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飯屋と太物屋 一
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「ったく、酷い目に遭った」
一晩たって目を覚ました真夜は、文句を言いながら温泉のある奥から出てきた。まだ湿っている衣を抱えて褌一丁で夜姫を探し洞窟の中をさ迷う。
小袖だけでも着ておこうかとしたのだが、涼やかな洞窟内で湿った衣をまとっていると思った以上に体が冷えたので、脱いだ。どうせ誰も見はしない。
「角蝙蝠ども、夜姫の所まで案内しろ」
天井からぶら下がる、額に小さな一本の角が生える蝙蝠たちに声を掛けると、眠そうにまぶたを上げて、ぱたぱたと比翼を動かし飛んでいく。
その後ろを真夜はのんびりと付いていくが、途中で角蝙蝠は天井に足の鍵爪を掛けて止まった。
暗い洞窟の中に、日の光が差し込んでいる。どうやら夜姫は外に出たようだ。
「あいつ、歩けなかったよな?」
疑問に思いつつも外へと出ていく。春の温かな日差しが眩しくて目を細めるが、ちょうど良い晴天だと適当な木の枝に衣を掛けておく。
「夜姫? どこにいる?」
「あい」
声を掛けながら入り口付近を見回すと、すぐ近くで返事がした。下を向けば良く日の当たる場所に、千夜丸と一緒に座る夜姫がいた。日向ぼっこをしていたようだ。
仲の良いちびっ子たちだが、真夜はその光景に唖然とする。
「陸海月。お前、乾燥は駄目だったはずだよな? お天道様の光なんて浴びたら、命に関わるだろう?」
体のほとんどが水で出来ている陸海月は、水が蒸発してしまえば命に関わる。だから彼らは暗がりに棲み、日中の外に出ることはない。
真夜を見上げていた夜姫が、ぐるんっと首を勢いよく回して千夜丸を見る。
「ちよー?!」
慌てて立ち上がると、悲鳴のような声を上げて千夜丸に抱きついた。抱きつかれた千夜丸は「問題ないよ?」とばかりに、ぽよよんっと呑気に揺れる。
その姿を見てとった夜姫は、ほっと胸を撫で下ろすと真夜を見上げた。
「しんにゃ、めっ!」
嘘を吐いて驚かされたと思ったのだろう。びしりと腕を突きつけて怒りを露わにする。
「夜姫、俺は事実を言っただけだ。怒られる筋合いはない」
しゃがみ込んだ真夜が不機嫌そうに睨み付けると、きょとんと動きを止めた後で真夜と千夜丸を交互に見てから、ぽてりと首を傾げた。
「千夜丸は、非常に不本意だが俺と契約してるからな。その影響でお天道様も平気なんだろうよ」
とはいえ苦手意識まで無くなるものではない。命に関わるほどに危険だったはずのものを、そう簡単に受け入れられるようになるには、それなりに時間が掛かるものなのだが。
「まあいい。俺はこれから里に下りて食い物を手に入れてくるが、お前らはどうする?」
「行くー」
「よしよし。そのためには裸というわけにはいかない。陸海月、乾かしてくれ」
とりあえず小袖を千夜丸に被せてみるが、千夜丸はぽよぽよと小袖の下から逃げた。
「おいおい、着物がないと人里には出られないぞ?」
「ちよ……」
真夜には不満そうな態度を取っていた千夜丸だが、悲しそうな夜姫の声を聞くと、嫌々ながらも真夜の小袖から水分を抜き出し、その辺に撒き散らした。
水干やら袴まで乾かした千夜丸は、不機嫌そうに凹む。
「ちよ、ありがと」
けれどそう言って夜姫に抱きしめられれば、仕方ないとばかりにぽよんっと揺れて機嫌を直す。現金な水饅頭である。
「おし、行くぞ」
「おー」
水干を着た真夜は、夜姫と千夜丸を懐に入れて山から下りて行った。
町へと入った真夜は、前方から走ってきた童たちを軽くかわす。
継ぎ接ぎの目立つ古びた筒袖や袖無しの着物は、丈も合っていないのだろう。にょっきりと細い手足が覗く。
貧しさを感じさせる姿だが、元気に走り回っている様子を見れば、童たちの生命力の強さを象徴する装いにも見えてくる。
