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まったり地球での生活編
モフモフ観察日記
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私は十階建てのマンションの二階に住んでいる。階下の方が値段が安いのに加えて、有事の際にすぐ逃げられるという理由で購入したらしい。万が一火事にでもなれば、ベランダからジャンプして逃げ出せるというわけだ。
間取りは3LDKで、四人家族が住むには十分な広さがある。けれど、両親は共働きな上に出張族なものだから、普段は弟との二人暮らしだ。そんなわけで、少しだけスペースを持て余していると言わざるを得ない。
と、以前には不満に思っていた家庭環境だけれど、今の私にとっては都合が良かった。なぜなら、異世界から私を追ってきたキュートでモフモフな友人を同居人として迎え入れることが容易だったからだ。
最高のモフモフボディを持つその友達は、異世界では魔物と呼ばれる存在だった。純白の毛に覆われたまん丸の体から二本の触角がにょきっと生えて、その先端には綿毛に覆われたボンボンが付いている。そして、白毛の隙間に覗くつぶらな黒目が二つある。くりっとしたその瞳で上目遣いに見つめられるたびに、私のハートは射抜かれる。もう好きにして……ううん、好きにしてやるって感じ。
むきゅう、と少し変わった鳴き方をするので、ムー太と名付けた。魔物だから言葉はしゃべれないけれど、私の言葉はしっかりと理解していて意思疎通ができる。話しかけると必ず疑問系で鳴いて、体を傾ける。その仕草がとっても可愛くて、私は用がなくてもムー太に話しかけてしまう。
「ねえ、ムー太」
「むきゅう?」
「なんでもなーい」
このパターンの場合、困惑するところまでがセットである。
不思議そうに目をぱちくりさせている姿までもを一度に見ることができるのだ。
そして、ムー太はすごく好奇心旺盛だったりする。元来、じっとしているのは苦手なタイプで、真新しいものを見つけては興味深そうに近寄っていく。異世界では、無防備とも言えるその危なっかしい姿から目を離すことができなかった。
今もまた、私室に敷いたカーペットの上でポンポンと跳ねながら、構って欲しそうに私を見上げている。もちろん、そのお願いを断ることなど私にはできない。ムー太のお願いは、私にとって大統領令にも勝る効力を持っているのだ。
私はバウンドするムー太を拾い上げてリビングへ向かった。三人掛けのソファーに体を預け、ムー太を膝上に置いてむぎゅっと抱きしめる。すると、頬の辺りにボンボンが伸びてくる。私は顔を近づけて、その洗礼を受けた。
「今日はたっぷり構ってあげられるからね。はーい、モフモフモフモフ」
「むきゅう!」
今日は日曜日。弟は朝から部活でいない。夕頃になるまで帰ってこないはずだ。
二人きりの時間を過ごすには打って付けなのである。
ムー太のことはまだ弟に話していない。
異世界の住民であるムー太のことをどのように説明したらいいのか、わからないというのもある。しかし、それ以前に、珍妙な生物が存在するのだと世間に知られることが怖い。天然記念物と認定されてしまえば、個人が飼うことは許されず、国の管理下とされてしまうかもしれないからだ。
仮にそうなったとしても、私はムー太を引き渡すつもりはないけれど、面倒事は避けたいのが本音だ。もっとも、ムー太がこっちの世界に現れたとき私は学校に居たので、多くの生徒に目撃されてしまっている。もう手遅れかもしれない。
「うーん、でも不思議と学校で噂になってないんだよね」
「むきゅう?」
