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10.セントーンに帰りました

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「まさか一日で全ての反乱分子を取り除くなんて。いや、反乱は僕たち? あれ? なんで転移して辺りを見回している間に、私兵団が戦闘不能になってたんだろう? ああ、もう。分かってたけど、この人たちおかしすぎる」

 神官長が何かブツブツ言ってるけど、大丈夫なのかな?

「それで、そちらのほうはどんな具合ですか?」
「ああ。挙兵しようとしたやつらは全部、始末しといた。転移術式って便利だな。あれがあれば無敵じゃないか?」
「ライ大将とは相性が良さそうですからね。一度に転移できる人数が限られていますし、普通は単騎で部隊に突入とか、自殺行為なんですけど」

 菓子職人も苦笑をこぼしている。どうやらこの大将が常識から外れているみたい。まあそんな気はしてたけど。

「あ、そうだ。神官長、僕の腕輪が壊れたから、新しいの作ってよ」

 思い出したから、また忘れない内に頼んでおこう。あれがないと、石能の制御が難しいんだよね。
 がばっと、神官長が復活して僕を見た。そのまま固まってしまって、動かなくなったけど。
 大将も不思議そうに僕を見ている。

「壊れた? どうやったらあれが壊れるんですか?」
「え? ちょっと石力を込めたら、パリーンで粉になったよ? あれ、綺麗だね。蝶緋にも見せてあげたいから、多めに作ってよ」

 妖精のような蝶緋から金色の粉が舞ったら、きっと綺麗だと思うんだよね。まあ、あれを蝶緋に付けるわけにはいかないから、僕が蝶緋の傍で石力を込めるけど。
 神官長はゆっくりと首を左右に振った。あれ? 作ってくれないのかな?

「常識が崩壊していく。常識なんて糞食らえと思っていたけど、今は切実に常識が欲しい。どうして僕の周りはこんなに……。いや、喜ぶべきなんだけど、喜べないのはなんでだ? 疲れてるのかな?」

 頭を抱え込んでしまった。
 腕輪は作ってくれるのかな? 後で色々と希望を伝えておこう。

 その五日後、ゼノがやってきた。

「兄上、こういうことは事前に相談してください。いえ、相談されても対応できた自信はないのですが、しかし……」

 僕を見るなり、ゼノは眉根を寄せてそう言った。僕は唇を尖らせる。

「だって、相談したらゼノが全部しちゃうだろう? ゼノはいつも忙しいんだから、ゼノの手を煩わせたくなかったんだ」

 ゼノは分かりやすく息を吐く。

「それに、ライとハンスを勝手に連れて行かれては困ります」
「その二人は、神官長が勝手に連れてきたんだよ。僕のせいじゃないもの」

 僕は神官長を睨む。神官長が勝手なことをしたせいで、ゼノに怒られちゃったじゃないか。
 ゼノは大きく息を吐き出した。

「ギリカのほうはこちらで後始末をしておきます。兄上はセントーンへお戻りください。父上が兄上と王妃様を探しておいででした」

 僕は顔をしかめる。
 そういえば、そっちの問題もあったんだった。

「ゼノと一緒に帰るよ」

 そう言ったら、ゼノは首を横に振った。

「すぐにでもお帰りください。ひどく混乱しておられましたから」

 僕は唇を尖らせて抗議する。ゼノは困ったように笑った。

「仕方ないなー。でも困ったことがあったら、すぐに言うんだよ? すぐに戻ってくるからね」
「はい。ありがとうございます、兄上」
「うん!」

 こうして僕は、セントーンに戻ったんだ。
 セントーンに戻った僕は、一番に蝶緋に会いにいった。

「蝶緋!」
「セス様」

 抱きしめると、ふわりと甘い香りがした。蝶緋の匂いだ。

「寂しかった? 蝶緋」
「はい。ご無事のお帰り、嬉しく思います」

 目をうるませて、蝶緋は僕が帰ってきたことを喜んでくれた。僕もとても嬉しい。

「お疲れでしょうから、休ませて差し上げたいのですが、まずは陛下にお会いいただけますか? なんだか様子がおかしいのです」
「そう言えば、ゼノもそんなことを言っていたね」

 蝶緋と話しながら、僕は父上の執務室に向かったんだけど、途中で執事に止められた。もうお昼なのに、父上は寝室にいるんだって。
 お体の具合でも悪いのかな?
 首を傾げながら、僕は父上の寝室に向かった。

「父上、セスです」

 部屋の前で声を掛けると、どたどたと足音が聞こえて、扉が勢いよく開いた。危うく蝶緋にぶつかることろだったよ。
 すぐに僕が抱き寄せて庇ったから、蝶緋には当たってないけどさ。

