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本編
第11話:モフモフと母なる魔樹
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白銀の世界が広がっている。
葉の表面には霜が降り、樹木全体には氷結した霧の粒が吹きつけられて、雪化粧が施されている。更にその上からは、身動き一つ許さないと言いたげに分厚い氷が張られていた。
魔樹の周囲は氷原へと変わり、氷の大地に反射した太陽光が目を眩ませる。
そしてそれらの変化は、魔樹を起点として円状に広がっているものの、円の境目から外には一切影響がなかった。
特定の範囲という限定された条件で、世界そのものが変わってしまった。そんな錯覚を抱くほどに、常識外れの変化が訪れているのだ。
凍った地面に風が吹きつけ、細かい霜が吹き上げられて空に舞うと、氷雨となり降ってくる。
自身の放った必殺技だけあって冷気を完全に遮断することはできない。寒いのかムー太はお尻をふりふりと動かして、胸の谷間に入ってこようとする。七海は身動ぎし、
「ムー太、少しだけ我慢してね」
「むきゅう……」
弱々しい応答。七海は首に巻いたマフラーをくるくると解き、ムー太の体に巻いてあげた。寒さが和らいだのか、ムー太は嬉しそうに鳴いて頬を叩いてくる。少し凍っているボンボンはいつもの柔らかさがなく、少し硬い。思わず苦笑が漏れる。
極寒の地と化した魔樹の根元、憤怒の形相で凍りついた氷像へと歩み寄る。最大限の警戒を払いながら、像へと手を伸ばし、そしてその呪縛を解いた。
「――――!?」
途端、自由の身となった女の顔が驚愕に転進した。猫のように素早い身のこなしで後方へ飛び、七海との距離を取る。そして、凍りついた本体を振り返り、その場に力なく膝から崩れ落ちた。
「見事だ、人間。よもや妾が、その実力を読み誤ろうとはな。殺すがいい」
随分と潔い物言いに若干戸惑いながらも、七海は問う。
「わが子ってどういう意味? まさかムー太の生みの親ってわけじゃないよね」
「むきゅう?」
ターバンのように巻かれたマフラーを斜めに倒し、七海の真似をしてムー太が疑問系で鳴いた。どうやら、親という認識はないようである。
赤目を細め、女は怪訝そうに首を傾げた。疑惑の眼差しを七海へ向けて、
「それを知ってどうする。妾を倒せばすべてが終わる。ゆえに、不要な問答だ」
魔樹の言う通りではある。が、得たいの知れぬ焦燥と不快感が胸のうちに広がるのを七海は感じていた。トドメを刺したら取り返しのつかないことになる。そんな予感がする。
「いいから答えて」
追い詰めているはずなのに、余裕がないのは七海の方だった。発せられた短い問いに、焦燥や苛立ちが滲んでしまっている。
そんな心情を看破したのか、魔樹は不思議そうに首をひねった。
「人間よ、心が乱れておるぞ。これではどちらが敗北したのやら」
「私の未熟はこの際どうでもいいことでしょ。早く答えて」
魔樹はしばらく黙考し、妥協する気配のない七海を眺めて言った。
「無論、本当の子ではない。それは汝もわかっていることだろう? しかし、妾の周囲で生まれれば、わが子同然に愛しい。それにその子は、妾の体内で生まれた。傷つけたくなかった……それだけだ」
極限まで高まっていた緊張が解れて七海はほっと安堵した。どうやらムー太の親を手に掛けようとしたわけではないらしい。半ばわかっていたことではあるが安堵せずにはいられなかった。
一連のやりとりがよくわからないのか、疑問符を浮かべるムー太を見下ろし「そうなの?」と七海は訊いた。するとムー太は、魔樹に空いた小さな穴をボンボンで指して「むきゅう」と頷いた。
どうやら魔樹の話に嘘はないらしい。それはつまり、彼女もムー太を愛する者の一人だということだ。そこまで思考して、一筋の閃きによる雷光が七海の脳裏を貫いた。
先ほど感じていたのとは別種の不快感が全身を駆け巡る。