膝の上で体を傾け、ムー太が私を見つめている。背筋にぞくぞくっと衝動的な感情が湧き上がり、めちゃくちゃにしてやりたくなる。そこをぐっと堪えて、私は白毛に顔を埋めるにとどめた。そのまま大きく深呼吸をすれば、洗濯直後のバスタオルみたいな良い匂いが、私の肺を満たす。はぁ、幸せ。
と、恍惚とした表情でトリップしているであろう私の顔をムー太がぽふぽふと叩いてきた。
「むきゅう」
興味深そうに鳴いたムー太の視線の先を追うと、四十インチのテレビ画面が置いてある。電源が入っていない黒塗りの画面には、私とムー太の姿が鏡のように映っていた。
「あれはね、テレビっていうんだよ」
「むきゅう?」
論より証拠。説明するよりも見てもらったほうが早い。私はリモコンを手に取ると電源ボタンを押した。黒塗りの画面に光が宿り、それらの光が像を結ぶよりも早くスピーカーからの雑音が耳に届く。映像が鮮明になってから初めて、それが朝のニュース番組なのだとわかった。
薄型の液晶画面の向こう側に、突如として現れた女性のニュースキャスターに驚いたのか、ムー太の体がびくんと動いた。私は苦笑しながら補足する。
「あの中に人が入ってるわけじゃないんだよ。どこか別の遠い場所で撮影された映像なんだ。不思議でしょう?」
ムー太はこくりと頷くと、私の膝上からぴょんと飛び降りた。フローリングの上をぴょこぴょこと進み、テレビの目の前までくるとぽーんとジャンプ。おもむろにテレビ画面をぽふぽふし始める。
どうやら、本当にそこに人がいないのか確認しているらしい。一通りのチェックを終えると、こっちを振り返って満足げに笑った。つられて私の頬が緩む。
「ねえ、ムー太。戻っておいで」
「むきゅう!」
モフモフを手中に収め直した私は、リモコンを手に取りチャンネルを変えた。順番に各チャンネルを回しながらムー太の反応を伺う。どんな番組に興味を示すのだろうか。テレビ画面が移り変わるたびに、目を輝かせながらボンボンをピコピコと動かしている。くう、可愛い。
結論から言うと、ムー太はすべての番組に興味を示した。中でも子供向けのアニメがお気に入りだったようで、チャンネルを変えようとすると潤んだ瞳で見つめられてしまった。どうやら、変えないで欲しいということらしい。
私がリモコンから手を離すと、ムー太は満足げに鳴いてアニメを食い入るように見始めた。ゆるい見た目のキャラクターたちが織り成すほのぼのとしたアニメで、平和主義のムー太にはぴったりな気がする。
登場人物たちが談笑している間はムー太も笑顔となり、意地悪なキャラクターが出てきてみんなを困らせるとムー太も悲しそうに萎んでしまう。小さな子供は、感情移入の度合いが大人よりも遥かに大きいというけれど、もしかしたらムー太も同じなのかもしれない。
あるいは、アニメのキャラクターが実在していて、今もどこか遠くの地で困っているものだとでも思っているのだろうか。そんなメルヘンな世界があるのなら、是非とも私は見てみたい。きっとムー太は、彼らとも仲良くやっていけるだろう。
九時十五分になるとCMが挟まれた。アニメが中断され、草原を疾走する車の映像が流れる。膝の上で身じろぎしたムー太が体を捻り、残念そうに私を見上げた。
「むきゅう?」
「大丈夫、まだ終わってないよ。しばらくしたら始まるから待っててね」
こくりと頷き了承したムー太は、再び前方へ向き直ると体をゆさゆさと揺らし始めた。その仕草からワクワクしていることが伝わってくる。おそらく、続きが待ち遠しくてじっとしていられないのだ。
CMが明けると、ムー太は嬉しそうに鳴いてからアニメの世界に没入していった。待っている間、忙しなく動き続けていたモフモフボディは一転して静止し、熱い視線をディスプレイに飛ばしている。
私としては、太ももに伝わってくるモフモフの感触がなくなってしまい少し寂しい。だから、視聴の邪魔にならない程度に、ムー太の両脇を撫でることにした。
