少女に抱かれて行く異世界の旅 ~モフモフの魔物は甘えん坊!~

火乃玉

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本編

第28話:モフモフとお泊まり会

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「――――と、言うわけなの」

 昔話を終えて、七海が困ったように微笑んだ。

「むきゅう……」

 それは悲しいお話で、ムー太はすっかり元気がなくなってしまった。異世界について興味津々だったはずなのに、今ではしょんぼり縮んでしまっている。
 しかし、当事者の七海はもっと悲しいはずなのだ。だからムー太は、ぽふぽふと慰めるように頬を叩いてあげた。

「ん、慰めてくれてるの? ありがとう」

 持ち上げられ、額にチュッとキスをされた。
 そのまま万歳する形で持ち上げられ、くるくると七海が回転を始める。

「はい、お礼の高い高ーい。あーんど、メリーゴーランド!」

「むきゅううう」

 ぐるぐると、ムー太は目が回る。
 けれど、慣れるに連れてだんだん楽しくなってきた。世界が横に引き伸ばされ、その中を飛んでいるような感覚がとても不思議で興味深い。だんだんとテンションが上がっていき、興奮したムー太は跳ねたくなった。

 高い高いされた状態でジャンプしようとするものだから、七海はびっくりしたようだ。取り落としそうになり、慌てて両手と体の動きでムー太を支えにかかる。
 大きな毛玉をお手玉するように七海が動けば、ムー太の視界は激しく上下することになる。それがまた楽しくて、きゃっきゃと歓声を上げて喜んだ。もっともっとと丸い体を揺らすムー太をなんとかその胸に収め直すと、七海は少しばかり不満そうに言った。

「もう、ムー太ったら。危ないじゃない」

 辺りは暗くなり始め、赤日が城壁の影に消えようとしている。第二エリアの城門が近づき、宿まであと少しというところまで帰って来たところだ。騒動が収まるのを待ってから、隣を歩くアヴァンが口を開いた。

「異世界にしろ、魔王の討伐にしろ、本当に驚くばかりですぐには感想が思いつかない。しかし、一つだけ気になることがある。とても重要な事柄だ」

 いつになく真剣なその様子に、七海が首を傾げて応じる。

「なに?」
「むきゅう?」

 ごくり、とアヴァンが喉を鳴らした。
 そして彼は、意を決したかのように重々しく頷き、

「ナナミは一体、何歳なん――痛っ」

 脇腹を肘で小突かれ、無神経なアヴァンの顔が苦悶に染まる。
 下から見上げるように睨み付け、七海が口を尖らせる。

「私の国ではね、女性に年齢を聞くのは失礼なんだよ!」
「むきゅう!」

 二人の剣幕(と言っても、ムー太は真似しているだけ)にアヴァンは鼻白み、

「そ、そうなのか? すまん……」

 と、頭を下げて謝った。
 肩を落とし、気まずそうに視線を落として沈黙。
 心なしか、とても寂しそうに見える。

 その様子を見て少し気の毒になり、ムー太は肩をぽふぽふと叩いてあげた。
 七海も同じことを思ったのか、落ち込むアヴァンの前方へと回り込み、少し不機嫌な風を装いながら言った。

「変に勘違いされるのも嫌だし、教えてあげる。私の成長は止まってるの。理由はわからないけど、この世界に迷い込んでから、そうなってるみたい」

「不老不死……ってことか?」

「わかんない。でも、私は呪いみたいなものだと思ってる。他の人と同じように成長できないんだからね」

 いくらか元気を取り戻し、今度は言葉を選びながらアヴァンが言う。

「一人だけ時代に取り残される……ってことか。確かにそれは、寂しいものなのかもしれないな。俺には理解できない世界だが、女性は永遠の若さを求めるとも聞く。ナナミは違うのか?」

「あと一年、成長の余地があったらって思うんだ。そうしたら、こんな子供っぽい体じゃなくて、もう少し大人の女性になれたのにって。だから私は、十六歳って名乗ることにしてるの。本当は十五歳で時が止まってるみたいだけど」

「そんなことないと思うが……ああ、いや、なんでもない」

 七海の小柄な体をちらりと盗み見、アヴァンがごにょごにょと口籠もる。

 そうこうしているうちに宿へ到着。
 ふいに七海が歩みを止めて、疑問符を浮かべて呟いた。

「――え?」

「むきゅう?」

「どうした?」

 怪訝そうに振り返ったアヴァンは、七海の視線の先を追う。
 ムー太も真似して追ってみる。

 宿の向かい側、ルカス大通りを挟んで小さな教会が立っている。その壁を背に、うずくまる小柄な人影があった。膝を抱き込むように両手を回し、膝小僧の上に額を落として俯いているようだ。

