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10 ■ Super Darling 02 ■

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「あ……」
 私はこめかみに手を当てた。
「……『夢』か?」
 さすが長年の付き合い。察しが良い。そして感情の切り替え早い。

 うわーん、余韻感じてたいのに視えたのは危険情報だよ……。
 私も頭切り替えよ……しくしく。

「うん、えっと……私達に襲いかかる大きな黒い影。その大きさ、形は……クマ、かな」

 私は『夢』の特徴をポツリポツリ語る。

 『特別な夢』は夢だけあってあやふやで、一瞬だけ見えて記憶出来なかったり、普通の夢ように覚めて忘れる、思い出せない、なんてこともある。
 まあそれは稀なんだけど。

 だから今回みたいに、危機が迫る『夢』は、特徴を素早く、脈略なく言葉にするようにしている。

「教会の授業で教えてもらった……グリーズリー、だと思う」

 ちなみにグリーズリーは、熊そっくりの魔物だそうだ。
 普通の熊と魔物の熊の違いは、そのパワーの差。
 あと、冬眠しないこと。

 グリーズリーは、一撃で大木を打ち倒す。
 しかも行動が普通の熊よりも素早い。
 攻撃を喰らったらひとたまりもないらしい。

「グリーズリーか。なんでそんな奴がこの道にでるんだ……。
こないだギルドで定期討伐があったばかりのはずだぞ。……基本的に単独行動だが、一応聞くぞ。数は?」
 ブラウニーは冷静だなぁ。
 ギルドのインターンで、場馴れしてるのかな? 頼もしい。

「とりあえず一匹しか、私には視えなかったから……えっと、この道に出る。多分進行方向」
 私は指差しながら言った。

「下手にすり抜けて逃げたら教会に連れてっちまうな。街のほうに戻るか。門番のとこまで行けたら、警備兵か冒険者呼んでくれるだろ」
 私は頷いた。
 子供や一般人が魔物や危険動物を見つけた時は通報するに限る。
 逃げられたらだけど……。

 それにしても、この道に魔物がでるなんて、ここ何年もなかったはずだ。
 さっきブラウニーが言ってたように、定期的に街の冒険者が依頼されて、街周辺を見回りして危険動物や魔物を駆除してるからだ。

 それに加えて、神父様が子供達のためにこの街までの道を聖属性魔法によるお祓いをしていて、魔物はまず近寄らないようにしてる。
 子供1人でも出歩けるくらい、安全性がかなり高いはず。
 『夢』、間違ってたりしないかな……?

「まあ、出ちまうならしょうがないな。ひょっとしたら偶然異界のゲートが開いたのかもしれない。
……何事も完璧は無理ってこったな」
 ブラウニーは、淡々とそう言って、足を進める。

「い、異界!?」
「……おまえ、聖書の授業よく寝てるもんな……ほら、ココリーネ嬢が魔王って言ってたんだろ。
魔族とか魔王とかがいるとこだ」
「い、言われたらそんな気がするから寝てないかもしれry」

「……社会の授業でもそういや内容かぶるけどって神父様がやってたな……おまえ船こいでたけど……」

 やれやれって顔された!
「追い打ち…!?」

 ブラウニーは少し笑って私の頭をくしゃくしゃした。
「さて、もし夢の通り、遭遇したらお前が通報しにいくんだぞ。いいな、プラム」
「……えっ。ブラウニーのほうが足早いじゃない。私が囮になるよ。魔力変質で身体硬くしてれば、死ぬことないと思う」

「言うと思った。確かにそれは案の一つだとは思うがな。お前はなんか危なっかしいからやめとけ。受け身もまだまともに取れないやつが無理すんな。
それに……もし誰かに魔法使ってるところを見られたら? 魔法の強度が不足したら?」

「ぐう」
 の音(ね)は出た。

 確かに……少なくとも孤児院を卒業するまでは、魔法は見られる訳にはいかない。

「だいたい、齧られながら救援の到着待つつもりか? トラウマが残らないか? それ……。オレなら当分夢でうなされそうだ」

 う……。
 救援を待つ間、ずっと巨大な魔物に齧られたり殴られたりの暴力は心が死にそうだわ。

 凶暴なグリーズリーは多分諦めないよね……。
 ずーっとガジガジされて転がされてどうやったら食べれるかとか試行錯誤されそう。

「でも……ブラウニーが危ない目にあうよりは、私は」
「まだ言うか」
「オレだってそうだ。だいたいな、オレにだって念持ってものがあってだな」
「念持……え?」

「わかってない顔だな! いいか? お前は見た目はか弱くて可愛い女の子だろ! そんな奴を囮して助けを呼びにいくとかできるわけ……… ………」

 口元抑えた。少し顔が赤い。口滑らせたって顔してる。

「ブラウニー、私のこと、今、可愛いって言った? ……ねえ? 可愛いって言った?」
「こんの……グリーズリーくるかもってのに緊張感が…」
 ブラウニーが頭を抱えてうつむいた。

「ブラウニー。私の事可愛いって思ってくれたんだ! うふふ、嬉しいなぁ!」
 嬉し恥ずかしくて、私は近くに伸びてた木の枝をバキッと折ってしまった。

 ぐあああああおおおおおおおおおおん!!