物語が終盤に差し掛かると、みんなを困らせていた意地悪なキャラクターが自らの行動を振り返り、自分は間違っていたのだと気づく。反省した彼は、迷惑をかけた一人一人の元を訪ねていって謝罪する。そして最後には、全員と仲直りして大団円を迎える。
その結末にムー太はとっても嬉しそうだった。エンディング曲に合わせて、ボンボンをマラカスみたいに振りながら、体を上下に動かしてリズムを刻んでいる。
「ご機嫌だね、ムー太」
「むきゅう!」
笑顔のムー太を見るだけで、私は幸せな気分になれる。
高揚した気分のままに私がエンディング曲を口遊めば、ムー太もそれに調子を合わせて鳴いてくれる。私たちの合唱はスタッフロールの最後まで続き、ハイテンションになったムー太はソファーの周りをぴょんぴょんと飛び跳ねた。
次のアニメが始まるまで、まだ少し間がある。私は朝食を作ることにした。
キッチンへ向かい冷蔵庫を開ける。と、中はがらんどうだった。
「あちゃー……これはマズイ」
よく考えてみれば、料理を覚えたのは異世界に行ってからだ。普段はコンビニ弁当で済ませていたことを今更ながらに思い出す。
コンビニまで一走りするべきだろうか。と、そこで私は妙案を思いついた。
電気ポットを片手で持って、いつの間にか足元で跳ねていたムー太を促してリビングへ戻る。ガラス製の少し洒落たテーブルに電気ポットを置いて、戸棚からカップ麺を取り出してから私は大仰に言った。
「ここに取り出したるは種も仕掛けもないカップでございます」
包装を破り、蓋を半分まで開けてから中身を見せる。ムー太は背伸びするようにして乾麺を覗き込み、体を傾けて私を見上げた。
これがどうしたの? とでも言いたげな表情だ。私は得意げに笑い、続ける。
「さて、この中にお湯を注ぎます」
「むきゅう?」
「そして三分待ちます」
「むきゅう……?」
「すると、不思議不思議。あら、不思議! おいしい料理の出来上がりでーす!」
「むきゅう!?」
重石代わりに乗せていたお箸をどけてフタを開けると、白い湯気と一緒に醤油風味の匂いが鼻腔を掠めた。期待通りにムー太が目を丸くして驚いてくれている。箸をカップの中へ差し込み、麺をほぐす。
私は、このまま箸で食べさせようとした場合のムー太の姿を想像した。麺をちゅるんとした時に、スープが跳ねて白毛にかかってしまいそうだ。とすると、啜るのではなく、麺をまとめて一口で食べさせる必要がでてくる。
「ちょっと待っててね」
くんくんと鼻をひくつかせるムー太に一言断りを入れてから、私は食器棚からフォークを取り出した。ちょこんと座ったムー太の前まで戻り、カップ麺の中にフォークを突き立てる。パスタを巻くようにぐるぐると回し、まとまったインスタント麺に息を吹きかける。十分に冷めたところでムー太の口元へ持っていき、
「はい、あーん」
ばくん、という効果音が聞こえてきそうなほどにムー太が豪快にかぶりつき、フォークに巻かれた麺は一口で消えてしまった。もむもむ、と幸せそうに口を動かしている。
お湯を注いだだけで完成する革新的な料理。ムー太はどう思ったのだろうか。手品のように見えたことだと思う。もしくは、魔法を使ったんだと勘違いしたのかもしれない。どちらにしても重要なことは、ムー太が満足してくれたかどうかだ。
「どう? おいしい?」
「むきゅう!」
笑顔を向けられて、愛おしさにきゅっと胸が締め付けられる。どんなに嫌なことがあったとしても、ムー太と触れ合うことができればすぐに忘れられる。癒しを提供してくれるモフモフは、私にとって友達以上の存在だ。
カップ麺を食べ終えると、丁度次のアニメが始まった。
ムー太はといえば、名残惜しそうに口の周りをぺろりとしている。
その柔らかな体を抱きしめて、私はソファーへと戻った。