「サチョ?」

 歩み寄り、七海がそう口にした。
 呼びかけられ、ぐったりとした人影が顔を上げる。

「ナナちゃん? わぁ、むーちゃんもいるー!」

 ペタペタと不器用な撫で方。それは紛れもなくサチョのものだった。薄汚れた桃色の髪の毛を傾けて、無邪気に喜ぶ少女の顔が間近にある。

「むきゅう!」

 相変わらず下手な撫で方なのだけれど、友の来訪にムー太は喜んだ。しかし、

「ねえ、サチョ。まさか、ずっとここで待ってたの?」

「うん! むーちゃんに会いたかったの」

 ムー太は笑顔になったけれど、七海の顔が曇った。彼女が困ったようにアヴァンを見ると、彼の方も苦笑を返して首を横に振った。

 サチョに向き直り、七海が膝を折って視線を合わせる。桃色の髪を優しく触り、

「今日もお兄さんは夜勤のお仕事?」

「うん、そうだよー」

「じゃあ、今日はムー太と一緒にお泊りしようか?」

「えー!? いいのー? 宿に入って怒られない?」

「うん、大丈夫だよ。ちゃんと二人分の料金を支払うから」

「わーい、やったー!」

「むきゅう!」

 無邪気に喜ぶムー太とサチョ。万歳の大合唱の末に、ボンボンと片手でハイタッチを決める。ムー太は喜びを分かち合おうと、七海を見上げたのだけれど、彼女の顔は依然として曇ったままだった。

 体を傾け、少しだけ寂しいムー太は疑問系で鳴いた。



 ◇◇◇◇◇

 昨日に続いて、ムー太はお風呂に入った。今日はサチョも含めて仲良く三人で。

 途中、プカプカと優雅に浮かぶムー太に掴まって、サチョがバタ足を始めた時は混乱したものだった。とはいえ、どうあってもムー太の体は沈まないようで、問題なかったのだけれど。

 厚手のフカフカタオルで体を拭いてもらい、それでもまだ湿った体をブルブルと震わせるムー太。部屋に戻りベッドの上に置かれてからも、湿った体が気になって、水分を飛ばそうと体を左右に振っている。

「むきゅううう」

 お風呂は好きになったけれど、体が乾燥するまで待つ時間には未だに慣れない。

「むーちゃん、わんちゃんみたい!」

 サチョは七海の寝巻きを借りている。といっても着ているのは上着だけで、ブカブカの服は膝先まで伸びていてワンピースのようだ。ベッドにうつ伏せに寝転がりながら、足をバタバタさせてムー太を弄る。

 ペタペタと触るものだから、湿った毛が肌にくっ付いてしまい気持ち悪い。彼女に悪気がないことを知っているムー太は困り顔だ。

 ムー太は助けて欲しくて七海の方を見る。彼女は荷物の整理をしているところだった。買い揃えた冒険道具一式を整頓し、新しく買った肩下げ鞄に収納しているところだ。
 つぶらな黒目を瞬いて無言の救援を送っていると、それに気づいた彼女が助け舟を出してくれた。

「ムー太は濡れるのが苦手だから、乾くまで少しの間待ってあげてね」

 サチョは体を起こすと首を傾けた。
 ハの字に脚を開いて座り、素直な謝罪を口にする。

「そうなの? むーちゃん、ごめんね」

「むきゅう」

 荷物の整理を終えた七海がこちらへやってきて、寝台の裾に腰を下ろす。憂いのある黒い瞳をわずかに細め、石鹸の香る黒髪を片手で梳いた。

「ねえ、サチョはムー太のことが好き?」

「うん、大好きー! 初めて出来たお友達なの」

「むきゅう!」

 同意とばかりにムー太は鳴いた。もっとも、ムー太にとっては二番目の友達なのだけれど。

 しかし、七海は寂しそうに頷いて顔を伏せた。

「あのね、とても言いにくいんだけどね。サチョに伝えておかないといけないことがあるの」

「なあに?」

「私たちは、冒険者なんだ。一緒にいるアヴァンも……そして、愛くるしい見た目のムー太もね。今はルカスに滞在しているけど、それは一時的なことなの。だからね、近日中に……」

 言い淀む。その先に何があるのか、ムー太はようやく理解した。新しい地へ旅立つということは、今いる地で知り合った人たちと別れるということだ。イゼラとの別れを経て、ムー太はしっかりと学習していた。

