デリートマン

わいんだーずさかもと

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第6話【デリートマン始動④】

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帰りの電車の中、おれはスマートフォンの画面をじっと見つめていた。

「専務取締役 堀越信也」

京子から聞いた社名は、だれもが一度くらいは名前を聞いたことがあるであろう有名なIT企業だった。その役員紹介ページに、京子の夫、堀越信也が写真付きで紹介されている。

(その笑顔の裏で、あんたは自分のことしか考えてへんやろ)

京子から話を聞いていたせいもあるだろう。役員紹介ページの堀越信也の笑顔がつくりものにしか見えなかった。
自分だって、元妻に興味をなくした人間だ。偉そうなことは言えない。でも、お互いにわかり合おうと努力した。相手の気持ちを理解しようとした。その結果、お互いにあきらめてしまった。
だから、自分がそうだったように、相手の気持ちが自分から離れていくのも手に取るようにわかった。

(あんたはどうだ?)

きっと、相手の気持ちなんか考えたことないだろう。理解しようとしたことなんかないだろう。京子から聞いた言葉で印象に残っている部分がある。

「私が期待してただけ」

きっと堀越は京子に不満がないと思っているんだろう。経済面では確かにそうかもしれない。しかし、堀越がその部分のみを京子の幸せと考えているのであれば、堀越の目に京子は「何一つ不自由のない妻」と映っていたはずだ。理解しようとしないんじゃなく、理解してるつもりなのかもしれない。
そうだとすれば、京子が本当に期待していたことなんて考えるはずがない。

(あんたの持ってる物差しは残念だな、堀越さん)

自分がこうと決めたら信じて疑わない。それが人の気持ちであっても。

「自分の考えは絶対に正しい」

自分のことしか考えない人間の典型だ。

(あんた、京子さんを何だと思ってんだ?)

会うことがあれば一度そう聞いてみたかった。その機会は永遠に訪れそうもないが。

(あんたに恨みはない。でも、あんたが嫌いなタイプの人間でよかったよ)

もう一度写真を見る。つくりものの笑顔がこちらを見てくる。安っぽい仮面をつけているようにも見えた。

(あんたみたいな人間、消えた方がいいんじゃないのか)

そう思い、仮面の写真をスマートフォンへ保存したとき、車内アナウンスが最寄駅への到着を告げていた。




家に着いたのは10時半ごろだった。玄関を開け、家に入り、光が漏れている寝室へ直行する。ノートパソコンにデリートサイトが立ち上がっていた。

「今日は、消したい人間がおる」

もう、迷いはない。

「お帰りなさいませ、田坂さま。本日もお疲れさまでした」

「本日は久々の削除依頼ですね。どなたを削除しましょうか?」

消すことを決めた経緯とかいろいろ聞かれると思ったが、データを取られていることを思い出した。

「わかるやろ?データ取ってんねやし」

「察しはつきますが、最終的な判断をされるのは田坂さまです。私共は田坂さまの依頼通り、削除を実施するだけです」

 先ほど、スマートフォンに保存した写真をノートパソコンと連携させているフォルダへ保存する。しばらくすると、ノートパソコンにも写真データが同期された。この写真をデリートサイトにアップロードすれば削除依頼は完了だ。


「わかってると思うけど、いまから依頼するんは京子さんの夫、堀越信也。写真をアップロードすればええんやっけ?」

「はい。そうなります。念のため、理解されていると思いますがお伝えしておきますね。堀越信也さんを消すと、明日の0時から堀越信也さんが存在しなかった世界となります。当然、藤木さんのときのように過去も堀越信也さんが存在しなかった過去に変わります。
だからといって、田坂さまが望んだ形に変わっているとは限りませんよ。この変化については私共も制御できません。」

それは理解していた。自分なりに考えたのだ。
まず、木岡と京子、この二人が東京で再開した後で堀越信也が登場している。つまり堀越信也が存在しなくても、二人は東京で再開すると考えることができるだろう。
もちろん、堀越信也が存在しないことで想像もつかないようなところにまで変化が及び、二人が再開しない可能性もゼロではない。ただ、そんなことを考え出すと、木岡も京子も東京に行かない可能性だってある。だから、できる限りシンプルに考えるようにした。
木岡と京子の二人が結婚を決めたあと、雑誌の取材で京子は堀越信也と出会っている。この取材のとき堀越信也がいなければ、京子は別の誰かを取材するかもしれない。
京子は女優に負けないくらいの美人だ。堀越信也のように取材対象が京子を口説かないとも限らない。そして、京子にはセレブ妻になるという目標があった。同じ結果にならないとは限らない。ただ、同じような結果になるとも思えなかった。京子だってセレブ妻になれるなら誰だって良いと言うわけではないはずだ。取材対象が既婚者かもしれない。そもそも、取材対象がお金持ちではないかもしれない。そして、堀越信也という男は、当時の京子が潜在意識で求めていたものをすべて持っていたのだろう。
いったい、いくつの偶然が重なったんだろう。おそらく、数えきれないほどの偶然が重なったのだ。そのうちの一つでも欠けていれば、京子は木岡と結婚していたはずだ。田坂はそう信じていた。