そして、アニメを見終わるとムー太が平常運転で転寝を始めてしまったので、私はダッシュでレンタルビデオ屋へ向かった。ほのぼのとした優しい内容のアニメをいくつか借りて家へ戻る。
道すがら、久しぶりの休日はアニメ漬けで終了だなと思い、苦笑した。
空には雨雲が立ち込めているから丁度良いのかもしれない。
ムー太が喜ぶ姿を夢想しながら、私は帰路を急いだ。
間取りは3LDKで、四人家族が住むには十分な広さがある。けれど、両親は共働きな上に出張族なものだから、普段は弟との二人暮らしだ。そんなわけで、少しだけスペースを持て余していると言わざるを得ない。
と、以前には不満に思っていた家庭環境だけれど、今の私にとっては都合が良かった。なぜなら、異世界から私を追ってきたキュートでモフモフな友人を同居人として迎え入れることが容易だったからだ。
最高のモフモフボディを持つその友達は、異世界では魔物と呼ばれる存在だった。純白の毛に覆われたまん丸の体から二本の触角がにょきっと生えて、その先端には綿毛に覆われたボンボンが付いている。そして、白毛の隙間に覗くつぶらな黒目が二つある。くりっとしたその瞳で上目遣いに見つめられるたびに、私のハートは射抜かれる。もう好きにして……ううん、好きにしてやるって感じ。
むきゅう、と少し変わった鳴き方をするので、ムー太と名付けた。魔物だから言葉はしゃべれないけれど、私の言葉はしっかりと理解していて意思疎通ができる。話しかけると必ず疑問系で鳴いて、体を傾ける。その仕草がとっても可愛くて、私は用がなくてもムー太に話しかけてしまう。
「ねえ、ムー太」
「むきゅう?」
「なんでもなーい」
このパターンの場合、困惑するところまでがセットである。
不思議そうに目をぱちくりさせている姿までもを一度に見ることができるのだ。
そして、ムー太はすごく好奇心旺盛だったりする。元来、じっとしているのは苦手なタイプで、真新しいものを見つけては興味深そうに近寄っていく。異世界では、無防備とも言えるその危なっかしい姿から目を離すことができなかった。
今もまた、私室に敷いたカーペットの上でポンポンと跳ねながら、構って欲しそうに私を見上げている。もちろん、そのお願いを断ることなど私にはできない。ムー太のお願いは、私にとって大統領令にも勝る効力を持っているのだ。
私はバウンドするムー太を拾い上げてリビングへ向かった。三人掛けのソファーに体を預け、ムー太を膝上に置いてむぎゅっと抱きしめる。すると、頬の辺りにボンボンが伸びてくる。私は顔を近づけて、その洗礼を受けた。
「今日はたっぷり構ってあげられるからね。はーい、モフモフモフモフ」
「むきゅう!」
今日は日曜日。弟は朝から部活でいない。夕頃になるまで帰ってこないはずだ。
二人きりの時間を過ごすには打って付けなのである。
ムー太のことはまだ弟に話していない。
異世界の住民であるムー太のことをどのように説明したらいいのか、わからないというのもある。しかし、それ以前に、珍妙な生物が存在するのだと世間に知られることが怖い。天然記念物と認定されてしまえば、個人が飼うことは許されず、国の管理下とされてしまうかもしれないからだ。
仮にそうなったとしても、私はムー太を引き渡すつもりはないけれど、面倒事は避けたいのが本音だ。もっとも、ムー太がこっちの世界に現れたとき私は学校に居たので、多くの生徒に目撃されてしまっている。もう手遅れかもしれない。
「うーん、でも不思議と学校で噂になってないんだよね」
「むきゅう?」
膝の上で体を傾け、ムー太が私を見つめている。背筋にぞくぞくっと衝動的な感情が湧き上がり、めちゃくちゃにしてやりたくなる。そこをぐっと堪えて、私は白毛に顔を埋めるにとどめた。そのまま大きく深呼吸をすれば、洗濯直後のバスタオルみたいな良い匂いが、私の肺を満たす。はぁ、幸せ。
と、恍惚とした表情でトリップしているであろう私の顔をムー太がぽふぽふと叩いてきた。
