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ジャック・パーク
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いつかおれだって…
心の中で何度も唱えながら、彼はその日常を耐えていた。
「おいお前!早く馬をやれ!!」
「か、かしこまりましたオースト坊ちゃん。」
自分の息子でもおかしくない年齢の子供に乗られ、この豪邸の敷地内にある、砂利の庭で「お馬さんごっこ」なるものに付き合わされてるこの男は、ほんの10年ほど前までは、ごく普通の一般家庭で生きる普通の男だった。
「お、おい!もっとちゃんと歩けよ!揺れのせいで頭が痛くなるじゃないか!パパーーーー!」
オーストの叫び声を聞けば、まるで地震が発生して一目散に逃げる時のような勢い、もしくはアトランティスを世紀の大発見したかのような勢いで庭まで彼の父親が飛び出してくる。
「おい貴様、オーストに何をした!!」
ビュッと、慣れた手つきで、鞭を振り回し馬乗りになられてる男にその鞭を振り下ろす。
「と、とんでもございません。ジェット卿の大事なご子息ですから、それはもう丁重に…」
「うるさい、この子が病弱なのを知っているだろうに。言い訳など聞きたくないわ!!」
バシッ バシッと何度も鞭を男の身体に叩きつけ、その度に彼の白いシャツに赤色の染みが広がっていく。
罰を済ませ、オーストと共に部屋に戻るジェットに頭を下げ続け、入ったのを見て直ると、今度はオーストの兄であるサンジュが嫌な笑顔を浮かべやってきた。
「おいお前」
「何でしょうか坊ちゃん」
「お前の名前、おれ知ってんぜ」
男はギクリとした。
それもそのはず、奴隷雇用されている人々は名前を持つ事を許されておらず、その雇用主以外の物がその者の名前を知ってしまった時、規約により殺処分されてしまうのだから。
「私に名前などありません。私たち"エイプ"はその名の通りただのエイプなんですから。」
奴隷雇用さている者達は、エイプと呼称されている。
意味は猿
つまり人間じゃないという扱いの表れである。
「ほぉー?ならエイプさん、猿は猿なりにおれを楽しませてくれよ。モンキーショーの始まり!」
早く踊れよ!と囃し立てるサンジュに抗うことができる訳もなく、タップダンスを披露していたが、彼がそんな"まとも"な事で満足する訳もなく
「おい、どうしたエイプ!もっとやれよ!陰部を出してフラダンスでも踊ってみたらどうだ!!」
その提案を断れば、また酷い目に合う。
断ることも出来ず、従い実行すればやはり彼の中には物凄い羞恥心が襲い、人としての尊厳を奪われる感覚に陥った。
キキッと独特な笑い方をするサンジュには、苛立ちも倍増する。
しばらくすると、サンジュが席を立ち「そのまま続けとけ」とだけ言い残し去っていった。
いつまでも続ける訳にもいかず、サボりという名の休息を得た。
数分がたち、足音が聞こえたのを確認し再開すると、サンジュがわざとらしく驚いた。
「な、何をやってるんだお前!?」
「貴方様がやらせただろうに」と言いかけたが、そこには自分が予想してなかった光景があった。
「ひっ、あなたどういうつもりなの?」
そこには、ジェット卿の奥方であるこの地域で1番美しいメリー夫人が立っていた。
「お母さん、エイプのあそこがどんどん大きくなってく。」
まるで原理を知らない純粋な子供のような演技をして母親に尋ねれば、メリー夫人の顔がどんどんと赤らめていった。
「穢らわしい!サンジュ、早く一緒に部屋に戻りましょう。エイプ、あなたは今日から1週間餌はナシです。」
この屋敷に買われて約10年、こんな事が毎日起きその度に「いつかおれだってあの地位に立つんだ」と耐えてきたが、もう我慢の限界だった。
「もういいだろう」
そう呟き、男は屋敷の塀を登り始めた。
しかし、突発的に起こした無計画な行動を屋敷の人々が見逃す訳も無かった。
「あ、あなた!!ヤツが脱走しようとしてるわ!」
「お父さん!ヤツが逃げちゃう!」
