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4話
アルバートが再び我が家を訪れたのは、それから間もない日の午後だった。
庭には淡い花々が咲き始め、柔らかな風が若葉を揺らしている。彼の提案どおり、私は外套を羽織り、庭園の小径を共に歩いていた。
「少しは眠れているかい?」
並んで歩く彼が、穏やかな声で尋ねる。
「ええ。お気遣い、ありがとうございます」
本当は、夜ごと様々な思いが胸を巡っていた。けれど、不思議と苦しさは以前よりも軽くなっている。
それはきっと――彼がいてくれるから。
そのことを思うだけで、私はもっと楽になれるような気がした。
「シャロン」
名を呼ばれ、足を止める。
振り向くと、アルバートの表情はいつになく真剣だった。いつも柔らかく微笑む彼が、今は迷いのない瞳で私を見つめている。
何を伝えてくるのだろうかと期待してしまう。
「今日は、昔話をしに来たわけじゃない」
胸が高鳴る。
「僕はずっと、後悔していた」
「……後悔?」
「君がデービーと婚約したと聞いたとき、祝福しながらも、心のどこかで思っていたんだ。どうして僕は、一歩踏み出さなかったのだろうって」
思わず息を呑む。
風が止まり、世界が静まり返ったように感じた。
彼が気持ちを正直に打ち明けてくれたことが嬉しかった。
後悔があるなら、同じ失敗は繰り返さないだろう。
彼が気持ちに正直になるのであれば、どのような言葉が出てくるのか、私は期待してしまう。
「僕は、君が好きだ。子どもの頃からずっと」
その言葉は、静かで、けれど揺るぎなかった。
私を見つめる眼差しは真剣だった。
彼の言葉に心が震えた。
「君が笑えば嬉しかったし、泣けば胸が痛んだ。君が他の誰かの隣に立つと聞いたとき……正直に言えば、平静ではいられなかった」
胸の奥が熱くなる。こんな気持ち、初めてかもしれない。
私は、こんなにも真っ直ぐな想いを向けられていたのだ。
「だが、君が選んだのならと身を引いた。けれど今、君は自由だ」
彼は一歩近づき、私の両手をそっと取った。
その手は温かく、震えていない。
「シャロン。僕はもう後悔したくないんだ。だから、僕と婚約してほしい」
まっすぐな求婚。
駆け引きも、疑いもない。ただ誠実な願い。
鼓動が早まる。けれどそれは、不安からではない。胸の奥に広がるのは、穏やかな喜びだった。
私は思い出す。
木から飛び降りたあの日。彼を信じて身を預けた感覚。
あのときと同じだ。
怖さよりも、信じたいという気持ちの方が強い。
「……私で、よろしいのですか?」
思わず、そんな言葉がこぼれた。
「君がいい」
即答だった。迷うことなく、真っすぐに私を求めてくれた。
きっと不安はないのだろう。あるのは私を好きという気持ち。そして私を幸せにするという気持ち。
「強がりで、真面目で、不器用なところも含めて、全部だ」
涙が滲む。
デービーの前では、決して流れなかった涙。
それは悲しみではなく、安堵だった。
今度こそ、私は幸せになれるという確信。
「私は……」
胸に手を当てる。
もう迷いはなかった。
「あなたといると、怖くないのです」
疑われる心配も、試される不安もない。
「自然に笑えます。昔の私に戻れるようで……いえ、今の私を、そのまま受け止めていただける気がするのです」
彼の手を、そっと握り返す。
「アルバート。私と婚約してくださいますか?」
一瞬、彼の瞳が大きく見開かれ、すぐに柔らかな光で満ちた。
「もちろんだ」
次の瞬間、彼は私を静かに抱き寄せた。
あたたかな腕の中で、私は目を閉じる。
ああ――これが、安心というものなのだ。
かつては、愛されようと必死だった。
けれど今は違う。
愛されていると、疑いなく感じられる。
「今度は、僕が受け止める番だ」
耳元で囁かれ、胸が甘く震える。
私はそっと彼の胸に額を預けた。
遠回りをしたのかもしれない。
間違った選択もあった。
けれどそのすべてがあったからこそ、私は気づけたのだ。
信じるだけでは足りない。
信じ合える相手でなければ、意味がないのだと。
庭の花々が、春の光を受けて揺れている。
私はゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。
「これからは、どうか離れないでくださいませ」
「離れるものか」
彼の声は、力強く、そして優しかった。
その瞬間、私は確信する。
この恋は、きっと間違いではない。