――妾の周囲で生まれれば、わが子同然に愛しい
そのルールに適用されるのは果たしてムー太だけなのか。否、それは違う。魔樹から見てどの範囲までを適用範囲とするのかは不明だが、魔樹の周囲で生まれた魔物は決して少なくないだろう。
とするならば、この森には魔樹にとって家族にも等しい魔物たちがたくさん住んでいたことになる。
そして昨日、大規模な戦闘が行われた。人間と魔物による戦いだ。
結果、多くの魔物が命を落とした。
「まさか……わが子同然の魔物を人間に殺されたの? だから……」
「……だったらどうする。汝には関係あるまい」
真紅の瞳に一瞬だけ怒りの炎が浮かび、そして消えた。
すべてが終わった今となってはどうでもいいことだと言いたげに、魔樹は諦観を含んだため息をつく。
その所作がなによりも強く七海の問いを肯定していた。
「…………」
魔樹の領地を侵犯し、魔物の虐殺を行った。
人間と魔族は敵対しているのだから、その行為自体に悪はない。互いに殺し合う関係、宿敵なのだから当然である。それは魔物に対しても同様だ。
魔族にとって人間が虫けら同然なように、人間にとって魔族や魔物は獰猛な獣に等しい。獣をいくら殺しても悲しむことはないし、獣がいくら怒り狂おうがその原因を考えたりはしない。
しかし、七海は違う。
魔物の友達を持ったからこそ理解できる世界がある。
もしもムー太が人間に殺されるようなことになれば、七海は決して許さないだろう。人間と敵対することも厭わずに地獄の果てまで追い詰めるに違いない。
ムー太という媒体を通して魔樹と繋がったような感覚。大切な人を奪われたときの感情も痛いほどよく理解できる。悲しみ、苦しみ、憎しみ、そして狂おしいほどの怒り。
そこまで同調し、そして七海は同調できているという違和に気がついた。
魔族の社会は弱肉強食の社会だったはずだ。例え仲間であっても、弱き者は捨てていくのが彼らのルール。それなのにどうして彼女は、人間に敗れた弱き魔物のために怒っているのか。
殺された家族のために怒りを露にするだなんて人間のようではないか。
目の前にいる魔樹が普通の魔族ではないことを、ここでようやく七海は悟った。
「そういえば……」
人間が森に踏み入ったのは昨日が初めてではない。それ以前にも七海は人間の姿を見ているし、補給路を作るのに苦労したとアヴァンが言っていたことから、もっと以前から彼らが森を切り開いていたことは明白だ。
領土を侵犯されても攻撃することなく静観していた魔樹。その間も怒りを我慢していたに違いない。しかし、わが子同然の魔物たちまで手に掛けられ、我慢ができなくなった。そんなストーリーが頭に浮かび、
「凍解せよ」
七海が命じると、氷の世界に亀裂が生まれた。亀裂から派生した小さな罅が縦横無尽に氷原を駆け抜け、新たな亀裂を形作る。それはまるで大きな鏡を叩き割ってから、氷原を映し出したかのような光景。
一瞬のうちに罅割れは伝播していき、滑らかだった氷の表面は粗目状となり、そしてそのすべてが砕け散る。ラメを散らしたような氷の飛沫が視界を埋め尽くし、溶けるように消えていく。
後には、復活した緑の森だけが残った。寒さも吹き飛び、雪解けの春風のような暖かい風が打ち寄せる。ムー太は嬉しそうにボンボンを振って、興味深そうに辺りを見回している。
「どういうつもりだ」
無言のまま七海が立ち去ろうとすると、後ろから魔樹に呼び止められた。足を止め、振り返る。
「もう人間を攻撃するな、なんて言わない。だから私はアヴァンを助けに戻る」
魔樹の顔が困惑へと移る。
「待て、話は終わっていない。どういうつもりだと問うておる」
「悪いけど、話してる時間はないの」
もはや、七海の大儀は失われていた。
此度の件で、人間に非があることを認めてしまったからだ。
確かに魔族は七海にとっても宿敵ではある。それだけで討つ理由としては十分だ。しかし、七海は知ってしまったのだ。魔族も人間と同様、多種多様であることを。
