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幽世と精進料理 十一

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 現れたのは砂金と呼ぶには大きすぎるであろう、鶏卵ほどの金塊だ。それも四つ。そのうち二つは初産の卵ほどの大きさしかないが、それでも充分に大きい。

「俺の努力はいったい?」

 思わず莚を沈めていた場所を振り返り、暫し凝視してしまう。
 最初に夜姫から声を掛けられた時点で真摯に向き合っていれば、岩下を掘るだけで済んだのだ。

 爪を使わなければ摘まめないであろう大きさの砂金を残しても、十二分に秋まで遊べる金を手に入れたことは嬉しい。
 真夜一人であったならば、今日一日浚い続けても満足のいく量には達せず、明日や明後日も続ける羽目になっていたかもしれない。
 そう考えれば僥倖なのであるが、どうしても納得しかねて、真夜は素直に喜べなかった。

「無常だな」

 持ってきた荷物を片付けて、千夜丸を抱いた夜姫を抱き上げると、川に背を向ける。その背中はいつもより小さく、草臥れているようだ。

「しんにゃー、あそこー」
「また砂金でも見つけたか?」

 夜姫の声に川上を見ると、小柄な老婆が川を眺めていた。心ここにあらずといった様子で、どこか危うげな雰囲気が漂う。
 しかしここで身投げする人間は、まずいない。なにせここは幽世かくりよ。死者の国なのだから。

「気にするな。行くぞ」
「おばばー」

 真夜からの言葉など無かったかのように、夜姫は大きな声を出すと手を振りだした。気落ちしていた真夜の心は更に萎びて力なく首を落す。
 川を見ていた老婆が振り向いた。

「あれあれ、可愛い子やね」

 陽だまりのように優しい笑顔を向けた老婆だが、その表情には夜姫への憐憫の情が見て取れる。痛ましそうに笑顔を歪めながら近づいてきた。

「飴玉でも持ってたらあげるんやけど、何も持ってないんや」

 困ったように眉を八の字に下げてから、気の毒そうに真夜に顔を向ける。

「まだ小さいのになあ。けんども、お父さんと一緒だったから良かったんかな?」
「だれが父親だ。俺の子じゃねえ」

 すかさず訂正を入れると、老婆は目を見開いて真夜と夜姫を交互に見た。
 二十歳前後に見える真夜と、数え四つの夜姫は、兄妹と呼ぶよりも、親子と呼んだ方がしっくりくる年の差だ。とはいえ年が二十近く離れた兄妹もいないわけではない。

「そりゃあすまんかったねえ。妹の面倒をしっかり見て、偉いねえ」
「兄でもない。赤の他人だ」

 一度は納得した老婆だったが、それも否定されて笑顔が強張った。

「抱っこしてもいいかね?」
「話を逸らしたな」

 文句を言いつつも、断る理由もないので夜姫を渡す。枯枝のように細い腕の老婆だが、夜姫を抱き上げる程度の力はあったようだ。

「死んだ子は、さいの河原で親が来るまで石を積まされると、御坊様から聞いていたから探してるんやけど、見つからんのや。この子は川原で拾うたんかね?」
「いいや? 戦で攻め込まれて、逃げてきた」

 ぴたりと止まった老婆は、先ほど以上に表情を歪めて夜姫を抱きしめると、背を優しく撫でる。

「ほうけほうけ、怖かったねえ。もう大丈夫やからね」
「あい」

 何の話をしているのか理解しているのかは怪しいが、夜姫は逆らうことなく頷く。空気の読める子である。

「子を亡くしたのか?」

 遠慮のない不躾な質問に、老婆は怒るのではなく口角を上げようとして失敗した。それが答えであろう。
 気まずげに頬を掻いた真夜は、川原の上流から下流へと視線を流す。

「賽の河原で石積みをするのは、課せられた罰じゃない。現世に残っている親兄弟や知り合いが引き留めるから、次の町に行けず留まる子もいるとは聞くがな。石を積んだり川原で遊んだりするのは、暇だからだろう」
「なるほどねえ。鬼さんは怖いと聞いとったけども、親切な鬼さんばかりだものねえ。子供を虐めるようには見えん」

 町のあちらこちらで見かける鬼人たちは、人間たちが語る鬼とはずいぶんと違う。乱暴を働いたり、時として人間を食らうような鬼人はいない。
 ここに来て初めて鬼人を目の当たりにした人間は、驚いたり戸惑ったりしても仕方ないだろう。
 もっとも、感情があり思考がある以上、全ての鬼人が清廉潔白とは言えないだろう。とはいえ、それをわざわざ口にするのも憚られて、真夜は黙っていた。
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