ゆいぽんのちょっと気取ったバレンタイン

猫丸

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ゆいぽんのちょっと気取ったバレンタイン

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 いつもより30分も朝早く起きたというのに、今の時間がいつも家を出る時間と変わらない、下手すればそれより遅いのは一体どういうことなのか?
 理由は簡単。その浮いた30分間、ず~~っと机の前で『ある物』を学校指定のバッグに入れては取り出し、入れては取り出しを飽きもせず繰り返しているからである。
 柄じゃない、絶対に柄ではない、とは思いつつ、折角作ったのだから、という思いもある。それらの想いの葛藤と、そろそろ家を出なくては遅刻するという焦りから、彼女はプチパニックを起こしながらその場で激しく地団駄を踏む。
「……何で私がこんなことで悩まなくちゃ……」

 事の発端は一昨日に遡る。



「ゆいぽん、ゆいぽん!」
 ずみ子が由依の席に両手を置いてその場でぴょんぴょん跳ねる。この子には私が読書している姿が見えないのかしら? と由依は相手に聞こえない程度の小さなため息を吐くと、そっと本を机の中へとしまった。
「もうすぐバレンタインだよ、バレンタイン!」
 だから何だ? と。読書を中断させられたイラつきから危うく反射的に言いかけたその言葉をギリギリのところで喉へと戻すと、
「そうだねー」
 と、社交的に返す。社交的にとは言っても、由依なりに多少言葉を選んだだけで、欠片たりとて感情の籠っていない相槌という、結構な塩対応をされているハズなのだが、慣れているのか、ずみ子は全く気にしない。
「友チョコに義理チョコに本命チョコ! 家族にクラスメイトに先輩・後輩にと! もう何かその日に限ってはチョコ屋さんよりチョコ作ってるんじゃないっていうくらい女の子大忙しのイベントがもう間近に迫ってるわけですよ!」
「そりゃそんなにチョコ作ってたら大変だろうねー」
「ってわけで一緒に作らない?」
「やだ」
「即答っ!! 取り付く島もないぜっ!!」
 イチイチ反応がアメリカンなやつだな、と思いつつ、しばらく読書を再開できそうにないことを悟った由依は諦めて会話をすることにする。
「ずみ子は今年も作って配るわけ? ってか、義理チョコなのに手作りってよくやるよね」
「いやー、『白塗り今泉』の件では、皆様に多大なご迷惑をお掛けしましたので、今回はちょっと気合を入れて作ろうかと……」
「何だっけ? それ。……あー、あれね。調子乗って学校の外でもやって、不審者と間違えられて警察呼ばれて、白塗りのままパトカーで連行されてったやつね」
「止めてください。思い出させないでください。あれに関しては私は猛省するとともに、記憶の奥底に封印すると決めているのです」
 反省してから封印する辺りに性格が出てるなー、と由依が思っていると、よほどこの会話を続けられたくなかったのか、ずみ子がすぐさま話を戻してきた。
「まぁ義理チョコ配るのはゆいぽんの柄じゃないような気はするけど……、あれ? 彼氏クンの分は?」
「ポッキーでも買って渡すつもりだけど?」
「はんっ?」
 大層面白い顔で固まったずみ子はいっそオーバーとも言える仕草で額を押さえてヨロヨロと後退る。
「えっ、ちょっと意味分かんない。何故に女友達である私が手作りチョコあげて、彼女の貴女がポッキー? えっ? よし、整理しよう! 義理が手作り、本命がポッキー。女友達が手作り、彼女がポッキー。……えー、ちょっとずみちゃんパニックだってばよー。ぜひ今すぐ納得のいく説明を」
 まぁ、色々理由が無いでもないが、端的に言えば、
「…………面倒だから?」
「わぁっ、わっかりやすーい。そして彼女しっかーくっ!!」
 何故バレンタインにチョコを作らないというだけでそこまで言われりゃならんのか、些か納得のいかない由依は分かりやすい膨れ面を作ると、
「何で?」
「いや、何でってそりゃ、ほら、1年に1回の大切な日なわけじゃないですか? やっぱりそこはこう、多少面倒でも愛情を込めて、というかね?」
「ホワイトデーに手作りの物貰った覚えないし、何で女性側だけ時間とお金を掛けて一方的に手作り渡さなきゃいけないわけ?」
「え? あ、その……」
「別に手作りチョコを渡す人を否定はしないし、そういう気取った文化も否定はしないけど、それを押し付けてくるのはどうかと思うな。各々には各々のバレンタインの過ごし方があるんじゃない?」
「え、あ、まぁ、その……、仰る通りで……」
「そもそも『手作り』じゃないと愛情が無いって考えがダメなんじゃない? だってそうでしょ? 相手のためを想って選んでくれたっていう気持ちが大事なんでしょ? だったら市販品のチョコを渡したからってそんな文句を言われる筋合いは無いわけで」
「うぐぅ……」
 ボクシングだったら、カン! カン! カン! カン! と。ノックアウトのゴングが聞こえてきそうなほどに完全論破されたずみ子はもうHPです、と言わんばかりに力無く由依の前の席に崩れ落ちる。
 が、少しして、『ん?』とちょっと気になる点が出て来た。いや、確かに今ゆいぽんが言ったのは正論だ。それは間違いない。間違いないのだが、はて? いやにムキになって反論してこなかったか? 今。意にそぐわない意見でも、よっぽどのことがない限りは反論せずに聞き流すゆいぽんらしからぬ反応だ。
 こういう時は必ずムキになった理由がある。そして得てして、その理由と言うのは結構シンプルである。気取った云々の一連の反論も嘘でこそないだろうが、基本的にはそこから目を逸らすためのものだろう。と、すれば。手作りチョコを拒む一番シンプルな理由と言えば?
「ゆいぽん」
「な、何?」
 嫌な予感が全開でしたのか、さっきの剣幕はどこへやら、立場逆転と言わんばかりに今度は由依の方が追い詰められた顔をしている。
「ひょっとしたら何でございますが」
「う、うん……」
 ずみ子が顔を寄せる度、由依の目は少しずつ逸れていく。あー、これ当たりだなー、と確信したずみ子は『犯人は貴方だ』と伝える名探偵であるかの如く言い放った。