「なんだと?小賢しい野郎め!」
片手に何か飛び道具のような者を掴み庭先に飛び出してきたジェットが叫んだ。
「今すぐ戻ってこい、さもなければこの引き金を引くぞ」
だが、彼は知っていた。その飛び道具に殺傷能力が無いことを。
「最終警告だ、3つ数える間に戻ってこい。1」
彼は心の中で誓った、絶対に戻らない。
塀をよじ登るスピードがまたひとつ上がる。
「2」
ヤツらに目にもの見せるんだ
「3」
必ず…………
パンッと音が響き、背中に何か衝撃を感じた。
「何か善行をした訳でも無いが、悪行を行った訳でもない。それにしては少し苦難を受けすぎている貴方の人生を、私は哀れみそして、尊ぶ。よく考え、そして正しく使いなさい。
力は、時に幸福を、時に悲しみを呼び込みます。幸せを祈るのです。そして貴方に幸運を、パーク殿。」
目を覚ますとそこは地下牢だった。
「目を覚ましたか、薄汚い猿め。」
檻の外から腕を組み、こちらを睨みつけているジェット卿が居た。
「私は…なぜ…」
「エイプが脱走時のために麻酔銃が支給されてる事くらい知っているだろう。」
「そうか…だから死にはしなかったが、意識を失ったのか。」
「口の利き方には気をつけろ、何をいい気になっているのか知らんが、エイプ如きがタメ口など…」
ぶつくさと文句を垂れているジェット卿を尻目に、男はここからどう抜け出すかを考えていた。
さっきは、本当に突発的な行動だったため、呆気なく捕まってしまったが、おれたちだって人間なんだ、頭を使えばこんな事容易いはずだ。まずはこの牢屋から抜け出す為必要な道具を探さなきゃ。
「大体お前のような………おい、何をキョロキョロしてる?」
ジェット卿が不審な動きをする彼に気づき、咎めると男はつい癖なのか、両膝を付いて両手を後頭部に付け服従の姿を見せた。
「旦那様がお疑いしているような事など一切しておりません。」
「ハッ、どうせ能無しのエイプだ。檻の鍵でも探してたんだろうが、バカには分からないだろうね、檻の中に鍵を置いていたら鍵が閉めれないことをさ。」
ベッと唾を吐きかけ、地上に上がって行ったジェット卿を眺めながら、男はいま密かに起こっていた事にただただ驚いていた。
「どうなってんだこれは…」
ジェット卿が「鍵」と言い始めた辺りで、彼は確かに牢屋の鍵を思い浮かべた。そしたらなんと、手の中に鍵が現れたのだ。
「そんな事があるはず……」
正しく使いなさい。
誰かは分からないが、誰かの声で頭の中をその言葉が再生された。もしかしたら、他にもなにか…
「食べ物だ…次は食べ物を……。」
何も現れない。
「ハッ…馬鹿らしい。そんな事がある訳ないな。あったならまた手のひらに今度はリンゴが出るはず……」
彼はまたまた驚いた。
手のひらに真っ赤で大きなリンゴが現れた。
「す、すごい…。これは、魔法なんじゃないのか?」
その後も色々試してみた。
食べ物、武器、生き物何でも作り出せる、そして物の姿を変えることもできる。
彼は確信した。
「おれは、魔法を手に入れたんだ。」
その瞬間、彼の心に火がついたのがわかった。
「あいつらに、これまでの恨みを……」
もうこの男が止まることは無かった。
「な、なんだと!?貴様、どうやって檻から出たんだ!」
「この家に仕えて10年が経った、そろそろ潮時でしょう。」
「お父さん、こいつ何だか雰囲気が可笑しいよ。」
案の定と言うべきか、ジェット卿はすぐさま麻酔銃を手に取った。
「ジェット卿…状況が把握出来ないのはわかるが…」
「黙れ!!」
ジェット卿の声が部屋中に響き渡る。
「3を数える、今すぐ檻に戻れ。」
「私は貴方には従わない」
男が言葉を続けようとすると、またジェット卿は怒鳴った。
「黙るんだ」
「ジェット卿…あなたは…」
「黙れ」
「ですがジェット卿」
「黙れ!!」
「私は貴方には従わない」
男が恐ろしい程に、低い声で意志を示すと、彼らファミリーは、恐怖の余り硬直した。
まるで化け物を見るような怯えた目でこちらを見つめるこのファミリーを、彼は魔法で自分共々瞬間移動させた