今度こそ、私は――幸せになれる。
庭には淡い花々が咲き始め、柔らかな風が若葉を揺らしている。彼の提案どおり、私は外套を羽織り、庭園の小径を共に歩いていた。
「少しは眠れているかい?」
並んで歩く彼が、穏やかな声で尋ねる。
「ええ。お気遣い、ありがとうございます」
本当は、夜ごと様々な思いが胸を巡っていた。けれど、不思議と苦しさは以前よりも軽くなっている。
それはきっと――彼がいてくれるから。
そのことを思うだけで、私はもっと楽になれるような気がした。
「シャロン」
名を呼ばれ、足を止める。
振り向くと、アルバートの表情はいつになく真剣だった。いつも柔らかく微笑む彼が、今は迷いのない瞳で私を見つめている。
何を伝えてくるのだろうかと期待してしまう。
「今日は、昔話をしに来たわけじゃない」
胸が高鳴る。
「僕はずっと、後悔していた」
「……後悔?」
「君がデービーと婚約したと聞いたとき、祝福しながらも、心のどこかで思っていたんだ。どうして僕は、一歩踏み出さなかったのだろうって」
思わず息を呑む。
風が止まり、世界が静まり返ったように感じた。
彼が気持ちを正直に打ち明けてくれたことが嬉しかった。
後悔があるなら、同じ失敗は繰り返さないだろう。
彼が気持ちに正直になるのであれば、どのような言葉が出てくるのか、私は期待してしまう。
「僕は、君が好きだ。子どもの頃からずっと」
その言葉は、静かで、けれど揺るぎなかった。
私を見つめる眼差しは真剣だった。
彼の言葉に心が震えた。
「君が笑えば嬉しかったし、泣けば胸が痛んだ。君が他の誰かの隣に立つと聞いたとき……正直に言えば、平静ではいられなかった」
胸の奥が熱くなる。こんな気持ち、初めてかもしれない。
私は、こんなにも真っ直ぐな想いを向けられていたのだ。
「だが、君が選んだのならと身を引いた。けれど今、君は自由だ」
彼は一歩近づき、私の両手をそっと取った。
その手は温かく、震えていない。
「シャロン。僕はもう後悔したくないんだ。だから、僕と婚約してほしい」
まっすぐな求婚。
駆け引きも、疑いもない。ただ誠実な願い。
鼓動が早まる。けれどそれは、不安からではない。胸の奥に広がるのは、穏やかな喜びだった。
私は思い出す。
木から飛び降りたあの日。彼を信じて身を預けた感覚。
あのときと同じだ。
怖さよりも、信じたいという気持ちの方が強い。
「……私で、よろしいのですか?」
思わず、そんな言葉がこぼれた。
「君がいい」
即答だった。迷うことなく、真っすぐに私を求めてくれた。
きっと不安はないのだろう。あるのは私を好きという気持ち。そして私を幸せにするという気持ち。
「強がりで、真面目で、不器用なところも含めて、全部だ」
涙が滲む。
デービーの前では、決して流れなかった涙。
それは悲しみではなく、安堵だった。
今度こそ、私は幸せになれるという確信。
「私は……」
胸に手を当てる。
もう迷いはなかった。
「あなたといると、怖くないのです」
疑われる心配も、試される不安もない。
「自然に笑えます。昔の私に戻れるようで……いえ、今の私を、そのまま受け止めていただける気がするのです」
彼の手を、そっと握り返す。
「アルバート。私と婚約してくださいますか?」
一瞬、彼の瞳が大きく見開かれ、すぐに柔らかな光で満ちた。
「もちろんだ」
次の瞬間、彼は私を静かに抱き寄せた。
あたたかな腕の中で、私は目を閉じる。
ああ――これが、安心というものなのだ。
かつては、愛されようと必死だった。
けれど今は違う。
愛されていると、疑いなく感じられる。
「今度は、僕が受け止める番だ」
耳元で囁かれ、胸が甘く震える。
私はそっと彼の胸に額を預けた。
遠回りをしたのかもしれない。
間違った選択もあった。
けれどそのすべてがあったからこそ、私は気づけたのだ。
信じるだけでは足りない。
信じ合える相手でなければ、意味がないのだと。
庭の花々が、春の光を受けて揺れている。
私はゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。
「これからは、どうか離れないでくださいませ」
「離れるものか」
彼の声は、力強く、そして優しかった。
その瞬間、私は確信する。
この恋は、きっと間違いではない。
今度こそ、私は――幸せになれる。
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