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八章 禁忌の森の民
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「海から吹いてくる」
「大きな鳥が飛んできて、撒き散らした」
海から吹いてくる毒というのは、巨人たちに従っている、毒をまくクジラのことだと見当がついた。
そちらも気になったけれど、新しい情報のほうが気になり、ジュオウは詳しく訪ねてみる。
「それは鳥が、毒を吐いているということかい? 火のフンを落としながら?」
混乱しつつも確認したジュオウに、木霊は答える。
「燃えるフンを落とす鳥よりも小さな鳥が、白く四角い小山に止まった。小山は天にも届く大きな黒いきのこを生やし、きのこは毒をまいた」
木霊の話を聞きながらジュオウは必死に想像してみたけれど、ちっとも状況が分からない。一緒にいたフォルトも、しきりに首を傾げていた。
巨人の里をよく知るフォルトでもわからないのなら、ジュオウがわからなくても仕方がなかっただろう。
二人が困っていると、別の木霊が付け加える。
「あれは起こしてはならないと、大地の森の民たちは忠告していた。だが巨人たちは、無理やり起こして連れていってしまった」
老齢な木霊のしわがれた声は、洞窟の中のようにぼやけていた。ずいぶんと遠くの森から話しかけていたのだろう。
ジュオウの顔が、苦くゆがむ。
「やはり、巨人を滅ぼしたほうが良いのか?」
呟いたジュオウに、しわがれた声は慌てたように止めに入った。
「それはいけない、ジュオウ」
「なぜ?」
巨人をかばう理由がわからなくて、ジュオウは反射的に問い返す。
老齢の木霊は答える。
「今、巨人が滅びたら、他の箱まで暴走するだろう」
「その箱って、何なの?」
森とは違う巨人たちの里の状況に、もはや思考は追いつかない。それでもジュオウはたずねた。
「中に、閉じ込められている」
「何が?」
意味が分からなくて、ジュオウはいら立ちをつのらせる。
木霊は語る。
「始まりの種。土と火、水と風。大地の下に眠っていた精霊たちを掘り起こし、巨人たちは働かせている。彼らが真に怒れば、巨人も、森も、全てが滅ぶだろう」
呆然と、ジュオウは立ち尽くした。
(なんだ、それ?)
隣で聞いていたフォルトも、顔色を無くして木霊を茫然としながら見ている。彼の腕の中で静かに見守っていたイートも、さすがに眉をひそめていた。
しばらくして気を取り直したジュオウは、さらなる情報を木霊たちに求めた。
その結果、
「今は巨人を滅ぼすときではないってことだね? 巨人を滅ぼすと、さらなる穢れがあふれ出て、森まで滅ぼしてしまうんだ」
と、フォルトがまとめた。
「いったい巨人は、何をしているんだ? 何をしたいんだ?」
話を聞いているだけでは、さっぱり理解ができなかった。らちが明かないから見に行こうとすれば、木霊たちは必死になって止める。
「近づいてはいけない。森の民が触れれば、すぐに命を落とすが異形の姿になってしまう」
と、そう言ってね。
「ところで、一つ気になっていたのだけれど」
ジュオウが難しい顔で考え込んでいると、フォルトが小首を傾げてジュオウに視線を向けた。
顔を上げたジュオウは、フォルトを見る。
ナユクが信頼を寄せていた、博識で、巨人にも詳しいフォルトだ。何か気付いたことがあるのかと、続く言葉を待った。けれど、
「君、言葉使いを変えたのだね?」
彼は空気を全く読まない、特異な森の民だと失念していたんだ。
思わずジュオウの頬がひくりと痙攣して、表情も歪んだ。
ジュオウが木霊たちから聞いてきた情報も考慮して、巨人たちを残す方向で森の民たちの意見はまとまった。
「他に必要なものは?」
フォルトの視線を受けたティルは答える。
「ナユクの魂の欠片。これは僕が持っているから大丈夫。あと必要なのは、魂が鼓動を刻むための魔力。前回はたくさんの森の民たちが魔力を注いだ」
森の民たちは眉を上げて、互いの顔を見交わす。
「ここにある魔力では、足りない?」
高位の魔法と莫大な魔力を持つ、水の森の民フォルト。
過去に例の無い獣にも変化できる、尋常ではない魔力を持ったルーク。
そして、森の王、ジュオウ。
ティルは思わず苦笑をもらす。
