2 / 77
第1章
第2話
しおりを挟む
授業は上の空。全然頭に入ってこない。
休み時間になると、私は直ぐに深雪の席へ向かった。なのに、彼女はいつも通りで、いつも通りの会話しかしない。
私は笑いながら、相槌を打つ。
違う。そんな話を聞きたい訳じゃない。手紙の話を聞きたいのに、彼女は一言もそれに触れようとしない。
気にしていることを悟られたくないくせに、今の私の気持ちを分かってくれない深雪に対して、私は憤りを覚えている。
本当――私は最低だと思う。
* * *
休み時間も、一緒にお弁当を食べる時も、彼女は手紙について何も喋らなかった。
午後の授業を受けながら、あの手紙はただの悪戯だったのだと、そう思った。
――そう、思い込もうとしたんだ。
* * *
事態が動いたのは放課後になってから。
深雪は手を合わせ、私に謝罪する。
その姿を見て、私の心はささくれた。
「奈々ちゃん、ゴメンね。私、今日は用事があるから、先に帰って貰ってもいいかな?」
「何かあった?」
私は笑顔を作る。引き攣っていなければいいのだが。
「いや――その、全然たいしたことじゃないから、気にしないでね!」
深雪は顔を赤くし、焦ったように手を振る彼女の可愛さに、抱きしめたくなる愛おしさと、私ではない誰かを選んだ彼女への苛立ちが混ざり合う。
それは溶け切らず、心のしこりとなる。
――たいしたことない用事なら、そんなの放り投げて、私と帰ればいい。
もしもそれを断るのなら、私の存在はそれ以下ってことだ。
「分かった。じゃあ、先に帰ってるから」
そう言って、私は多分、笑えているはずだ。
私は彼女のことをよく知っている。彼女を待つことも、引き留めることも、彼女を困らせるだけ。
深雪は、ほっとしたように笑う。
「奈々ちゃん、それじゃあ、気を付けて帰ってね」
そう言って、深雪は手を振って私から離れていく。
私は今すぐ彼女を追いかけ、彼女を抱きしめ、彼女に伝える。
あなたが好きだと――そんな、夢想。
私は彼女を追いかけるどころか、彼女を待つこともできずに、一人で帰宅することにした。
* * *
放課後の校舎を出ると、空は次第に茜色に染まり始めている。
足元の小石や落ち葉がかすかに音を立て、風が頬を撫でるたび、苛立ちが募った。
学園を出て続く坂道の脇には、神社の境内に佇む小さな祠がある。
その石造りの扉は、風雨に耐えた刻印を見せ、散り敷かれた桜の花びらが、かつての春の日の記憶を呼び覚ます。
どこか薄暗く、静寂な場所。
参拝客など、見たこともない。
ここは――人の魂が集う場所と言われている。
死と生の狭間。
だから昔、ここで祈った。
それは――遠い、過去のお話。
散った桜に囲われた摂社を眺める。
誰の声も聞こえない。
それは、当たり前のこと。
ほんの少しだけ、目を閉じる。
そうして、この場所を後にした。
* * *
一人で帰るのは、凄く久しぶりかもしれない。
深雪は昔から体調を崩しやすい。学校を休むことは多いが、最近は落ち着いていた。
見慣れたはずの帰り道が、一人だととても異質なものに見える。
いつも楽しかった帰り道が、こんなにも長く――こんなにも退屈なものとなってしまう。
深雪はどうなのだろう?
一人で帰っても、何も思わないのだろうか?
