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田植えと朴葉寿司 七
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「姫さん、子宝祈願はいらんかったかね?」
「姫さん、子宝祈願は役に立ったかね?」
夜の境内で、夜姫の肩から下がるお守りが一つになっているのを目敏く見つけた阿吽が、問いを重ねる。
「あげたー」
「人間にあげたかね」
「人間とは限らんがね」
「残念ながら人間だ。あと、効果はあったようだ」
真夜の答えに阿吽が首を回して凝視する。ヒ之木も目を丸くして真夜を凝視している。
「効果があったとは?」
「姫さん、子ができたん?」
「旦那さん、手を出したん?」
疑いを掛けられてじとりと睨まれた真夜は、不快げに顔をしかめる。
「違えよ。変な嫌疑をかけるなら、お前らには団子も白玉もやらねえぞ?」
「それはあかん。饅頭さん? 何してるん?」
「それは堪忍や。饅頭さん? 節度は守りいや?」
今度は千代丸に疑いが向かったようだ。二匹揃って千夜丸を睨み付ける。
ぽよよんっと慌てたように震えて否定するが、言葉の通じない千夜丸への嫌疑は、易々と晴れないようだ。獅子と狛犬に睨み下ろされて、千夜丸はたじたじと平べったくなっていく。
そんな哀れな千夜丸の様子を、真夜は助けもせずに、醜悪な笑みを浮かべて眺めた。
昨日から今朝にかけて行われた千夜丸の行動を、真夜はまだ根に持っているのだ。
元々千夜丸には謀られたという意識があり、好感度が低い。共に行動するようになってからも、格の違いを考えず、対等であるかのように遠慮なく接してくる。
それは物の怪の中でも上位に位置する真夜にとって、沽券に関わる行動であった。
困っている千夜丸を肴に、真夜は朴葉寿司を頬張る。錦糸卵の黄色が鮮やかに広がり、口に入れると椎茸とも混じり、柔らかな甘さが広がっていく。
椎茸に染み込んでいた醤油の塩気が旨みを引き立てて美味い。
昼に食べた鱒の切り身が乗った朴葉寿司も美味しかったが、錦糸卵も美味いと真夜は満足気に口角を上げる。
「まあええわ。団子の方が重要や」
「そやね。白玉の野苺掛けを食べんと」
甘味を優先したらしき阿吽が離れていき、安心した千夜丸はぽよっと体形を戻す。
「ちよ、大丈夫?」
ぽよんっと、千夜丸は揺れて問題ないと主張した。
夜姫の手元には、お菊が持たせてくれた野苺の甘露煮を掛けた、小さな白玉が入った器がある。夜姫のことを考えて、それでなくても小さな白玉が、更に小さく作られていた。
真っ白で艶やかな白玉に、赤く透き通るように輝く野苺の甘露煮が、たっぷりと掛かかっている。楊枝を突きさして白玉を持ち上げると、とろりと紅の雫がこぼれ落ちた。
少し勿体なく思いつつも、まだ白玉は赤い衣をまとったままだ。
夜姫はこれ以上衣がはだける前にと、急いで口へと誘う。
「んーっ!」
閉じられた口から、歓喜の声が漏れた。
水飴が加わったことで糖度を上げた野苺は、甘く甘く甘酸っぱい。自然とほっぺたも緩む。
白玉は舌触りも滑らかで、口の中で転がすのも楽しい。押すとくにゅりと潰れるが、すぐに元の姿に戻る。
奥歯でしっかり噛みしめると、白玉から出てくる仄かな甘さが野苺と混ざり合い、柔らかな甘みへと変わっていく。
「うまー」
「ほんに、うまーや」
夜姫と同じく白玉を食べていた吽が、賛同するように声を上げた。
「みたらし団子もうまーやで」
即座に阿も声を上げる。
阿の声に誘われたわけではないが、餅粉をこねて作った小さな団子を五つほど串に刺し、醤油を塗って焼いたみたらし団子に、真夜は手を伸ばす。
ヒ之木が温めてくれていたお蔭で、店で焼いていた時のように餅と醤油が軽く焦げた、香ばしい香りが鼻先をくすぐった。
団子を一つ口に入れると、滑らかな餅がぷにりと歯と戯れる。醤油の塩気とコクが、団子から染み出る仄かな甘露を引き立てていく。
あっさりとした素朴な味は食べやすく、どこか懐かしい。
「この親しみやすさがええねん」
「阿さん、実は醤油好きやね」
「そうかもしれんね」
「わては餡派や」
どっちにしても甘党には違いないだろうと、呆れた目をしながら真夜は二匹の会話を聞いていた。
「こんな幼気な子と子を作るなんて」
「こんな幼気な子を嫁にしようなんて」
「作ってないし嫁にする気もねえ! 変な誤解をするな!」
唐突に話を戻されて、真夜は盛大に顔をしかめる。
「町で夜姫と同じ這子人形が増殖していたってだけの話だ。俺がどうこうという話じゃねえ」
「なあんや。つまらんねえ」
「なあんや。おもしろくないねえ」