そんな活き活きとした童たちの姿をちらりと見やり、真夜は左右に並ぶ店に視線を戻す。
一晩たって目を覚ました真夜は、文句を言いながら温泉のある奥から出てきた。まだ湿っている衣を抱えて褌一丁で夜姫を探し洞窟の中をさ迷う。
小袖だけでも着ておこうかとしたのだが、涼やかな洞窟内で湿った衣をまとっていると思った以上に体が冷えたので、脱いだ。どうせ誰も見はしない。
「角蝙蝠ども、夜姫の所まで案内しろ」
天井からぶら下がる、額に小さな一本の角が生える蝙蝠たちに声を掛けると、眠そうにまぶたを上げて、ぱたぱたと比翼を動かし飛んでいく。
その後ろを真夜はのんびりと付いていくが、途中で角蝙蝠は天井に足の鍵爪を掛けて止まった。
暗い洞窟の中に、日の光が差し込んでいる。どうやら夜姫は外に出たようだ。
「あいつ、歩けなかったよな?」
疑問に思いつつも外へと出ていく。春の温かな日差しが眩しくて目を細めるが、ちょうど良い晴天だと適当な木の枝に衣を掛けておく。
「夜姫? どこにいる?」
「あい」
声を掛けながら入り口付近を見回すと、すぐ近くで返事がした。下を向けば良く日の当たる場所に、千夜丸と一緒に座る夜姫がいた。日向ぼっこをしていたようだ。
仲の良いちびっ子たちだが、真夜はその光景に唖然とする。
「陸海月。お前、乾燥は駄目だったはずだよな? お天道様の光なんて浴びたら、命に関わるだろう?」
体のほとんどが水で出来ている陸海月は、水が蒸発してしまえば命に関わる。だから彼らは暗がりに棲み、日中の外に出ることはない。
真夜を見上げていた夜姫が、ぐるんっと首を勢いよく回して千夜丸を見る。
「ちよー?!」
慌てて立ち上がると、悲鳴のような声を上げて千夜丸に抱きついた。抱きつかれた千夜丸は「問題ないよ?」とばかりに、ぽよよんっと呑気に揺れる。
その姿を見てとった夜姫は、ほっと胸を撫で下ろすと真夜を見上げた。
「しんにゃ、めっ!」
嘘を吐いて驚かされたと思ったのだろう。びしりと腕を突きつけて怒りを露わにする。
「夜姫、俺は事実を言っただけだ。怒られる筋合いはない」
しゃがみ込んだ真夜が不機嫌そうに睨み付けると、きょとんと動きを止めた後で真夜と千夜丸を交互に見てから、ぽてりと首を傾げた。
「千夜丸は、非常に不本意だが俺と契約してるからな。その影響でお天道様も平気なんだろうよ」
とはいえ苦手意識まで無くなるものではない。命に関わるほどに危険だったはずのものを、そう簡単に受け入れられるようになるには、それなりに時間が掛かるものなのだが。
「まあいい。俺はこれから里に下りて食い物を手に入れてくるが、お前らはどうする?」
「行くー」
「よしよし。そのためには裸というわけにはいかない。陸海月、乾かしてくれ」
とりあえず小袖を千夜丸に被せてみるが、千夜丸はぽよぽよと小袖の下から逃げた。
「おいおい、着物がないと人里には出られないぞ?」
「ちよ……」
真夜には不満そうな態度を取っていた千夜丸だが、悲しそうな夜姫の声を聞くと、嫌々ながらも真夜の小袖から水分を抜き出し、その辺に撒き散らした。
水干やら袴まで乾かした千夜丸は、不機嫌そうに凹む。
「ちよ、ありがと」
けれどそう言って夜姫に抱きしめられれば、仕方ないとばかりにぽよんっと揺れて機嫌を直す。現金な水饅頭である。
「おし、行くぞ」
「おー」
水干を着た真夜は、夜姫と千夜丸を懐に入れて山から下りて行った。
町へと入った真夜は、前方から走ってきた童たちを軽くかわす。
継ぎ接ぎの目立つ古びた筒袖や袖無しの着物は、丈も合っていないのだろう。にょっきりと細い手足が覗く。
貧しさを感じさせる姿だが、元気に走り回っている様子を見れば、童たちの生命力の強さを象徴する装いにも見えてくる。
そんな活き活きとした童たちの姿をちらりと見やり、真夜は左右に並ぶ店に視線を戻す。
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