38 / 38
曇天の孤鳥
英雄の影、隕石の重さ
しおりを挟む
数字は、感情を削ぎ落とす。
司令部のブリーフィングルームに映し出された資料は
淡々と戦争の結果を示していた。
グラフ、表、地図。
そこにあるのは歓声でも血でもなく、ただの情報だ。
「捕虜、推定十六万二千」
誰かが読み上げた瞬間、室内にわずかなざわめきが走った。
「負傷者を含めると、さらに増えます。現在も集計中です」
スクリーンには、ポーラリア周辺の占領地域が次々と
青に塗り替えられていく様子が映し出されている。
つい数日前まで、そこはハーギア軍の支配下だった。
「被害報告は?」
「航空部隊の損耗は軽微。地上部隊は市街戦の影響で
それなりに出ていますが……想定よりは少ない」
参謀の一人が、低く息を吐いた。
「……航空戦力で、ここまで地上が崩れるとは」
誰も否定しなかった。
空が制圧される。
それだけで、地上の部隊は補給を失い、士気を失い、逃げ場を失う。
今回の戦いは、それをあまりにも明確に示していた。
そして、その中心にいた存在の名は――
誰もが、口にしなくても理解していた。
非公開会議は、別室で行われていた。
壁には防音材、通信は遮断。
出席者は最小限。
ここで交わされる言葉は、前線の兵士たちには決して届かない。
「……彼女一人で、戦線を動かせる」
誰かが、そう言った。
「もはや戦術単位ではありません。戦略兵器だ」
別の声が続く。
「クラウ隊は優秀だが、現実的に考えれば
随伴でいい。隕石を通すための護衛だ」
冷たい言葉だった。
そこに悪意はない。
ただ、効率だけがあった。
「YF-23は切り札だ。前線に出し続けろ。消耗? 構わん」
「機体の数が問題です。現在稼働可能なのは――」
「いくら金がかかってもいい。生産ラインを再開させろ」
即答だった。
「元々、二機しか存在しない試作機だ。
今の機体は左翼大破。使えるのは残り一機のみ」
「それでもだ。隕石が空にいる限り、敵は動けない」
誰も、「搭乗員」の話はしなかった。
「隕石に比べて、他の部隊は何をしている?」
その一言で、空気が変わった。
「……いえ、他部隊も十分以上の働きをしています。
アバランチ、フェンリル、ゴーレム……」
「だが結果は隕石だ」
結論ありきの会話だった。
その瞬間、別基地の一部部隊が、知らぬ間に“二線級”へと押しやられていく。
前線を共にしてきた部隊は何も思わない。
だが、距離のある者ほど、無言の違和感と疎外感を募らせていった。
クラウ隊に伝えられた命令は、穏やかなものだった。
「しばらく休養だ。補給と整備を優先する」
誰もが、そう受け取った。
だが、その裏で、別の検討が進められていることを知る者は少ない。
――リカのみ、別任務。
オウルアイは察していた。
いや、正確には「察せざるを得なかった」。
だが、命令には口止めが含まれている。
言えば、クラウ隊は壊れる。
言わなければ、自分が壊れる。
板挟みのまま、オウルアイはモニターを見つめ続けていた。
ハンガーの空気は、前日とは明らかに違っていた。
整備は進んでいる。
機体は並んでいる。
だが、会話が噛み合わない。
「……なぁ」
ブリュンヒルデが、ついに口を開いた。
「最近、あんた独りで飛びすぎ」
その声は、はっきりしていた。
「元から無口だけどさ。最近はひとつも笑わないじゃない」
リカは、少しだけ首を傾げる。
「……そう?」
「そう、じゃないでしょ」
スウィンダラーは、珍しく口を挟まなかった。
冗談も、茶化しもない。
ただ、黙って二人を見ている。
「皆と同じことをしてるだけよ、私」
リカの声は、本気だった。
「飛んで、撃って、帰ってきただけ」
その言葉が、逆に距離を生んだ。
同じこと。
だが、結果は同じではなかった。
空気が、ぎしりと軋む。
それは、チームが壊れ始める音
リカ自身には、自覚がなかった。
多くの死を見た。
多くの撃墜を重ねた。
それでも、自分は変わっていないと思っている。
だが、心は確実に摩耗していた。
何かを感じ取る前に、遮断する。
考える前に、飛ぶ。
それが、生き延びるためのやり方だった。
そして、そのやり方が、今は人との距離を広げている。
その夜
ハンガーの隅で、整備士が独り言のように呟いた。
「……隕石が落ちた場所には、何も残らない」
リカは、その言葉を聞いて、足を止めた。
振り返ることはしなかった。
ただ、その場に立ち尽くす。
隕石は、空から落ちるものだ。
だが気づかぬうちに、
それは人の心にも、落ち始めていた
司令部のブリーフィングルームに映し出された資料は
淡々と戦争の結果を示していた。
グラフ、表、地図。
そこにあるのは歓声でも血でもなく、ただの情報だ。
「捕虜、推定十六万二千」
誰かが読み上げた瞬間、室内にわずかなざわめきが走った。