「!?」
 すごい咆哮が聞こえた。ブラウニーが青ざめてる。
 私は自分が今折ったと思った木の枝を見た。

 ――木の枝じゃなかった。黒い毛がふさふさの化け物の太い……指?? だった。

 いつのまにか後ろにグリーズリーが迫っていたの?!
 巨体だし、のっしのっしって木をなぎ倒しながらくるものかと思ってた。
 気配殺してこんなに近づいて来れるんだ! 怖い!

「木の枝の棘が刺さったら嫌だから、魔力変質使って折ったつもりだったけど……! まさかグリーズリーの指だったなんてー!」
「そんな事言ってる場合か! 危ない!!」

 ブラウニーは私を抱えて飛んで転がった。
 その刹那、グリーズリーが地面に頭突きした。
 私達が立っていた地面が半円状に陥没した。

「え、えええ……!?」
 知ってた、知ってたけど、力が強いからって……何、こんな事ってあるの!?

「ほら、すぐに立て! ヤツが次の攻撃体勢に入る前に!」
 ブラウニーは、呆けてる私を立たせて街の方の道に背中を押した。

「レインツリーに走れ!」
「わ、わかった……ごめん!」

 ――と、私は走り始めようとしたのだけれど、グリーズリーがギラっと私を睨んだ。

 立ち上る怒りのオーラが見えるようだ。
完全に私がターゲット。
 ……そりゃそうよね!

「ああ、もう、しょうがないな!プラム、とにかく魔力で防御して逃げ回れ。……そしたらオレがなんとかする」

「ええ!? それは良いけど、ブラウニーが人を呼ん」
「いいから言う事聞け!」
 鬼気迫るブラウニーに私はうなずくしかなかった。

「わ、わかった」
 その言葉を返すとブラウニーはスルスルと木の上に登っていって姿が見えなくなった。
 なにそのスピード。

「とにかく逃げろ。いいな。見えなくても、そばには絶対いるからな」
 どこにいるかわからないけど木々の中から彼の声は聞こえた。
 し、信じてるけど、姿が見えないと不安!

「ううっ……」
 グリーズリーは指が折れてない方の腕を振り回しながら、私を追い回す。
 スピードもびっくりするほど早くて、何回か攻撃が私の全身を掠めた。

 魔力変質で地面を蹴る力を強化して回避スピードを上げてるのに、完全な回避ができない。
 雪にも足を取られる。

 多分、この魔力変質による防御がなければもう死んでる。
 よかった、せめて、この攻撃がブラウニーに行かなくて……と思うことで正気を保つ。

 でも、こんなの……私よく囮になるって最初提案したなって思った。
 いや、結局囮やってるんだけれども。

 ブラウニーが街に助けに行って帰ってくるまでに、なんて絶対に気力がもたない。
 そう考えるとブラウニーがまだ傍にいて一人じゃない今の方が精神は安定する。
 ブラウニーは多分それが想像ついたんだろうな……。

「があ!」
 そんな中、グリーズリーがたまに謎のうめき声を上げる。
 私が折った指が痛むのかな?とか思ったけど、そういう動きでもない気がする。

 ん……? そういえば段々動きが鈍くなってきてる……?

「あれっ……」

 いつの間にか、グリーズリーのあちこちに黒い小型ナイフのようなものが刺さっていた。
 いまこの場にいる人間でそれができるのはブラウニーしかいない……けど。

 ……え?ブラウニーそんな事できるの?

「ガアアアッ!」
「あ……!」
 その時。段々集中力が乱れてきていたせいもあって、一瞬、回避が遅れた。
 ああ、馬鹿! 私!
 グリーズリーが私の首元めがけて噛みつこうと突進してきた。

 大丈夫、魔力で身体覆ってるから!
 そんな風に自分に言い聞かせるけれど……その迫力と、ひょっとして私の防御力を超えてその牙で貫かれたらという思いに、その場で動けなくなって、ギュッと目をつぶった。

「プラム!!」
 その声に目を開ける。

 ブラウニーが木の上からザッと降りて姿を見せた、と思ったら、私とグリーズリーの間に入った。
 同時に木から落ちた雪がグリーズリーの視界を一瞬奪う。

 え! 危ない!!
 出てきちゃだめだよ、私は怖いだけで多分大丈夫だから……!

「あと少しだ、がんばれ」
「ギャオッ!?」

 素早い動きで投擲し、グリーズリーの眉間にナイフを命中させ、私の腕を掴んで攻撃範囲から連れ出した。

「あ、ああ……?!」
 ふ、不謹慎かもしれないけど格好良すぎない!?

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