試製陣風戦闘機隊

みにみ

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幽霊戦闘機隊

爆戦任務

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1945年2月上旬、第382海軍航空隊(陣風隊)の
秘匿飛行場は、かつてない緊張感に包まれていた。

「彩雲」による航空偵察と無線傍受は
米軍の航空戦力が完全に変貌したことを示していた。
もはやルソン島上空を飛ぶP-51DやF4Uは、以前のルーズな哨戒機ではない。
彼らは、極めてタイトな防御隊形を組み、相互に支援射撃を徹底し
さらに欧州戦線の高速機対策のエースを擁する
「第117迎撃戦隊」が投入されたという情報も入手していた。

横尾 一 飛曹長は、司令部の地下壕で神崎 猛 少尉と向かい合っていた。

「神崎、敵は我々の戦法を完全に読み切った。
 特にあの『第117戦隊』は厄介だ。奴らの動きは、従来の米軍機とは異質だ。
 我々の一撃離脱を待ち伏せし、高速での正面攻撃(ヘッド・オン)を仕掛けてくる。
 陣風の速度をもってしても、奴らの集中火力と
 P-51Dの高高度性能の優位性を打ち破るのは、多大な消耗を強いられる。」

神崎少尉も頷いた。
「ええ。我々が最も避けなければならないのは、搭乗員の消耗です。
 この6機体制を崩せば、もう二度とルソンの制空権は回復できません。
 敵は我々を空に引きずり出すことで、その数を減らそうとしている。」

陣風隊に残された選択肢は少なかった。
米軍が最も警戒態勢にあるこの時期に、空対空戦闘を挑むのは賢明ではなかった。

横尾は、地図に示されたルソン島中央部の米軍地上部隊の展開図に目を移した。
米軍は、ルソン島中心部への物資と兵員の集中を進めており
日本軍の抵抗拠点への総攻撃の準備を整えつつあった。

「我々は空の任務を一時的に放棄する。我々の目標は
 『戦闘を持続させるための時間稼ぎ』だ。
 そして、今、最も効果的に時間を稼げる場所は、地上にある。」

横尾は、一つの決断を下した。


陣風は、元来、迎撃戦闘機として設計された機体であり
対地攻撃能力は二次的なものであった。
しかし、その強力なエンジンと堅牢な機体構造は、爆弾搭載能力を持つことを可能にしていた。

横尾飛曹長は、隊員全員に新たな任務を伝達した。

「本日より、我々は戦闘爆撃隊となる。目標は
 ルソン島中央山脈を迂回して進撃中の米軍物資集積所と、主要な兵站道路の破壊だ。」

隊員たちは驚きを隠せなかった。陣風隊の最大の目的は
制空権の回復であり、地上攻撃は本来の任務ではないからだ。

「しかし、飛曹長! 陣風に爆弾を積めば
 速度と機動性が大きく低下します。空で敵機に遭遇したら…」
若手の二飛曹が不安げに尋ねた。

横尾は、強い眼差しで彼を制した。

「そうだ。だからこそ、敵が空に最も集中している今、我々は地上を襲う。
 爆弾投下後の離脱速度は、依然として米軍機を凌駕する。
 空対空戦闘は避ける。これが、我々が生き残り、戦い続けるための新たな戦術だ。」

爆装陣風の要目

武装:20mm機銃 × 6(着発破砕榴弾)、13.2mm機銃 × 2(徹甲焼夷弾)
爆弾:翼下懸吊装置に二十五番対地爆弾(250kg) × 2発。

250kg爆弾は、米軍のトラック隊列や
非装甲の物資集積所に対しては、致命的な破壊力を発揮する。

爆装を施された陣風は、その外見を一変させた。
翼下にぶら下がる二つの巨大な爆弾は、戦闘機の持つスマートさを奪い
「最後の抵抗者」としての重々しい威圧感を放っていた。


1945年2月4日未明。

陣風隊6機は、25番対地爆弾を搭載し
暗闇の中、ルソン島北部の秘匿飛行場を離陸した。

彼らの飛行ルートは、極めて危険なものだった。
山間部の超低空を縫うように進み、米軍のレーダーと哨戒網を回避しなければならない。
陣風の高性能は、爆弾を搭載した状態でも、低空での高速飛行を可能にした。

「全機、高度50メートル以下を維持しろ! 山の陰を使い、敵の目から逃れろ!」

横尾飛曹長は、陣風の操縦桿を強く握りしめた。
爆弾搭載による機体の挙動の変化は大きかったが
搭乗員たちの高い練度がそれをカバーした。
彼らは、低空の気流の乱れを物ともせず、山肌スレスレを高速で通過していった。

