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太平洋の天使
大和 発つ
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1950年11月、東海岸のポーツマス海軍造船所は
かつてないほどの興奮と期待に包まれていた。
冬の冷たい風が吹き荒れる中、数千人の造船所職員
海軍将兵、そして報道関係者(厳重な検閲のもとで許可されたごく一部だが)が
歴史的な瞬間を目撃するため、岸壁に詰めかけていた。
彼らの視線の先には、徹底的な改修を終え
まるで今しがた建造されたかのように真新しいペンキで覆われた戦艦大和の巨体が
威容を誇るかのように浮かんでいた。錆一つなく磨き上げられた船体は
夜明け前の薄明かりを反射し、漆黒の海面にその巨大な影を落としていた。
午前6時、号令と共に、大和を支えていた最後の巨大な支持材が外された。
軋むような音と共に、戦艦はわずかに揺れ、そしてゆっくりと
しかし確実に、乾ドックの底から満ちてくる海水の中へとその巨体を沈め始めた。
水面に波紋が広がり、艦底が水に触れるたびに
歓声ともため息ともつかないざわめきが起こった。
巨大な船体が徐々に浮力を得ていく様は、まるで深海の眠りから覚め
息を吹き返した古代の怪獣のようであった。
この光景は、単なる船舶の進水式ではなかった。
それは、第二次世界大戦の終結からわずか5年という短い期間を経て
人類が再び、過去の遺物を新たな戦争の道具として呼び覚ますという
歴史の複雑な皮肉を象徴していた。
大和は、かつて日本の技術と国威の結晶として建造され
その最期は日本の敗戦を象徴する悲劇であった。
しかし今、彼女は米国の旗の下、全く異なる目的のために蘇ったのだ。
大和のマストには、かつての日本の旭日旗ではなく
鮮やかな星条旗が堂々と翻っていた。その星条旗は
朝日に照らされ、強い風を受けて大きくはためいていた。
それは、過去と現在、そして日米の複雑な関係を象徴するかのようだった。
この旗は、単なる国籍を示すシンボル以上の意味を持っていた。
徳永栄一をはじめとする日本人乗組員たちにとって
それは複雑な感情を呼び起こすものであった。
彼らは、かつて命を賭けて旭日旗の下で戦った。
その旗が、今、異なる国の象徴に置き換わっていることに
ある者は屈辱を感じ、ある者は諦念を抱き、またある者は
この旗の下で新たな使命を果たすことへの奇妙な覚悟を抱いていた。
有賀幸作元大佐は、静かにその星条旗を見上げていた。
彼の脳裏には、かつて大和の艦長として、この艦に旭日旗を掲げ
兵士たちを鼓舞した日々が去来していたことだろう。
しかし、彼の表情は硬く、その心中を窺い知ることはできなかった。
一方、米海軍の将兵たちにとっては、星条旗を掲げた大和の姿は
勝利と希望の象徴であった。彼らにとって、大和はもはや「敵艦」ではなく
共産主義の脅威から自由世界を守るための、強力な「味方」であった。
この巨艦が自国の旗を掲げて戦場に赴くことは
彼らの士気を高め、来るべき戦いへの自信を与えた。
艦橋の上には、最新鋭のレーダーアンテナが音もなく回転し
強力な通信アンテナが空に向かって伸びていた。大和が建造された当時
世界最高峰であった光学照準器や旧式の無線機は
すべて取り外され、アメリカの最先端技術に置き換えられていた。
大和は、その外見こそ変わらないものの、内部では完全に
「アメリカの戦艦」として生まれ変わっていたのである。
この変化は、日米の技術と文化の融合を具現化したものであり
その指揮を執るパーカー少佐と徳永中尉の存在が、それを何よりも強く物語っていた。
乾ドックからの進水を終えた大和は、タグボートに曳かれ
ポーツマス軍港をゆっくりと離れていった。
その巨大な船体が港の狭い水路を通過する際には
岸壁で見守る人々から再び歓声が上がった。それは、歴史に残る出港の瞬間であった。
大和の次の目的地は、太平洋であった。
そのためには、大西洋と太平洋を結ぶ唯一の海上ルートである
パナマ運河を通過する必要があった。しかし、ここにも大きな問題があった。
大和は、その建造段階から、世界の主要な運河の幅員を考慮せず
「運河通過不可能」なサイズで設計されていたのだ。
太平洋戦争中の米軍の報告書でも
「ヤマト級戦艦はパナマ運河を通過できないため
太平洋と大西洋間での移動は極めて困難」とされていた。
大和の最大幅は38.9メートルであり