これほど大きな魔力を持つ森の民は、長い森の歴史の中にもめったにいない。それが三人もそろうなんて、奇跡と呼ぶしかない。
「ところで、増えた魔物たちはどうするの?」
ルークが闇を抑えても、闇に堕ちた魔物たちが森の民に戻ることはできないからね。
イートの疑問に答えたのは、フォルトだった。
「心配しなくても大丈夫だよ。理性を失った魔物たちもルークには従うみたいだから、一ヶ所に集めればいいよ。魔物の里っていうのも面白そうでしょう?」
「それ、ポルトと暮らしたくて言っているのではないかしら?」
目を泳がしたフォルトを、イートは逃さない。不機嫌そうにじとりと睨みつけた。ルークの下にいたポルトこそが、フォルトが長年探していた彼の弟だったんだ。
故郷を奪われた悲しみに負け、巨人に復讐することだけを考えて生きてきた、寂しい魔物。
じっと見つめ続けるイートに、フォルトは両手を肩の高さに上げて、降参の姿勢を示した。
「本当はね、魔物に対する偏見がなくなればいいなって思うんだ。記憶を無くしたり、自制心を失ってしまっている魔物もいるけれど、彼らは苦しみに負けただけでしょう? 苦しみを取り除いてあげられれば、森の民と変わらない生活ができると思うんだよね」
そこまで言ったフォルトは、イートを抱きしめる。
「魔物に堕ちても、優しいままの森の民もいるもの」
イートの体に、稲妻が走ったようだった。目を丸くして、背筋をぴしりと伸ばして固まっていたね。
とっくにフォルトは、彼女の正体に気付いてんだ。
「本当、フォルトって油断できないわ」
和やかな笑い声が、イートの頭に降り注ぐ。笑顔のフォルトに対して、イートは渋い顔をそっぽに向けた。
フォルトの意見を取り入れて、魔物たちはそのまま枯れた土地に住まわせることに決まった。場所を移せばその土地もまた、草木が枯れてしまうからね。
事は順調に進むかと思われたけれど、巨人の里に出かけていた魔物たちは、ルークの命令を聞いても中々森に帰ろうとはしなかった。
巨人たちの暮らしを見て、自分たちの生活を脅かしていた原因は巨人にあったのだと、気付いたんだね。
いつの間にか魔物たちは闇の王を喜ばせるためではなく、自らの意思で巨人たちを攻撃するようになっていた。
それでもルークの持つ、深く濃い闇の力には逆らえなかったようだ。魔物たちはしぶしぶと森へと引き上げた。
「大きな鳥が飛んできて、撒き散らした」
海から吹いてくる毒というのは、巨人たちに従っている、毒をまくクジラのことだと見当がついた。
そちらも気になったけれど、新しい情報のほうが気になり、ジュオウは詳しく訪ねてみる。
「それは鳥が、毒を吐いているということかい? 火のフンを落としながら?」
混乱しつつも確認したジュオウに、木霊は答える。
「燃えるフンを落とす鳥よりも小さな鳥が、白く四角い小山に止まった。小山は天にも届く大きな黒いきのこを生やし、きのこは毒をまいた」
木霊の話を聞きながらジュオウは必死に想像してみたけれど、ちっとも状況が分からない。一緒にいたフォルトも、しきりに首を傾げていた。
巨人の里をよく知るフォルトでもわからないのなら、ジュオウがわからなくても仕方がなかっただろう。
二人が困っていると、別の木霊が付け加える。
「あれは起こしてはならないと、大地の森の民たちは忠告していた。だが巨人たちは、無理やり起こして連れていってしまった」
老齢な木霊のしわがれた声は、洞窟の中のようにぼやけていた。ずいぶんと遠くの森から話しかけていたのだろう。
ジュオウの顔が、苦くゆがむ。
「やはり、巨人を滅ぼしたほうが良いのか?」
呟いたジュオウに、しわがれた声は慌てたように止めに入った。
「それはいけない、ジュオウ」
「なぜ?」
巨人をかばう理由がわからなくて、ジュオウは反射的に問い返す。
老齢の木霊は答える。
「今、巨人が滅びたら、他の箱まで暴走するだろう」
「その箱って、何なの?」
森とは違う巨人たちの里の状況に、もはや思考は追いつかない。それでもジュオウはたずねた。
「中に、閉じ込められている」
「何が?」
意味が分からなくて、ジュオウはいら立ちをつのらせる。
木霊は語る。
「始まりの種。土と火、水と風。大地の下に眠っていた精霊たちを掘り起こし、巨人たちは働かせている。彼らが真に怒れば、巨人も、森も、全てが滅ぶだろう」
呆然と、ジュオウは立ち尽くした。
(なんだ、それ?)
