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65.翌日、シャルを連れて
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翌日、シャルを連れて、ハンスは小白に赴いた。
「よお」
「来てたのか、ジル」
椅子に座って肴を摘まんでいたジルに、ハンスは軽く声を掛ける。
「そっちが?」
ハンスの後ろに立つシャルに視線を移して、ジルは凝視した。
「シャル、ジルです」
「初めまして、ジルさん」
微笑むシャルに、ジルは苦笑する。
「一度会っているはずなんだが?」
シャルは首を傾げてジルを見つめたが、その顔に見覚えは無かった。
「気にしなくて良いですよ。クルールでの事ですから」
ジルの対面に腰を下ろしたハンスは、隣の席をシャルに勧めた。
クルールで聖なる樹と呼ばれていた頃のシャルは、仮初めの体で外界の様子を見る事さえできなかった。
樹として存在し、シャルに触れる負傷者達の傷を夢心地で癒していた。
「ではジルさんも、私を助けてくださったのですね。ありがとうございました。あの時は外の様子がわからなくて、ごめんなさい」
頭を下げるシャルに、ジルは耳を赤くして視線を逸らす。
「気にしなくて良い」
ハンスと小白の店員達はくすくすと笑う。
それをじろりと睨み、ジルは立ち上がると、目線で二階に上がるように示す。
頷いたハンスはシャルを促し、二階へと上がった。
「それで、緋龍に行けば良いんだな?」
ジルの確認にハンスは頷く。
クルールは遠い。
そこでクルール国の使者達と緋龍で合流し、諸々を整えてセントーンに戻る手はずになっている。
ジルは控えていた店員に幾つか指示を出すと、シャルに向き直る。
「緋龍までは俺達が送り届ける。安心してくれ」
「ありがとうございます」
「頼みますよ、ジル」
本来ならばハンス自ら送りたいが、仕事がある。何よりゼノとシャルの婚礼では、ハンスも休んではいられない。
「少しの辛抱ですよ。クルールの使者達と合流したら、すぐにセントーンに戻って来るのだから」
「はい、兄さん」
シャルは微笑む。
ようやく愛する人と結ばれる時が来たのだ。そして大切な兄や友人達が祝福してくれている。
「すっかり兄妹が板に付いたな」
じとりと見つめるジルに、ハンスは苦笑する。
幼い頃から伝説の柘榴に憧れていたジルにとっては、ハンスの立場は羨望の的なのだろう。
「まあ良い。しばらくは俺が兄代りだ。遠慮せずに慕ってくれて構わない」
シャルは瞬いたが、ハンスや料理を運んで来た店員は忍び笑いを漏らした。
セントーンから緋龍まで共に旅した風の民達は、皇都に入る前にいなくなっていた。心配するシャルにジルは、彼等は『外』の護衛が仕事なのだと笑った。
王宮に着くと、シャルとジルは離れの小さな東屋に案内された。
東屋の裏には樹木が繁っており、皇族や使用人達が暮らす建物からは、東屋の影になり見えない位置にあった。
眠ると柘榴に姿を変えるシャルに配慮したのだろう。
「今日はこちらで旅の疲れを癒されますようにとの、お言葉でございます」
「わかりました。ありがとうございます」
従者は一礼して去って行った。
「クルールの主従は、明日には到着するでしょう。それからは忙しくなります。お言葉に甘えて休んだ方が良い」
ジルの言葉に頷くと、シャルは裏の林に行き、目を閉じた。
二人が緋凰に会うために謁見の間に案内されたのは翌日だった。
「来たか」
待っていた緋凰は口角を上げて、二人を迎え入れた。
シャルは頭を下げて礼をする。
「ありがとうございます。ゼノとの事も、玉緋様も」
「ゼノとの祝言はともかく、玉緋に関しては俺が礼を言われる筋合いは無い。玉緋自身が決めた事だ」
ぶっきらぼうに、緋凰はシャルの言葉を切った。
「けれど玉緋様が緋龍国を離れる事を許可してくださいました」
「玉緋ももう子供ではないからな。あれの意思を尊重するさ。それより蓮緋はまだ戻る気にならぬのか?」
「ええ、はい」
緋龍に向かう前に、共に戻るか尋ねたが、蓮緋は首を横に振った。
ジル達を信用できなかったのかもしれないが、蝶緋とセスの間が上手くいっているセントーンに、彼女がなぜ残り続けているのか、シャルもゼノも首を傾げていた。