当時のパナマ運河の閘門の幅員は33.5メートルしかなかった。
しかし、朝鮮戦争の勃発と大和の再利用計画は、この常識を覆した。
実は、パナマ運河では、第二次世界大戦中から
老朽化した既存の閘門の補修と、より大型の艦船に対応するための
「拡張工事」が計画され、一部で着手されていたのである。
この工事は、戦後の軍縮期に一時中断されていたものの
朝鮮戦争の勃発と、大和の緊急運用という事態を受け
急遽再開され、突貫工事で完了させられたのだ。
米軍工兵隊は、信じられないほどの速さで工事を再開し
既存の閘門の一部を解体して幅員を広げる作業を行った。
大量の重機が投入され、昼夜を問わず作業が行われた。
工事の責任者である米陸軍工兵隊のジョン・ミラー大佐は
連日、マッカーサー司令官からの厳しい督促を受けていた。
「ミラー、ヤマトの通過はいつになる? 戦場は待ってくれない!」
彼は、通常の数倍のペースで工事を進め
ついに大和が通過できるだけの幅員を確保することに成功したのである。
それは、まさに国家の総力を挙げたプロジェクトであった。
大和は、米海軍の最新鋭護衛艦艇、駆逐艦数隻と護衛空母を伴い
厳重な警備の下で大西洋を横断した。広大な海原を航行する大和の姿は
まさに「海の要塞」と呼ぶにふさわしく、その圧倒的な存在感は
見る者すべてを圧倒した。やがて、パナマ運河の入り口に到達した大和は
その巨大な船体をゆっくりと閘門へと滑り込ませた。
閘門を通過する際には、寸分の隙間もないほどの緊張感が走った。
船体が壁に接触しないよう、経験豊富なパナマ運河庁のパイロットと
大和の日本人操艦員が綿密に連携し、まるで巨大なパズルを解くかのように
慎重に、そして正確に操艦を行った。
両舷には、船体が壁に擦れるのを防ぐための巨大なゴム製フェンダーが幾重にも設置され
曳船が慎重に位置を調整した。
水が満たされ、大和の巨体がゆっくりと上昇していく。
その瞬間は、運河庁の職員にとっても、歴史的な光景であった。
誰もが、これほどの巨大な船が、わずかに拡張されたとはいえ
この運河を通過できるとは信じていなかったからだ。
そして、最終的に大和は、無事に全ての閘門を通過し
太平洋へと姿を現した。その瞬間、運河の両岸に集まった人々から
どよめきと拍手が沸き起こった。それは、単なる技術的な偉業の達成だけでなく
日米の協力によって、不可能が可能になったことを象徴する出来事であった。
太平洋へと出た大和は、一路、西へと針路を取った。
彼女は、単独で行動するわけではなかった。
既に太平洋に展開していた米海軍の主力艦隊へと合流するためであった。
数日後、水平線の彼方に、巨大な艦影が姿を現した。
それは、戦艦部隊の旗艦であるアイオワ級戦艦「ミズーリ」
そしてその姉妹艦である「ニュージャージー」であった。
彼らこそ、第二次世界大戦で日本の戦艦と死闘を繰り広げ
数々の伝説を残した米海軍の誇る主力艦である。
ミズーリの甲板では、日本の降伏文書調印式が行われ
太平洋戦争の終結を象徴する艦となっていた。
そして今、かつての宿敵同士が、同じ旗の下に集結するという
歴史的な、そしてある意味で奇妙な光景が繰り広げられたのである。
ミズーリとニュージャージーの乗組員たちは、地平線から現れる大和の巨大な姿に、驚嘆の声を上げた。彼らは、戦後、大和がスクラップにされると聞いていたため、その再稼働と、自らの艦隊への合流は、まさに青天の霹靂であった。
「信じられん…あれがヤマトか…!」
「まさか、俺たちがヤマトと一緒に戦う日が来るとはな…」
彼らの間には、かつての敵への畏敬の念と
今、その圧倒的な火力を味方につけられることへの期待が入り混じっていた。
大和は、ミズーリとニュージャージーの間に整然と隊形を組み
艦隊の一員となった。その巨体は、他のアイオワ級戦艦と比較しても
一回りも二回りも大きく見え、その存在感は群を抜いていた。
徳永栄一は、大和の艦橋から、ミズーリの姿をじっと見つめていた。
その艦上には、かつて戦争を終わらせたという歴史的な重みが刻まれている。
そして今、大和は、そのミズーリと共に、新たな戦争の舞台へと向かおうとしている。
彼の心には、言葉にできない感情が渦巻いていた。
これは、日本の敗戦国の宿命なのか。
それとも、大和に与えられた、新たな役割なのか。
冷たい太平洋の波を蹴立て、大和は米海軍の主力艦隊と共に
戦火に包まれた朝鮮半島沖へと、その巨体を推し進めていく。
彼女の砲門は、今、新たな標的を見据えていた。
