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茸と雉 二

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 しばらく進んでいると、千夜丸の歩みが止まった。前方をふさぐ倒木のせいで、進路を絶たれてしまったようだ。
 ぽよぽよと揺れて、夜姫と何やら相談している。何故意思の疎通ができるのかは、今更なので真夜は気にしない。

「お、椎茸発見」

 倒木を何気なく見てみれば、肉厚の茶色い傘に白い産毛で菊花を描く、椎茸が生えていた。真夜は一つ一つ丁寧に採ると懐から出した手拭いに包む。
 茸は秋が旬だと思われやすいが、種類によっては他の季節にも生える。椎茸は春と秋、年に二度採取することができるのだ。

「しんにゃー、きのこいるー?」
「おう」
「はーい」
「おう。……おお?」

 夜姫の方を見ると、採った茸を両手で掲げていた。小さな動く人形が茸を持っている姿は、愛らしいと感じる人が大半であろう。
 その茸が禍々しい紫色に、赤く膨らんだ水玉模様という、どこからどう見ても毒茸にしか見えない怪しい茸でなければ。

「捨てなさい」
「きのこ……」
「捨てなさい」
「きのこ……」

 しょんぼりとしながら茸を下ろした夜姫は、悲しそうに茸を見つめる。せっかく真夜のために採ったのに、喜んでもらえなかったことが残念だったようだ。
 だからといって、真夜は自ら危地に飛び込んだりはしない。

「どう見ても毒だろうが? 俺に何かあったらどうする? 茸の毒は結構きついんだぞ?」

 とは言ったものの、毒ごときでどうにかなる体でもないのだろうが。

 夜姫の持つ茸は見た目からして毒茸だが、中には美味しそうに見える毒茸や、食用茸に似た毒茸も多くある。
 確実に食べられると分かっている茸以外は、手を出さないほうが良い。

「ほら、貸せ」
「あ……」

 手放さない夜姫から取り上げようとした真夜の指を、茸が噛んだ。比喩ではない。真夜の中指に、かぷっと食いついた。
 その場に沈黙が落ちる。三つの視線は謎の茸に集中し、反応に困ったのか動けずにいる。

「茸って、噛むんだな」
「あい」

 噛まれてはいるがその程度で傷つくほど軟な肌ではない。真夜が腕を上げると、噛みついたままの謎茸が指先にぶら下がる。

すっぽんみたいだな?」

 小さい割に根性があるようだと感心していると、謎茸がじっとりと湿ってくる。茸とは元々しっとりとしているものだが、更に湿っている。
 ぱっと口を開いた謎茸が、指から離れて落下した。そして。

「逃げた?!」
「きのこー!」

 謎茸は一目散に走りだした。
 柄が幾つにも避けて、烏賊のような足で走っていく。

「速いな」
「あい」

 あ然としながら逃げ行く謎茸を目で追っていた真夜たちは、次の瞬間、再び硬直した。
 草むらがかさりと音を立てて、赤や緑といった鮮やかな色をまとう鳥が姿を現したのだ。誰が見ても間違えることなき、立派な雄の雉である。

 走ってくる謎茸を一瞥すると、それまでのつんっと澄ましていた態度をかなぐり捨てた。カッと目を見開くと、謎茸に襲いかかったのだ。
 全速力で走っていた謎茸は、急には止まれない。向きも変えられなかった。雉に突っ込んでいき、そのまま嘴で突かれて咥え上げられる。
 謎茸、無念である。

「きのこ……」

 哀愁を漂わせながら不運な謎茸を見ていた夜姫を、突風が襲う。軽い布人形の体は煽られて、千夜丸からぽとりと落ちた。
 頭から落ちて転がり仰向けになった姿を見て、慌てて千夜丸が起こす。

「ちよ、ありが」
「よし! 雉を手に入れた」

 礼を言いかけた夜姫の声に被さって、歓喜の声が響く。
 夜姫と千夜丸が視線を向けると、雉の首を掴んで持ち上げる、真夜の姿があった。視線を彼の足元に下げれば、気づかれないように静かに草むらへ身を隠そうとしている、笠の欠けた謎茸の姿もあった。

 雉は見た目も然ることながら味も良く、武家や貴族たちが好んで食すほどだ。
 運が良いとほくほく気分の真夜の足を、ぽふぽふと叩く感触がある。



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※野鳥を捕まえてはいけません。
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