「むきゅう」
興味深そうに鳴いたムー太の視線の先を追うと、四十インチのテレビ画面が置いてある。電源が入っていない黒塗りの画面には、私とムー太の姿が鏡のように映っていた。
「あれはね、テレビっていうんだよ」
「むきゅう?」
論より証拠。説明するよりも見てもらったほうが早い。私はリモコンを手に取ると電源ボタンを押した。黒塗りの画面に光が宿り、それらの光が像を結ぶよりも早くスピーカーからの雑音が耳に届く。映像が鮮明になってから初めて、それが朝のニュース番組なのだとわかった。
薄型の液晶画面の向こう側に、突如として現れた女性のニュースキャスターに驚いたのか、ムー太の体がびくんと動いた。私は苦笑しながら補足する。
「あの中に人が入ってるわけじゃないんだよ。どこか別の遠い場所で撮影された映像なんだ。不思議でしょう?」
ムー太はこくりと頷くと、私の膝上からぴょんと飛び降りた。フローリングの上をぴょこぴょこと進み、テレビの目の前までくるとぽーんとジャンプ。おもむろにテレビ画面をぽふぽふし始める。
どうやら、本当にそこに人がいないのか確認しているらしい。一通りのチェックを終えると、こっちを振り返って満足げに笑った。つられて私の頬が緩む。
「ねえ、ムー太。戻っておいで」
「むきゅう!」
モフモフを手中に収め直した私は、リモコンを手に取りチャンネルを変えた。順番に各チャンネルを回しながらムー太の反応を伺う。どんな番組に興味を示すのだろうか。テレビ画面が移り変わるたびに、目を輝かせながらボンボンをピコピコと動かしている。くう、可愛い。
結論から言うと、ムー太はすべての番組に興味を示した。中でも子供向けのアニメがお気に入りだったようで、チャンネルを変えようとすると潤んだ瞳で見つめられてしまった。どうやら、変えないで欲しいということらしい。
私がリモコンから手を離すと、ムー太は満足げに鳴いてアニメを食い入るように見始めた。ゆるい見た目のキャラクターたちが織り成すほのぼのとしたアニメで、平和主義のムー太にはぴったりな気がする。
登場人物たちが談笑している間はムー太も笑顔となり、意地悪なキャラクターが出てきてみんなを困らせるとムー太も悲しそうに萎んでしまう。小さな子供は、感情移入の度合いが大人よりも遥かに大きいというけれど、もしかしたらムー太も同じなのかもしれない。
あるいは、アニメのキャラクターが実在していて、今もどこか遠くの地で困っているものだとでも思っているのだろうか。そんなメルヘンな世界があるのなら、是非とも私は見てみたい。きっとムー太は、彼らとも仲良くやっていけるだろう。
九時十五分になるとCMが挟まれた。アニメが中断され、草原を疾走する車の映像が流れる。膝の上で身じろぎしたムー太が体を捻り、残念そうに私を見上げた。
「むきゅう?」
「大丈夫、まだ終わってないよ。しばらくしたら始まるから待っててね」
こくりと頷き了承したムー太は、再び前方へ向き直ると体をゆさゆさと揺らし始めた。その仕草からワクワクしていることが伝わってくる。おそらく、続きが待ち遠しくてじっとしていられないのだ。
CMが明けると、ムー太は嬉しそうに鳴いてからアニメの世界に没入していった。待っている間、忙しなく動き続けていたモフモフボディは一転して静止し、熱い視線をディスプレイに飛ばしている。
私としては、太ももに伝わってくるモフモフの感触がなくなってしまい少し寂しい。だから、視聴の邪魔にならない程度に、ムー太の両脇を撫でることにした。
物語が終盤に差し掛かると、みんなを困らせていた意地悪なキャラクターが自らの行動を振り返り、自分は間違っていたのだと気づく。反省した彼は、迷惑をかけた一人一人の元を訪ねていって謝罪する。そして最後には、全員と仲直りして大団円を迎える。
