たちだってわざわざ九州に行きやしない。ただ無能とまでは言わないまでも、彼らは少々非力すぎる。
 例えば拳銃。私もデステイカーを倒すために使う気ど、私の方が特殊なくらいで、一般的には拳銃はデステイカーには通じない。
 例えばミサイルや核兵器。デステイカーを傷つけたり動きを鈍らせることはできるかも知れない。が、決定打に欠ける。
 威力だけでは倒せない。デステイカーへの有効なダメージは与えられない。
 風呂場のカビに台所用洗剤をかけているようなもの。攻撃方法が間違っている。
 もしデステイカーに効果的なダメージを与えるためには、魔力を込めた攻撃でなくてはならない。
 リッカのように体を魔力で包んで直接殴るのもよし、必殺技で魔力のビームを出すのもよし、私みたく魔力を込めた弾丸を撃ち込むのもよし。とにかく、魔力で攻撃できればいい。
 そんなこと、自衛隊や警察にできるわけがない。だから私が出なくてはならない。

 私だって、初めからですテイカーと戦えていたわけではない。
 それこそ初めのうちは美玲に付き添ってもらっていた。腰が抜けて何もできない私を、傍に抱えて一緒に逃げてくれたこともあった。腹を貫かれて痛がる私を治療してくれたこともあった。何度も続く襲撃に参りそうなとき、学校をサボって遊園地に連れて行ってくれたこともあった。

 いつからだろう。恐怖を飼い殺せるようになったのは。
 いつからだろう。痛みを噛み殺せるようになったのは。
 いつからだろう。感情を押し殺せるようになったのは。
 これではまるで、私自身が暴走するデステイカー永逝の簒奪者のような___

「___寝てた?」

「寝てた寝てた。静かだからこっちとしては寝てくれた方がいいけど」

 もうういぶんきり終わったようだった。煩雑に伸び切っていた紙は、3ヶ月前と同じく綺麗に散髪された。前髪は目よりすこすえに、後ろも肩にかからないくらい、全体的にも肩にかかるかどうかくらいの、鬱陶しさを感じないほどの髪の長さ。
 さすがは元美容師。昔取った杵柄、散髪の腕は衰えることはない。
 疲労積もる眠気を取り払う。最近は寝不足に拍車がかかっている気がする。デステイカーの出現時間が夜なのが悪い。

 美玲が白い布を取り払って、散髪は終わり。ボトボトと切った髪の束が床に落ちる。

「………もしかして、これ全部私が掃除するの?」

「自分の髪の毛なんだから自分で掃除してよね」

「……………はぁ」

 ため息一つ。
 美玲は久久に髪を切れて満足なのか、タバコを悠々と吹き始める。紫煙と不愉快な暖気が広がる事務所。
 棚の下にある箒とちりとりで散らばった髪の毛たちを集める。そうしている間にも、副流煙がゆらゆらとふざけた動きで空気中に漂う。
 掴もうとしても、逃げる。
 睨んでも、増える。

 髪の毛を全て捨て切っても、立ち込める苛立ちを抑えられない。
 背中の窓たちを全部開く。乱雑に開かれた窓は跳ね返って中途半端に止まる。

「な、ちょっと!?」

 冷たく激しい風が事務所ないを駆け巡る。棚の書類は棚を飛び出しバサバサ暴れ狂い、塵も煙も一掃してくれる。
 頬にあたる風の寒気を抑えて、学校指定の薄汚れた青いサブバッグと砂に汚れた黒のリュックサックを片手ずつに持つ。

「なーにやってんのよ!散らかさないでよ!!」

「空気の入れ替えしないと病気になるし、ちょうどいいよ。タバコなんて毒吐かないで欲しいし、たまには自分で掃除するのもいいんじゃない?」

 リュックサックをからって、サブバッグを肩にかけて、手袋をはめて、緑のチェックのマフラーを首に巻いて。
 窓のフレームに映る私の姿。顔とマフラー以外黒と紺に身を包んだ、女子高生の影が1つ。

「じゃあ私帰るから。後始末頑張れ」

「ちょ、待ちなさいよ!あんたが少しは手伝」

 ドアを閉めたら、音が止んだ。
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