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第五話【バッティングセンター編】

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「池手名さん、付き合わせちゃってすみません」

「いや、いいんだ。僕も野球は好きなんでね」

今日は、会社の後輩、山本が週末に野球の試合を控えているということで、仕事終わりに二人でバッティングセンターへ来ていた。

このバッティンセンターはゲージが6カ所あり、それぞれスピードが振り分けられている。そして、その中のいくつかのゲージは、プロのピッチャーの映像に合わせてボールがくる仕組みになっていた。

「凄いね。今のバッティングセンターは映像付きなんだね」

「池手名さん、バッティングセンター久しぶりですか?今はこんな感じが多いですよ」

「もう20年くらい来てないかもしれないね」

「じゃあ、今日は久しぶりにかっ飛ばしてくださいね!じゃ、ちょっと先に打ってきますね」

そう言い、山本は110km/hのゲージへ入っていった。


キーン! カキーン!!


小気味良い音を響かせ、次々とボールをはじき返す山本。週末と言わず、今すぐ試合でも良さそうな仕上がりである。

「ナイスバッティング!調子良さそうだね」

「良い感じです。対戦相手のピッチャー、多分これくらいのスピードだと思うんですよ」

「山本くんのリーグのピッチャーはだいたいこれくらいなのかい?」

「そうですね。ストレートは100km/h~115km/hくらいのピッチャーが多いですね。120km/h投げれたら速い部類に入ります」

「130km/hは?」

「むちゃくちゃ速いです。というより、そんなピッチャー、うちのリーグにはいません」

「じゃあ今日は130km/hをかっ飛ばすとしよう」

「池手名さん、130km/hを打てるんですか?20年振りなんでしょ?」

「130km/hを打ったことはないが、僕にできないことはないよ」

「もしほんとに打てるなら、助っ人にきてほしいくらいですよ」

「週末、空けておくよ」

ゲージへ向かおうとするいぞうだが…

「あれ?池手名さん、ゲージ入らないんですか?」

ゲージの前で足を止めるいぞう。

「いや、ピッチャーがね…」

130km/hのゲージは阪神タイガースの藤波投手だった。

「ちゃんとストライクを投げてくれるかい?」

「大丈夫です。その藤波くんはコントロール良いです。ど真ん中にしかきません」

「なら安心だ」

ゲージへ入るいぞう。

(池手名さん、ほんとに打てるのかな…)

山本は心配になった。


バーチャルの藤波投手がゆっくりと投球動作へ入る、右打席で構えるいぞう。


バーン!!! ・・・・・・・ ブンッ!

バーン!!! ・・・・・・・ ブンッ!


空を切るいぞうのバット。


バーン!!! ・・・・・・・ ブンッ!

バーン!!! ・・・・・・・ ブンッ!


「あの、池手名さん…ボール、見えてます?」

ゲージを開け、話しかける山本。

「少し、タイミングが合わないな」

「いや、あの、そういう次元の問題じゃないです。ボールがキャッチャーに届いてから、2秒後くらいにバット振ってますよ」


バーン!!! ・・・・・・・ ブンッ!


「今日の藤波くんは調子が良いらしい」

「バーチャル藤波くんはいつも同じ調子です」


バーン!!! ・・・・・・・ ブンッ!


「当たらないな」

「今のままだと、地球誕生クラスの奇跡でも起こらない限り無理です」

「じゃあ、宇宙に生命が存在できる星をもう一つ作るとしよう」

バーン!!! ・・・・・・・ ブンッ!

