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05.そうだ、ギリカを滅ぼそう!

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「これはこれは殿下、いかな御用でしょうか?」

 相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべて、神官長は僕を迎え入れた。
 まったく信用する気にはなれないけれど、腕は確かだから大目に見ることにしている。

「うん、僕をギリカの城まで連れて行ってよ」
「ギリカの城、ですか? それでしたら私ではなく、ゼノ将軍に仰ったほうがよろしいのでは?」
「違うよ。馬車で行くんじゃなくて、転移の術式で今すぐ飛ばせって言ってるの」

 神官長は、ぴしりと固まった。
 わざととぼけているのかと思っていたけど、本気で言っていたみたいだ。

「ええっと、殿下、それは、その、国際問題になりかねませんから……。というより、そもそも転移の術式は禁術でして」
「でもお前、何度も使ってるよね? それとも、禁術を使用したって公表して、首を刎ねてほしいの?」

 転移どころか、他にも怪しい術を使いまくっているって、僕のところに報告が入っているんだよね。女に盗聴や盗撮の術式を仕掛けてたって聞いたときには、本気でどこかに幽閉しようかと考えちゃったよ。
 まあ僕の害にはならないようだったから、放っておいたんだけど。

「あの、殿下。ギリカの城は幾重もの防壁術式が重ね掛けされておりまして、転移の術では中には」
「だったら、城の外でいいよ。そこから術を破って、中に入れてくれればいいから」

 そのくらい、わざわざ言わなくても臨機応変に対応してくれれば良いのに。本当に稀代の天才なのかな?
 神官長は頭を抱え出した。早くしてほしいんだけど。

「僕、急いでるんだよね?」
「何を急いでおられるのでしょう?」
「うん? 母上を天に召しちゃったから、早くギリカの王族も始末しないと、戦争に」
「何してるんですか?!」

 突然、神官長が大きな声を上げたので、僕は吃驚してしまった。

「だってあの女、蝶緋を毒殺しようとしたんだよ? 今までだってゼノを何度も殺そうとしてたし。もう限界だったんだよ」

 僕は唇を尖らせて訴える。蝶緋と弟を守るのは、当然のことだもの。僕は悪くない。
 大きく息を吐き出した神官長は、胡散臭い笑みを貼り付けるのも忘れて、僕をじとりと見つめた。

「ギリカの城に行って、それこそどうなさるおつもりですか? まさかお一人でギリカの王族を相手取るつもりではないでしょうね? ギリカは緋龍帝国に並ぶ大国。王族の持つ石力の大きさは甚大であり、セントーンの比では」
「大丈夫。ギリカの王族や貴族が束になっても、僕のほうが強いから」
「何を根拠に?」

 どうして僕の言うことを信じてくれないのだろう? 僕はいらいらしてきた。

「セス様の石力が王族の中でも優れていることは存じております。けれど、さすがに一国を相手取るほどの石力は」

 と、そこまで言って、神官長は言葉を途切らせた。瞠目して、僕の手足を凝視している。
 面倒になった僕は、自分の石力を分かりやすく示すことにしたんだ。
 僕の手足には、石力を封じるための枷がついている。石力の強い王族でも、一つ付ければもう石能を使うことはできなくなるんだって。それが僕には、四肢全てに嵌められていた。
 もちろん、このままでも僕は、そこらの王族よりも石能を使えるんだけどね。

「待ってください。それはいつから? いえ、そんな状況で動けるのですか?」

 いつも澄ました顔をしているのに、今日は色々と表情が変わってる。百面相っていうやつだね。
 面白かったから、さっきまでのいらいらが、ちょっと緩和した。

「ええ? 子供の頃からずっとだよ? 全然平気」
「嘘でしょう? これ、僕やゼノでも、一つで封じられますよ? 複数着けなんてしたら、下手したら死にます」

 神官長の言葉に、僕はむっとして唇を尖らせる。

「ちょっと、今ゼノって呼び捨てにした? 僕の弟だよ?」
「申し訳ありません。あまりの驚きに、動揺してしまいました。お許しください」

 神官長は本心から謝っているようだ。これも本当に珍しい。この男は口先だけは殊勝なことを言うけれど、内心は絶対に伴わないのに。

「とにかく、早くギリカに連れて行ってよ。時間が無いんだから」
「いえ、それは話が別です。ギリカの王族を滅ぼしたら、その後どうなると」
「ギリカはセントーンを乗っ取る予定だよ? 母上が天に召されたと知ったら、すぐに軍を率いて攻めてくるから」
「そんなこと知っていながら、何で天に召しちゃったんですか?!」
「だから、蝶緋とゼノに」
「そうでしたね。ちょっと冷静になる時間をお与えください」

 僕よりずっと頭の回転が早いと思っていたのに、勘違いだったのかな? 神官長はブツブツ言い出して、役に立ちそうにない。
 しばらくして、神官長は、

「すぐに戻りますから、少し待っていてください」

 と言い残して、どこかに行ってしまった。早くしてほしいのに。

「で、何で俺まで?」
「ライ大将はまだ分かりますよ。俺こそ何で連れてこられたんですか? まさか食事係って訳じゃないですよね? 菓子を御所望との伝言を受けただけのはずなのですが?」