それは、歴史の大きな転換点であり、大和の新たな伝説が始まる瞬間でもあった。
かつてないほどの興奮と期待に包まれていた。
冬の冷たい風が吹き荒れる中、数千人の造船所職員
海軍将兵、そして報道関係者(厳重な検閲のもとで許可されたごく一部だが)が
歴史的な瞬間を目撃するため、岸壁に詰めかけていた。
彼らの視線の先には、徹底的な改修を終え
まるで今しがた建造されたかのように真新しいペンキで覆われた戦艦大和の巨体が
威容を誇るかのように浮かんでいた。錆一つなく磨き上げられた船体は
夜明け前の薄明かりを反射し、漆黒の海面にその巨大な影を落としていた。
午前6時、号令と共に、大和を支えていた最後の巨大な支持材が外された。
軋むような音と共に、戦艦はわずかに揺れ、そしてゆっくりと
しかし確実に、乾ドックの底から満ちてくる海水の中へとその巨体を沈め始めた。
水面に波紋が広がり、艦底が水に触れるたびに
歓声ともため息ともつかないざわめきが起こった。
巨大な船体が徐々に浮力を得ていく様は、まるで深海の眠りから覚め
息を吹き返した古代の怪獣のようであった。
この光景は、単なる船舶の進水式ではなかった。
それは、第二次世界大戦の終結からわずか5年という短い期間を経て
人類が再び、過去の遺物を新たな戦争の道具として呼び覚ますという
歴史の複雑な皮肉を象徴していた。
大和は、かつて日本の技術と国威の結晶として建造され
その最期は日本の敗戦を象徴する悲劇であった。
しかし今、彼女は米国の旗の下、全く異なる目的のために蘇ったのだ。
大和のマストには、かつての日本の旭日旗ではなく
鮮やかな星条旗が堂々と翻っていた。その星条旗は
朝日に照らされ、強い風を受けて大きくはためいていた。
それは、過去と現在、そして日米の複雑な関係を象徴するかのようだった。
この旗は、単なる国籍を示すシンボル以上の意味を持っていた。
徳永栄一をはじめとする日本人乗組員たちにとって
それは複雑な感情を呼び起こすものであった。
彼らは、かつて命を賭けて旭日旗の下で戦った。
その旗が、今、異なる国の象徴に置き換わっていることに
ある者は屈辱を感じ、ある者は諦念を抱き、またある者は
この旗の下で新たな使命を果たすことへの奇妙な覚悟を抱いていた。
有賀幸作元大佐は、静かにその星条旗を見上げていた。
彼の脳裏には、かつて大和の艦長として、この艦に旭日旗を掲げ
兵士たちを鼓舞した日々が去来していたことだろう。
しかし、彼の表情は硬く、その心中を窺い知ることはできなかった。
一方、米海軍の将兵たちにとっては、星条旗を掲げた大和の姿は
勝利と希望の象徴であった。彼らにとって、大和はもはや「敵艦」ではなく
共産主義の脅威から自由世界を守るための、強力な「味方」であった。
この巨艦が自国の旗を掲げて戦場に赴くことは
彼らの士気を高め、来るべき戦いへの自信を与えた。
艦橋の上には、最新鋭のレーダーアンテナが音もなく回転し
強力な通信アンテナが空に向かって伸びていた。大和が建造された当時
世界最高峰であった光学照準器や旧式の無線機は
すべて取り外され、アメリカの最先端技術に置き換えられていた。
大和は、その外見こそ変わらないものの、内部では完全に
「アメリカの戦艦」として生まれ変わっていたのである。
この変化は、日米の技術と文化の融合を具現化したものであり
その指揮を執るパーカー少佐と徳永中尉の存在が、それを何よりも強く物語っていた。
乾ドックからの進水を終えた大和は、タグボートに曳かれ
ポーツマス軍港をゆっくりと離れていった。
その巨大な船体が港の狭い水路を通過する際には
岸壁で見守る人々から再び歓声が上がった。それは、歴史に残る出港の瞬間であった。
大和の次の目的地は、太平洋であった。
そのためには、大西洋と太平洋を結ぶ唯一の海上ルートである
パナマ運河を通過する必要があった。しかし、ここにも大きな問題があった。
大和は、その建造段階から、世界の主要な運河の幅員を考慮せず
「運河通過不可能」なサイズで設計されていたのだ。
太平洋戦争中の米軍の報告書でも
「ヤマト級戦艦はパナマ運河を通過できないため
太平洋と大西洋間での移動は極めて困難」とされていた。
大和の最大幅は38.9メートルであり
当時のパナマ運河の閘門の幅員は33.5メートルしかなかった。
しかし、朝鮮戦争の勃発と大和の再利用計画は、この常識を覆した。
実は、パナマ運河では、第二次世界大戦中から