「チョコをお作りになれないだけなのでは?」

「うぐっ!?」
 図星を突かれた犯人。さぁ、次は証拠はあるのか? とでも反論してくるか? とずみ子がファイティングポーズを取っていると、どうやらゆいぽんは自白するタイプの犯人だったらしく、ずみ子からすーっと目を逸らしながら、
「……作れない、わけじゃないし? 作らないだけだし?」
 うわー、子供みたいなこと言い出したー、とずみ子は思ったが、流石にそれは口に出さないことにした。要するにチョコを手作りしたことが無いから作るのが不安という話だろう。そういうことであれば、この大親友が手を貸そうではないか、と。ずみ子は由依の後ろへと回り、なだめるように肩を揉む。
「まぁまぁ。一緒に作ってあげるからさ。騙されたと思って一回作ってみようよ。結構喜んでもらえるもんだよ? 手作りって」

 このずみ子の言葉に唆され、由依は今年手作りチョコを用意することとなった。



 とりあえず、学校に持ってくることにはした。渡すとは言ってない。何だったら今すぐにでも証拠隠滅のため自分で食べてもいいくらいだ。
 人にあげる物、ということで、もちろん自分で味見はした。個人的な意見を言えば、初めて作ったにしては上出来では? と思っているが、まぁ、客観的に評価すれば普通だろう。吐き出すほどマズくもなければ、バクバク食べるほど美味しくはない。
 これを渡すのかぁ……、と由依は結構憂鬱な面持ちで教室のドアの前に立つ。絶対市販品を渡す方が気分的に楽である。なにせ、仮に美味しくなかったとして、こちらに一切の責任が無い。が、それなりに時間を掛け、気持ちを込めて作った物を美味しくないとでも言われたら……。
 はぁ……、というため息とともに、恐らく人生で一番緊張している状態でドアを開けると、

「おっ、由依! チョコくれ!!」

 デリカシーの欠片も無い男め、と。ドアを開けて目があった瞬間に大声でそう主張してきた彼に由依は恨めしそうな目を向けたくなったが、流石に何の事情も知らない彼に当たるのも酷だろうということで、グッとそれは堪えると、オーバーにならない程度に調整した、ナチュラルな驚きの顔を作る。
「あ、ごめん。忘れてた」
「えっ!? 忘れてたっ!? えっ!? そんなことあるっ!? 愛する彼氏にチョコを渡すと言うこの一大イベントを忘れるなんて、そんなことあるっ!?」
「…………彼氏だっけ?」
「そこからっ!? …………よーし、分かった。お前の記憶を呼び覚ますために、まずは俺たちの馴れ初めから話そうではないか。あれは確か……」
「止めてっ! こんな朝っぱらからこんな公衆の面前でそんな小っ恥ずかしい話を始めないでっ!! そして貴方たちも聞き耳立てて近寄って来るんじゃない! あっち行って! あっち!」
「えー、だって言われてみれば、ずみちゃん、二人の馴れ初め知らないんだってばよー」
「知らなくていい! 話すような内容でも、話したいような内容でもない!」
 思わぬ反撃を受けた由依は顔を真っ赤にしながら、馴れ初め話に話を戻されないよう、さっさと言葉を足す。
「まぁ、彼氏云々は冗談だけど、忘れたっていうのは本当のことだから、帰りに買って帰ろう?」
「え~、何か俺のイメージしてたバレンタインと違うような……」
「嫌なら買わないけど?」
「是非ともお供しますご主人様!!」
『彼氏と彼女』というか、もはや『お嬢様とその従者』という感じの二人を見て、それでいいのか? お前……、という言葉がクラスメイト全員の頭を過ぎったが、本人が幸せそうなので何も言わずにおいた。
 一方、第一ミッション完了とばかりに自席に着いた由依に対し、この中で唯一諸々の事情を知っているずみ子がすすすーっと近付いていくと、周りに配慮してか小声で話し掛けてきた。
「(あれ? 渡さないの? ……というか、そもそも持ってきた?)」
 ずみ子は作ったところまでは一緒に居て知っているが、今日持ってきているのかまでは把握していないので、そこからちょっと疑問なのだろう。それに答えるように由依は目線だけで自分のバッグを指す。それで全てを察したらしいずみ子は親指を立てて去って行った。
 そう。仮に渡すにしたって、絶対二人で居る時である。こんな知り合いが居るところで手作りチョコを渡すなんて冗談ではないのである。
 ちなみに、あれが遠回しに言っている『今日一緒に帰ろう?』というデートの誘いであることには、恐らく由依以外は気付いていない。



 作ったことは確かに無いが、チョコ自体は好きなので、チョコのお店自体は結構知っている。放課後、約束通り待ち合わせをした二人は学校からほど近く(あんまり近いと学校の人に見られるのでNG)、値段設定が学生向けになっているチョコ屋さんへと訪れていた。
「あ、言い忘れてた。予算千円ね」
「千円!? なんとリッチな!!」
 毎年どれくらいのレベルのチョコを貰っているのかがよく分かる発言に店内のスタッフやお客さんに些か同情の目を向けられている彼だが、それどこではないのか、ウキウキしながらショーウィンドウを覗き込み、
「センセー! 予算は税込みでしょうか!?」
 もちろん、と言おうとしたが、何やら店内の雰囲気が彼のホームとなっている。迂闊な発言をしようものなら、一気に店内が由依のアウェーへとなりそうだったので、
「……税別で」
「やったぜい!」
 予算が消費税分増えた程度であんまり喜ばれると、まるで由依が物凄いケチみたいな人間に見えるので止めてもらいたいのだが、まぁ普段の節制ぶりを見られている身としてはそんなに強くも言えないか、と由依がやや複雑な顔で彼を見ていると、
「よろしければ、ご試食いかがですか?」
 気を利かせてくれた店員さんが普段は出していないハズの試食用のチョコを出してくれた。
「マジっすか? 俺そういうご厚意には遠慮せずに『はい!』って言える人間なんで、ありがとうございます! 頂きます!」
 遠慮無いな……、と思いつつ、でも言われてみれば、試食で出された物を遠慮する方がこの場合は失礼か、と考え直しつつ、いやでも、だからといってあそこまでパクパク食べるのはやっぱ遠慮無いな、と。由依が彼の人間観察をしていると、
「彼女さんもどうぞ?」
「え? いいんですか?」
「ええ。こうなったらもう一個くらい増えても変わらないんで」
 サラリと笑顔で嫌味を言われたような気がするが……、まぁ確かに。あれだけバクバク試食を食べられては今さら由依の分一個くらいケチっても意味無い気はする。お礼を言ってありがたく頂くと、
「………………」
「……あれ? ひょっとして、お口に合いませんでした……?」
 一噛み、二噛みした辺りで由依が固まったものだから不安になったのだろう。店員さんが由依の顔を覗き込んでくる。それで慌てて我に戻った由依は手を振りながら、
「ああ、いえ、美味しさのあまり言葉を無くしてました」
「あらまぁ嬉しいこと言ってくれる! もう一つどうぞ!」
「あ、あはは……。あ、ありがとうございます……」
 まさか、美味しいから凹んだんです、とも言えない由依は苦笑い全開で返す。
 結局、試食した手前か、迷わずそのチョコに決めた彼を見て、由依はこっそり心の中でため息を吐き、自分のバッグへと手を添える。これと比べられるのか……、そう思うとやはり憂鬱である。



「え? 何? まだくれないの?」
 会計後、由依が買ったチョコを自分のバッグへと入れて店を出たため、彼が訊いてきた。
「うるさいな。渡すのにもシチュエーションっていうのがあるの」
「シチュエーション? ……えっと、去年は男子トイレ出たタイミングで渡されたし、一昨年は窓から落とされたのキャッチだったし、その前は……」
「あーうるさい、うるさい、うるさい! あーうるさい!」
 両手を耳に突っ込みながら逃げるように駆け走った由依だが、シチュエーションとは言ったところで、行けるところなど限られている。結局、近所にある、砂場と滑り台くらいしかない公園へと入っていき、そこのベンチで並んで座ることに。
「うわー。さいこーのしちゅえーしょんだー」
「うるさいな本当にもう!」
 ややガチ目にキレながら、由依はその勢いを借りる形で袋を二つ、自分と彼の間に置いた。
「ん? 2つ……?」
 当然、もう一つの袋の存在など知らない彼は、急に現れたもう一つの袋に戸惑っている。
「……欲しい方、……どっちかあげる」
「え? どっちか? ……えーっと、よく分かんないけど、両方くれるという選択肢は……?」
「嫌なら両方ともあげない」
「ですよね! 今すぐ選びますので少々お待ちを!!」
 再び従者となった彼は目の前に置かれた二つの袋を見比べてみる。一つはさっきのお店で買ったやつだ。包装されるところを見ていたから間違いない。ではもう一つの方は? こちらも綺麗に包装されてはいるが、特に店のロゴなんかも無いため、中身が何かの推理が困難である。
「あの……、由依様? こちらの袋の中身は一体……?」
「………………チョコ」
「あ、ああ。なるほど……。えっと、差支えなければどちらのおチョコかお聞きしても? それでちょっと判断したいなー、なんて私めは思うのですけれでも……。ああ、もちろん、貰う立場でこんなことを言うのは大変失礼なことだとは私めも重々承知していますのですけれでも、なにぶん先ほどのチョコがずいぶんリッチでしたので……こちらのおチョコがどういうおチョコなのかお聞きできればと」
「………………た」
「…………? え、ええっと、ご、ごめんなさい? なんて?」
「~~~~~~っ!!」
 恥ずかしさのあまり、由依は両手で顔を覆いながらその場で激しく地団駄を踏む。こんな恥ずかしいセリフ、言うのは人生で何度目だろうか? が、このデリカシー無い男には言わないと伝わらないことなど百も承知のため、由依は大きく息を吸い込むと意を決したように、
「私が……っ、…………作りましたっ」
 恥ずかしい。とっても恥ずかしい。何だコレ? 告白とほぼ変わらないじゃないか。何で付き合ってからまでもこんな恥ずかしい想いをしなくてはならないのか。恥ずかしくて顔が見られない。鏡を見なくても顔が耳まで真っ赤なのがよく分かる。両手で顔を覆っているにも関わらず、何故か由依が彼から全力で顔を背けていると、
「選びましたよー、姫君―」
 背後から普段と変わらない間抜け声が聞こえてきた。何なんだこの男は。何でこの状態で平常心なんだ。なんで緊張しないんだ。と、一方的にこちらだけ辱められている状態に納得のいかない由依だったが、とりあえず彼がどちらを選んだのかは見届けることにする。
 体を彼の方へと向け、顔を覆っていた両手をそっと外す。彼の顔を見る勇気は無いので、見ようとしたのはベンチに残っている方。それを見れば消去法で彼がどちらを選んだのかは分かる。が、少し掌の位置をずらした段階で、視界に違和感があった。少ししかズラしていないので、全体像は見えていないが、それでも見えた視界の一部にとても見覚えがあった。
 そう。それはあまりにも記憶に新しい、ついさっき買ったばかりのチョコの包装。
「えっ!?」
 声に出した自覚は無かったが、驚きの声が由依の口から漏れた。両手を勢いよく顔の前から外し、ベンチの上にある袋をしっかりと確認する。そして、視線をそっと上げ、彼の方を見る。
 彼が選んでいたのは、由依が作った方のチョコであった。
「…………え? えっ? な、何で…………?」
「何でって、悩まないよ、この選択肢は」
「えっ? だ、だって」
「いや、まぁ、別に今までのバレンタインが嫌だったって話では全然無いけどさ。……やっぱ嬉しいじゃん? 手作りって」
 その笑顔は……、反則だろう……、と。由依は静かに顔を伏せる。泣きそうになるのを堪えるためか、それとも笑いそうになるのを堪えるためか。どちらかは由依にも分からなかったが、彼女はそっと唇を噛み締めて堪えてから顔を上げ、
「いいの? 選び直すなら今だけど?」
「いいよ。選び直さないし。選び直したとしてもこっち選ぶし」
「……美味しくないかもよ?」
「いいよ。美味しいのはお店で買うから」
「…………お腹壊しちゃうかもよ?」
「いいよ。そうなったら胃薬飲むから」
「………………死んじゃうかもよ?」
「それは嫌だなっ!! 最低限人が死なない料理を作ってくれないかなっ!?」
 その反応に由依は声を出して笑う。逆に言えば、そのレベルでない限りは食べてくれるわけだ。ずいぶんハードルは低そうだ。
 正直、ずみ子に最初言われた時は半信半疑というか、いっそ『疑』しかなかったが、確かに市販品のチョコを渡した時よりも喜んでくれているみたいだ。
 別にチョコを手作りするのが面倒だったわけではない。ただ、市販品のチョコの方が喜んでくれるのであれば、喜んでくれる方を渡したかった、というだけの話。手作りの方が喜んでくれるというのであれば、来年からは……。
 ニヤけそうになる顔を隠すため、由依はマフラーで口元を隠すと、意識的にクールに言い放つ。
「じゃあ、ホワイトデー期待してるので」
「えっ?」
「そりゃそうでしょ。私にチョコなんて作らせたんだから」
「えっ? えっ?」
「そうだなぁ~。高級ブランドの財布くらいは貰おうかなぁ~?」
「えっ? えっ? えっ?」
 手作りチョコを貰って有頂天だった気分が一転。1ヶ月後に迫っているホワイトデーでの高額出費の予感に彼は顔を青くしながら、マジかよ~、と頭を抱えて蹲る。
 そんな彼に背を向けてから、由依は小さな声で『冗談だよ』と聞こえないように呟いた。
来年も一緒に居てくれるなら何でもいいよ、という言葉は胸の中だけに留めておいた。

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