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16 ■ LOVE IS POWER 01 ■――愛は力

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 ――夕暮れの教会。
 庭木の下のベンチで、私はブラウニーを膝枕している。

「……おかしいな」
 さっきから、何度も回復魔法をかけているのに、一向にブラウニーの調子が良くならない。
 いや、良くなってはいる。だけどその後で顔色が悪くなっていく。

 どうしよう。
 これは一体……神父様に相談したほうがいいのかな。

「けほっ……」
 ブラウニーが、小さく咳をした時、口の中から黒い煙のようなものが見えた。

「!」
 えっと、これって瘴気……?

「プラム……」
 背後から声がした。

「ロベリオ」
 ロベリオがフラフラ歩いてる、彼もなんだか調子が悪そうだ。

「どうしたの? 顔色悪いよ?」
 ロベリオが私の膝のブラウニーを見て。

「……オレ、さっきブラウニーが神父様の部屋にいるのを見た……んだ」
「えっ?」

「ふたりの……様子がおかしかったから、ドアの隙間から少し覗いてたら……訳のわからない話ししてて……ゴホッ」
 ロベリオが黒い煙の咳をした。

「ロ、ロベリオ……!」
「部屋が薄暗くなって……神父様の目が赤くて、人間じゃないみたいになって……ブラウニーが飛びかかったけど……ゲホッゲホッ!!」

 ロベリオが吐血した!
 話しの内容は、すっごく気になるけど、それどころじゃない!

「わかった、後から聞くからおいで!」
 私はロベリオに手を伸ばした。魔法を隠している場合じゃない。

 ロベリオも、私に手を伸ばそうとして――前のめりに倒れた。
 薄く積もっている雪の上に血が散らばる。

「ロベリオ……!!」
「プラム、みんな知ってる……実はプラムが治療してくれてたこと……」
「隠さなくたってよかったのに…みんなプラムが好きなんだ、ちゃんと黙ってる……なんでブラウニーだけ……」
「あ……」
 ごめん、そんな、つもりじゃなくて……。でも事実だ、言い訳はできない。

 私は涙目になりながら、ロベリオに扱えるだけの魔力をまわす。
 そうしてる間に、ブラウニーがまた咳をした。

「……ううっ!」
 駄目だ、焦りと不安で頭が真っ白になりそう。

 二人に魔力を流しながら、ちらっと目の片隅に教会が入った。
 瘴気が蔓延している。

 何故……そんな事になってるの? いつのまに!?
 しかも……こんな広範囲!?

 じゃあ他の子供たちや、シスター・イラも……!?
 私は瘴気が平気みたいだ……聖属性もってるからかな。
 それなら、わ、私がなんとかしないと!

「プラム、苦……しい……」
 ほとんど聞こえないようなか弱い声でロベリオが呟く。

「だ、大丈夫だよ……治すから!」

 しかし、ブラウニーに比べてロベリオの症状がひどい。
 ブラウニーは一度回復しきるとしばらくは手をはなしても平気だ。

 逆にロベリオはあっというまに回復するけれどすぐに血を吐くまで悪化する。

 これは……。
 ロベリオが…ちょっとでも手を止めたらロベリオが……死ぬ?

 衝撃を受ける。

 これは……本当に現実なの!?
 どうして……こんな、いきなり、こんな事が。いや、今はそんな事……。

 ……回復だけじゃだめで。瘴気は魔属性で……特別な解毒、解毒しなきゃ……でも他の子たちの事も考えると回復の範囲を広げるのが先?
 それで皆救える?

 自分の手が震えてるのが気になって集中できない。
 動ける私がパニック起こしてどうするの……!

 
 そこへ――

「ブラウニー!!!! どこだ!!!」


 ブラウニーと私の保護者になる、アドルフさんがブラウニーの名前を叫びながら、教会の敷地内を駆けずり回っているのが見えた。

アドルフさん……!

「あ…アドルフさぁん!!!」
 私は悲痛な声で叫んだ。

「プラム!!! そこか!」

 私達がいるところへ駆けつけ、ブラウニーの前に立膝ついて座った。
「ブラウニー!! ……瘴気には慣らせておいたはずなのに、くそっ」
 ウェストポーチから何らかのポーションを取り出して無理やりブラウニーの口の中に流し込んで飲ませた。

「おら飲め! 未熟者! ……ああ、そこのチビ助にも飲ませてやってくれ、プラム」
 アドルフさんは、私にポーションを投げた。

「瘴気治療用のポーションだ。大丈夫だ。パッと見だがまだ間に合う」

そ、そういうのあるんだ……!

「アドルフさん……ありがとうっ……」

 私はボロボロ涙を落としながら、ロベリオの口にポーションをたらす。

 ――とりあえず。
 二人の処置をして瘴気の範囲から運びだした。

「おいおい……プラム。お前も少し落ち着ちつけ。顔が極限状態だぞ」
 アドルフさんが、私を軽く抱き寄せて、頭をヨシヨシしてくれた。

 アドルフさんからは、ブラウニーとよく似た匂いがした。

「アドルフさん、そういえばどうしてここへ……?」
「……ブラウニーが、オレに相談に来たんだよ。早く引き取ってくれってな。一応承諾したものの、あいつの様子がなんかおかしいし、気になって来てみたらこの瘴気だったってわけだ。慌てたぞ、おじさんは」

「………おじさん、ありがとう…気にしてくれて来てくれてありがとう」
「おじさんって言うな!」

 今、自分でおじさんって言ってたよ!?
 これからは、家族的な意味でおじさんて呼んで良いってことかと思ったら、なんか違った!?
 難しい!