 神官長が連れて来たのは、ゼノの部下である大将と、菓子職人だった。
 大将はどこにでもいそうな体型で、背も軍人にしては高くなくて痩せ気味で、どっからどう見ても貧相な平民に見える、大将らしくない男だ。髪も目も真っ黒で、『漆黒の魔犬』って呼ばれている、ゼノの忠犬だ。
 菓子職人はひょろっと背が高いけど、大将以上に痩せて見える、貧相な男だよ。でも彼が作るお菓子は凄く美味しくて、セントーン国一、いや、世界一かもしれない。僕もお気に入りだ。

 大将と菓子職人は、神官長をジト目で見つめている。
 僕もなぜこの二人を連れてきたのか、甚だ疑問に感じたので、一緒に神官長を見る。
 もちろん、菓子職人が用意した菓子は受け取った。今日も絶品だ。

「僕一人だと、脳が焼ききれそうでしたので」
「説明になってないだろう?」
「まったくです」

 僕も二人に同意見だ。
 いなくなった神官長が二人を呼びに行ったのかと思ったけど、違ったみたい。二人には神官長の部屋に来るようにという伝言だけ届いて、何も説明されていなかった。
 さっきここに来たときに、ギリカに行くって、僕が教えてあげたんだ。

 じゃあ神官長はどこに行っていたのかというと、母上が見つかると厄介なので、隠してきてくれたそうだ。
 だからと言って、いつまでものんびりしていて良いとは思えないんだけど。

「ほら、早く行くよ?」
「いや、菓子食いながら言われても……」

 黒髪黒目の大将が、僕のお菓子を見つめてきた。僕はお菓子の入った包みをぎゅっと抱きしめて、彼の目から隠した。

「いや、取らないですから。ちゃんと弁当もあるし」
「君たち、何でそんなに呑気なの? 今の状況が分かってる?」

 神官長が眉間を押さえている。いつもと口調が変わっているけど、胡散臭いよりはマシなので指摘しないでおく。

「さ、出発だ」

 こうして僕たちは、ギリカへと移動したんだ。
 予定通り、僕たちが辿り着いたのは、ギリカの王城の手前に広がる砂漠地帯だった。

「へえ、話には聞いてたけど、ギリカって本当に後退が進んでるんだな?」

 大将は周囲を見回して、そんなことを言っている。
 後退って言うのは、滅びかけているっていうことだ。この世界は昔、緑あふれる世界だったという。それが人間たちが争うたびに砂漠へと化していった。
 豊かな国には緑も増えるんだけど、滅びゆく国は緑が消え砂漠化していくと言われている。
 王城のすぐ近くにまで砂漠が広がっているのは、危険な兆候だ。

「うん。今にも滅びそうだから、頑張って奪えそうな国を奪って、延命する予定なんだって。その中にセントーンも入ってるんだけど、僕は蝶緋やゼノを、ギリカに渡したくないんだよね」

 なんでだろう? 三人から王族に向けるとは思えない視線を感じる。以前から変な男達だと思っていたけど、こんなのを部下にしたがるゼノは、変わり者が好きなのかな?

「なんか今、さらっと凄い台詞が聞こえてきたような?」
「ええっと、国の命運に、菓子職人なんかが首を突っ込んで良いんでしょうか?」
「そもそもこの人数で動く事が異常だからね。気にしたら負けだよ、たぶん」

 三人でこそこそと話している。
 僕はその間、用意してもらったお菓子を食べている。本当に美味しい。甘さが絶妙だし、焼き菓子に使われている木の実は硬すぎず柔らかすぎず、それでいてしっとりしてる。
 細部まで手を抜かない、本当に絶品のお菓子を作る。

「もうここまで来ちまったんだ。腹を括るしかないだろう? というか、セントーンではやっちまったんだろう?」
「セス殿下のお話によると、そのようですね」
「だったら、行くしかないだろう」
「そうですね」
「あなた達のその図太い神経を少し分けてください。胃に穴が空きそうです」

 神官長がお腹を押さえている。何か変なものでも食べたのかな?

「さってと、城に侵入すれば良いんですね?」

 腕を伸ばして背伸びをしながら、菓子職人は城壁に近付いていく。
 僕は頷いて答える。

「そう。出来れば王様の所まで行きたい」
「了解しました。セス殿下は脚力のほどは?」
「庭を散歩くらいはするよ?」

 お城からはあまり出してもらえないんだよね。一応、剣術は教えてもらってるんだけど、嗜み程度でたまにほんの少しくらいしか、稽古はしていない。

「ではライ大将に運ばせますが、よろしいでしょうか?」
「うーん。よろしくないけど、我慢する」
「ありがとうございます」
「失礼だな、おい」

 菓子職人は神官長よりも話が早いようだ。美味しいお菓子を作る人間は、やはり僕の考えをよく理解してくれるのかもしれない。
 大将が何か言ったけど、ゼノの役に立っている部下だと聞いているから、許してあげよう。平民出身だから、王族への礼儀作法を知らないんだね、きっと。
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