浮気現場を目撃してしまい、婚約者への気持ちが揺らぎました

南部

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5話

 アルバートと婚約して初めての夜会。

 大広間は煌びやかな光に満ち、絹の衣擦れと笑い声が重なり合っている。けれど今宵、私の胸は不思議なほど静かだった。隣に立つ彼の存在が、何よりの支えになっているから。

「緊張しているかい?」

 アルバートが小さく囁く。

「いいえ。あなたが隣にいてくださいますもの」

 そう答えると、彼は穏やかに微笑んだ。その笑顔を見ているだけで、心が温かくなる。

 視線の先に、鮮やかな紅のドレスが揺れた。

 エイダ。

 彼女はためらいもなく、私たちの前へ歩み出る。

「ごきげんよう、アルバート様。お久しぶりですわ」

 甘やかな声音。まるで何もなかったかのような顔。

「エイダ嬢。今夜はお美しい」

 社交辞令としての挨拶を返すアルバート。その腕に、私はそっと自分の手を重ねる。

 彼女の視線が、私に向けられた。

「シャロン様もお元気そうで。ずいぶんとお早いご婚約ですこと」

「ご心配には及びませんわ」

 私は微笑む。

「ところで、デービー様とはその後いかがなさいましたの?」

 わざとらしく首を傾げると、エイダの眉がぴくりと動いた。

「……何のことかしら?」

「夜会の廊下で、随分と親密にお話しされていたご様子でしたけれど」

 周囲の空気が、わずかに張り詰める。

 エイダは一瞬だけ言葉に詰まり、すぐに高らかに笑った。

「ああ、あれ? 何でもありませんわ。ただの戯れですもの。わたし、あの方には何の興味もありませんの」

 そして、扇子を閉じ、アルバートへ一歩近づく。

「わたしがずっと想っていたのは、あなたですのよ?」

 胸の奥がひやりと冷える。

「シャロン様よりも、わたしのほうが社交界にも通じておりますし、あなたの家にも相応しいはずですわ。どうかお考え直しを」

 堂々とした物言い。

 けれど私は、もう怯えない。

 アルバートが静かに私の手を握る力を強めた。

「エイダ嬢」

 その声は穏やかだが、はっきりとした拒絶を含んでいる。

「僕が愛しているのは、シャロンだ」

 広間のざわめきが、一瞬止んだように感じた。

「彼女の誠実さも、不器用さも、すべてが愛おしい。婚約者に相応しいかどうかを決めるのは、社交界ではない。僕の心だ」

 頬が熱くなる。

 こんなにも公然と、想いを告げてくれるなんて。

 だがエイダは、なおも食い下がる。

「一時の気の迷いですわ。わたしのほうが、あなたを楽しませて差し上げられますのに」

 その言葉に、アルバートの表情がわずかに冷えた。

「婚約者がいる男性と平然と戯れる女性は、お断りだ」

 はっきりとした声音。

「誠実でない人を、僕は信じられない」

 周囲から、くすくすと笑いが漏れる。

「そういえば、デービー様とも……」

「ええ、あの夜会で見ましたわ」

 囁き声が、次第に広がる。

 エイダの頬が紅潮する。

「……くだらない噂ですわ!」

「噂ではない。多くの人が知っている」

 アルバートは淡々と言った。

「僕は、信頼できる人と未来を築きたい」

 その一言が、とどめだった。

 エイダは唇を震わせ、扇子を強く握りしめる。

「勝手になさいませ! わたしの価値が分からないなんて、見る目がないだけですわ!」

 強がる声。けれど視線は揺れている。

 彼女は周囲の嘲笑を振り払うように、足早に広間を去っていった。

 残された私は、静かに息を吐く。

 胸の奥に、澄んだ風が吹き抜けたようだった。

 かつては、彼女の存在に怯えていた。

 奪われるのではないかと、不安で眠れなかった夜もある。

 けれど今は違う。

 隣にいる人は、私を選び、守ると宣言してくれた。

「大丈夫かい?」

 アルバートが優しく尋ねる。

「ええ……とても」

 私は微笑む。

「胸が、すっといたしましたわ」

 それは復讐の快感ではない。

 ただ、正しいものが正しいと示された安堵。

 彼の腕にそっと寄り添う。

「ありがとう、アルバート」

「当然のことをしたまでだよ」

 音楽が再び流れ始める。

 煌めく光の中で、私は確信する。

 もう誰にも、この幸せを脅かさせはしない。

 胸がすく思いとともに、私は彼と共に次の舞曲へと歩み出した。

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