バーン・・・

いぞうのバットに当たる気配すらなく、その打席は終わった。

「おつかれさまでした」

「地球のような星はできないらしい」

「他にあるって話も聞きますけどね。てか、本来そういう話ではないですけどね」

「週末だが…」

「予定入れていただいて大丈夫です」

「いや、今のは…」


「ホームラン!ホームラン!おめでとうございます!!ホームランです!!」


突如、バッティングセンター内にアナウンスが流れた。

「これはなんだい?」

「ホームランです。あそこに的があるでしょ?あれに当たればホームランなんです」

山本が指差した先にホームランと書かれた的があった。

「何かもらえるのかい?」

「1ゲーム無料券がもらえるんですよ」

「よし!汚名挽回といこう」

「ちょっ、池手名さん!もう藤波くんはやめましょう。あの端の80km/hにしましょう」

一番端に80km/hのゲージがあり、今は小学1年生くらいの子が打っていた。

「あの子の後、打ちましょう」

「不本意だが、20年のブランクだ。80km/hで調子を取り戻すとしよう」

「池手名さん、しっかりボール見てくださいね」

「かっ飛ばしてくるよ」

ゲージへ入るいぞう。

ピッチャーのモーションに合わせボールがくる。80km/hなので、かなり山なりのボールである。

ボコッ・・・

バットの先端がボールに当たる。

「池手名さん!当たりました!いけますよ!」

ボコッ・・ボコッ・・・カキッ・・・ボコッ・・・カキッ・・・カキーン・・・


だんだんと芯に近いところへ当たり出し、前にボールが飛ぶようになってくる。

「池手名さん!いい感じです!」


カキッ・・・カキーン・・・カキッ・・・カキーン・・・


80km/hにタイミングが合ってくるいぞうのバット、そして、最後のボールを初めてバットの芯でとらえる!


カキーン!!!!


フワッと上がった打球は、フラフラとホームランの的の方へ上がっていく。

(当たる!!)

山本がそう思ったとき、打球は的の手前で失速。そのまま的をかすめるようにしてボールは落ちていった。

ゲージを出てくるいぞう。

「惜しい!!当たったと思いました!!」

「今、かすめなかったかい?」

「僕にもそう見えましたけど、アナウンス流れないんで当たってないんですよ」

「いや、確かに当たったはずだ。確認してくる」

いぞうはフロントへ向かった。

「すみません。確認したいことがあるんですが」

まだ若そうな学生と思われる男性店員へ声をかけるいぞう。

「なんでしょう?」

「今、僕が打った大飛球を見てたかい?」

「いえ、お客様のバッティングを常に見ている訳ではありませんので」

「そうか、今ね、僕が火の出るような打球を打ったんだが、その打球が『ホームラン』の的へ当たったんだ。なのにホームランにならない。どういうことか説明してくれるかい?」

「正確には、当たったんではなく、かすめたんです。あと、火のでるような打球でもありません」

山本が補足する。

「かすめた程度でしたら、アナウンス鳴る場合と鳴らない場合があるんですよ。まともに当たったら必ず鳴るんですが」

「そうなんですね。池手名さん、今回はかすめたかもしれないですが、アナウンス鳴らなかったのであきらめましょう」

「そうはいかない。かすめてたらホームランのはずだ。当たってることに変わりはない」

「そうなんですが、ウチのバッティングセンターのホームラン基準が、アナウンス鳴るか鳴らないかでして…」

「池手名さん、もうやめましょう。店員さん可哀そうですよ」

「いや、はっきりさせないといけないんだ。僕たちの会社でも、問題をうやむやなまま終わらせることがよくあるだろ?そういった場合、後々ろくなことにならない。違うかい?」

「いや、そうですけど、今回はホームランじゃないという明確な結論が出てますよ」

「すみません。アナウンス鳴らなかったらホームランではないんです」

店員が申し訳なさそうに言う。

考え込むいぞう…そして、

「仕方ない…リクエストを申請する!!」

「え?・・・リクエスト?」

「そうだ、メジャーリーグでいうところのチャレンジ制度だ。日本では『リクエスト』という名称で採用されている。さあ、ビデオ検証に入ってくれ」

「あの、池手名さん…」

「山本くん、当然の権利だ」

「あの、うち、リクエストとかやってないです…」

「池手名さん、この店だけじゃなくて、どこのバッティングセンターもリクエストとかないですよ。あれはプロ野球だけです」

「阪神の藤波くんが投げてるじゃないか」

「バーチャルです」

「もったいぶるのはやめて早くビデオ検証に入ろう。ちゃんとあそこにビデオカメラがあるじゃないか。リクエスト制度がないとしたら、何の為にビデオカメラがあるんだい?」

「防犯カメラでして…」

(ごめん、店員さん、こうなると、この人しばらくこのままです。社会に出るとこんなうっとしい人いるんです。勉強だと思って、しばらく耐えてください。ごめんなさい…)

山本の心の中で店員さんに詫びた。






彼の名は、「池手名 伊三(いけてな いぞう)」

彼が本日放った打球は、実際の試合だと浅いセンターフライである。
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