HOUSEN 君と繋ぐ華

しろ卯

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22.砂鰐三

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 ふっと、囲っていた膜が消え去り、音と風が戻ってきた。

「信用してもよかど?」
「分かりません。俺は俺の大切なものを護るためなら、たとえあなたにでも切っ先を向けるでしょう。ですが第七部隊に危害を加えるために入隊したわけではありません」
「お前が護りたいもんな、何や?」

 煌鷽こうがくは答えない。
 目を細めた苧乍おながは、手甲を外さぬ煌鷽の左手を見る。気付かれたと察した煌鷽は、死を覚悟で戦うか脳裏で思考する。
 苧乍は一つ息を吐き出しすと、一歩踏み出した。

「覚えとけ。神子も王も神じゃ無か。そしてこん世界は狂うちょる」

 そう言うと、おもむろに朱の鞘に左手を添え腰を下ろす。

「あ、苧乍さん、そっちに」
「ちええーいっ!」

 駈須かるすの声が届ききるより先に、高い奇声と共に弾き出されるように苧乍が飛び出した。砂の中から姿を現した砂鰐しゃがくの胴体を、一瞬にして断ち切る。

「嘘おーん?」
「こっちは四人掛かりでまだ頑張ってるっていうのにっ!」
「さっさと済ませ」

 すでに鞘に刀をしまっている苧乍は、呂広ろこう梯枇はしび兄弟の悲鳴に似た情けない叫び声にさらりと返すと、ゆるゆると歩いて煌鷽の隣に戻る。

魔爬まはは鱗が硬か。特に足が無なかもんの腹ん皮は、刀では歯が立たん。刀で通す気なら、昂隹あとりみたいに柔らかい部分を一点集中で攻撃せえ」
「……はい」

 そう解説した苧乍は、つい先ほど砂鰐を刀で両断してみせたのだ。
 なんとか頷きはしたものの、納得しがたい気持ちが煌鷽の心を満たした。

 結果として、誰一人欠けることなく三体の砂鰐を討伐することに成功した。砂鰐の亡骸は、垠萼ぎんがくの門を護る第六部隊によって蕊山ずいざんの地下にある広い空間に運ばれる。

「後は任す」

 いつの間にか待機していた第一部隊に引き渡し、任務は終了だ。出張ってきた第一部隊の顔ぶれの中には、見習い時代を共にした李睡りすいの姿もあった。

「後始末は第一がするのですか?」
「後始末じゃないよ?」
「そう、あれは俺たちの手柄を掠めてるだけ」

 煌鷽が疑問を口にすると、左右から寄ってきた呂広と梯枇が、第一部隊に聞こえないように小声で答えた。
 視線だけで重ねて問うと、二人は煌鷽の肩を抱いて扉に向かいだす。三枚の扉を抜けて声が届かなくなったところで、苦く顔をしかめた。

「討伐した魔物は、解体してから華族に差し出すんだ」
「華族に?」
「そ。何に使うのかは知らないけど、第一は結構な褒賞を頂くらしいよ? 危険を冒して討伐する俺らは褒められもしないのに」

 不満をあらわにする梯枇の頭を、子供にするように呂広が撫でる。
 
「しかしいつ見ても見事だよなあ」
「よく魔爬を一太刀で倒せるよね」

 振り返った呂広と梯枇は、感嘆しながら扉の向こうにいる苧乍に羨望の眼差しを向けた。

「一太刀?」
「見てなかったの?」
「一瞬だから見逃した? 残念だったね」

 けらけらと笑いながら、両脇から肩に腕を乗せてくる。

 苧乍は一閃で砂鰐を両断したわけではない。抜いた刀で斬って、返す刀で更に斬り、三度の往復で砂鰐を断ったのだ。
 そもそも彼の刀は刃渡りが四十いんち弱。身幅が百吋を超える砂鰐を一刀で断つことは不可能であろう。

 煌鷽もまた、扉の向こうを見つめた。砂鰐を一人で仕留める彼の剣技があれば、涼芽すずめを迎えに行き手に入れることができるのではないだろうかと。

「どげんした?」

 扉を開けて顔を出した苧乍が、三人の視線を見て不思議そうに問うた。

 その夜、煌鷽は苧乍の部屋を訪ねた。余分な物が一切置かれていない簡素な部屋。通された煌鷽に座布団が勧められる。

「そいで、何の用や?」

 単刀直入に問われて、煌鷽は手を突いて頭を下げる。

「私に苧乍さんの剣を教えてください」
「それはやめとけと言うたはずや」
「今日の討伐を見れば、誰の剣が最も優れているのか一目瞭然です。それに、あなたは俺を護れた」

 顔を上げ、苧乍の目を正面から見据えた。
 しばらくの沈黙の後、困ったように苧乍は首筋を掻く。

「俺ん剣を学んだら、お前は遠回りすることになっど?」
「そうは思いません。むしろ他の剣術では、辿り着くことができるかさえ疑問です」

 涼芽をあの場所から蕊山に迎え入れるためには、垠萼の魔物たちから守らなければならない。
 もしかすると他に安全な道があるのかもしれないが、あの場で聞こえた天の声から推察するに、守護者に彼女を護れるだけの力を要求していたのは確かだ。

 じっと煌鷽の目を見つめていた苧乍は、大きく溜め息を吐く。

「分かった。だが条件がある」

 予想していた煌鷽は首肯する。

「明日の朝、下で待っちょけ」

 思わず眉をひそめた。
 煌鷽の目的や左手のこと、王との関係を問われるのだと思っていたのだ。

 戸惑う素振りを見て、苧乍はくつりと笑う。

「煌鷽が考えちょる通りじゃ。じゃっどん、ここじゃ聞けん」

 音も無く部屋に侵入してくる隊員が複数いるのだ。盗み聞きされる可能性は否定し切れないということだろうと、煌鷽は思い至る。
 了承すると夜分に失礼したことを詫びて部屋へと戻った。
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