「玉緋も蝶緋も居らぬ緋龍に、蓮緋一人戻ってもつまらぬのだろう。ところで」
と、緋凰は鋭い視線をジルに向ける。
「ずいぶんと変わった男を連れて来たものだな。軍人ではあるまい。ハンスの仲間か?」
静かに控えていたジルは、緋凰に気付かれぬ程度に口許を綻ばせた。
「ただの傭兵ですよ。こちらのお嬢さんを緋龍まで届けるように、依頼されただけです」
「ただの傭兵にゼノがこの娘を預けるとは思えぬがな」
「ご縁がありましてね。セントーンの王子様とは顔見知りなんですよ」
愛想を崩さず応じるジルだが、隙は見せない。
「まあ良い。お前が何者だろうと、こちらに支障はないからな」
しばらく緋凰とジルの間に火花が散っていたが、緋凰の方から気を緩めた。
「失礼します」
頃合いを見計らったかのように、扉の外から声が掛かる。
「構わぬ。入れ」
緋凰の許可を得て開いた扉から、従者が入って来た。室内に入ると膝を着いて礼を取ったが、シャルとジルに向けた横目には、軽蔑の色が浮かんでいた。
シャルが知る緋龍の皇族は身分を気にしない者が多いが、仕える者たちまでそうとは限らないのだろう。
「構わぬ、申せ」
気にすることなく緋龍は命じる。
「は、クルール国の一行が参られました」
「うむ、王女がいるはずだ。お通しせよ」
「は」
従者は一礼して部屋から出て行った。
「それでは俺も失礼します」
ジルも緋凰に頭を下げ、踵を返す。
「折角だ。立ち会ってはどうだ?」
緋凰の言に、ジルは苦笑した。
「御冗談を。ただの傭兵が、高貴な方々の会議に耳を立てるなど。そこまで礼儀知らずではありません」
「ただの傭兵、か。まあ良い、私が許すのだ。気にせず見物していろ」
「御心遣いは感謝しますが、それでは私の肝が冷えてしまいます」
「それも一興だな」
声を上げて笑う緋凰にジルは顔をしかめたが、一礼して部屋の出口へと歩み出す。
シャルはジルに付いていくべきか悩み、緋凰とジルを交互に見たが、どちらも「残れ」とも「付いてこい」とも言わなかった。
考えた末に、シャルも緋凰に一礼してジルを追う事にしたが、ジルは扉を出た所で足を止めていた。
「よお」
「来てたのか、ジル」
椅子に座って肴を摘まんでいたジルに、ハンスは軽く声を掛ける。
「そっちが?」
ハンスの後ろに立つシャルに視線を移して、ジルは凝視した。
「シャル、ジルです」
「初めまして、ジルさん」
微笑むシャルに、ジルは苦笑する。
「一度会っているはずなんだが?」
シャルは首を傾げてジルを見つめたが、その顔に見覚えは無かった。
「気にしなくて良いですよ。クルールでの事ですから」
ジルの対面に腰を下ろしたハンスは、隣の席をシャルに勧めた。
クルールで聖なる樹と呼ばれていた頃のシャルは、仮初めの体で外界の様子を見る事さえできなかった。
樹として存在し、シャルに触れる負傷者達の傷を夢心地で癒していた。
「ではジルさんも、私を助けてくださったのですね。ありがとうございました。あの時は外の様子がわからなくて、ごめんなさい」
頭を下げるシャルに、ジルは耳を赤くして視線を逸らす。
「気にしなくて良い」
ハンスと小白の店員達はくすくすと笑う。
それをじろりと睨み、ジルは立ち上がると、目線で二階に上がるように示す。
頷いたハンスはシャルを促し、二階へと上がった。
「それで、緋龍に行けば良いんだな?」
ジルの確認にハンスは頷く。
クルールは遠い。
そこでクルール国の使者達と緋龍で合流し、諸々を整えてセントーンに戻る手はずになっている。
ジルは控えていた店員に幾つか指示を出すと、シャルに向き直る。
「緋龍までは俺達が送り届ける。安心してくれ」
「ありがとうございます」
「頼みますよ、ジル」
本来ならばハンス自ら送りたいが、仕事がある。何よりゼノとシャルの婚礼では、ハンスも休んではいられない。
「少しの辛抱ですよ。クルールの使者達と合流したら、すぐにセントーンに戻って来るのだから」
「はい、兄さん」
シャルは微笑む。
ようやく愛する人と結ばれる時が来たのだ。そして大切な兄や友人達が祝福してくれている。
「すっかり兄妹が板に付いたな」