いつも切らないスマホの電源を落としている。でもすぐ気になって、再び電源を入れてしまう。
そして、深雪からの連絡がなくて落胆する。それが嫌だから電源を切るのに、気になって仕方がない。
告白の連絡なんて聞きたくもないのに、早く聞きたくて仕方がない。私の心はいつだって矛盾している。
* * *
いつも帰りにはスーパーに寄って、買い出しをしている。
だけど、今日は正直――そんな気分じゃない。
面倒くさいが、居候には――。
『今日、晩御飯ないから』
――と、スマホで簡潔な文字だけ転送した。
* * *
2m以上の塀垣に沿って歩き、屋根付きの門を潜った。
私の住んでいる場所は家――と言うよりは屋敷と呼んだほうが正しい。
平屋だが、無駄に広い。庭園もあり、管理するのがかなり大変だ。
これだけ大きい屋敷に住んでいると、大金持ちだと勘違いする奴がいる。
しかし、全くもってそんなことはない。
今の生活水準を考えるのならば、ここから出ていく方がいいのかもしれない。だけど、この屋敷は祖母が私に残してくれたもの。
簡単には捨てられない。
それに、ここのお屋敷にはたくさんの宝物がつまっている。
手に触れることのできない――私だけの宝物が、ここにはたくさんある。
* * *
屋敷に帰ると、広々とした玄関ホールには、朝の名残が消え、木目の温かみが消えていた。
ホールを抜け、縁側の廊下を歩き、一番奥にある障子戸を開け、自分の部屋の中へと入った。
深いため息を吐く。
そして――私は恐る恐るスマホの電源を入れた。連絡の通知が来ている――が、それは同居人からだ。私は当然、落胆した。
しかも、悲しみを表す顔文字を見た時には――正直、スマホを床へ叩きつけたい気分となる。
――深雪からの連絡はまだない。
私は布団の中にスマホを投げ入れ、部屋から出た。
こんな面倒くさい女、はたして誰が好きになるというのか。
私だったら絶対、好きにならない。そんなことは自分が一番よく分かっている。
* * *
居間でテレビを眺め、カップラーメンを啜る。
テレビの向こう側では、皆が笑っている。
しかし、私は笑えそうにない。
時計を確認した。
スマホを確認してから一時間以上が経過している。
私は我慢できずに部屋へと向かった。
布団を退け、スマホを確認する。
深雪から連絡が来ている。早く見たいと思う気持ちと、確認することへの恐れもある。
だが私は、通知を開いた。
30分以上前であることを確認し、私はメッセージを開く。
私は1回目の返信をするとき、必ず30分以上後と決めている。それは何故か――そんなの決まっている。だってすぐに返事を返してしまえば、気があると思われる――というアホな理由からだ。
私と比べて、深雪は直ぐに返信をする。それは私に気があるからではなく、全く意識していないからだ。
私はそう、認識している。
『新しい友達が出来たよ』
深雪からのメッセージ。
今の感情を、どう表現すればいい?
ただ、時が止まった。
ずっと二人だけの世界に、誰かが入ってくる。
それは――本当に、ただの友達?
私は結局、メッセージに返信が出来ないまま今日を終えた。
休み時間になると、私は直ぐに深雪の席へ向かった。なのに、彼女はいつも通りで、いつも通りの会話しかしない。
私は笑いながら、相槌を打つ。
違う。そんな話を聞きたい訳じゃない。手紙の話を聞きたいのに、彼女は一言もそれに触れようとしない。
気にしていることを悟られたくないくせに、今の私の気持ちを分かってくれない深雪に対して、私は憤りを覚えている。
本当――私は最低だと思う。
* * *
休み時間も、一緒にお弁当を食べる時も、彼女は手紙について何も喋らなかった。
午後の授業を受けながら、あの手紙はただの悪戯だったのだと、そう思った。
――そう、思い込もうとしたんだ。
* * *
事態が動いたのは放課後になってから。
深雪は手を合わせ、私に謝罪する。
その姿を見て、私の心はささくれた。
「奈々ちゃん、ゴメンね。私、今日は用事があるから、先に帰って貰ってもいいかな?」
「何かあった?」
私は笑顔を作る。引き攣っていなければいいのだが。
「いや――その、全然たいしたことじゃないから、気にしないでね!」
深雪は顔を赤くし、焦ったように手を振る彼女の可愛さに、抱きしめたくなる愛おしさと、私ではない誰かを選んだ彼女への苛立ちが混ざり合う。
それは溶け切らず、心のしこりとなる。
――たいしたことない用事なら、そんなの放り投げて、私と帰ればいい。
もしもそれを断るのなら、私の存在はそれ以下ってことだ。
「分かった。じゃあ、先に帰ってるから」
そう言って、私は多分、笑えているはずだ。
私は彼女のことをよく知っている。彼女を待つことも、引き留めることも、彼女を困らせるだけ。
深雪は、ほっとしたように笑う。
「奈々ちゃん、それじゃあ、気を付けて帰ってね」
そう言って、深雪は手を振って私から離れていく。
私は今すぐ彼女を追いかけ、彼女を抱きしめ、彼女に伝える。
あなたが好きだと――そんな、夢想。
私は彼女を追いかけるどころか、彼女を待つこともできずに、一人で帰宅することにした。
* * *
放課後の校舎を出ると、空は次第に茜色に染まり始めている。
足元の小石や落ち葉がかすかに音を立て、風が頬を撫でるたび、苛立ちが募った。
学園を出て続く坂道の脇には、神社の境内に佇む小さな祠がある。
その石造りの扉は、風雨に耐えた刻印を見せ、散り敷かれた桜の花びらが、かつての春の日の記憶を呼び覚ます。
どこか薄暗く、静寂な場所。
参拝客など、見たこともない。
ここは――人の魂が集う場所と言われている。
死と生の狭間。
だから昔、ここで祈った。
それは――遠い、過去のお話。
散った桜に囲われた摂社を眺める。
誰の声も聞こえない。
それは、当たり前のこと。
ほんの少しだけ、目を閉じる。
そうして、この場所を後にした。
* * *
一人で帰るのは、凄く久しぶりかもしれない。
深雪は昔から体調を崩しやすい。学校を休むことは多いが、最近は落ち着いていた。
見慣れたはずの帰り道が、一人だととても異質なものに見える。
いつも楽しかった帰り道が、こんなにも長く――こんなにも退屈なものとなってしまう。
深雪はどうなのだろう?
