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26.来客
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「あ、帰ってきた」
朝の鍛錬を終えて寮に戻ると、煌鷽の姿を見た呂広が声を上げた。
「何かありましたか?」
「煌鷽にお客さん」
「客ですか?」
思い当たる人物がおらず小首を傾げながら視線を向けると、ひらひらと手を振る李睡の姿があった。
「よ、久しぶり」
「一昨日に会ったばかりだと思いますが?」
「あれは数に入らないだろ?」
蕊山の地下で、討伐した砂鰐を第一部隊に引き渡したときに、李睡も立ち会っていた。
「何か用ですか?」
「冷たっ! お前さあ、同期の親友が遊びに来たんだから、もっと喜ぶとかないわけ?」
「特には」
がっくりと肩を落とす李睡を眺めながら、そういえばこういう男だったなと、まだそれほど昔ではないはずの見習い時代の記憶を思い出す。
「まあいいや。それより煌鷽、お前の休みっていつだ?」
「休みですか?」
問われて煌鷽は周囲を見回した。決まった休日というものを貰ったことがないことに、指摘されて初めて気付く。
広間にいた呂広梯枇、蒲羅と李蛄といういつもの顔ぶれも、きょとんとした顔で見返した後、揃って首を傾げた。
「え? 第七部隊に休日って無いの?」
思わぬ反応だったのだろう。李睡の方が戸惑い表情を強張らせる。
「うちは討伐依頼が来ない限り、基本的に自由だからね」
「でも外出の時は許可がいるよ。番貝を携帯して、連絡があればすぐに地下へ向かえるように遠出はしないこと」
「あたしは遠くにもいくよ? 走って間に合えば大丈夫」
呂広と梯枇の説明に、李蛄が口を挟んだ。
「李蛄さんは足が速いからなあ」
「梯枇呂広は遅いからねえ」
「その呼び方は止めて」
「にゃはははは」
ひくりと、李睡の口角が痙攣した。
「第七は特殊な部隊だとは聞いてましたけど、本当に特殊なんすね」
「まあね」
呆れたような李睡に対し、呂広が軽く答える。
「じゃあこれから連れ出しても大丈夫ですか?」
「敷地内ならいいけど、外は前日までに予約してないと番貝を借りられないから無理だね」
思わぬ出来事によって知らなかった仕組みを聞いた煌鷽は、忘れぬよう頭に留めておく。
「それよりさあ、前から気になってたんだけど、なんで第一はいっつも出張ってくるのさ?」
少しばかり不穏な空気が漂う。
自分たちが討伐した魔物を毎回奪われて、第七としては第一に対してあまり良い感情が無いのだ。
入隊してから日が浅いといえども、第一の証である紫の制服を着ている李睡に対して言葉がきつくなる。
「念のためって聞いています。解体中に魔物が集まって来た場合に、対処できるように」
「はあ? 第一に魔物の相手ができるの? あそこ対人戦しか訓練してないでしょ? 禁衛の補欠だもんね」
嫌味交じりに梯枇が気だるげな声を出す。李睡が怒るのではないかとちらりと煌鷽が視線を向けると、彼は目を大きくして身を乗り出した。
「そう、それなんですよ!」
「それって何?」
「禁衛ですよ!」
「は?」
李睡が何を言わんとしているのかさっぱり分からない一同は、彼の親友らしい煌鷽に視線を向けるが、煌鷽だって分からない。
軽く首を振って、意味不明であると伝える。
「なあ、煌鷽。紹介してくれよ! 今日はお前にそのことを頼もうと思ってきたんだ」
「誰をですか?」
「苧乍様と昂隹様だよ! なんで第七にいるんだ? 一昨日お二人の姿を見て、叫びそうになるのを抑えるの大変だったんだぞ?」
詰め寄られても意味が分からない。視線を呂広梯枇に向けると、二人も珍獣を見る目で李睡を上から下までしげしげと観察している。
よく見ると梯枇の方は呂広を盾にして隠れるように身を引いていた。
「苧乍さんは一部の男にも人気があるって聞いてたけど」
呂広から零れた呟きを耳に拾った煌鷽は、大きく一歩、李睡から離れる。
「え? 違う。そうじゃなくて、俺、昔から禁衛に憧れてて、検衛に入ったのも禁衛を目指してなんですけど、苧乍様と昂隹様っていったら有名じゃないですか」
「そうなの?」
「知らない」
「嘘う?」
熱弁する李睡を、呂広と梯枇はばっさり切り捨てた。
しかし李睡が掲げた物を見て、愕然としたように表情を歪めた。そこには禁衛の制服である白い長袍を見に纏った、見かけたことのある顔の女性が描かれている。
まるで役者のような扱いだ。
「禁衛とは」
目標としていた部隊の真実を目の当たりにしてしまった気がして、煌鷽は密かに気落ちしていた。
「苧乍隊長もあります」
「は? ちょっと待て。お前、今なんて言った? え?」
「苧乍隊長です」
続いて取り出された札に描かれているのは、紛れもなく苧乍だった。白い長袍を見に纏う、凛々しい気がしなくもない立ち姿。
だが問題は札に描かれた彼の立ち姿ではない。
「待って、隊長ってどういうこと? え? 苧乍さんって隊長じゃないよね? うちの隊長って誰だっけ?」
「落ち着いてください、梯枇殿。第七部隊の隊長は、馬辛隊長です」
「だよね? だよな? え? じゃあ、どこの隊長? え? まさか」