じとりと見つめるジルに、ハンスは苦笑する。
幼い頃から伝説の柘榴に憧れていたジルにとっては、ハンスの立場は羨望の的なのだろう。
「まあ良い。しばらくは俺が兄代りだ。遠慮せずに慕ってくれて構わない」
シャルは瞬いたが、ハンスや料理を運んで来た店員は忍び笑いを漏らした。
セントーンから緋龍まで共に旅した風の民達は、皇都に入る前にいなくなっていた。心配するシャルにジルは、彼等は『外』の護衛が仕事なのだと笑った。
王宮に着くと、シャルとジルは離れの小さな東屋に案内された。
東屋の裏には樹木が繁っており、皇族や使用人達が暮らす建物からは、東屋の影になり見えない位置にあった。
眠ると柘榴に姿を変えるシャルに配慮したのだろう。
「今日はこちらで旅の疲れを癒されますようにとの、お言葉でございます」
「わかりました。ありがとうございます」
従者は一礼して去って行った。
「クルールの主従は、明日には到着するでしょう。それからは忙しくなります。お言葉に甘えて休んだ方が良い」
ジルの言葉に頷くと、シャルは裏の林に行き、目を閉じた。
二人が緋凰に会うために謁見の間に案内されたのは翌日だった。
「来たか」
待っていた緋凰は口角を上げて、二人を迎え入れた。
シャルは頭を下げて礼をする。
「ありがとうございます。ゼノとの事も、玉緋様も」
「ゼノとの祝言はともかく、玉緋に関しては俺が礼を言われる筋合いは無い。玉緋自身が決めた事だ」
ぶっきらぼうに、緋凰はシャルの言葉を切った。
「けれど玉緋様が緋龍国を離れる事を許可してくださいました」
「玉緋ももう子供ではないからな。あれの意思を尊重するさ。それより蓮緋はまだ戻る気にならぬのか?」
「ええ、はい」
緋龍に向かう前に、共に戻るか尋ねたが、蓮緋は首を横に振った。
ジル達を信用できなかったのかもしれないが、蝶緋とセスの間が上手くいっているセントーンに、彼女がなぜ残り続けているのか、シャルもゼノも首を傾げていた。
「玉緋も蝶緋も居らぬ緋龍に、蓮緋一人戻ってもつまらぬのだろう。ところで」
と、緋凰は鋭い視線をジルに向ける。
「ずいぶんと変わった男を連れて来たものだな。軍人ではあるまい。ハンスの仲間か?」
静かに控えていたジルは、緋凰に気付かれぬ程度に口許を綻ばせた。
「ただの傭兵ですよ。こちらのお嬢さんを緋龍まで届けるように、依頼されただけです」
「ただの傭兵にゼノがこの娘を預けるとは思えぬがな」
「ご縁がありましてね。セントーンの王子様とは顔見知りなんですよ」
愛想を崩さず応じるジルだが、隙は見せない。
「まあ良い。お前が何者だろうと、こちらに支障はないからな」
しばらく緋凰とジルの間に火花が散っていたが、緋凰の方から気を緩めた。
「失礼します」
頃合いを見計らったかのように、扉の外から声が掛かる。
「構わぬ。入れ」
緋凰の許可を得て開いた扉から、従者が入って来た。室内に入ると膝を着いて礼を取ったが、シャルとジルに向けた横目には、軽蔑の色が浮かんでいた。
シャルが知る緋龍の皇族は身分を気にしない者が多いが、仕える者たちまでそうとは限らないのだろう。
「構わぬ、申せ」
気にすることなく緋龍は命じる。
「は、クルール国の一行が参られました」
「うむ、王女がいるはずだ。お通しせよ」
「は」
従者は一礼して部屋から出て行った。
「それでは俺も失礼します」
ジルも緋凰に頭を下げ、踵を返す。
「折角だ。立ち会ってはどうだ?」
緋凰の言に、ジルは苦笑した。
「御冗談を。ただの傭兵が、高貴な方々の会議に耳を立てるなど。そこまで礼儀知らずではありません」
「ただの傭兵、か。まあ良い、私が許すのだ。気にせず見物していろ」
「御心遣いは感謝しますが、それでは私の肝が冷えてしまいます」
「それも一興だな」
声を上げて笑う緋凰にジルは顔をしかめたが、一礼して部屋の出口へと歩み出す。
シャルはジルに付いていくべきか悩み、緋凰とジルを交互に見たが、どちらも「残れ」とも「付いてこい」とも言わなかった。
考えた末に、シャルも緋凰に一礼してジルを追う事にしたが、ジルは扉を出た所で足を止めていた。
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