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飯屋と太物屋 三
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次いで茶碗を持って麦飯を一口頬張ってから、煮物へと箸を向ける。懐かしさを覚える素朴な色合いに、知らず内に心が落ち着いていく。
少し硬めの白い木綿豆腐を摘み口へと運べば、ぴりっとした山椒の辛味が舌を刺激した。
敏感になった舌は、乳のように優しい大豆の甘味をしっかりと感じ取り、つるんっとした滑らかな柔肌に癒されていく。
「山椒の味で豆腐の味が塗りつぶされるかと思ったら、逆に引き立てられているのか」
感心しながら、牛蒡へと箸を移す。まるで木の枝のような外見だが、噛んでみればあっさりと潰れるほどに、柔らかく煮られている。
大地の力を閉じ込めたような独特な滋味が滲み出てきて、力を与えてくれている気がする。
良く噛んで飲み込むと、厚めの銀杏切りにされた大根へ箸を落とす。よく煮付けられて煮汁が染み込んだた大根は、琥珀色に輝いて宝石のようだ。
「ほう?」
予想と違う食感に、感嘆と戸惑いが混じる間の抜けた声が漏れた。
口に入れて舌で押せば、豆腐のようにすんなり潰れるだろうと思っていた真夜だったが、大根は予想を裏切った。
抵抗を示した大根に、真夜は容赦なく歯を立ててやる。わずかな弾力の後、こりっと音がして大根は敗北を認めた。
柔らかな煮物の大根とも、しゃきしゃきとした生の大根とも違う、大根らしからぬ歯触り。強いてあげるなら沢庵に近いかもしれないが、それもまた違う。
くすりと笑い声が聞こえて顔を向けると、客が去った後の盆を引きに来た、飯屋の娘と目が合った。
「その大根は輪切りにして茹でたのを、細い竿に刺して雪の日に干したもんだよ」
「へえ」
夏の天日干しとは逆で、冬の寒い日に干して凍らせながら乾燥させるそうだ。
面白い食感を楽しむように、真夜はもう一切れ大根を続けて摘んだ。しんなりとしているのに簡単には形を崩さず、こりこりと噛み砕かれていく。
噛むほどに、ぎゅっと凝縮されていた大根の自然な甘味が解放され、口の中は蜜を蓄えた花畑が広がっていくようだ。
「さて、今度はこちらだな」
白い肌の長芋は、とろみに覆われて艶々と輝いている。けれどよく見れば、彼女はサメ肌だと気付く。
その肌を、梅の赤と芹の緑が鮮やかに彩っていた。
口に放り込んでみれば、芹から爽快感溢れる香味が溢れ涼やかな気分になったのも束の間、梅の酸っぱさに頬が内へと引っ張られ、唾液が染み出てくる。
装いではなく中身を見てやろうと、舌の上にざらりと振れた長芋を噛めば、しゃくりと小気味良い音を立てて粘りを増していった。
梅の酸味を絡めとり和らげると、芹の爽やかな風味が再び口の中に春風を呼ぶ。
とろりと粘るのにさっぱりしている口の中に、麦飯を掻き込んでやる。米や麦の粒がとろろの波に飲み込まれて、ぷちぷちと潰れていった。
「美味い」
思わず唸り声が出た。
しかしこれは今の食べ方のように、別々に口へ入れるのが正解なのか、それとも飯の上に乗せて同時に食べたほうが良いのだろうかと、真夜は二口目をどうするべきか悩み、小鉢とにらめっこしてしまう。
行儀が悪いだろうかと思いつつ、熱い飯に乗せて頬張ってみる。
ほんのり温もったことで芹の芳香と梅の香が強まるが、口に入れてみれば嫁に見張られた旦那のように、先ほどより大人しくしている。
それでいてしっかりと飯を引き立てているのだから、侮れない。
「これは飯が進むな」
長芋の芹と梅肉和えを麦飯と共に食べ、時折、味噌汁を飲む。煮物にも手を出してはいたが、おかずがなくなる前に飯茶碗が空になった。
腹にもまだまだ余裕がありそうなので、近くに置かれていたお櫃の蓋を取り、しゃもじですくう。飯に関しては、ある程度は自由にお代わりが許されている。
一汁二菜を食べ終えると、わずかに残った飯に白湯を注ぎ、香の物と共に腹に収める。