 アドルフさんは体温計みたいな物を取り出して空中にかざした。
 その数値がガンガン上がって、警告音みたいなのが鳴った。

「ん~、やばいレベルの瘴気だな。なるほど、こりゃブラウニーが倒れるわけだ……プラムは平気そうだな」
 瘴気って測定できるんだ……。
 知らない事いっぱいあるな。

「私は大丈夫……。アドルフさんは平気なの?」

「オレ、これでも一応錬金術師の資格もあんのよ。自分なりにアイテム作って、普段からある程度対策してるからオレは大丈夫だ」

 錬金術師って、たしか色々とアイテム開発する研究者みたいな仕事だったかな。
 てっきり生粋の冒険者かと思ってた。

「さて、プラム。お前は聖属性の持ち主だ。魔力量もかなりあるって聞いてるぞ。だがお前は現場経験が皆無に近い、魔法は使えるけど普通の女の子だ。だから、取り急ぎで、できることを考えよう」

 私はコクリと頷いた。
 指示してくれる大人がいるのって心強い。

「本来ならここで動くのは大人の神父の仕事なんだろうが、この様子だと旗色が悪そうだ。神父も倒れてる可能性高いな」
「アドルフさん、神父様は……」
 私はおそらく神父様が瘴気の原因だろうということを伝えた。

「あー。まじかよ。酷い瘴気だから高位魔族がいるかなとは思ったが……神父が、ねえ。じゃあ、神父なんとかしねーとそもそも瘴気がなくならないじゃないか」
 アドルフさんはうーん、と人差し指でこめかみをグリグリした。

 高位魔族……。
 教会の授業で聞いた気はするけど、あまりにも生活に関係ないから、気にもとめたことなかった。教会は祝福されてるからそんなの無関係だって思ってたし……。

「……とりあえず、中にいる子供たちとシスターを運び出さないとな。
その際に神父に遭遇したら……戦いになるかもしれんが。まあ、しょうがないか」

「戦い……」

 私はその言葉にまた動揺し始めた。
 非日常的過ぎて受け止められない。

「ああ、大丈夫だ。これでも長年冒険者やってるし。そんな心配そうな顔するな。……よし、プラム。オレはこれから中に入って1人……子供だから2~3人いけるか。それを何回かに分けて運び出すから、お前はここから……瘴気が入らない範囲を作れるか?」

「……ごめんなさい、そういうの、教わったこともやった事も……なくて」
 それをいつかは教えてくれたかもしれない人が、この瘴気の原因だ。
 やるせない……。

「あ、でも範囲を広げるやり方はわかります……回復範囲を拡張するとか」

「そうか。じゃあ、回復範囲をできるだけでいいから教会全体に広げて、オレの作業が完了するまで続けられるか? 子供たちの体力を保たせたい。……めちゃくちゃ広範囲で無茶振りなんだが」

「多分それならできます……けど、対瘴気の解毒の広範囲は?今なら落ち着いてできると思うんです。というか、私も一緒に行きますよ」

「まじか。本気で駄目元で聞いたんだが。さすがは聖女クラスの魔力保持者。……いや、それはどっちも了承できない。回復拡張で頼む。瘴気を止めないとまたすぐに蝕まれるからな。さすがに回復と解毒、両方一度にやれたりはしないだろ?しかも広範囲だ。……あとな」

 ちゃんと私の話を聞いて、考えて指示してくれる。すっごいベテランなんだな。アドルフさん。
 確かに、魔法の使い方を覚え始めたばかりの私にはそんな器用なことはできない。
 自信があるのは魔力量だけだ。

「そこで寝てるそいつらや、今から運びだす子供たちを診る人間が必要だ。この瘴気で他の魔物も寄ってくる可能性が高い。その為にも回復一本に絞った方がいい」
「……わかりました」

 不安しかない。でもやるしかない。

「魔物がもし現れたら、これでオレを呼んでくれ」
 アドルフさんはメモ用紙のようなものにペンで自分の名前を書き込んで、それで紙飛行機を作った。

「これは?」
「簡単にいえば伝書鳩みたいなもんだ。これを飛ばしたらオレに届くから。そしたら速攻で戻ってくる」
 なにそれすごい。

「しかし……瘴気レベルが高すぎる。ひょっとしたらこのまま瘴気が街まで広がるかもしれないな。
ひと段落した後、連絡して別の聖属性含めたヘルプを連れてくるのも骨が折れ……っと、今はそんな事より救助だな」

「さーて! おじさんは頑張ってくるぞ!」
 アドルフさんは自分の顔をパンと叩いて気合いを入れると、教会の中へ走って行った。
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