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王子が叫んでいる!

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「あれっ!」
 目の前で広がる光景に今まで生きてきた中で一番の衝撃を受ける。

「なぜ? えっ? あれっ」
 なぜこんなことに。
 なぜ第2王子が頬を押さえて倒れこんでいるの?

 王子の背後にいつも控えている護衛兵士もあんぐりと口を開け、倒れた王子ではなく私を穴の開いたように見つめていた。

「私にこんなことをしていいと思っているのか?」
 赤くなった頬を押さえながらうっすら涙ぐんだ王子が叫んだ。

「な…な…なんのことでしょうか」
 どうしよう。
 何と言ったらいいのだろう。これをやったのは間違いなく私だ。そうであることは骨折したかのように痛むこの拳が証明している。

「私のことを蹴って殴っただろう」
「わ…わたくしがそのようなことをできるわけないじゃないですか」

 どの線で誤魔化していこう。
 どうやって切り抜けていこう。
 うまくやらなきゃ国外追放? いやギロチン?

 頭の中にいるもう一人の冷静な私が考え始めた。
 なるべく誰もが納得できるような言い訳を探すのよ、と。

「お前が足で私の顔を蹴ったのだ」
「そんな馬鹿な。わたくしは淑女の中の淑女と育てられたのに、……どうやったら足で顔を蹴ることができるというのでしょう」

 頭を抱えてうずくまりたいけれど、淑女は本来そう言った格好はしないことぐらいは分かる。
 ううっと扇で顔を隠し、誤魔化すように涙が流れているかのような演技をする。
 
 蹴った? うん、間違いなく蹴った! 右足が痛い。
 しかもはっきりと覚えている。

 はっきり覚えている内容、それは。
 後頭部を後ろから蹴った後、蹴った足を止めすぐさま後方へと後ろ蹴りの形で顔を蹴ったのだ。よろける殿下の鳩尾ががらあきだったので右こぶしを思いっきり入れてみた。

「お腹もいたい。お前が私のお腹を蹴ったのだ」

 違う! それは私があなたのみぞうちに右こぶしを入れたのだ。
 決して蹴ったのではない。

「ひどいですわ。お腹を蹴るわけがないではないですか。はしたない。そんなことよりひどいではありませんか。わたくしがまるで殴ったかのように言われるなど」

 涙が流れているかのように頬を手で覆う。
 一筋も涙は流れていない。
 冷汗は流れ始めたけれど。


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