「わかってるよ。自分なりに考えてる。きっとうまくいく」

(うまくいくはずだ)

祈るような気持ちでキーボードをたたいていた。

「わかりました。それでは、ファイルのアップロードをお願い致します」

ノートパソコンでもう一度画像ファイルを開き、堀越信也の顔を見る。
今度は藤木のときと違う、あのときは何かのいたずらだと思っていた。今度は、違う。
自分の意思で消すのだ。自分の意思で…やはり、怖くなる。

(おれはこの人のこと、まったく知らない。京子さんから話を聞いただけ。そんな、何も知らない人を、消していいのか)

「田坂さま、アップロードをお願い致します。」

「ちょっと待ってくれ。」

(おれは、やっぱり間違えてるんじゃないのか?)

アップロードする画像ファイルは選択している。あとはアップロードボタンを押すだけ。それだけで、終わる。
堀越の会社が提供しているいろいろなサービス、ゲームであったり、ブログサービスなど。すっかり人々の暮らしに定着している。彼らが提供するサービスのおかげて人生が楽しくなった人も大勢いるはずだ。

(この会社を作った人たちは、人々の生活をより良くしようと、いろいろなサービスを考えたんじゃないのか。自分のことしか考えない人間の生み出したサービスが、世の中の人々にに受け入れられるはずがない。この人は、凄い人なんじゃないのか。人々に必要とされる人なんじゃないのか…でも、)

廃人になった木岡を思い出す。

(堀越さん、やっぱり、やっぱりあんたに罪はない…)

さっきまで一緒だった京子を思い出す。

(罪は…ない。でも、おれの愛している人たちのために消えてくれ。あんたに罪はない。でも、許してくれ、許してくれ…)

おれは静かにアップロードボタンをクリックした。クリック音が寝室全体に響き渡るような大きな音に聞こえた。

「ファイルアップロードありがとうございました。堀越信也さんの削除依頼を受け付けましたので、明日の0時に堀越信也さんを削除いたします。
田坂さま、次は田坂さまから消える思い出の選択をお願いします。」

そうだった。忘れていた。そんな仕様があったな。思い出リストを開く。ずらっとこれまでの思いでがリスト表示されている。

(イベントと人か。人を選ぶとその人関連の思い出が全部消えるんだったな。)

小学生時代の少年野球の思いでが消えていた。藤木を消したときだ。
どれを選べばいいんだ。どれも大切な思い出だ。そのときふと思った。

(思い出が消えるってことは、自分が自分でなくなっていくってことか)

さっき、京子に言った。

「別れた奥さんに感謝してる」

と。それは結婚生活の中でいろいろ学ばせてもらったからだ。別に結婚に限った話ではない。友達との思い出も、先輩との思い出も、全部自分を成長させてくれているはずだ。

(そんなのが全部なくなったら、おれはどうなるんだ?)

でも、選ばないといけない。選ばなくても消されるんだ。

(消してもよさそうなものを…)

そう考えてリストを眺めていると、そんな風に考えてる自分が滑稽に思えた。

(そんなもの、あるわけない)

今の自分はその全部の上に乗っかっているのだ、どれを消したって自分の一部が欠ける。それは変わらない。
結局、今の生活において直接的に影響が少ないであろう小学生時代の運動会の思い出を選択した。やはり、現在からみて一番遠い過去からの思い出になってしまう。

(これでまた一つ、自分が自分でなくなるな)

そう思った。

「選択ありがとうございます。田坂さま。それでは、これで手続きはすべて終了となりますが、何かご質問はございますか?」

時計を見る。11時半になっていた。堀越信也が消えるまで、あと30分。

「いや、ない。あんたとゆっくり話したいけど、今日はやめとく。やること、いや、やらなあかんことがある」

「 わかりました。田坂さま。では、今日はこれで失礼致します」

デリートサイトが閉じられる。

(話さないといけない)

