テンプラな婚約破棄

四杯目

　そうして月日は過ぎていき、卒業パーティーの日が来ました。
　卒業パーティーでは女子生徒は男子生徒にエスコートされるのが慣わしです。私はもちろん、マイタケにエスコートしてもらいました。

　王子様は一人で入場です。
　一方、王子様の婚約者であるウドン嬢は、相変わらず複数の男子生徒を侍らせていました。

「君は王家に嫁ぐには相応しくない。婚約は破棄させてもらう！」

　晴れやかな卒業パーティーとなるはずだった会場に、王子様の声が響きました。

「まあ？！　何を理由にですか？　国王陛下の許可は取っておりますの？」

　対するウドン嬢は、開いた扇で口元を隠しながら言い返しました。
　けれど彼女の表情を見ると、大衆の前で王子様から婚約破棄を告げられたというのに、驚愕や恐怖どころか焦燥さえもありません。

　でも悔しげに唇をかみ、王子の傍らにいる私を睨んでいます。何か勘違いされているようですが、私の心はマイタケのものです。

　そっとマイタケを見ると、彼もウドン嬢の誤解に気付いたようで、困ったように苦笑した後、私ににっこりと優しく微笑んでくれました。
　私もうっとりと微笑み返します。

「なんでこれを勘違いできるんだろうな？」

　イカ様が何か言っていますが、気にしません。普段は無口なのに、ぽつりと的確に指摘する方です。

「理由？　聞かなくとも分かっていると思うが？　それと父上からの許可は頂いている。本来ならばこのような場ではなく、パーティーが始まる前、せめて終わってから君だけを呼び出して伝えるはずだったが……」

　王子様の仰るとおり、パーティーの前にウドン嬢一人を呼び出し、婚約解消の手続きをする予定でした。
　けれど取り巻きたちを連れてきて、彼らが王子と共に居る私たちに食って掛かってきたため、話すどころではなかったのです。
　そしてパーティーが始まり、なんやかんやでこの状況になってしまいました。

　ウドン嬢側に問題があるとしても、長い間婚約者だった女性です。こんな公の場で恥をかかせるなど、王子様だってしたくなかったのでしょう。
　王子様のウドン嬢を見る目には、悔しさと哀れみが滲んでいるようです。

「そうですわね。理由は分かっておりますわ。不貞でしょう？　私という婚約者がいながら、他の女性に不義理を働くなんて」
「ウドン嬢！」
「姉様！」

　哀しげに俯いたウドン嬢を、取り巻きの男子生徒たちが支えます。尖った男子生徒たちの視線が私を射てきて怖いです。私は関係ないですよ？
　いえ、王子様の相談役なので無関係ではないのかもしれませんが、私の心はマイタケだけのものです。

　恐怖に震えてしまった私の腰に、マイタケが優しく柄を回してくれました。さらには庇うように一歩前に出ます。
　私のマイタケがイケメン過ぎます。

「何を言っている？　不貞を働いたのは君だろう？」

　王子様はウドン嬢の戯言を否定し、言い返します。
　当然でしょう。王子様は不貞なんて働いていません。最後までウドン嬢とやり直せないか、毎日ぐじぐじと私に相談していたのですから。
　最後の方は流し聞いてごめんなさい。麺倒になったんです。

「何のことです？　私が不貞など、なんの証拠があって仰っているのでしょう？」

　ウドン嬢？　
　思わず真顔になってウドン嬢を見つめてしまいました。隣のマイタケも、王子様を挟んで向こうにいるイカ様も、唖然とした表情です。
　マイタケのこんな顔は珍しいですよ。レアですね。ありがとうございます。

　王子様は苦しそうに顔をしかめています。
　これ以上この場で口にすれば、今彼女を取り巻いている男子生徒たちを王子様の側近候補になど据えておけません。
　それどころか、彼らの将来は閉ざされてしまうでしょう。

　王子様――上司の婚約者と不貞を働いた男性と、共に働きたいと考える方がいるでしょうか？　好んで嫁ぐ女性がいるでしょうか？
　余程の変わり者でなければ、お断りでしょうね。

　本来ならば王子様の側近となるべく、幼い頃から親しくしてきた少年たちです。
　気心の知れた彼らの将来を閉ざすことに、優しい王子様はここまで来ても迷っているようです。