その結末にムー太はとっても嬉しそうだった。エンディング曲に合わせて、ボンボンをマラカスみたいに振りながら、体を上下に動かしてリズムを刻んでいる。
「ご機嫌だね、ムー太」
「むきゅう!」
笑顔のムー太を見るだけで、私は幸せな気分になれる。
高揚した気分のままに私がエンディング曲を口遊めば、ムー太もそれに調子を合わせて鳴いてくれる。私たちの合唱はスタッフロールの最後まで続き、ハイテンションになったムー太はソファーの周りをぴょんぴょんと飛び跳ねた。
次のアニメが始まるまで、まだ少し間がある。私は朝食を作ることにした。
キッチンへ向かい冷蔵庫を開ける。と、中はがらんどうだった。
「あちゃー……これはマズイ」
よく考えてみれば、料理を覚えたのは異世界に行ってからだ。普段はコンビニ弁当で済ませていたことを今更ながらに思い出す。
コンビニまで一走りするべきだろうか。と、そこで私は妙案を思いついた。
電気ポットを片手で持って、いつの間にか足元で跳ねていたムー太を促してリビングへ戻る。ガラス製の少し洒落たテーブルに電気ポットを置いて、戸棚からカップ麺を取り出してから私は大仰に言った。
「ここに取り出したるは種も仕掛けもないカップでございます」
包装を破り、蓋を半分まで開けてから中身を見せる。ムー太は背伸びするようにして乾麺を覗き込み、体を傾けて私を見上げた。
これがどうしたの? とでも言いたげな表情だ。私は得意げに笑い、続ける。
「さて、この中にお湯を注ぎます」
「むきゅう?」
「そして三分待ちます」
「むきゅう……?」
「すると、不思議不思議。あら、不思議! おいしい料理の出来上がりでーす!」
「むきゅう!?」
重石代わりに乗せていたお箸をどけてフタを開けると、白い湯気と一緒に醤油風味の匂いが鼻腔を掠めた。期待通りにムー太が目を丸くして驚いてくれている。箸をカップの中へ差し込み、麺をほぐす。
私は、このまま箸で食べさせようとした場合のムー太の姿を想像した。麺をちゅるんとした時に、スープが跳ねて白毛にかかってしまいそうだ。とすると、啜るのではなく、麺をまとめて一口で食べさせる必要がでてくる。
「ちょっと待っててね」
くんくんと鼻をひくつかせるムー太に一言断りを入れてから、私は食器棚からフォークを取り出した。ちょこんと座ったムー太の前まで戻り、カップ麺の中にフォークを突き立てる。パスタを巻くようにぐるぐると回し、まとまったインスタント麺に息を吹きかける。十分に冷めたところでムー太の口元へ持っていき、
「はい、あーん」
ばくん、という効果音が聞こえてきそうなほどにムー太が豪快にかぶりつき、フォークに巻かれた麺は一口で消えてしまった。もむもむ、と幸せそうに口を動かしている。
お湯を注いだだけで完成する革新的な料理。ムー太はどう思ったのだろうか。手品のように見えたことだと思う。もしくは、魔法を使ったんだと勘違いしたのかもしれない。どちらにしても重要なことは、ムー太が満足してくれたかどうかだ。
「どう? おいしい?」
「むきゅう!」
笑顔を向けられて、愛おしさにきゅっと胸が締め付けられる。どんなに嫌なことがあったとしても、ムー太と触れ合うことができればすぐに忘れられる。癒しを提供してくれるモフモフは、私にとって友達以上の存在だ。
カップ麺を食べ終えると、丁度次のアニメが始まった。
ムー太はといえば、名残惜しそうに口の周りをぺろりとしている。
その柔らかな体を抱きしめて、私はソファーへと戻った。
そして、アニメを見終わるとムー太が平常運転で転寝を始めてしまったので、私はダッシュでレンタルビデオ屋へ向かった。ほのぼのとした優しい内容のアニメをいくつか借りて家へ戻る。
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