 そしてそれが、いかに悲しくて辛いことなのかも。

「むきゅう……」

 みるみるうちに元気がなくなり萎んでいくムー太。次を紡げずにいる七海に向けて、サチョが頷きを返して上目遣いに見上げた。

「ナナちゃんはね、冒険者だから近いうちに旅立つっておにいが言ってたの。サチョはね、最初は納得がいかなかったの」

「そうだよね、納得いかないよね」

「でもねでもね、冒険者を引き止めたらダメだって教わったの。それはね、サチョがお兄を失うのと同じぐらい辛いことなんだって。だからね、旅立つ前に会いたくて、今日はずっと待ってたの」

 何度も瞬きしながら、サチョは嬉しそうに言う。その真っ直ぐな姿勢が琴線に触れたのか、七海の目元に涙が浮かぶ。そのままサチョを抱き寄せて、彼女は申し訳なさそうに口を開く。

「ごめんね、私一人でムー太を独占するみたいで。目的を果たしたら、また戻ってくるから……いつになるかわからないけど、その時に再会しましょう」

 特等席をサチョに奪われたムー太だけれど、同意するように何度も頷く。イゼラとの約束もあるのだから、この地に戻ってくるのは決定事項だ。

「本当? 戻ってくるの?」

「そうよ。ムー太の夢を叶えたら必ず戻ってくるわ」

 冒険には危険が付き物だ。必ず戻れるという保障なんてものはない。それを知っているはずの彼女は、しかし、決意を込めて力強く頷いた。

 ムー太もそれには大賛成。寝台のスプリングの跳ね返りを利用して、いつも以上に高く飛び跳ねる。二人の周りをぐるぐると跳ねながら、寝台の軋みに合わせるように何度も何度も鳴いた。

「むきゅう! むきゅう! むきゅう!」

「ほら、ムー太もそのつもりみたいだよ」

「むきゅう!」

「むーちゃん、大好き!」

 サチョはそう言うと、両手を広げて覆いかぶさるようにジャンプした。跳ね回るムー太に頭突きを一発ぶちかまし、そのままベッドに押し倒すように倒れこむ。

 頭の上に星が飛び、目を回すムー太。

 サチョの体重が負荷となり、柔らかな体がぐにゃっと潰れる。

 そんなムー太の苦労を黙殺しつつ、七海が提案するように言った。

「ムー太を抱いて寝るとすごく気持ちいいんだよ。最高の抱き枕なんだからね!」

「わぁ、いいないいな。サチョも試してみたいの。むーちゃん借りていーい?」

「うん、もちろんだよ。存分に可愛がってあげて」

 ムー太を抱く権利が七海からサチョへと譲渡される。自分の預かり知らぬところで話が勝手に進んでいるのだけれど、サチョに潰され身動きできないムー太はそれどころではない。

 バタバタと動き、何とか脱出。
 額をボンボンで拭い、サチョの頬をぽふぽふと叩き抗議する。

 けれど、サチョにその手の抗議は通用しない。甘えていると勘違いしたのだろう。彼女はぎゅうっと抱きつくと、頬を擦り合わせてきた。

「むーちゃん、やわらかー!」

「むきゅう……」

 相変わらずサチョに甘いムー太は、困り顔のままぐりぐりされる。しばらくの間、そのようなやり取りが続き、夜も更けていった。そして、

「そろそろ寝ようか。三人で仲良く、川の字でね」

「はーい」

「むきゅう……」

 七海が順番に部屋の明かりを消していく。少しずつ薄暗くなっていく室内。
 最後に寝台横の小さなランプの明かりを消せば、部屋は完全に暗闇となる。

 真ん中にムー太を置いて、左右に少女が二人床に就く。しばらくすると、ムー太に抱きついたままサチョが寝息を立て始めた。彼女は力加減が下手なので、少しだけ苦しい。

 けれど、サチョと触れ合える残りの日数を思えば苦にならなかった。

 ムー太の背中に七海が顔を近づけて「偉いよ、ムー太」と小声で褒めてくれた。サチョを起こさないようにボンボンを揺らすことで応えると、ムー太は少しずつ夢の中に埋没していった。

 ……
 ……
 ……

 深夜、息苦しくて目を覚ますと、普通の枕の如くサチョの頭の下敷きになっていた。どうやら、サチョが寝返りを何度も打つうちにポジションが変化してしまったようだ。

 抱き枕にされるのはいいけれど、普通の枕にされるのは勘弁して欲しいムー太なのだった。
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