そう思った。

(何も知らないまま消したらダメだ。せめて、せめて声だけでも)

自分で消すのだ、矛盾していることはわかっている。でも、まだ堀越を消すことが正しいことかどうか、自分の中で整理がついてなかった。
電車の中で堀越に抱いた感情、あのときはそう思ったが、あれは勝手な自分の想像だ。想像で彼を都合良く作り上げ、自分が彼を消すことを正当化したかっただけだ。
気がつけば京子に電話していた。

「もしもし、田坂くん?」

「京子さん、夜分にすみません。あの、今、旦那さんいらっしゃいますか?」

声が上ずっているのが自分でわかる。心臓の音がうるさい。

「さっき帰ってきたけど、今お風呂に入ってるよ。どうしたの?田坂くん、今日の別れ際からちょっとおかしいよ。」

「すみません。おかしいのは自分でもわかってます。でも、どうしても旦那さんと話したいんです。旦那さんがお風呂からあがったら、すぐに電話をいただけますか?」

「どうして?理由は何なの?何を話したいの?」

「理由をうまく説明する自信もないし、時間もないです。お願いです京子さん、何も言わずに旦那さんがお風呂からあがったら電話をください。絶対、京子さんにご迷惑をおかけしません。」

少し沈黙があった。

「わかった。田坂くんがそう言うんだ。何かよっぽどの理由があるんだろうね。私の友人があなたの声を聞きたがってるとか、適当に話して代わるね。大きなIT会社の役員だから、IT業界目指している学生さんとか、実際にそういうことあるんだよ。そういう人は旦那のこと神様みたいに思ってるんだね」

今のは聞きたくなかった。オレはその神様を消そうとしているのだ。

「ありがとうございます。それでは電話待ってます」

電話を切って時計を見る。あと、15分だ。

(神様か)

IT業界を目指す学生からしたら確かにそうかもしれない。

京子から聞いた話では、始まりはベンチャー企業なのだ。大学卒業後、なんの後ろ盾もなく数人で始めたその会社は、たった10年で誰もが知る有名なIT企業にまで成長した。そして今や、学生が就職したい企業ランキング上位の常連企業となっている。

選ばれた人間にしか、そんなことできないように思えた。

(オレは、選ばれた人間を、必要とされている人間を…)

スマートフォンが鳴った。

「堀越京子」

と表示されている。画面に表示されている通話ボタンを押した。

「田坂くん、さっき上がってきたの。今、代わるね」

はい。と電話を渡す声が聞こえた。

「もしもし、堀越ですが」

思っていたより、ずっと若々しい声だ。京子の7つ上なので、43歳のはずだが、とても40代の声とは思えなかった。

「もしもし、突然のご連絡で失礼しました。田坂と申します」

次の言葉が出てこない。

(何を話す。何を話せばいい。そうだ。聞きたいこと、聞きたいことだ)

「あの、京子さん、京子さんのことをどう思ってますか?」

「どう思っているとは?」

「その、」

(時間がないんだ)

「何だと思ってますか?妻を、妻を何だと思ってるんですか?」

もう、自分が知っている自分の声ではなくなっていた。

「質問の意味がよくわからないが、妻は妻だよ」

(違う、そうじゃない)

「違う、妻を、京子さんを愛してるのかって聞いてるんだよ」

半ば怒鳴るような声になっていた。

「もちろん、愛しているよ」

「嘘だ!あんた、何もわかってないじゃないか!京子さんの悩みとか、何もわかってないやろ!」

沈黙がある。考え込むような雰囲気が伝わってくる。

「確かに、これまでは仕事一筋だった。ここまで、全力で走ってきた。妻を愛しているつもりで、妻のことを理解しているつもりだったが、前だけ見て走ってきたから、横にいる妻が見えてなかったのかもしれない。しかし、自分も役員になった。会社にも優秀な若い人間が増えてきた。これからは…」

会話が途切れた。何も聞こえない。

「聞こえへん!堀越さん、聞こえへん!なんて?これからは何?」

スマートフォンの画面を見る。真っ暗になっていた。電話をかけ直そうと思い、すぐにホームボタンを押して起動させ、京子の連絡先を探した。しかし、京子の連絡先はアドレス帳から消えていた。

(まさか…)

時計を見る。
時計の針は午前0時を少し回ったところだった。
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