老朽化した既存の閘門の補修と、より大型の艦船に対応するための
「拡張工事」が計画され、一部で着手されていたのである。
この工事は、戦後の軍縮期に一時中断されていたものの
朝鮮戦争の勃発と、大和の緊急運用という事態を受け
急遽再開され、突貫工事で完了させられたのだ。
米軍工兵隊は、信じられないほどの速さで工事を再開し
既存の閘門の一部を解体して幅員を広げる作業を行った。
大量の重機が投入され、昼夜を問わず作業が行われた。
工事の責任者である米陸軍工兵隊のジョン・ミラー大佐は
連日、マッカーサー司令官からの厳しい督促を受けていた。
「ミラー、ヤマトの通過はいつになる? 戦場は待ってくれない!」
彼は、通常の数倍のペースで工事を進め
ついに大和が通過できるだけの幅員を確保することに成功したのである。
それは、まさに国家の総力を挙げたプロジェクトであった。
大和は、米海軍の最新鋭護衛艦艇、駆逐艦数隻と護衛空母を伴い
厳重な警備の下で大西洋を横断した。広大な海原を航行する大和の姿は
まさに「海の要塞」と呼ぶにふさわしく、その圧倒的な存在感は
見る者すべてを圧倒した。やがて、パナマ運河の入り口に到達した大和は
その巨大な船体をゆっくりと閘門へと滑り込ませた。
閘門を通過する際には、寸分の隙間もないほどの緊張感が走った。
船体が壁に接触しないよう、経験豊富なパナマ運河庁のパイロットと
大和の日本人操艦員が綿密に連携し、まるで巨大なパズルを解くかのように
慎重に、そして正確に操艦を行った。
両舷には、船体が壁に擦れるのを防ぐための巨大なゴム製フェンダーが幾重にも設置され
曳船が慎重に位置を調整した。
水が満たされ、大和の巨体がゆっくりと上昇していく。
その瞬間は、運河庁の職員にとっても、歴史的な光景であった。
誰もが、これほどの巨大な船が、わずかに拡張されたとはいえ
この運河を通過できるとは信じていなかったからだ。
そして、最終的に大和は、無事に全ての閘門を通過し
太平洋へと姿を現した。その瞬間、運河の両岸に集まった人々から
どよめきと拍手が沸き起こった。それは、単なる技術的な偉業の達成だけでなく
日米の協力によって、不可能が可能になったことを象徴する出来事であった。
太平洋へと出た大和は、一路、西へと針路を取った。
彼女は、単独で行動するわけではなかった。
既に太平洋に展開していた米海軍の主力艦隊へと合流するためであった。
数日後、水平線の彼方に、巨大な艦影が姿を現した。
それは、戦艦部隊の旗艦であるアイオワ級戦艦「ミズーリ」
そしてその姉妹艦である「ニュージャージー」であった。
彼らこそ、第二次世界大戦で日本の戦艦と死闘を繰り広げ
数々の伝説を残した米海軍の誇る主力艦である。
ミズーリの甲板では、日本の降伏文書調印式が行われ
太平洋戦争の終結を象徴する艦となっていた。
そして今、かつての宿敵同士が、同じ旗の下に集結するという
歴史的な、そしてある意味で奇妙な光景が繰り広げられたのである。
ミズーリとニュージャージーの乗組員たちは、地平線から現れる大和の巨大な姿に、驚嘆の声を上げた。彼らは、戦後、大和がスクラップにされると聞いていたため、その再稼働と、自らの艦隊への合流は、まさに青天の霹靂であった。
「信じられん…あれがヤマトか…!」
「まさか、俺たちがヤマトと一緒に戦う日が来るとはな…」
彼らの間には、かつての敵への畏敬の念と
今、その圧倒的な火力を味方につけられることへの期待が入り混じっていた。
大和は、ミズーリとニュージャージーの間に整然と隊形を組み
艦隊の一員となった。その巨体は、他のアイオワ級戦艦と比較しても
一回りも二回りも大きく見え、その存在感は群を抜いていた。
徳永栄一は、大和の艦橋から、ミズーリの姿をじっと見つめていた。
その艦上には、かつて戦争を終わらせたという歴史的な重みが刻まれている。
そして今、大和は、そのミズーリと共に、新たな戦争の舞台へと向かおうとしている。
彼の心には、言葉にできない感情が渦巻いていた。
これは、日本の敗戦国の宿命なのか。
それとも、大和に与えられた、新たな役割なのか。
冷たい太平洋の波を蹴立て、大和は米海軍の主力艦隊と共に
戦火に包まれた朝鮮半島沖へと、その巨体を推し進めていく。
彼女の砲門は、今、新たな標的を見据えていた。
それは、歴史の大きな転換点であり、大和の新たな伝説が始まる瞬間でもあった。
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