「お前らな」
答えれば答えたで冷たく対応されて、真夜の額に青筋が浮かんだ。
「姫さん、子宝祈願は役に立ったかね?」
夜の境内で、夜姫の肩から下がるお守りが一つになっているのを目敏く見つけた阿吽が、問いを重ねる。
「あげたー」
「人間にあげたかね」
「人間とは限らんがね」
「残念ながら人間だ。あと、効果はあったようだ」
真夜の答えに阿吽が首を回して凝視する。ヒ之木も目を丸くして真夜を凝視している。
「効果があったとは?」
「姫さん、子ができたん?」
「旦那さん、手を出したん?」
疑いを掛けられてじとりと睨まれた真夜は、不快げに顔をしかめる。
「違えよ。変な嫌疑をかけるなら、お前らには団子も白玉もやらねえぞ?」
「それはあかん。饅頭さん? 何してるん?」
「それは堪忍や。饅頭さん? 節度は守りいや?」
今度は千代丸に疑いが向かったようだ。二匹揃って千夜丸を睨み付ける。
ぽよよんっと慌てたように震えて否定するが、言葉の通じない千夜丸への嫌疑は、易々と晴れないようだ。獅子と狛犬に睨み下ろされて、千夜丸はたじたじと平べったくなっていく。
そんな哀れな千夜丸の様子を、真夜は助けもせずに、醜悪な笑みを浮かべて眺めた。
昨日から今朝にかけて行われた千夜丸の行動を、真夜はまだ根に持っているのだ。
元々千夜丸には謀られたという意識があり、好感度が低い。共に行動するようになってからも、格の違いを考えず、対等であるかのように遠慮なく接してくる。
それは物の怪の中でも上位に位置する真夜にとって、沽券に関わる行動であった。
困っている千夜丸を肴に、真夜は朴葉寿司を頬張る。錦糸卵の黄色が鮮やかに広がり、口に入れると椎茸とも混じり、柔らかな甘さが広がっていく。
椎茸に染み込んでいた醤油の塩気が旨みを引き立てて美味い。
昼に食べた鱒の切り身が乗った朴葉寿司も美味しかったが、錦糸卵も美味いと真夜は満足気に口角を上げる。
「まあええわ。団子の方が重要や」
「そやね。白玉の野苺掛けを食べんと」
甘味を優先したらしき阿吽が離れていき、安心した千夜丸はぽよっと体形を戻す。
「ちよ、大丈夫?」
ぽよんっと、千夜丸は揺れて問題ないと主張した。
夜姫の手元には、お菊が持たせてくれた野苺の甘露煮を掛けた、小さな白玉が入った器がある。夜姫のことを考えて、それでなくても小さな白玉が、更に小さく作られていた。
真っ白で艶やかな白玉に、赤く透き通るように輝く野苺の甘露煮が、たっぷりと掛かかっている。楊枝を突きさして白玉を持ち上げると、とろりと紅の雫がこぼれ落ちた。
少し勿体なく思いつつも、まだ白玉は赤い衣をまとったままだ。
夜姫はこれ以上衣がはだける前にと、急いで口へと誘う。
「んーっ!」
閉じられた口から、歓喜の声が漏れた。
水飴が加わったことで糖度を上げた野苺は、甘く甘く甘酸っぱい。自然とほっぺたも緩む。
白玉は舌触りも滑らかで、口の中で転がすのも楽しい。押すとくにゅりと潰れるが、すぐに元の姿に戻る。
奥歯でしっかり噛みしめると、白玉から出てくる仄かな甘さが野苺と混ざり合い、柔らかな甘みへと変わっていく。
「うまー」
「ほんに、うまーや」
夜姫と同じく白玉を食べていた吽が、賛同するように声を上げた。
「みたらし団子もうまーやで」
即座に阿も声を上げる。
阿の声に誘われたわけではないが、餅粉をこねて作った小さな団子を五つほど串に刺し、醤油を塗って焼いたみたらし団子に、真夜は手を伸ばす。
ヒ之木が温めてくれていたお蔭で、店で焼いていた時のように餅と醤油が軽く焦げた、香ばしい香りが鼻先をくすぐった。
団子を一つ口に入れると、滑らかな餅がぷにりと歯と戯れる。醤油の塩気とコクが、団子から染み出る仄かな甘露を引き立てていく。
あっさりとした素朴な味は食べやすく、どこか懐かしい。
「この親しみやすさがええねん」
「阿さん、実は醤油好きやね」
「そうかもしれんね」
「わては餡派や」
どっちにしても甘党には違いないだろうと、呆れた目をしながら真夜は二匹の会話を聞いていた。
「こんな幼気な子と子を作るなんて」
「こんな幼気な子を嫁にしようなんて」
「作ってないし嫁にする気もねえ! 変な誤解をするな!」
唐突に話を戻されて、真夜は盛大に顔をしかめる。
「町で夜姫と同じ這子人形が増殖していたってだけの話だ。俺がどうこうという話じゃねえ」
「なあんや。つまらんねえ」
「なあんや。おもしろくないねえ」
「お前らな」
答えれば答えたで冷たく対応されて、真夜の額に青筋が浮かんだ。
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