人間にも善人と悪人がいるように、魔族にも人間に近い心を持ち合わせる者がいることを知ってしまった。魔物の中にも、ムー太のように優しく平和主義な種族がいるように、魔族の中にも慈悲の心を持つ者がいることを知ってしまったのだ。
七海が憎む魔族とは、人間を殺戮することに喜びを見出す連中のことだった。今目の前にいる魔族は、どうにもその範疇から外れているように見える。それを一緒くたにして、復讐だからと刃を向ける気にはなれなかった。
しかし、それらを説明している時間はない。
氷縛により効力が失われたのか、周囲を覆っていた霧は霧散してしまっているが、魔樹の下僕に関しては確認が取れていない。独立して動いている可能性がある以上、早急にアヴァンの元へ駆けつける必要がある。
そんな事情から、再び七海が踵を返そうとすると、
「わかった。人間との戦いは一時休戦としよう。ゆえに急いで戻る必要はない」
頑なに拒んでいた和平の申し込みに、今度は七海が困惑する番だった。
魔樹は指先でくるっと円を描き、いつの間にか消えていた投影魔法陣を作り直した。開拓村の様子を映し出しながら、
「傀儡人形はこの通り引き上げさせた。汝が急いで戻る必要はなくなっただろう」
魔法陣が映し出す映像には、魔樹の下僕の姿は見当たらなかった。生き残った人間たちは、呆けた顔を晒すばかりである。狐につままれたようなその顔が、まさに今、撤退を実行に移した証左であった。
呆然と佇む人の中にアヴァンの姿を認め、ようやく七海は安堵した。
「生きてる……良かった……」
頭部に眩暈が発生し、体から力が抜けそうになる。額に手を当て耐えながら、七海はなんとか踏み止まった。そんな彼女に歩み寄り、魔樹が問う。
「さあ、何故妾を解放したのか答えてもらおう」
「大した理由じゃないよ。プライドの高い君は怒るかもね」
「ふん、それほど妾の命は軽いということか。まぁよい、強者に服属するのは当然のことだからな。それに妾は汝に興味が湧いた。勿体つけずに話してみよ」
魔樹から敵意や殺気の類は感じられない。まるでわがままな姫様のような振る舞いに、七海は苦笑を漏らした。そして、ムー太を一撫ですると口を開いた。
葉の表面には霜が降り、樹木全体には氷結した霧の粒が吹きつけられて、雪化粧が施されている。更にその上からは、身動き一つ許さないと言いたげに分厚い氷が張られていた。
魔樹の周囲は氷原へと変わり、氷の大地に反射した太陽光が目を眩ませる。
そしてそれらの変化は、魔樹を起点として円状に広がっているものの、円の境目から外には一切影響がなかった。
特定の範囲という限定された条件で、世界そのものが変わってしまった。そんな錯覚を抱くほどに、常識外れの変化が訪れているのだ。
凍った地面に風が吹きつけ、細かい霜が吹き上げられて空に舞うと、氷雨となり降ってくる。
自身の放った必殺技だけあって冷気を完全に遮断することはできない。寒いのかムー太はお尻をふりふりと動かして、胸の谷間に入ってこようとする。七海は身動ぎし、
「ムー太、少しだけ我慢してね」
「むきゅう……」
弱々しい応答。七海は首に巻いたマフラーをくるくると解き、ムー太の体に巻いてあげた。寒さが和らいだのか、ムー太は嬉しそうに鳴いて頬を叩いてくる。少し凍っているボンボンはいつもの柔らかさがなく、少し硬い。思わず苦笑が漏れる。
極寒の地と化した魔樹の根元、憤怒の形相で凍りついた氷像へと歩み寄る。最大限の警戒を払いながら、像へと手を伸ばし、そしてその呪縛を解いた。
「――――!?」
途端、自由の身となった女の顔が驚愕に転進した。猫のように素早い身のこなしで後方へ飛び、七海との距離を取る。そして、凍りついた本体を振り返り、その場に力なく膝から崩れ落ちた。
「見事だ、人間。よもや妾が、その実力を読み誤ろうとはな。殺すがいい」
随分と潔い物言いに若干戸惑いながらも、七海は問う。
「わが子ってどういう意味? まさかムー太の生みの親ってわけじゃないよね」
「むきゅう?」
ターバンのように巻かれたマフラーを斜めに倒し、七海の真似をしてムー太が疑問系で鳴いた。どうやら、親という認識はないようである。