目標地点は、ルソン島中央部、バギオとマニラを結ぶ主要道路沿いにある
米軍の燃料集積所と補給部隊の野営地。ここを叩けば、米軍の進撃は数日は遅れるはずだった。

夜明け前、陣風隊は目標上空に到達した。

地表には、無数のトラックが停車し、野営地からは微かな灯りが漏れていた。
米軍地上部隊は、空の支配権が確保されているため
まさかこの低空から日本軍機が襲来するとは夢にも思っていなかった。
彼らの警戒は、地上からの奇襲、あるいは高空からの爆撃にのみ向けられていた。


「攻撃開始!」

横尾飛曹長の号令とともに、陣風隊は目標に向けて一斉に降下した。
機体は急降下しながら、25番爆弾を投下する最適な角度を探る。

神崎少尉は、米軍の燃料タンクが並ぶ集積所を狙った。
彼は、機体を地表ギリギリまで引きつけ、機銃と爆弾の命中精度を最大にする。

ドォオォン!

神崎機の投下した25番爆弾2発は、燃料タンクの群れの中央に着弾した。
爆発とともに、集積所全体が巨大な火柱に包まれた。
引火した燃料は連鎖的に爆発し、凄まじい轟音とともに炎が夜空を焦がした。

「目標命中! 弾着を確認! 爆弾倉を離脱!」

他の陣風も、トラック隊列や野営地の幕舎に向けて爆弾を投下した。

横尾機の投下した爆弾は、通信施設のトラック隊列に直撃。
爆発により、通信機材と人員が瞬時に吹き飛んだ。

竹中機の爆弾は、野営地の中央にある将校クラスの幕舎群を破壊。

地上は、一瞬にして地獄絵図と化した。爆発の轟音、炎上する燃料
そして米兵たちの悲鳴が入り混じる。
米軍は全くの不意を突かれ、反撃の暇すら与えられなかった。

爆弾投下を終えた陣風隊は、すぐに機体を立て直し
最高速力で低空を離脱した。彼らの翼下の懸吊装置は軽くなり
陣風は再び「高速の翼」へと戻っていた。


米軍地上部隊が混乱から立ち直り、対空砲火を開始した時には
陣風隊はすでに遥か遠く、山脈の影に消え去ろうとしていた。

この混乱の中、タクロバン基地の米軍司令部は、ルソン島中心部からの
「日本軍戦闘機による低空奇襲」の報告に、再び大きな衝撃を受けていた。
彼らの全ての警戒は高空の迎撃戦闘機に集中しており
この低空からの奇襲は、まさに「想定外」の行動であった。

米軍は、夜間に緊急発進したP-61「ブラックウィドウ」夜間戦闘機による
追撃を試みたが、陣風の低空での高速離脱性能
そして山脈の複雑な地形を熟知した操縦技術の前に、その試みは失敗に終わった。


夜明け前、陣風隊は再び秘匿飛行場へと帰還し全員が安堵の息を漏らした。
空対空戦闘での消耗を避け、地上で大きな戦果を挙げたことに、隊員たちの士気は高まっていた。

「全員、無事帰還! 爆弾投下、全て成功!」
横尾飛曹長は、疲労の色を見せながらも、満足げに神崎少尉に報告した。

「神崎、着発破砕榴弾ではなく、25番爆弾で
我々は敵の進撃を確実に遅らせることができた。
 彼らは、我々が地上攻撃にまで手を出すとは、夢にも思っていなかっただろう。」

神崎は、爆弾投下後の機体整備の指示を出しながら答えた。

「ええ。ですが、この戦術は長くは使えません。
 敵は必ず、地上部隊への警備を強化し、低空での哨戒も開始するでしょう。
 特に第117戦隊は、我々の『空対空戦闘の回避』を
 『燃料または弾薬の不足』と解釈し、空での攻勢を強めてくるはずです。」

横尾は、ルソン島の地図上の、爆撃によって生じた火災の目印を指差した。

「その通りだ。しかし、この数日の遅延は大きい。
 この間に、我々は奴らの戦術の弱点を突く、新たな空対空戦術を練り上げる。
 我々は、空の王座を再び目指す。だが、その前に…」

横尾は、地図上の米軍の新たな物資集積所となりそうな、次の候補地を指でなぞった。

「…もう一度、彼らの頭上に『最後の翼、地を穿つ』恐怖を植え付けてやる。」

陣風隊は、空での戦いを避けることで、自らの生存を優先し
そして地上攻撃によって米軍の戦力を削るという
極めて現実的かつ巧妙な戦略を実行に移した。
彼らの行動は、ルソン島陥落までの数ヶ月間
米軍にとって常に予期せぬ脅威であり続けることを証明したのだった。
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