答えを求めて三人は李睡の顔をひたと見つめる。
朝の鍛錬を終えて寮に戻ると、煌鷽の姿を見た呂広が声を上げた。
「何かありましたか?」
「煌鷽にお客さん」
「客ですか?」
思い当たる人物がおらず小首を傾げながら視線を向けると、ひらひらと手を振る李睡の姿があった。
「よ、久しぶり」
「一昨日に会ったばかりだと思いますが?」
「あれは数に入らないだろ?」
蕊山の地下で、討伐した砂鰐を第一部隊に引き渡したときに、李睡も立ち会っていた。
「何か用ですか?」
「冷たっ! お前さあ、同期の親友が遊びに来たんだから、もっと喜ぶとかないわけ?」
「特には」
がっくりと肩を落とす李睡を眺めながら、そういえばこういう男だったなと、まだそれほど昔ではないはずの見習い時代の記憶を思い出す。
「まあいいや。それより煌鷽、お前の休みっていつだ?」
「休みですか?」
問われて煌鷽は周囲を見回した。決まった休日というものを貰ったことがないことに、指摘されて初めて気付く。
広間にいた呂広梯枇、蒲羅と李蛄といういつもの顔ぶれも、きょとんとした顔で見返した後、揃って首を傾げた。
「え? 第七部隊に休日って無いの?」
思わぬ反応だったのだろう。李睡の方が戸惑い表情を強張らせる。
「うちは討伐依頼が来ない限り、基本的に自由だからね」
「でも外出の時は許可がいるよ。番貝を携帯して、連絡があればすぐに地下へ向かえるように遠出はしないこと」
「あたしは遠くにもいくよ? 走って間に合えば大丈夫」
呂広と梯枇の説明に、李蛄が口を挟んだ。
「李蛄さんは足が速いからなあ」
「梯枇呂広は遅いからねえ」
「その呼び方は止めて」
「にゃはははは」
ひくりと、李睡の口角が痙攣した。
「第七は特殊な部隊だとは聞いてましたけど、本当に特殊なんすね」
「まあね」
呆れたような李睡に対し、呂広が軽く答える。
「じゃあこれから連れ出しても大丈夫ですか?」
「敷地内ならいいけど、外は前日までに予約してないと番貝を借りられないから無理だね」
思わぬ出来事によって知らなかった仕組みを聞いた煌鷽は、忘れぬよう頭に留めておく。
「それよりさあ、前から気になってたんだけど、なんで第一はいっつも出張ってくるのさ?」
少しばかり不穏な空気が漂う。
自分たちが討伐した魔物を毎回奪われて、第七としては第一に対してあまり良い感情が無いのだ。
入隊してから日が浅いといえども、第一の証である紫の制服を着ている李睡に対して言葉がきつくなる。
「念のためって聞いています。解体中に魔物が集まって来た場合に、対処できるように」
「はあ? 第一に魔物の相手ができるの? あそこ対人戦しか訓練してないでしょ? 禁衛の補欠だもんね」
嫌味交じりに梯枇が気だるげな声を出す。李睡が怒るのではないかとちらりと煌鷽が視線を向けると、彼は目を大きくして身を乗り出した。
「そう、それなんですよ!」
「それって何?」
「禁衛ですよ!」
「は?」
李睡が何を言わんとしているのかさっぱり分からない一同は、彼の親友らしい煌鷽に視線を向けるが、煌鷽だって分からない。
軽く首を振って、意味不明であると伝える。
「なあ、煌鷽。紹介してくれよ! 今日はお前にそのことを頼もうと思ってきたんだ」
「誰をですか?」
「苧乍様と昂隹様だよ! なんで第七にいるんだ? 一昨日お二人の姿を見て、叫びそうになるのを抑えるの大変だったんだぞ?」
詰め寄られても意味が分からない。視線を呂広梯枇に向けると、二人も珍獣を見る目で李睡を上から下までしげしげと観察している。
よく見ると梯枇の方は呂広を盾にして隠れるように身を引いていた。
「苧乍さんは一部の男にも人気があるって聞いてたけど」
呂広から零れた呟きを耳に拾った煌鷽は、大きく一歩、李睡から離れる。
「え? 違う。そうじゃなくて、俺、昔から禁衛に憧れてて、検衛に入ったのも禁衛を目指してなんですけど、苧乍様と昂隹様っていったら有名じゃないですか」
「そうなの?」
「知らない」
「嘘う?」
熱弁する李睡を、呂広と梯枇はばっさり切り捨てた。
しかし李睡が掲げた物を見て、愕然としたように表情を歪めた。そこには禁衛の制服である白い長袍を見に纏った、見かけたことのある顔の女性が描かれている。
まるで役者のような扱いだ。
「禁衛とは」
目標としていた部隊の真実を目の当たりにしてしまった気がして、煌鷽は密かに気落ちしていた。
「苧乍隊長もあります」
「は? ちょっと待て。お前、今なんて言った? え?」
「苧乍隊長です」
続いて取り出された札に描かれているのは、紛れもなく苧乍だった。白い長袍を見に纏う、凛々しい気がしなくもない立ち姿。
だが問題は札に描かれた彼の立ち姿ではない。
「待って、隊長ってどういうこと? え? 苧乍さんって隊長じゃないよね? うちの隊長って誰だっけ?」
「落ち着いてください、梯枇殿。第七部隊の隊長は、馬辛隊長です」
「だよね? だよな? え? じゃあ、どこの隊長? え? まさか」
答えを求めて三人は李睡の顔をひたと見つめる。
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