「こ、ここはどこなの?貴方、どうなっているのこれは」
怯える美しいメリー夫人を見て男はニヤけが止まらない。
子供たちは遂に泣き始めた。
「さぁ、諸君静まり給え。強大な力を手に入れたこの私、パークに足りないものが何か、わかるものは居るかね?」
全員が視線を下げ、解答に戸惑う姿を、その男パークは満足気に見つめる。
「名声だよ、力を手に入れた。富を作り出すのだって簡単さ。ならば足りないのは名声、つまり地位だよ。」
チラッとこっちに視線をやったジェット卿と目が合う。
「サー・ジェット。貴方がナイトの称号を授かったのは、貴方がこの社会に貢献し、莫大な富を築き上げたからだ、違うかね?」
「あ、あぁ。」
今まで見たこともないくらい縮こまるジェット卿
「私はね、ここに遊園地を作ろうと思うんだ。」
それが、エイプだったパークが、この何も無い開けた土地に、このファミリーを連れてきた理由だった。
「わ、我々を馬車馬の如くここで働かせようと言うのか。」
「いいえ?滅相もありません。まず手始めに…サンジュ!!」
大きな声で呼ばれた、長男のサンジュはその顔に恐怖の色を浮かべながらか細く返事をした。
「お前は、こうだ。」
サンジュに指を向けひゅっと動かした。
パサっと、サンジュのネームプレートが落ちる。
途端に、メリーの叫び声が響き渡る。
「ハハハッ、こりゃ傑作、サンジュがエイプの手でモンキーになった!!」
「貴方……あの子が…あの子が猿に……」
顔を真っ青にするメリー夫人と、ショックで言葉も出ないジェット卿。
「さぁ、サンジュ。お前はこの遊園地の名物キャラクターとして踊り続けなさい。」
キキッキキッと鳴き声をあげながら踊るサンジュに男は笑いが止まらなかった。
「さて、お次は…メリー夫人!!オー、お美しいメリー夫人だ!!」
恐怖で足が竦んでしまったメリー夫人に1歩ずつ歩み寄るパークが、いやらしく夫人の肩に手を回す。
「夫人、貴方は皆の憧れだ。本当にお美しい。そうだな…貴方にお似合いなのは豪華な馬車、そして綺麗な白馬。とても美しい装飾に囲まれてグルグルと回りなさい!」
魔法をかけられた夫人は、大きなドーム状の板の上に並べられた無数の馬や馬車のオブジェに姿を変え、グルグルと回り始めた。
メリーの身につけていたネームプレートが落ちた。
「さぁ、次は病弱なオースト坊ちゃん。オー、可哀想に、ただでさえ青白い顔がより一層青白くなってしまって。」
ブルブルと震え、目に涙を浮かべるまだ8つにも満たない少年にもパークは指を向けた。
「…青白い顔、今にも死にそう。そうだな、坊ちゃん貴方にお似合いなのは…そうだ!あの御屋敷だ!」
空に指を向けシュッと振り下ろすと、そこにはジェット卿の屋敷が現れた。
「ただ、坊ちゃんのその可哀想なまでに青白い姿を表現するには少し、綺麗すぎる。もう少しおどろおどろしく変えてっと。」
まるで廃墟のような恐ろしい見た目に姿を変えた御屋敷。
持ち主のジェット卿は、手で顔を覆っていた。
「そして、坊ちゃんここからが重要ですよ。今にも死にそうな貴方は、そう!Gを足してゴーストだ!!」
バッと指を振ると、オーストは色々な種類のお化けのオブジェに代わってしまい、その屋敷に吸い込まれていった。
そして、オーストのネームプレートが落ちた。
「さぁ、ラストを飾るのは貴方ですよ、ジェット卿。貴方確か、鉄道で富を築き上げたのですよね。」
俯き返事をすることもないジェット卿を尻目にパークは続ける。
「まずは線路を引き、その上にコースターを置く、そうだな…スピードは40マイル。これだ!!」
その言葉の通り、ジェット卿も姿を変えられてしまった。
そして、ジェット卿のネームプレートが落ちた。
「やった、やったぞーー!!これで私の遊園地、世界初の遊園地の誕生だーー!!!」
だが彼は物足りなかったみたいだ。
「……ふん、何かが足りない。でもその何かが分からない。むしゃくしゃする、なんだこれは。」
そのむしゃくしゃはどんどんと倍増していく。
「ええい、煩わしい。何でもいいから完成しろー!!」