隣で聞いていたフォルトも、顔色を無くして木霊を茫然としながら見ている。彼の腕の中で静かに見守っていたイートも、さすがに眉をひそめていた。
しばらくして気を取り直したジュオウは、さらなる情報を木霊たちに求めた。
その結果、
「今は巨人を滅ぼすときではないってことだね? 巨人を滅ぼすと、さらなる穢れがあふれ出て、森まで滅ぼしてしまうんだ」
と、フォルトがまとめた。
「いったい巨人は、何をしているんだ? 何をしたいんだ?」
話を聞いているだけでは、さっぱり理解ができなかった。らちが明かないから見に行こうとすれば、木霊たちは必死になって止める。
「近づいてはいけない。森の民が触れれば、すぐに命を落とすが異形の姿になってしまう」
と、そう言ってね。
「ところで、一つ気になっていたのだけれど」
ジュオウが難しい顔で考え込んでいると、フォルトが小首を傾げてジュオウに視線を向けた。
顔を上げたジュオウは、フォルトを見る。
ナユクが信頼を寄せていた、博識で、巨人にも詳しいフォルトだ。何か気付いたことがあるのかと、続く言葉を待った。けれど、
「君、言葉使いを変えたのだね?」
彼は空気を全く読まない、特異な森の民だと失念していたんだ。
思わずジュオウの頬がひくりと痙攣して、表情も歪んだ。
ジュオウが木霊たちから聞いてきた情報も考慮して、巨人たちを残す方向で森の民たちの意見はまとまった。
「他に必要なものは?」
フォルトの視線を受けたティルは答える。
「ナユクの魂の欠片。これは僕が持っているから大丈夫。あと必要なのは、魂が鼓動を刻むための魔力。前回はたくさんの森の民たちが魔力を注いだ」
森の民たちは眉を上げて、互いの顔を見交わす。
「ここにある魔力では、足りない?」
高位の魔法と莫大な魔力を持つ、水の森の民フォルト。
過去に例の無い獣にも変化できる、尋常ではない魔力を持ったルーク。
そして、森の王、ジュオウ。
ティルは思わず苦笑をもらす。
これほど大きな魔力を持つ森の民は、長い森の歴史の中にもめったにいない。それが三人もそろうなんて、奇跡と呼ぶしかない。
「ところで、増えた魔物たちはどうするの?」
ルークが闇を抑えても、闇に堕ちた魔物たちが森の民に戻ることはできないからね。
イートの疑問に答えたのは、フォルトだった。
「心配しなくても大丈夫だよ。理性を失った魔物たちもルークには従うみたいだから、一ヶ所に集めればいいよ。魔物の里っていうのも面白そうでしょう?」
「それ、ポルトと暮らしたくて言っているのではないかしら?」
目を泳がしたフォルトを、イートは逃さない。不機嫌そうにじとりと睨みつけた。ルークの下にいたポルトこそが、フォルトが長年探していた彼の弟だったんだ。
故郷を奪われた悲しみに負け、巨人に復讐することだけを考えて生きてきた、寂しい魔物。
じっと見つめ続けるイートに、フォルトは両手を肩の高さに上げて、降参の姿勢を示した。
「本当はね、魔物に対する偏見がなくなればいいなって思うんだ。記憶を無くしたり、自制心を失ってしまっている魔物もいるけれど、彼らは苦しみに負けただけでしょう? 苦しみを取り除いてあげられれば、森の民と変わらない生活ができると思うんだよね」
そこまで言ったフォルトは、イートを抱きしめる。
「魔物に堕ちても、優しいままの森の民もいるもの」
イートの体に、稲妻が走ったようだった。目を丸くして、背筋をぴしりと伸ばして固まっていたね。
とっくにフォルトは、彼女の正体に気付いてんだ。
「本当、フォルトって油断できないわ」
和やかな笑い声が、イートの頭に降り注ぐ。笑顔のフォルトに対して、イートは渋い顔をそっぽに向けた。
フォルトの意見を取り入れて、魔物たちはそのまま枯れた土地に住まわせることに決まった。場所を移せばその土地もまた、草木が枯れてしまうからね。
事は順調に進むかと思われたけれど、巨人の里に出かけていた魔物たちは、ルークの命令を聞いても中々森に帰ろうとはしなかった。
巨人たちの暮らしを見て、自分たちの生活を脅かしていた原因は巨人にあったのだと、気付いたんだね。
いつの間にか魔物たちは闇の王を喜ばせるためではなく、自らの意思で巨人たちを攻撃するようになっていた。
それでもルークの持つ、深く濃い闇の力には逆らえなかったようだ。魔物たちはしぶしぶと森へと引き上げた。
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