赤目を細め、女は怪訝そうに首を傾げた。疑惑の眼差しを七海へ向けて、
「それを知ってどうする。妾を倒せばすべてが終わる。ゆえに、不要な問答だ」
魔樹の言う通りではある。が、得たいの知れぬ焦燥と不快感が胸のうちに広がるのを七海は感じていた。トドメを刺したら取り返しのつかないことになる。そんな予感がする。
「いいから答えて」
追い詰めているはずなのに、余裕がないのは七海の方だった。発せられた短い問いに、焦燥や苛立ちが滲んでしまっている。
そんな心情を看破したのか、魔樹は不思議そうに首をひねった。
「人間よ、心が乱れておるぞ。これではどちらが敗北したのやら」
「私の未熟はこの際どうでもいいことでしょ。早く答えて」
魔樹はしばらく黙考し、妥協する気配のない七海を眺めて言った。
「無論、本当の子ではない。それは汝もわかっていることだろう? しかし、妾の周囲で生まれれば、わが子同然に愛しい。それにその子は、妾の体内で生まれた。傷つけたくなかった……それだけだ」
極限まで高まっていた緊張が解れて七海はほっと安堵した。どうやらムー太の親を手に掛けようとしたわけではないらしい。半ばわかっていたことではあるが安堵せずにはいられなかった。
一連のやりとりがよくわからないのか、疑問符を浮かべるムー太を見下ろし「そうなの?」と七海は訊いた。するとムー太は、魔樹に空いた小さな穴をボンボンで指して「むきゅう」と頷いた。
どうやら魔樹の話に嘘はないらしい。それはつまり、彼女もムー太を愛する者の一人だということだ。そこまで思考して、一筋の閃きによる雷光が七海の脳裏を貫いた。
先ほど感じていたのとは別種の不快感が全身を駆け巡る。
――妾の周囲で生まれれば、わが子同然に愛しい
そのルールに適用されるのは果たしてムー太だけなのか。否、それは違う。魔樹から見てどの範囲までを適用範囲とするのかは不明だが、魔樹の周囲で生まれた魔物は決して少なくないだろう。
とするならば、この森には魔樹にとって家族にも等しい魔物たちがたくさん住んでいたことになる。
そして昨日、大規模な戦闘が行われた。人間と魔物による戦いだ。
結果、多くの魔物が命を落とした。
「まさか……わが子同然の魔物を人間に殺されたの? だから……」
「……だったらどうする。汝には関係あるまい」
真紅の瞳に一瞬だけ怒りの炎が浮かび、そして消えた。
すべてが終わった今となってはどうでもいいことだと言いたげに、魔樹は諦観を含んだため息をつく。
その所作がなによりも強く七海の問いを肯定していた。
「…………」
魔樹の領地を侵犯し、魔物の虐殺を行った。
人間と魔族は敵対しているのだから、その行為自体に悪はない。互いに殺し合う関係、宿敵なのだから当然である。それは魔物に対しても同様だ。
魔族にとって人間が虫けら同然なように、人間にとって魔族や魔物は獰猛な獣に等しい。獣をいくら殺しても悲しむことはないし、獣がいくら怒り狂おうがその原因を考えたりはしない。
しかし、七海は違う。
魔物の友達を持ったからこそ理解できる世界がある。
もしもムー太が人間に殺されるようなことになれば、七海は決して許さないだろう。人間と敵対することも厭わずに地獄の果てまで追い詰めるに違いない。
ムー太という媒体を通して魔樹と繋がったような感覚。大切な人を奪われたときの感情も痛いほどよく理解できる。悲しみ、苦しみ、憎しみ、そして狂おしいほどの怒り。
そこまで同調し、そして七海は同調できているという違和に気がついた。
魔族の社会は弱肉強食の社会だったはずだ。例え仲間であっても、弱き者は捨てていくのが彼らのルール。それなのにどうして彼女は、人間に敗れた弱き魔物のために怒っているのか。
殺された家族のために怒りを露にするだなんて人間のようではないか。
目の前にいる魔樹が普通の魔族ではないことを、ここでようやく七海は悟った。
「そういえば……」