そう叫び指を振り下ろした。
____パッ
「世界にこんな土地があって、こんな遊具が放置されてるなんて。」
綺麗な身なりをした青年が、数人の部下を引き連れ、とある土地にやってきた。
「社長に言われた通り調査をしていた所、発見しました。」
「猿のマスコット……ん?何か落ちている」
男が、その落ちているものを拾い読み上げた。
「……サンジュ?猿の傍に落ちているサンジュのネームプレート。ふふっ面白いな。」
「あれは何でしょうか」
「すごく綺麗なオブジェだ、グルグルと回っているが…面白い遊具だ。」
その傍に落ちているものをまた拾い読み上げる
「メリー……。思いついた、この遊具の名前は、メリーゴーランドにしよう。」
「次はあちらです。」
「なんと……これは恐ろしい建物だ。ここにも何か落ちている。オーストか……、ゴーストハウス…少し無理やりだが、これはつまりお化け屋敷って事だな、ははっ。」
「そしてあれが最後です。」
「早く走るコースター、やはりここにも落ちてるな、なになに。サー・ジェットか…。ならばこれはジェットコースターなんてどうかな?」
「社長のセンスには脱帽ですよ」
ケタケタと笑いながら一通りこの敷地を歩いていると、遅れてやってきた部下が拾い物を渡してきた。
「社長このエリアの入口にこんな物が落ちてました。」
「…これは?同じネームプレートのようだが、何も書いてないじゃないか。」
「…そういえば、昔、まだ奴隷制があった頃、エイプと呼ばれた奴隷達は、名前を奪われて生きていたと聞いたことがあります。」
「ふーむ、なるほどな。私はここを気に入った。世界初の遊具を楽しめる遊園地としてビジネスを展開したい。」
そして、彼は言い放った。
「決めた、もう何十年も前に姿を消したせいで顔も見た事は無いが、私の祖父パークと、この名前の書かれていないネームプレートを合わせて、ジャック・パークと名付けよう。」
そうして、1人の実業家の手によって開園したジャック・パークは、訪れる人々に幸福を与え何時しか「夢と魔法の世界」と呼ばれるようになったとか、ならなかったとか…
おわり
心の中で何度も唱えながら、彼はその日常を耐えていた。
「おいお前!早く馬をやれ!!」
「か、かしこまりましたオースト坊ちゃん。」
自分の息子でもおかしくない年齢の子供に乗られ、この豪邸の敷地内にある、砂利の庭で「お馬さんごっこ」なるものに付き合わされてるこの男は、ほんの10年ほど前までは、ごく普通の一般家庭で生きる普通の男だった。
「お、おい!もっとちゃんと歩けよ!揺れのせいで頭が痛くなるじゃないか!パパーーーー!」
オーストの叫び声を聞けば、まるで地震が発生して一目散に逃げる時のような勢い、もしくはアトランティスを世紀の大発見したかのような勢いで庭まで彼の父親が飛び出してくる。
「おい貴様、オーストに何をした!!」
ビュッと、慣れた手つきで、鞭を振り回し馬乗りになられてる男にその鞭を振り下ろす。
「と、とんでもございません。ジェット卿の大事なご子息ですから、それはもう丁重に…」
「うるさい、この子が病弱なのを知っているだろうに。言い訳など聞きたくないわ!!」
バシッ バシッと何度も鞭を男の身体に叩きつけ、その度に彼の白いシャツに赤色の染みが広がっていく。
罰を済ませ、オーストと共に部屋に戻るジェットに頭を下げ続け、入ったのを見て直ると、今度はオーストの兄であるサンジュが嫌な笑顔を浮かべやってきた。
「おいお前」
「何でしょうか坊ちゃん」
「お前の名前、おれ知ってんぜ」
男はギクリとした。
それもそのはず、奴隷雇用されている人々は名前を持つ事を許されておらず、その雇用主以外の物がその者の名前を知ってしまった時、規約により殺処分されてしまうのだから。
「私に名前などありません。私たち"エイプ"はその名の通りただのエイプなんですから。」
奴隷雇用さている者達は、エイプと呼称されている。
意味は猿
つまり人間じゃないという扱いの表れである。
「ほぉー?ならエイプさん、猿は猿なりにおれを楽しませてくれよ。モンキーショーの始まり!」
