華に君を乞う

しろ卯

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50.針蜥騒動から数ヶ月が経った頃

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 針蜥しんしゃく騒動から数ヶ月が経った頃、国に動きがあった。
 検衛だけでは対応が難しい危険度の高い魔物が出現した場合に限り、禁衛に救援を要請する許可が下りる。

 とはいえ検衛の無力を晒すことになるため、実際に要請することはまずないだろうというのがチュウヒの見立てだった。
 それでもいざとなれば精鋭揃いの禁衛を頼れるというのは、心理的な負担を大きく軽減するだろう。

 そしてもう一つ、華族から平民への強制命令に対する規制が厳しくなった。
 全ての命令が禁止されるわけでは無いが、人としての尊厳を奪うと判断されるような内容は、取り締まりの対象となる。
 平民からの申し出も受け付けるということだ。

 これは以前から王が提唱していたそうだが、王族や華族から大きな反発があり中々実現に漕ぎつけることができなかった。しかし今回、王が半ば強行する形で決行した。

「というわけで俺は隊長を辞すから、後任にお前を指名する」

 執務室に呼び出されたオナガは、唐突なマガラの申し出が理解できず、きょとんとした顔でマガラを見つめた。

「さっぱり理由が分からんのじゃが?」

 必要な説明まで省かれて困惑するオナガは、首を回して事情を知っているであろうチュウヒを見る。

「このたびの規制強化に関連して、華族たちからの反発が予想されます。とはいえ王族に意見できる華族は少数。となると、怒りの矛先は蕊山に出入りする平民に向かうでしょう」

 華族に雇われている平民や、商人などにも被害が及ぶ可能性がある。ただそのことに関しては王も予想済みのようで、使用人たちへの不遇は特に厳しく監視されるらしい。
 それに使用人や商人を傷めつけ過ぎて、彼らの仕事態度が悪くなったり、商品の質を落とされてはたまらない。

 そうなると、一番八つ当たりしやすいのが第一部隊の隊員となる。減れば勝手に補充される検衛ならば、多少壊しても構わないと考えかねない。

「華族ともめごとになった場合、俺では対応できん。だが聞けばオナガ、お前は華族の命令に抵抗できるそうだな? 頼む。隊員たちを護ってやってくれ」

 頭を下げるマガラに、オナガの方が慌てふためく。

「そげんこと、隊長にならんでもやるど? 頭を上げたもんせ。そいに俺に隊長なんて無理じゃ」

 隊の中にはオナガより長く第一部隊に所属している者は大勢いる。彼らを差し置いて隊長の座に就くことなどありえない。
 そうオナガは訴え、チュウヒに縋るような目を向けた。けれどチュウヒは首を横に振る。

「実はこの件だけが理由ではないのですよ。針蜥騒動で見せたオナガの実力――剣技もですが、周囲の状況にも目を向けて動ける判断力などを見た隊員たちから、オナガを隊長に据えてもいいのではないかという意見が上がっているのです」

 無論、隊長であるマガラや副隊長であるチュウヒに面と向かって言ってくる者はいない。けれど隊内で囁かれていれば、自然と耳に届く。

「以前から蕊山でお前に助けられた隊員たちからの評価は高かったんだけどな。まだ若いし、組んでたチュウヒを副隊長にしたんで見送っていたんだ。今回の件は切っ掛けにすぎん。受け入れろ」
「じゃっどん」

 オナガは納得いかない。
 蕊山での巡回は、チュウヒやカイツに迷惑を掛けてばかりだと自覚がある。

「俺よりカイツの方が適任じゃ」
「そのカイツなんだがな」

 顔を渋くしたマガラは、腕を組んで頭痛に耐えるように息を吐き出した。

「禁衛に上がることになった」
「急じゃね?」
「急だな」

 通常、禁衛に欠員が出て補填する場合、第一部隊の隊長が任じられる。
 何か問題があって複数人が欠けた場合は隊員からも選ばれることはあるが、隊長を飛ばして隊員が禁衛に上がることは滅多にない。

 あるとすれば、その隊員がよほど優れているか、隊長が禁衛に相応しくないと判断された場合だ。マガラへの評価は下降が余儀なくされる。
 そういう理由もあって、マガラは隊長の席をオナガに譲りたいようだ。

「元々俺は隊長や副隊長の器じゃない。以前はトビの奴に付き合っていただけにすぎん。そろそろ肩の荷を下ろさせろ」

 などと説得されている内に、オナガの方が折れてしまった。

「心配しなくても私が補助しますから、頑張ってください。またよろしくお願いしますね」
「よろしく頼ん」

 渋々ではあるが承諾したオナガの隊長就任は、それから十日ほど後に隊員たちにも発表される。
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