「おお、セスよ。どこに行っていた? 無事だったのか?」
「もちろんですよ。ちょっとお出掛けしてきただけですから」
「そうか、そうか。無事でよかった」

 父上ってば、過保護過ぎじゃないかな? 僕はもう、子供じゃないのに。

「して、我が后はどこにおる? セスと共にいるのではないのか?」

 僕は視線を逸らした。
 困ったな。父上は母上のことが大好きだから、母上が天に召されたなんて知ったら、きっと倒れちゃうよ。まあ、倒れるだけならいいんだけど。

「ええっと」

 僕はなんて言い訳しようかと、頭を回転させた。なんで神官長を連れてこなかったんだろう?
 ふと、僕の頭に良い考えが思い浮かんだ。

「ルビウス叔父様の所に行ったよ」

 上手く誤魔化せたと思ったら、父上は目を大きく開いて、顔が真っ青になった。

「ルビウス? ギリカの女狐の弟のことか?」

 うん? ギリカの女狐? それって誰のことだろう?
 僕は父上の言っていることが分からなくて、首を傾げる。

「いつルビウスが来たのだ? あの蛇男の元へ、なぜ我が后が行ったのだ?」

 父上は僕の両腕をつかんで、問い質し始めた。指が食い込んで腕が痛い。
 それにしても、どうしたんだろう? こんなに必死な形相をする父上は、初めて見る。
 それに母上とルビウス叔父様が仲良しなのは、父上だって知ってるだろうに。

「ルビウスはどこにいる? すぐに連れてまいれ!」
「え? またギリカに行ってくるの?」

 僕はきょとんと瞬いた。さっき戻ってきたばかりなのに。
 そうしたら、真っ赤に染まっていた父上の顔が、また青くなった。

「まさか、后はギリカに連れて行かれたのか? そうなのか?」

 さっきまでのギラギラとした目が、急にしょぼーんって元気をなくした。
 父上の様子が変だって聞いてたけど、これは確かに変だね。僕の父上だけど、正直ちょっと引きそうだよ。

「馬を用意せよ! すぐにギリカに向かう」
「ええ?!」

 僕は驚いて変な声を上げてしまった。
 父上までギリカに行ったら、ゼノの苦労が増えちゃうよ。父上はゼノのことが好きじゃないらしくて、酷いことばかりするんだもの。止めないと。

「だったら僕が行って来ます!」

 さっき帰ってきたばかりだけど、仕方ないよね。

「ならぬ! お前にまで、もしものことがあったらどうする?」

 いや、さっきまでギリカにいたんだけど? それに僕を傷付けられる人間なんて、そうそういないと思うんだけど。
 何とか止めようとしたんだけど、父上は止まりそうにない。従者達を引きずるようにして、城の外へと歩いていく。
 父上って、玉座に静かに座っているところしか見たことなかったけど、意外と力持ちなんだね。
 感心する僕をよそに、すっ飛んできた宰相が父上を説得し始めた。 

「お待ちください、陛下!」
「ならぬ! 馬を持て! すぐに出陣する。軍を出せ!」
「軍ならばすでに左軍が出陣しております!」

 父上の足が止まった。
 前しか見なかったのに、宰相に首を回す。

「今、何と言った?」
「ですから、左軍がすでに出陣しておりますと。右軍まで出陣させては、王都の防衛がままなりません。ゆえに今は軍を動かすことはできません」
「左軍はどこに出た?」
「ギリカに」

 ちらりと、宰相が僕を見た。僕は首を傾げる。
 宰相の目が大きく開き、口も開いたまま固まった。

「あれ? もしかして、僕の名前で出陣したの?」
「殿下の御指示ではなかったのですか? ではあの出陣命令は?」

 どうやら僕の名前を使って、神官長はゼノたちをギリカに進めてたみたいだ。
 本当に何も教えてくれないんだから。後で懲らしめてやらないと。

「たぶん、神官長だよ。僕がギリカの王様から玉座を奪ったから」

 なんだろう? 皆が固まった。僕、そんな石能は持ってないんだけど。
 隣を見ると、蝶緋まで笑顔のまま固まっている。うん、蝶緋はいつ見ても可愛いな。
 僕はへらりと微笑みかける。それから、ふにふにと蝶緋のほっぺを突付いてみた。さらっとしていて柔らかくて、卵の白いところで作ったお菓子みたい。

「せ、セスよ。今、なんと言った?」

 吃驚した。
 突然、父上が大きな声を出したんだ。僕は目をぱちぱちさせて、父上を見た。

「ギリカの王様から、玉座を奪ったって話?」
「それだ。どういうことだ?」

 僕は思い出して眉根を寄せる。

「だってあの王様、僕にゼノを殺せって言ってきたんだよ? 逆らうなら蝶緋を殺させるって。頭にきちゃってさ。だから神官長にギリカに連れて行ってもらって、話そうと思ったんだけど、セントーンを滅ぼすとか言い出して、会話にならなくてさ。処刑しちゃった」

 てへって困ったように笑ったら、みんな、また固まっちゃった。
 それからしばらくして、

「はあっ?!」

 って、皆で揃って大きな声を出した。
 いったいどうしたんだろうね? 僕は驚いちゃったよ。

「ちょっと待て。ギリカの王を処刑しただと? いや、気持ちは分かる。私もぜひとも立ち会いたかった。いや、そうではなく、多くの国がそれを望みつつ、今まで手は出さずにいたのだ。なぜだか分かるか?」

 謎解きみたいなことを、父上が僕に問いかけてきた。今日の父上は、本当に変だ。
 そんなにみんな、ギリカの王様を処刑したかったなら、さっさとしちゃえば良かったのに。
 僕は首を捻って考えた。

「さっぱり分からないや」

 がっくりと、父上は首と肩を落とした。宰相たちも頭を抱えている。
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