大野真生は逃げ切りたい

猫之介

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それは昔のお話です!

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今は昔、東の大地は暗黒に覆われ、人々は困っておりました。
暗黒の中より生まれくる魔の者たちに人々はなすすべもなく、次第に国々は暗黒の地に飲まれていきました。
西の最後の王国では魔王討伐の為の勇者が選ばれました。
勇者は若く勇敢な青年で、国の国宝と呼ばれる聖剣を手に魔王の手下たちを切り伏せ、ついに魔王の元へとたどり着きました。
自身よりの何倍も大きな異形の魔王に勇者は臆することなく立ち向かい、魔王はついに朽ち果てたのです。
暗黒に覆われていた土地も光が満ち溢れ、皆が幸せに暮らしましたとさ。

なんて終わったわけですが、私はこうして生きてます。
正確には死んで生き返ったという感じです。はい。
どうもこんにちは、元大魔王で現在は大野真生として生を受けた人間です。
いやね、よくある話なんですけど人間の開拓の所為でマナ不足に陥った土地を休めるために行っていた行動だったんですけど人間の感覚からしたら私は世界に暗黒をもたらす存在だとして忌避され、嫌悪され、最終的に殺されてしまった訳です。
人間も殺しはしましたが、好きで殺したわけじゃないですよ。
まぁ、殺したことには変わらないので恨まれてたのは分かってましたけどね。
とりあえず数年間土地を休ませたので、数百年くらいはあの土地もまだ持つと思います。
しかし、最初に飲み込んだ土地がどうも勇者の祖国だったらしく、ものっすごく恨まれてましたね。
お陰ですんごく何度も剣を突き立てられましたから。
もう死んでるって言っても、ああ喋ってたから生きてるって思われたのか。
とりあえずあの世界で私は自分の身体を維持する事すらできない程のダメージを追い、世界から脱出することにしたのです。
「光あるところ闇は生まれる、いずれまた闇は生まれるだろう」
別に嫌味でもなんでもなく、実際に起こることを伝えたんですよ。一応親切心だったんですけど、勇者めちゃくちゃキレてしまいましてね
「何度でもお前を殺してやる」
って宣言されてしまいましてね。それもあってあっちの世界怖くて別の世界へと脱出を試みた訳です。

現在の世界は、魔法はほぼ存在しない科学が発達した世界でした。
誰でも簡単に道具で魔法のような事が出来る世界、魔物というものは存在せず、争いの対象は人と人。
比較的自分の生まれた地域は平和な方で、日本という国だ。
サブカルチャーとして盛り上がっている作品などが自分の居た世界に似通っている所もあり、恐らく私のような転生者が自分の国での出来事を面白おかしく書いているんだろうなと思いながらいつも本屋を眺めていた。
学校というものも、向こうの世界にもあったが自分が通うのは初めての体験でなかなか興味深いものだった。幸い外見も普通の人だったお陰で特に不自由なく過ごす事が出来ている。
前世は外見の所為で完全に魔王だったから、そういった外見で恐れられることが無いのは過ごしやすい。
ただ、女性と男性という種で別れている所為で異性である男からの求愛行動が少々煩わしい。しかし、学生時代というのは異性とイチャイチャする場でもあると友人に教わり、なるべく周りに合わせた行動が出来るように努力はしているが、やはりまだ交際をするという感覚に慣れずにいた。

その一番の原因は―――

「見つけたぞ!今日こそ、その首をはねてやる」
放課後、一人になった所を狙って襲ってきたのは勇者。
本来世界を越えることなど人間には出来ないことだ。しかし、聖剣の能力なのか世界線を跨いできたのだ。
はっきり言って不審者である。
私はこの時代に、生を受けて成長してきたのである程度常識を持っている。
しかし、生まれ変わりでなくあちらの世界からそのまま世界線を跨いできたので勇者はこの世界の常識なんてものは一切ない。聖剣を街中で振り回し私を殺そうとしてくる。
鞄につけてあった警報機のピンを外すと、けたたましい音がビービー鳴り、周りの人が集まってくる。
「くっ、仲間を呼ぶ呪文か!」
勇者は苦々しい表情を浮かべ、人様の塀や屋根を伝ってどこかへ逃げて行った。
出てきてくれた人は私が小さい時からの知り合いなので、とても心配してくれた。しかも警報機を鳴らすのは初めてのことではない。
「真生ちゃん、また警察にパトロールしてもらおうかね」
「そうですね。毎回皆さん驚かせてしまって申し訳ないですし……」
「真生ちゃんが無事ならそれでええんよ」
近所のおじさんやおばさんは皆いい人で、とても私を心配してくれた。
魔王時代優しくされることが無かったので、今の生活はとても大切で守りたいものだ。
しかし、人間になってから魔法など一切使えない。
せめて当時の10の1でも魔法が使えれば勇者を殺すのは訳が無いのに……
無力になった自分を悲しく思いつつも、そのお陰でこうして人と触れ合う暖かさを知る事が出来たのだ。そう考えると今の生活は決して悪くない。

勇者さえ消えれば、最高なのにな。
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