幼馴染の少女に触れたくても触れられない私は代わりに彼女を求めた……キスをしたのもそんな目で私を見上げるあんたのせいなんだよ

tataku

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第1章

第2話

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 授業は上の空。全然頭に入ってこない。

 休み時間になると、私は直ぐに深雪の席へ向かった。なのに、彼女はいつも通りで、いつも通りの会話しかしない。
 
 私は笑いながら、相槌を打つ。
 
 違う。そんな話を聞きたい訳じゃない。手紙の話を聞きたいのに、彼女は一言もそれに触れようとしない。

 気にしていることを悟られたくないくせに、今の私の気持ちを分かってくれない深雪に対して、私は憤りを覚えている。

 本当――私は最低だと思う。

 
  * * *
 
 
 休み時間も、一緒にお弁当を食べる時も、彼女は手紙について何も喋らなかった。
 
 午後の授業を受けながら、あの手紙はただの悪戯だったのだと、そう思った。

 ――そう、思い込もうとしたんだ。

 
 * * *

 
 事態が動いたのは放課後になってから。

 深雪は手を合わせ、私に謝罪する。

 その姿を見て、私の心はささくれた。

「奈々ちゃん、ゴメンね。私、今日は用事があるから、先に帰って貰ってもいいかな?」
「何かあった?」

 私は笑顔を作る。引き攣っていなければいいのだが。

「いや――その、全然たいしたことじゃないから、気にしないでね!」

 深雪は顔を赤くし、焦ったように手を振る彼女の可愛さに、抱きしめたくなる愛おしさと、私ではない誰かを選んだ彼女への苛立ちが混ざり合う。

 それは溶け切らず、心のしこりとなる。

 ――たいしたことない用事なら、そんなの放り投げて、私と帰ればいい。

 もしもそれを断るのなら、私の存在はそれ以下ってことだ。

「分かった。じゃあ、先に帰ってるから」

 そう言って、私は多分、笑えているはずだ。

 私は彼女のことをよく知っている。彼女を待つことも、引き留めることも、彼女を困らせるだけ。

 深雪は、ほっとしたように笑う。

「奈々ちゃん、それじゃあ、気を付けて帰ってね」

 そう言って、深雪は手を振って私から離れていく。

 私は今すぐ彼女を追いかけ、彼女を抱きしめ、彼女に伝える。

 あなたが好きだと――そんな、夢想。
 
 私は彼女を追いかけるどころか、彼女を待つこともできずに、一人で帰宅することにした。

 
 * * *

 
 放課後の校舎を出ると、空は次第に茜色に染まり始めている。

 足元の小石や落ち葉がかすかに音を立て、風が頬を撫でるたび、苛立ちが募った。
 
 学園を出て続く坂道の脇には、神社の境内に佇む小さな祠がある。

 その石造りの扉は、風雨に耐えた刻印を見せ、散り敷かれた桜の花びらが、かつての春の日の記憶を呼び覚ます。

 どこか薄暗く、静寂な場所。

 参拝客など、見たこともない。

 ここは――人の魂が集う場所と言われている。

 死と生の狭間。

 だから昔、ここで祈った。

 それは――遠い、過去のお話。

 散った桜に囲われた摂社を眺める。

 誰の声も聞こえない。

 それは、当たり前のこと。

 ほんの少しだけ、目を閉じる。

 そうして、この場所を後にした。


 * * *
 

 一人で帰るのは、凄く久しぶりかもしれない。
 
 深雪は昔から体調を崩しやすい。学校を休むことは多いが、最近は落ち着いていた。
 
 見慣れたはずの帰り道が、一人だととても異質なものに見える。
 
 いつも楽しかった帰り道が、こんなにも長く――こんなにも退屈なものとなってしまう。

 深雪はどうなのだろう?
 
 一人で帰っても、何も思わないのだろうか?

 いつも切らないスマホの電源を落としている。でもすぐ気になって、再び電源を入れてしまう。
 
 そして、深雪からの連絡がなくて落胆する。それが嫌だから電源を切るのに、気になって仕方がない。
 
 告白の連絡なんて聞きたくもないのに、早く聞きたくて仕方がない。私の心はいつだって矛盾している。
 

 * * *
 
 
 いつも帰りにはスーパーに寄って、買い出しをしている。

 だけど、今日は正直――そんな気分じゃない。

 面倒くさいが、居候には――。

『今日、晩御飯ないから』

 ――と、スマホで簡潔な文字だけ転送した。


 * * *

 
 2m以上の塀垣に沿って歩き、屋根付きの門を潜った。

 私の住んでいる場所は家――と言うよりは屋敷と呼んだほうが正しい。

 平屋だが、無駄に広い。庭園もあり、管理するのがかなり大変だ。

 これだけ大きい屋敷に住んでいると、大金持ちだと勘違いする奴がいる。

 しかし、全くもってそんなことはない。

 今の生活水準を考えるのならば、ここから出ていく方がいいのかもしれない。だけど、この屋敷は祖母が私に残してくれたもの。

 簡単には捨てられない。

 それに、ここのお屋敷にはたくさんの宝物がつまっている。

 手に触れることのできない――私だけの宝物が、ここにはたくさんある。
 

 * * *


 屋敷に帰ると、広々とした玄関ホールには、朝の名残が消え、木目の温かみが消えていた。
 
 ホールを抜け、縁側の廊下を歩き、一番奥にある障子戸を開け、自分の部屋の中へと入った。
  
 深いため息を吐く。
 
 そして――私は恐る恐るスマホの電源を入れた。連絡の通知が来ている――が、それは同居人からだ。私は当然、落胆した。
 
 しかも、悲しみを表す顔文字を見た時には――正直、スマホを床へ叩きつけたい気分となる。
 
 ――深雪からの連絡はまだない。
 
 私は布団の中にスマホを投げ入れ、部屋から出た。

 こんな面倒くさい女、はたして誰が好きになるというのか。
 
 私だったら絶対、好きにならない。そんなことは自分が一番よく分かっている。
 
 
 * * *

 
 居間でテレビを眺め、カップラーメンを啜る。
 
 テレビの向こう側では、皆が笑っている。
 
 しかし、私は笑えそうにない。
 
 時計を確認した。
 
 スマホを確認してから一時間以上が経過している。
 
 私は我慢できずに部屋へと向かった。
 
 布団を退け、スマホを確認する。
 
 深雪から連絡が来ている。早く見たいと思う気持ちと、確認することへの恐れもある。
 
 だが私は、通知を開いた。
 
 30分以上前であることを確認し、私はメッセージを開く。
 
 私は1回目の返信をするとき、必ず30分以上後と決めている。それは何故か――そんなの決まっている。だってすぐに返事を返してしまえば、気があると思われる――というアホな理由からだ。
 
 私と比べて、深雪は直ぐに返信をする。それは私に気があるからではなく、全く意識していないからだ。

 私はそう、認識している。

『新しい友達が出来たよ』

 深雪からのメッセージ。

 今の感情を、どう表現すればいい?

 ただ、時が止まった。

 ずっと二人だけの世界に、誰かが入ってくる。

 それは――本当に、ただの友達?

 私は結局、メッセージに返信が出来ないまま今日を終えた。
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