梅干しのような赤い色から酸っぱそうに見えた赤蕪の漬物は、甘味があって舌触りも滑らかだった。
「美味しかったよ。ありがとな」
最後に白湯を頂いて、真夜は店を出た。
少し硬めの白い木綿豆腐を摘み口へと運べば、ぴりっとした山椒の辛味が舌を刺激した。
敏感になった舌は、乳のように優しい大豆の甘味をしっかりと感じ取り、つるんっとした滑らかな柔肌に癒されていく。
「山椒の味で豆腐の味が塗りつぶされるかと思ったら、逆に引き立てられているのか」
感心しながら、牛蒡へと箸を移す。まるで木の枝のような外見だが、噛んでみればあっさりと潰れるほどに、柔らかく煮られている。
大地の力を閉じ込めたような独特な滋味が滲み出てきて、力を与えてくれている気がする。
良く噛んで飲み込むと、厚めの銀杏切りにされた大根へ箸を落とす。よく煮付けられて煮汁が染み込んだた大根は、琥珀色に輝いて宝石のようだ。
「ほう?」
予想と違う食感に、感嘆と戸惑いが混じる間の抜けた声が漏れた。
口に入れて舌で押せば、豆腐のようにすんなり潰れるだろうと思っていた真夜だったが、大根は予想を裏切った。
抵抗を示した大根に、真夜は容赦なく歯を立ててやる。わずかな弾力の後、こりっと音がして大根は敗北を認めた。
柔らかな煮物の大根とも、しゃきしゃきとした生の大根とも違う、大根らしからぬ歯触り。強いてあげるなら沢庵に近いかもしれないが、それもまた違う。
くすりと笑い声が聞こえて顔を向けると、客が去った後の盆を引きに来た、飯屋の娘と目が合った。
「その大根は輪切りにして茹でたのを、細い竿に刺して雪の日に干したもんだよ」
「へえ」
夏の天日干しとは逆で、冬の寒い日に干して凍らせながら乾燥させるそうだ。
面白い食感を楽しむように、真夜はもう一切れ大根を続けて摘んだ。しんなりとしているのに簡単には形を崩さず、こりこりと噛み砕かれていく。
噛むほどに、ぎゅっと凝縮されていた大根の自然な甘味が解放され、口の中は蜜を蓄えた花畑が広がっていくようだ。
「さて、今度はこちらだな」
白い肌の長芋は、とろみに覆われて艶々と輝いている。けれどよく見れば、彼女はサメ肌だと気付く。
その肌を、梅の赤と芹の緑が鮮やかに彩っていた。
口に放り込んでみれば、芹から爽快感溢れる香味が溢れ涼やかな気分になったのも束の間、梅の酸っぱさに頬が内へと引っ張られ、唾液が染み出てくる。
装いではなく中身を見てやろうと、舌の上にざらりと振れた長芋を噛めば、しゃくりと小気味良い音を立てて粘りを増していった。
梅の酸味を絡めとり和らげると、芹の爽やかな風味が再び口の中に春風を呼ぶ。
とろりと粘るのにさっぱりしている口の中に、麦飯を掻き込んでやる。米や麦の粒がとろろの波に飲み込まれて、ぷちぷちと潰れていった。
「美味い」
思わず唸り声が出た。
しかしこれは今の食べ方のように、別々に口へ入れるのが正解なのか、それとも飯の上に乗せて同時に食べたほうが良いのだろうかと、真夜は二口目をどうするべきか悩み、小鉢とにらめっこしてしまう。
行儀が悪いだろうかと思いつつ、熱い飯に乗せて頬張ってみる。
ほんのり温もったことで芹の芳香と梅の香が強まるが、口に入れてみれば嫁に見張られた旦那のように、先ほどより大人しくしている。
それでいてしっかりと飯を引き立てているのだから、侮れない。
「これは飯が進むな」
長芋の芹と梅肉和えを麦飯と共に食べ、時折、味噌汁を飲む。煮物にも手を出してはいたが、おかずがなくなる前に飯茶碗が空になった。
腹にもまだまだ余裕がありそうなので、近くに置かれていたお櫃の蓋を取り、しゃもじですくう。飯に関しては、ある程度は自由にお代わりが許されている。
一汁二菜を食べ終えると、わずかに残った飯に白湯を注ぎ、香の物と共に腹に収める。
梅干しのような赤い色から酸っぱそうに見えた赤蕪の漬物は、甘味があって舌触りも滑らかだった。
「美味しかったよ。ありがとな」
最後に白湯を頂いて、真夜は店を出た。
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