早く踊れよ!と囃し立てるサンジュに抗うことができる訳もなく、タップダンスを披露していたが、彼がそんな"まとも"な事で満足する訳もなく
「おい、どうしたエイプ!もっとやれよ!陰部を出してフラダンスでも踊ってみたらどうだ!!」
その提案を断れば、また酷い目に合う。
断ることも出来ず、従い実行すればやはり彼の中には物凄い羞恥心が襲い、人としての尊厳を奪われる感覚に陥った。
キキッと独特な笑い方をするサンジュには、苛立ちも倍増する。
しばらくすると、サンジュが席を立ち「そのまま続けとけ」とだけ言い残し去っていった。
いつまでも続ける訳にもいかず、サボりという名の休息を得た。
数分がたち、足音が聞こえたのを確認し再開すると、サンジュがわざとらしく驚いた。
「な、何をやってるんだお前!?」
「貴方様がやらせただろうに」と言いかけたが、そこには自分が予想してなかった光景があった。
「ひっ、あなたどういうつもりなの?」
そこには、ジェット卿の奥方であるこの地域で1番美しいメリー夫人が立っていた。
「お母さん、エイプのあそこがどんどん大きくなってく。」
まるで原理を知らない純粋な子供のような演技をして母親に尋ねれば、メリー夫人の顔がどんどんと赤らめていった。
「穢らわしい!サンジュ、早く一緒に部屋に戻りましょう。エイプ、あなたは今日から1週間餌はナシです。」
この屋敷に買われて約10年、こんな事が毎日起きその度に「いつかおれだってあの地位に立つんだ」と耐えてきたが、もう我慢の限界だった。
「もういいだろう」
そう呟き、男は屋敷の塀を登り始めた。
しかし、突発的に起こした無計画な行動を屋敷の人々が見逃す訳も無かった。
「あ、あなた!!ヤツが脱走しようとしてるわ!」
「お父さん!ヤツが逃げちゃう!」
「なんだと?小賢しい野郎め!」
片手に何か飛び道具のような者を掴み庭先に飛び出してきたジェットが叫んだ。
「今すぐ戻ってこい、さもなければこの引き金を引くぞ」
だが、彼は知っていた。その飛び道具に殺傷能力が無いことを。
「最終警告だ、3つ数える間に戻ってこい。1」
彼は心の中で誓った、絶対に戻らない。
塀をよじ登るスピードがまたひとつ上がる。
「2」
ヤツらに目にもの見せるんだ
「3」
必ず…………
パンッと音が響き、背中に何か衝撃を感じた。
「何か善行をした訳でも無いが、悪行を行った訳でもない。それにしては少し苦難を受けすぎている貴方の人生を、私は哀れみそして、尊ぶ。よく考え、そして正しく使いなさい。
力は、時に幸福を、時に悲しみを呼び込みます。幸せを祈るのです。そして貴方に幸運を、パーク殿。」
目を覚ますとそこは地下牢だった。
「目を覚ましたか、薄汚い猿め。」
檻の外から腕を組み、こちらを睨みつけているジェット卿が居た。
「私は…なぜ…」
「エイプが脱走時のために麻酔銃が支給されてる事くらい知っているだろう。」
「そうか…だから死にはしなかったが、意識を失ったのか。」
「口の利き方には気をつけろ、何をいい気になっているのか知らんが、エイプ如きがタメ口など…」
ぶつくさと文句を垂れているジェット卿を尻目に、男はここからどう抜け出すかを考えていた。
さっきは、本当に突発的な行動だったため、呆気なく捕まってしまったが、おれたちだって人間なんだ、頭を使えばこんな事容易いはずだ。まずはこの牢屋から抜け出す為必要な道具を探さなきゃ。
「大体お前のような………おい、何をキョロキョロしてる?」
ジェット卿が不審な動きをする彼に気づき、咎めると男はつい癖なのか、両膝を付いて両手を後頭部に付け服従の姿を見せた。
「旦那様がお疑いしているような事など一切しておりません。」
「ハッ、どうせ能無しのエイプだ。檻の鍵でも探してたんだろうが、バカには分からないだろうね、檻の中に鍵を置いていたら鍵が閉めれないことをさ。」
ベッと唾を吐きかけ、地上に上がって行ったジェット卿を眺めながら、男はいま密かに起こっていた事にただただ驚いていた。
「どうなってんだこれは…」