「負傷者を含めると、さらに増えます。現在も集計中です」
スクリーンには、ポーラリア周辺の占領地域が次々と
青に塗り替えられていく様子が映し出されている。
つい数日前まで、そこはハーギア軍の支配下だった。
「被害報告は?」
「航空部隊の損耗は軽微。地上部隊は市街戦の影響で
それなりに出ていますが……想定よりは少ない」
参謀の一人が、低く息を吐いた。
「……航空戦力で、ここまで地上が崩れるとは」
誰も否定しなかった。
空が制圧される。
それだけで、地上の部隊は補給を失い、士気を失い、逃げ場を失う。
今回の戦いは、それをあまりにも明確に示していた。
そして、その中心にいた存在の名は――
誰もが、口にしなくても理解していた。
非公開会議は、別室で行われていた。
壁には防音材、通信は遮断。
出席者は最小限。
ここで交わされる言葉は、前線の兵士たちには決して届かない。
「……彼女一人で、戦線を動かせる」
誰かが、そう言った。
「もはや戦術単位ではありません。戦略兵器だ」
別の声が続く。
「クラウ隊は優秀だが、現実的に考えれば
随伴でいい。隕石を通すための護衛だ」
冷たい言葉だった。
そこに悪意はない。
ただ、効率だけがあった。
「YF-23は切り札だ。前線に出し続けろ。消耗? 構わん」
「機体の数が問題です。現在稼働可能なのは――」
「いくら金がかかってもいい。生産ラインを再開させろ」
即答だった。
「元々、二機しか存在しない試作機だ。
今の機体は左翼大破。使えるのは残り一機のみ」
「それでもだ。隕石が空にいる限り、敵は動けない」
誰も、「搭乗員」の話はしなかった。
「隕石に比べて、他の部隊は何をしている?」
その一言で、空気が変わった。
「……いえ、他部隊も十分以上の働きをしています。
アバランチ、フェンリル、ゴーレム……」
「だが結果は隕石だ」
結論ありきの会話だった。
その瞬間、別基地の一部部隊が、知らぬ間に“二線級”へと押しやられていく。
前線を共にしてきた部隊は何も思わない。
だが、距離のある者ほど、無言の違和感と疎外感を募らせていった。
クラウ隊に伝えられた命令は、穏やかなものだった。
「しばらく休養だ。補給と整備を優先する」
誰もが、そう受け取った。
だが、その裏で、別の検討が進められていることを知る者は少ない。
――リカのみ、別任務。
オウルアイは察していた。
いや、正確には「察せざるを得なかった」。
だが、命令には口止めが含まれている。
言えば、クラウ隊は壊れる。
言わなければ、自分が壊れる。
板挟みのまま、オウルアイはモニターを見つめ続けていた。
ハンガーの空気は、前日とは明らかに違っていた。
整備は進んでいる。
機体は並んでいる。
だが、会話が噛み合わない。
「……なぁ」
ブリュンヒルデが、ついに口を開いた。
「最近、あんた独りで飛びすぎ」
その声は、はっきりしていた。
「元から無口だけどさ。最近はひとつも笑わないじゃない」
リカは、少しだけ首を傾げる。
「……そう?」
「そう、じゃないでしょ」
スウィンダラーは、珍しく口を挟まなかった。
冗談も、茶化しもない。
ただ、黙って二人を見ている。
「皆と同じことをしてるだけよ、私」
リカの声は、本気だった。
「飛んで、撃って、帰ってきただけ」
その言葉が、逆に距離を生んだ。
同じこと。
だが、結果は同じではなかった。
空気が、ぎしりと軋む。
それは、チームが壊れ始める音
リカ自身には、自覚がなかった。
多くの死を見た。
多くの撃墜を重ねた。
それでも、自分は変わっていないと思っている。
だが、心は確実に摩耗していた。
何かを感じ取る前に、遮断する。
考える前に、飛ぶ。
それが、生き延びるためのやり方だった。
そして、そのやり方が、今は人との距離を広げている。
その夜
ハンガーの隅で、整備士が独り言のように呟いた。
「……隕石が落ちた場所には、何も残らない」
リカは、その言葉を聞いて、足を止めた。
振り返ることはしなかった。
ただ、その場に立ち尽くす。
隕石は、空から落ちるものだ。
だが気づかぬうちに、
それは人の心にも、落ち始めていた
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す
みにみ
歴史・時代
史実の第二次世界大戦が起きず、各国は技術力を誇示するための
「第二次海軍休日」崩壊後の無制限建艦競争に突入した
航空機技術も発達したが、それ以上に電子射撃装置が劇的に進化。
航空攻撃を無力化する防御陣形が確立されたことで、海戦の決定打は再び「巨大な砲」へと回帰した。
そんな中⑤計画で建造された改大和型戦艦「若狭」 彼女が歩む太平洋の航跡は
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる