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【03】必要
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「お父さま、さっき私、とても怖い思いをしたの……! それで、それで……」
私は、涙をポロポロ流して、震え怯え、助けてくれた彼がいないと不安だと父に訴えた。
「おねがい! 護衛が駄目なら、この怖い気持ちがなくなるまで、彼に傍にいてほしいの!」
「ふむ……」
父がなにか思案しているようだった。
「うーん……本来なら、お礼にいくらか包んでここでお別れするのが筋だが……。ミルティアがこんなに怯えているとは。どうだね、君。失礼だが孤児じゃないのかい? 良ければ、我が家で働きながら仕事を覚えてみるというのは。ミルティアの説明を聞いてると、どうやらとても危ない所を助けてくれたようだ」
「いや、オレは!?」
「おそらく孤児院でなにかしら勉強している最中だろうが――うちに来れば3食ちゃんと出て、個室で寢むれるよ。悪い条件じゃないと思う。来るなら仕事内容はあとで相談して決めよう。ミルティアは護衛にしたがっているようだがね。もしまだ将来つきたい職業がないなら、どうだろう? 良い経験にもなるよ」
「3食……個室……」
彼の心はその言葉に傾いたようだった。
「おねがい……」
私が手を握ったまま、またお願いすると、彼はうめいて目を背けた。
「う……。ああ、もう……。わかったよ。確かに定職につけるのは、悪くない……です」
「そうかい。まあしばらく過ごしてみて、無理だと思ったら強要はしないよ。ミルティアを守ってくれたのだ、もし出ていくとしてもお礼を込めて幾らかはつつんであげよう。君、名前と年齢は?」
孤児を拾って使用人として育てる、というのは貴族の間では稀にあることだし、彼は私を助けたのでその動機は十分だ。
「ジョエル=ラングレイです。9歳です。よろしくお願いします」
私より二つ年上だった。
あまり納得している顔ではないようだったが、ジョエルは父と私の提案を受け入れてくれた。
「よかった……」
ふらり、と私の身体が傾く。
「あ、おい!」
「ミルティア!!」
彼が私のワガママに頷いてくれたのを見て安堵した私は、そこで気を失った。
その後、馬車のなかで目が覚めた時。
ジョエルが座っている横に眠らされていた。
起きあがった私はまた、彼の手を握った。
「……っ」
彼はいきなり手を握られてビクッとしたが、すぐにムスッとはしたものの、振り払うことはせず、まっすぐ前を向いた。
「お、おまえは……オレが必要、なのか?」
「……うん。必要だよ。だから来てくれてありがとう」
「べ、べつに。就職口が欲しかっただけだ」
「そう。じゃあ良かった。ずっと傍にいてね」
「……」
彼は黙ってしまい、その言葉に返答はなかった。
――このように。
彼は、私のトラウマをきっかけに、貴族の屋敷に連れてこられてしまった孤児なのだ。
◆
ジョエルはその後、とりあえず試用期間として数ヶ月我が家で過ごすことになった。
お父さまも私のワガママで連れてきてしまった手前、ちゃんと面倒を見るつもりのようだった。
ただ、私が落ち着いたら、平民で孤児出身である彼と令嬢である私とは関わらせない職務につかせる予定だったようだ。
だが、その予定は私のトラウマのせいで、狂うことになる。
ジョエルは最初、簡単な仕事をこなす小間使いからスタートし、順調な滑り出しだった。
だが、ある日のこと、ジョエルが隣町に数日かけてお使いに行くと、私に問題が起こった。
彼が屋敷内にいなくなったと知った私が、あの怖い人を思い出して眠れなくなってしまったのだ。
そしてジョエルが屋敷にもどったその日、睡眠不足だった私は糸が切れたように眠り、数日目覚めなかった。
睡眠薬や魔法でなんとかなるか、とも思ったが、私が『ジョエルが身近にいない』ことが駄目だった。
試しにお父さまが、もう一度ジョエルを屋敷の外へ数日おくと、私がフラッシュバックを起こし、錯乱した。
私のトラウマは意外と深刻だと判断した父は、医師と相談のうえ、正式に我が家で務めるよう、ジョエルに依頼した。
ジョエルも私のトラウマの様子を見たせいか、その申し出を断ることはなかった。
しかし、簡単な小間使いだった予定のジョエルだったが。
私の傍におく侍従として騎士を目指すように父に命じられてしまい、彼の人生のハードルは上がってしまったのである。
とは言うものの。
ジョエルは物覚えが良く、訓練や勉強をなんなくこなした。
そんな彼はさらに――騎士の訓練を始めるにあたり、魔力の有無を調べた所、闇属性を持っていた。
お父さまは、それに大喜びだった。
闇属性は王族や公爵家などの国の中枢となる身分の人間たちが、古来よりその血を集め婚姻を繰り返し、独占しようとしている属性の一つである。
そのせいなのか、光属性と闇属性は高貴な血筋の方が持って生まれる事が多い。
お父さまはそのうち、うちの親戚の娘をジョエルにあてがうつもりじゃないかな。
そうすれば、我が家門にも闇属性の血筋が組み込まれる。
何故親戚かというと、やはりジョエルの出自が影を落としているのだろう。
希少な血をもつとはいえ、ジョエルは孤児院の平民だ。私やお姉様など、直系の娘と結婚することは基本的にはない。
闇属性、光属性、聖属性は、出自がどうであれ、王族が見つけたら婚姻を結ぼうと考える属性だが、そうであっても平民ならば、基本は親戚と結婚させる。
高貴な血の質を落とすわけにはいかないという、尊厳が働くのだ。
それでも「どうしてもほしい」と思った時はそんなルールは適応されないけれどね。
厳格なようでいてもルールは都合よく曲げられる。
私?
私は平凡なよくいる水属性です。
紅茶をいれる時に美味しい水が作れるとかが……できます……!
……侍女が入れてくれるから必要ないのよね……。
私は、涙をポロポロ流して、震え怯え、助けてくれた彼がいないと不安だと父に訴えた。
「おねがい! 護衛が駄目なら、この怖い気持ちがなくなるまで、彼に傍にいてほしいの!」
「ふむ……」
父がなにか思案しているようだった。
「うーん……本来なら、お礼にいくらか包んでここでお別れするのが筋だが……。ミルティアがこんなに怯えているとは。どうだね、君。失礼だが孤児じゃないのかい? 良ければ、我が家で働きながら仕事を覚えてみるというのは。ミルティアの説明を聞いてると、どうやらとても危ない所を助けてくれたようだ」
「いや、オレは!?」
「おそらく孤児院でなにかしら勉強している最中だろうが――うちに来れば3食ちゃんと出て、個室で寢むれるよ。悪い条件じゃないと思う。来るなら仕事内容はあとで相談して決めよう。ミルティアは護衛にしたがっているようだがね。もしまだ将来つきたい職業がないなら、どうだろう? 良い経験にもなるよ」
「3食……個室……」
彼の心はその言葉に傾いたようだった。
「おねがい……」
私が手を握ったまま、またお願いすると、彼はうめいて目を背けた。
「う……。ああ、もう……。わかったよ。確かに定職につけるのは、悪くない……です」
「そうかい。まあしばらく過ごしてみて、無理だと思ったら強要はしないよ。ミルティアを守ってくれたのだ、もし出ていくとしてもお礼を込めて幾らかはつつんであげよう。君、名前と年齢は?」
孤児を拾って使用人として育てる、というのは貴族の間では稀にあることだし、彼は私を助けたのでその動機は十分だ。
「ジョエル=ラングレイです。9歳です。よろしくお願いします」
私より二つ年上だった。
あまり納得している顔ではないようだったが、ジョエルは父と私の提案を受け入れてくれた。
「よかった……」
ふらり、と私の身体が傾く。
「あ、おい!」
「ミルティア!!」
彼が私のワガママに頷いてくれたのを見て安堵した私は、そこで気を失った。
その後、馬車のなかで目が覚めた時。
ジョエルが座っている横に眠らされていた。
起きあがった私はまた、彼の手を握った。
「……っ」
彼はいきなり手を握られてビクッとしたが、すぐにムスッとはしたものの、振り払うことはせず、まっすぐ前を向いた。
「お、おまえは……オレが必要、なのか?」
「……うん。必要だよ。だから来てくれてありがとう」
「べ、べつに。就職口が欲しかっただけだ」
「そう。じゃあ良かった。ずっと傍にいてね」
「……」
彼は黙ってしまい、その言葉に返答はなかった。
――このように。
彼は、私のトラウマをきっかけに、貴族の屋敷に連れてこられてしまった孤児なのだ。
◆
ジョエルはその後、とりあえず試用期間として数ヶ月我が家で過ごすことになった。
お父さまも私のワガママで連れてきてしまった手前、ちゃんと面倒を見るつもりのようだった。
ただ、私が落ち着いたら、平民で孤児出身である彼と令嬢である私とは関わらせない職務につかせる予定だったようだ。
だが、その予定は私のトラウマのせいで、狂うことになる。
ジョエルは最初、簡単な仕事をこなす小間使いからスタートし、順調な滑り出しだった。
だが、ある日のこと、ジョエルが隣町に数日かけてお使いに行くと、私に問題が起こった。
彼が屋敷内にいなくなったと知った私が、あの怖い人を思い出して眠れなくなってしまったのだ。
そしてジョエルが屋敷にもどったその日、睡眠不足だった私は糸が切れたように眠り、数日目覚めなかった。
睡眠薬や魔法でなんとかなるか、とも思ったが、私が『ジョエルが身近にいない』ことが駄目だった。
試しにお父さまが、もう一度ジョエルを屋敷の外へ数日おくと、私がフラッシュバックを起こし、錯乱した。
私のトラウマは意外と深刻だと判断した父は、医師と相談のうえ、正式に我が家で務めるよう、ジョエルに依頼した。
ジョエルも私のトラウマの様子を見たせいか、その申し出を断ることはなかった。
しかし、簡単な小間使いだった予定のジョエルだったが。
私の傍におく侍従として騎士を目指すように父に命じられてしまい、彼の人生のハードルは上がってしまったのである。
とは言うものの。
ジョエルは物覚えが良く、訓練や勉強をなんなくこなした。
そんな彼はさらに――騎士の訓練を始めるにあたり、魔力の有無を調べた所、闇属性を持っていた。
お父さまは、それに大喜びだった。
闇属性は王族や公爵家などの国の中枢となる身分の人間たちが、古来よりその血を集め婚姻を繰り返し、独占しようとしている属性の一つである。
そのせいなのか、光属性と闇属性は高貴な血筋の方が持って生まれる事が多い。
お父さまはそのうち、うちの親戚の娘をジョエルにあてがうつもりじゃないかな。
そうすれば、我が家門にも闇属性の血筋が組み込まれる。
何故親戚かというと、やはりジョエルの出自が影を落としているのだろう。
希少な血をもつとはいえ、ジョエルは孤児院の平民だ。私やお姉様など、直系の娘と結婚することは基本的にはない。
闇属性、光属性、聖属性は、出自がどうであれ、王族が見つけたら婚姻を結ぼうと考える属性だが、そうであっても平民ならば、基本は親戚と結婚させる。
高貴な血の質を落とすわけにはいかないという、尊厳が働くのだ。
それでも「どうしてもほしい」と思った時はそんなルールは適応されないけれどね。
厳格なようでいてもルールは都合よく曲げられる。
私?
私は平凡なよくいる水属性です。
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……侍女が入れてくれるから必要ないのよね……。
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