ジェット卿が「鍵」と言い始めた辺りで、彼は確かに牢屋の鍵を思い浮かべた。そしたらなんと、手の中に鍵が現れたのだ。
「そんな事があるはず……」
正しく使いなさい。
誰かは分からないが、誰かの声で頭の中をその言葉が再生された。もしかしたら、他にもなにか…
「食べ物だ…次は食べ物を……。」
何も現れない。
「ハッ…馬鹿らしい。そんな事がある訳ないな。あったならまた手のひらに今度はリンゴが出るはず……」
彼はまたまた驚いた。
手のひらに真っ赤で大きなリンゴが現れた。
「す、すごい…。これは、魔法なんじゃないのか?」
その後も色々試してみた。
食べ物、武器、生き物何でも作り出せる、そして物の姿を変えることもできる。
彼は確信した。
「おれは、魔法を手に入れたんだ。」
その瞬間、彼の心に火がついたのがわかった。
「あいつらに、これまでの恨みを……」
もうこの男が止まることは無かった。
「な、なんだと!?貴様、どうやって檻から出たんだ!」
「この家に仕えて10年が経った、そろそろ潮時でしょう。」
「お父さん、こいつ何だか雰囲気が可笑しいよ。」
案の定と言うべきか、ジェット卿はすぐさま麻酔銃を手に取った。
「ジェット卿…状況が把握出来ないのはわかるが…」
「黙れ!!」
ジェット卿の声が部屋中に響き渡る。
「3を数える、今すぐ檻に戻れ。」
「私は貴方には従わない」
男が言葉を続けようとすると、またジェット卿は怒鳴った。
「黙るんだ」
「ジェット卿…あなたは…」
「黙れ」
「ですがジェット卿」
「黙れ!!」
「私は貴方には従わない」
男が恐ろしい程に、低い声で意志を示すと、彼らファミリーは、恐怖の余り硬直した。
まるで化け物を見るような怯えた目でこちらを見つめるこのファミリーを、彼は魔法で自分共々瞬間移動させた
「こ、ここはどこなの?貴方、どうなっているのこれは」
怯える美しいメリー夫人を見て男はニヤけが止まらない。
子供たちは遂に泣き始めた。
「さぁ、諸君静まり給え。強大な力を手に入れたこの私、パークに足りないものが何か、わかるものは居るかね?」
全員が視線を下げ、解答に戸惑う姿を、その男パークは満足気に見つめる。
「名声だよ、力を手に入れた。富を作り出すのだって簡単さ。ならば足りないのは名声、つまり地位だよ。」
チラッとこっちに視線をやったジェット卿と目が合う。
「サー・ジェット。貴方がナイトの称号を授かったのは、貴方がこの社会に貢献し、莫大な富を築き上げたからだ、違うかね?」
「あ、あぁ。」
今まで見たこともないくらい縮こまるジェット卿
「私はね、ここに遊園地を作ろうと思うんだ。」
それが、エイプだったパークが、この何も無い開けた土地に、このファミリーを連れてきた理由だった。
「わ、我々を馬車馬の如くここで働かせようと言うのか。」
「いいえ?滅相もありません。まず手始めに…サンジュ!!」
大きな声で呼ばれた、長男のサンジュはその顔に恐怖の色を浮かべながらか細く返事をした。
「お前は、こうだ。」
サンジュに指を向けひゅっと動かした。
パサっと、サンジュのネームプレートが落ちる。
途端に、メリーの叫び声が響き渡る。
「ハハハッ、こりゃ傑作、サンジュがエイプの手でモンキーになった!!」
「貴方……あの子が…あの子が猿に……」
顔を真っ青にするメリー夫人と、ショックで言葉も出ないジェット卿。
「さぁ、サンジュ。お前はこの遊園地の名物キャラクターとして踊り続けなさい。」
キキッキキッと鳴き声をあげながら踊るサンジュに男は笑いが止まらなかった。
「さて、お次は…メリー夫人!!オー、お美しいメリー夫人だ!!」
恐怖で足が竦んでしまったメリー夫人に1歩ずつ歩み寄るパークが、いやらしく夫人の肩に手を回す。
「夫人、貴方は皆の憧れだ。本当にお美しい。そうだな…貴方にお似合いなのは豪華な馬車、そして綺麗な白馬。とても美しい装飾に囲まれてグルグルと回りなさい!」
魔法をかけられた夫人は、大きなドーム状の板の上に並べられた無数の馬や馬車のオブジェに姿を変え、グルグルと回り始めた。
メリーの身につけていたネームプレートが落ちた。
「さぁ、次は病弱なオースト坊ちゃん。オー、可哀想に、ただでさえ青白い顔がより一層青白くなってしまって。」
ブルブルと震え、目に涙を浮かべるまだ8つにも満たない少年にもパークは指を向けた。
「…青白い顔、今にも死にそう。そうだな、坊ちゃん貴方にお似合いなのは…そうだ!あの御屋敷だ!」
空に指を向けシュッと振り下ろすと、そこにはジェット卿の屋敷が現れた。
「ただ、坊ちゃんのその可哀想なまでに青白い姿を表現するには少し、綺麗すぎる。もう少しおどろおどろしく変えてっと。」
まるで廃墟のような恐ろしい見た目に姿を変えた御屋敷。
持ち主のジェット卿は、手で顔を覆っていた。
「そして、坊ちゃんここからが重要ですよ。今にも死にそうな貴方は、そう!Gを足してゴーストだ!!」
バッと指を振ると、オーストは色々な種類のお化けのオブジェに代わってしまい、その屋敷に吸い込まれていった。
そして、オーストのネームプレートが落ちた。
「さぁ、ラストを飾るのは貴方ですよ、ジェット卿。貴方確か、鉄道で富を築き上げたのですよね。」
俯き返事をすることもないジェット卿を尻目にパークは続ける。
「まずは線路を引き、その上にコースターを置く、そうだな…スピードは40マイル。これだ!!」
その言葉の通り、ジェット卿も姿を変えられてしまった。
そして、ジェット卿のネームプレートが落ちた。
「やった、やったぞーー!!これで私の遊園地、世界初の遊園地の誕生だーー!!!」
だが彼は物足りなかったみたいだ。
「……ふん、何かが足りない。でもその何かが分からない。むしゃくしゃする、なんだこれは。」
そのむしゃくしゃはどんどんと倍増していく。
「ええい、煩わしい。何でもいいから完成しろー!!」
そう叫び指を振り下ろした。
____パッ
「世界にこんな土地があって、こんな遊具が放置されてるなんて。」
綺麗な身なりをした青年が、数人の部下を引き連れ、とある土地にやってきた。
「社長に言われた通り調査をしていた所、発見しました。」
「猿のマスコット……ん?何か落ちている」
男が、その落ちているものを拾い読み上げた。
「……サンジュ?猿の傍に落ちているサンジュのネームプレート。ふふっ面白いな。」
「あれは何でしょうか」
「すごく綺麗なオブジェだ、グルグルと回っているが…面白い遊具だ。」
その傍に落ちているものをまた拾い読み上げる
「メリー……。思いついた、この遊具の名前は、メリーゴーランドにしよう。」
「次はあちらです。」
「なんと……これは恐ろしい建物だ。ここにも何か落ちている。オーストか……、ゴーストハウス…少し無理やりだが、これはつまりお化け屋敷って事だな、ははっ。」
「そしてあれが最後です。」
「早く走るコースター、やはりここにも落ちてるな、なになに。サー・ジェットか…。ならばこれはジェットコースターなんてどうかな?」
「社長のセンスには脱帽ですよ」
ケタケタと笑いながら一通りこの敷地を歩いていると、遅れてやってきた部下が拾い物を渡してきた。
「社長このエリアの入口にこんな物が落ちてました。」
「…これは?同じネームプレートのようだが、何も書いてないじゃないか。」
「…そういえば、昔、まだ奴隷制があった頃、エイプと呼ばれた奴隷達は、名前を奪われて生きていたと聞いたことがあります。」
「ふーむ、なるほどな。私はここを気に入った。世界初の遊具を楽しめる遊園地としてビジネスを展開したい。」
そして、彼は言い放った。
「決めた、もう何十年も前に姿を消したせいで顔も見た事は無いが、私の祖父パークと、この名前の書かれていないネームプレートを合わせて、ジャック・パークと名付けよう。」
そうして、1人の実業家の手によって開園したジャック・パークは、訪れる人々に幸福を与え何時しか「夢と魔法の世界」と呼ばれるようになったとか、ならなかったとか…
おわり
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