華に君を乞う

しろ卯

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33.蕊山の麓まで下りたところで

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 蕊山の麓まで下りたところで、慌ただしく第二部隊の隊員たちが駈けて来た。

「魔物か?」
「新種の魔爬が群で出ました!」

 オナガとカイツは目を見合わせる。
 今日は思考回路を使いすぎて、頭が疲れている。オナガに至っては、王族の男への怒りも溜まっている。ちょうど暴れたかったところだ。

「俺たちも出て良かか?」

 揃って確認のために声を張る。

「お願いします!」

 即座に返って来た回答に、二人はにいっと歯を見せて笑い合う。

「少なかったほうが今日の報告書」
「良かよ」

 思わぬ出来事があったのだ。いつもより報告書は長文になる。ついでに言えば、もう今日は頭を使いたくない。
 第二部隊を追い越すようにして東萼に出たオナガとカイツ。

「後は任せ! ちええーいっ!」
「怪我人は下がらせろ! オナガ、地の底は傷付けんなよ?」
「分かっちょる」

 飛び出したオナガは姿を現した魔爬を片っ端から両断していく。

 新種の魔爬は蜥蜴に似ているが平べったく、尻尾の先は針のように尖っている。
 砂に潜って身を隠したりと動きは素早いが、四十吋約1mからせいぜい百吋約2.5mほどと、魔爬にしては小柄である。
 砂の中に隠れる魔爬に刀を振るった風圧を当ててやれば、驚いて飛び出してくる。そこをオナガは油断なく斬り倒す。

「おーおー、元気なことで」

 縦横無尽に駆け回るオナガを視界の端に捉えながら、カイツは岩に駆け登ると袖から柳葉飛刀りゅうようひとうを取り出す。

「さってと、こっちも数を稼がないとな」

 魔爬の動きを見極めて、一気に八本の柳葉飛刀を投げつけた。見事、全て急所に命中し、魔爬の動きが止まる。
 その後も次々と柳葉飛刀を投げては、小型の魔爬を地面に縫い付けていく。

「おいおい、第一部隊は化け物かよ?」

 負傷者を大勢出して手こずっていた第六部隊らしき隊員たちと、後から駆けつけた第二部隊の隊員たちは、唖然として二人の猛者を眺めていた。
 大物の魔爬に手間取るのは当然だが、小物も動きが速く皮膚も硬いため、刀で突き刺そうとしても致命傷を負わせることは難しい。

「ほーい、オナガの負けー」
「ずるか! カイツは小さいのばっかりじゃなかか!」
「だから少なかったほうって先に言っただろ?」

 大物はオナガに任して、小物を重点的に倒していったカイツ。最終的に数ではカイツが勝った。
 しかし討伐された魔爬の総量を比べれば、どちらがより討伐に貢献したかは一目瞭然である。

 オナガは人の背丈など優に超える巨大な魔爬を何匹も倒している。対してカイツは人の背丈にも満たない小物を中心に倒していた。

 第二と第六部隊の隊員たちは呆気にとられながらも、嵌められたらしきオナガに気の毒そうな目線を向ける。

「しょうがなか。約束じゃからね」

 文句はあるが、全て飲み込んで敗北を認める。
 こういう所がオナガの良いところだと、カイツは微笑を零しながら討伐した魔爬の躯を回り、柳葉飛刀を回収していく。気付いたオナガも手伝った。

「そいにしても多かったな」
「ああ。群で動く魔爬なのかも。小さいし」

 ちょんっと指先で魔爬の皮を弾いたカイツは、オナガが集めてくれた柳葉飛刀もまとめて長袍うわぎの内側にしまう。

「帰ったら水浴びと洗濯だな」
「そうじゃな。今日は寝るのが遅うなりそうじゃ」

 岩の上からの投擲で倒していたカイツと違い、オナガは全身が砂まみれになっている。
 困ったように眉を八の字に下げる姿は、先ほどまで勇猛果敢に戦っていた男と同一には見えない。

「仕方ない。報告書は俺が書いといてやるよ」
「すまんな。今度何か礼をする」
「おお」

 後の始末は第二と第六部隊に任せて、オナガたちはコウイの町に戻っていく。
 いつもより大幅に帰りが遅くなったうえに、なぜか全身砂だらけのオナガを見つけたチュウヒが、顔を覆うように額を抑えてこめかみを痙攣させていたとかなんとか。
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