人間が森に踏み入ったのは昨日が初めてではない。それ以前にも七海は人間の姿を見ているし、補給路を作るのに苦労したとアヴァンが言っていたことから、もっと以前から彼らが森を切り開いていたことは明白だ。
領土を侵犯されても攻撃することなく静観していた魔樹。その間も怒りを我慢していたに違いない。しかし、わが子同然の魔物たちまで手に掛けられ、我慢ができなくなった。そんなストーリーが頭に浮かび、
「凍解せよ」
七海が命じると、氷の世界に亀裂が生まれた。亀裂から派生した小さな罅が縦横無尽に氷原を駆け抜け、新たな亀裂を形作る。それはまるで大きな鏡を叩き割ってから、氷原を映し出したかのような光景。
一瞬のうちに罅割れは伝播していき、滑らかだった氷の表面は粗目状となり、そしてそのすべてが砕け散る。ラメを散らしたような氷の飛沫が視界を埋め尽くし、溶けるように消えていく。
後には、復活した緑の森だけが残った。寒さも吹き飛び、雪解けの春風のような暖かい風が打ち寄せる。ムー太は嬉しそうにボンボンを振って、興味深そうに辺りを見回している。
「どういうつもりだ」
無言のまま七海が立ち去ろうとすると、後ろから魔樹に呼び止められた。足を止め、振り返る。
「もう人間を攻撃するな、なんて言わない。だから私はアヴァンを助けに戻る」
魔樹の顔が困惑へと移る。
「待て、話は終わっていない。どういうつもりだと問うておる」
「悪いけど、話してる時間はないの」
もはや、七海の大儀は失われていた。
此度の件で、人間に非があることを認めてしまったからだ。
確かに魔族は七海にとっても宿敵ではある。それだけで討つ理由としては十分だ。しかし、七海は知ってしまったのだ。魔族も人間と同様、多種多様であることを。
人間にも善人と悪人がいるように、魔族にも人間に近い心を持ち合わせる者がいることを知ってしまった。魔物の中にも、ムー太のように優しく平和主義な種族がいるように、魔族の中にも慈悲の心を持つ者がいることを知ってしまったのだ。
七海が憎む魔族とは、人間を殺戮することに喜びを見出す連中のことだった。今目の前にいる魔族は、どうにもその範疇から外れているように見える。それを一緒くたにして、復讐だからと刃を向ける気にはなれなかった。
しかし、それらを説明している時間はない。
氷縛により効力が失われたのか、周囲を覆っていた霧は霧散してしまっているが、魔樹の下僕に関しては確認が取れていない。独立して動いている可能性がある以上、早急にアヴァンの元へ駆けつける必要がある。
そんな事情から、再び七海が踵を返そうとすると、
「わかった。人間との戦いは一時休戦としよう。ゆえに急いで戻る必要はない」
頑なに拒んでいた和平の申し込みに、今度は七海が困惑する番だった。
魔樹は指先でくるっと円を描き、いつの間にか消えていた投影魔法陣を作り直した。開拓村の様子を映し出しながら、
「傀儡人形はこの通り引き上げさせた。汝が急いで戻る必要はなくなっただろう」
魔法陣が映し出す映像には、魔樹の下僕の姿は見当たらなかった。生き残った人間たちは、呆けた顔を晒すばかりである。狐につままれたようなその顔が、まさに今、撤退を実行に移した証左であった。
呆然と佇む人の中にアヴァンの姿を認め、ようやく七海は安堵した。
「生きてる……良かった……」
頭部に眩暈が発生し、体から力が抜けそうになる。額に手を当て耐えながら、七海はなんとか踏み止まった。そんな彼女に歩み寄り、魔樹が問う。
「さあ、何故妾を解放したのか答えてもらおう」
「大した理由じゃないよ。プライドの高い君は怒るかもね」
「ふん、それほど妾の命は軽いということか。まぁよい、強者に服属するのは当然のことだからな。それに妾は汝に興味が湧いた。勿体つけずに話してみよ」
魔樹から敵意や殺気の類は感じられない。まるでわがままな姫様のような振る舞いに、七海は苦笑を漏らした。そして、ムー太を一撫ですると口を開いた。
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