一人で帰っても、何も思わないのだろうか?
いつも切らないスマホの電源を落としている。でもすぐ気になって、再び電源を入れてしまう。
そして、深雪からの連絡がなくて落胆する。それが嫌だから電源を切るのに、気になって仕方がない。
告白の連絡なんて聞きたくもないのに、早く聞きたくて仕方がない。私の心はいつだって矛盾している。
* * *
いつも帰りにはスーパーに寄って、買い出しをしている。
だけど、今日は正直――そんな気分じゃない。
面倒くさいが、居候には――。
『今日、晩御飯ないから』
――と、スマホで簡潔な文字だけ転送した。
* * *
2m以上の塀垣に沿って歩き、屋根付きの門を潜った。
私の住んでいる場所は家――と言うよりは屋敷と呼んだほうが正しい。
平屋だが、無駄に広い。庭園もあり、管理するのがかなり大変だ。
これだけ大きい屋敷に住んでいると、大金持ちだと勘違いする奴がいる。
しかし、全くもってそんなことはない。
今の生活水準を考えるのならば、ここから出ていく方がいいのかもしれない。だけど、この屋敷は祖母が私に残してくれたもの。
簡単には捨てられない。
それに、ここのお屋敷にはたくさんの宝物がつまっている。
手に触れることのできない――私だけの宝物が、ここにはたくさんある。
* * *
屋敷に帰ると、広々とした玄関ホールには、朝の名残が消え、木目の温かみが消えていた。
ホールを抜け、縁側の廊下を歩き、一番奥にある障子戸を開け、自分の部屋の中へと入った。
深いため息を吐く。
そして――私は恐る恐るスマホの電源を入れた。連絡の通知が来ている――が、それは同居人からだ。私は当然、落胆した。
しかも、悲しみを表す顔文字を見た時には――正直、スマホを床へ叩きつけたい気分となる。
――深雪からの連絡はまだない。
私は布団の中にスマホを投げ入れ、部屋から出た。
こんな面倒くさい女、はたして誰が好きになるというのか。
私だったら絶対、好きにならない。そんなことは自分が一番よく分かっている。
* * *
居間でテレビを眺め、カップラーメンを啜る。
テレビの向こう側では、皆が笑っている。
しかし、私は笑えそうにない。
時計を確認した。
スマホを確認してから一時間以上が経過している。
私は我慢できずに部屋へと向かった。
布団を退け、スマホを確認する。
深雪から連絡が来ている。早く見たいと思う気持ちと、確認することへの恐れもある。
だが私は、通知を開いた。
30分以上前であることを確認し、私はメッセージを開く。
私は1回目の返信をするとき、必ず30分以上後と決めている。それは何故か――そんなの決まっている。だってすぐに返事を返してしまえば、気があると思われる――というアホな理由からだ。
私と比べて、深雪は直ぐに返信をする。それは私に気があるからではなく、全く意識していないからだ。
私はそう、認識している。
『新しい友達が出来たよ』
深雪からのメッセージ。
今の感情を、どう表現すればいい?
ただ、時が止まった。
ずっと二人だけの世界に、誰かが入ってくる。
それは――本当に、ただの友達?
私は結局、メッセージに返信が出来ないまま今日を終えた。
10
あなたにおすすめの小説
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
負けヒロインに花束を!
遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。
葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。
その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。
【完結】好きって言ってないのに、なぜか学園中にバレてる件。
東野あさひ
恋愛
「好きって言ってないのに、なんでバレてるんだよ!?」
──平凡な男子高校生・真嶋蒼汰の一言から、すべての誤解が始まった。
購買で「好きなパンは?」と聞かれ、「好きです!」と答えただけ。
それなのにStarChat(学園SNS)では“告白事件”として炎上、
いつの間にか“七瀬ひよりと両想い”扱いに!?
否定しても、弁解しても、誤解はどんどん拡散。
気づけば――“誤解”が、少しずつ“恋”に変わっていく。
ツンデレ男子×天然ヒロインが織りなす、SNS時代の爆笑すれ違いラブコメ!
最後は笑って、ちょっと泣ける。
#誤解が本当の恋になる瞬間、あなたもきっとトレンド入り。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる