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【11】免罪
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「なんてことをするんだ! ミューラ!!」
朝食の席に着くために、食堂へはいったミューラは、父親であるハミルトン男爵から平手打ちを食らった。
「……っ」
殴られた頬に手をやり、呆然とした。
男爵の背後で、泣きわめいて男爵夫人に抱きつき、あやされているエレナがいた。
エレナは男爵に懇願(こんがん)するように言う。
「お父様、そんな事したらミューラが可哀想だわ! やめてあげて! 私がいけないの。私が人形を欲しがったから!」
「ああ、なんて優しい子なの、エレナ……。それに比べて、ミューラ。やっぱり孤児院で育ったからやることが粗暴なのね。馬車では、泣く以外は静かにしていたから、おとなしい子だと思っていたのに」
エレナを愛おしそうに撫でながら、ミューラに冷たい視線を送る男爵夫人。
「嘆(なげ)かわしい。我が家の血を引いていながら、姉の人形を盗んだ上にこんな残酷なことをするなど……!」
男爵は叱りたいのか、怒鳴りたいのか、それともその両方なのか。
エレナに害を与えたと思っているその形相は凄まじく、ミューラの意見を聞くことはなさそうだった。
「お父様、やめて。きっとミューラは寂しかったのよ。私、姉として彼女にもっと優しく接します。そうすればミューラだって、今後はこんな事しないわ……っ」
「辛いのはお前なのに、ミューラを庇うなんて……本当にお前は天使のような子だ、エレナ」
「本当に……。立派よ、エレナ」
ミューラの眼前で始まる家族劇第二幕。
――私は、やっていません。
ミューラは、そんな一言も出せず、ただその場の雰囲気に圧倒され、立ち尽くした。
だが、その時、
「旦那様。ミューラ様のお荷物は私が管理しておりましたが、今朝まで人形はミューラさまのクローゼットにはございませんでした。もう一度、何かの間違いではないか、ご確認して頂けませんか」
ミューラの傍にいた赤髪メイドがそのように発言した。
ミューラは思わず彼女を見た。
彼女はこちらを一瞥(いちべつ)もせず、綺麗な姿勢で前を向いている。
ミューラはこんな時なのに、彼女は凛としていて美しい、と思った。
「貴様、メイドのくせに口を挟むのか。お前ごときが、それはエレナを疑っているのか!?」
「申し訳ありません。ただ、ミューラ様は今朝、お疲れだったようで何度か揺すらなければお目覚めになりませんでした。人形をそのように悪戯(いたずら)される余地はなかったかと……」
「じゃあ、誰か使用人がやったのか!」
「いえ――それは私にはわかりかねますが、ただ、私はミューラ様ではないと……」
「確たる証拠もないくせに、いい加減なことを言うんじゃない!!」
「――っ!」
今度は赤髪のメイドが平手打ちされた。
「……! (わ、私をかばったせいで……!)」
ミューラは焦った。
そしてふと視界にエレナが入った。
エレナが冷酷な目つきでそのメイドを見ていた。そして、
「お父様、嘘つきのメイドが屋敷内にいるのって良くないんじゃないかしら……」
解雇を促(うなが)している。
ミューラは思った。
――このままだと、あの赤髪の彼女が辞めさせられるか、何か酷い目に遭わされるのでは……。
そんな気がして――口走った。
「ご、ごめんなさい! 私がやりました!!! それで、その赤い髪のメイドさんに、私を庇って、と頼みました……!!」
赤髪のメイドが、すこし驚いたような顔でミューラを見た。
「やっぱりか!!」
「まあ、メイドまで巻き込むなんて!!」
一瞬、エレナの口の端がつり上がった。
「そんな……! ミューラ、どうしてそんな酷いこと……」
しかし、すぐに目頭を抑えた。大きな瞳からはポタポタと涙が絨毯に落ちる。
「……」
どうして、と問われてもやってないので答えようが無かった。
「だんまりか! まさか孤児院でもこんな事をしていたのか? 我が家の恥晒しめ」
「あの院長、ミューラは優しく良い子だ、と言っていたのに。とんだ嘘つきね」
「い、院長先生は良い人です!」
「口答えするんじゃありません!」
「痛……っ」
大好きな院長先生を嘘つき呼ばわりされるのは、我慢ならず、ついそう言ったら今度は夫人に頬を叩かれた。
「ミューラ、お前は今日は食事しなくてよろしい! おい、そこの赤毛の君、この子を仕置部屋へ。まったく、ここ何十年も使っていなかった仕置部屋を使うことになるとはな……!」
「……かしこまりました」
赤く腫れた頬の赤髪メイドは、今度は素直に男爵に従い、ミューラを仕置部屋に連れて行った。
◆
仕置部屋は小さな部屋で暗かった。
小さな窓があり、そこには鉄格子がはめられている。
わずかにそこから小さな光が入ってくる。
他にはガラクタのような古い調度品が詰め込むように置いて有り、倉庫のようだった。
「ホコリまみれ……」
そういえば何十年も使ってないと、ハミルトン男爵が言っていた。
「……庇ってくださってありがとうございます」
誰もいない為か、赤髪のメイドがそう言ってきた。
「いえ……。でも、貴女が危なそうだったから」
ミューラは久しぶりに人間に話しかけられた気分だった。
たった一言のお礼に心が潤(うるお)うのを感じた。
「出過ぎた真似をしたとは思ったのですが、あまりにも……ひどかったので」
彼女の言葉に、自分の感覚が正しかったのだな、と確認できた。
彼女がいなかったら、自分が悪いのだと思い込んでいそうだった。
「……ホコリまみれですので、あとでお掃除しに参ります。そして何か食べれるものをお持ちしますね」
「そんな事したら、また貴女が責められるわ」
「わからないように、やってみます」
お互い、打たれて赤くなった頬を見てフフ、と笑いあった。
それでは、赤髪のメイドは出ていった。
出ていった後で、ミューラは彼女の名前を聞き忘れたと思ったがあとで来る、と言っていたからその時には忘れないように聞こうと思った。
ただ、それきり――そのメイドと会うことはなかった。
ミューラは、仕置部屋で何日も過ごしたあとは、しばらく普通に生活できたが、そのメイドの姿は探しても見当たらなかった。
さらに、エレナの『孤児院で過ごしてきた子だから、全部自分で出来る』という主張が通り、ミューラ付きのメイドは配属されず、特別な時以外はメイドを利用することが許されなくなった。
朝食の席に着くために、食堂へはいったミューラは、父親であるハミルトン男爵から平手打ちを食らった。
「……っ」
殴られた頬に手をやり、呆然とした。
男爵の背後で、泣きわめいて男爵夫人に抱きつき、あやされているエレナがいた。
エレナは男爵に懇願(こんがん)するように言う。
「お父様、そんな事したらミューラが可哀想だわ! やめてあげて! 私がいけないの。私が人形を欲しがったから!」
「ああ、なんて優しい子なの、エレナ……。それに比べて、ミューラ。やっぱり孤児院で育ったからやることが粗暴なのね。馬車では、泣く以外は静かにしていたから、おとなしい子だと思っていたのに」
エレナを愛おしそうに撫でながら、ミューラに冷たい視線を送る男爵夫人。
「嘆(なげ)かわしい。我が家の血を引いていながら、姉の人形を盗んだ上にこんな残酷なことをするなど……!」
男爵は叱りたいのか、怒鳴りたいのか、それともその両方なのか。
エレナに害を与えたと思っているその形相は凄まじく、ミューラの意見を聞くことはなさそうだった。
「お父様、やめて。きっとミューラは寂しかったのよ。私、姉として彼女にもっと優しく接します。そうすればミューラだって、今後はこんな事しないわ……っ」
「辛いのはお前なのに、ミューラを庇うなんて……本当にお前は天使のような子だ、エレナ」
「本当に……。立派よ、エレナ」
ミューラの眼前で始まる家族劇第二幕。
――私は、やっていません。
ミューラは、そんな一言も出せず、ただその場の雰囲気に圧倒され、立ち尽くした。
だが、その時、
「旦那様。ミューラ様のお荷物は私が管理しておりましたが、今朝まで人形はミューラさまのクローゼットにはございませんでした。もう一度、何かの間違いではないか、ご確認して頂けませんか」
ミューラの傍にいた赤髪メイドがそのように発言した。
ミューラは思わず彼女を見た。
彼女はこちらを一瞥(いちべつ)もせず、綺麗な姿勢で前を向いている。
ミューラはこんな時なのに、彼女は凛としていて美しい、と思った。
「貴様、メイドのくせに口を挟むのか。お前ごときが、それはエレナを疑っているのか!?」
「申し訳ありません。ただ、ミューラ様は今朝、お疲れだったようで何度か揺すらなければお目覚めになりませんでした。人形をそのように悪戯(いたずら)される余地はなかったかと……」
「じゃあ、誰か使用人がやったのか!」
「いえ――それは私にはわかりかねますが、ただ、私はミューラ様ではないと……」
「確たる証拠もないくせに、いい加減なことを言うんじゃない!!」
「――っ!」
今度は赤髪のメイドが平手打ちされた。
「……! (わ、私をかばったせいで……!)」
ミューラは焦った。
そしてふと視界にエレナが入った。
エレナが冷酷な目つきでそのメイドを見ていた。そして、
「お父様、嘘つきのメイドが屋敷内にいるのって良くないんじゃないかしら……」
解雇を促(うなが)している。
ミューラは思った。
――このままだと、あの赤髪の彼女が辞めさせられるか、何か酷い目に遭わされるのでは……。
そんな気がして――口走った。
「ご、ごめんなさい! 私がやりました!!! それで、その赤い髪のメイドさんに、私を庇って、と頼みました……!!」
赤髪のメイドが、すこし驚いたような顔でミューラを見た。
「やっぱりか!!」
「まあ、メイドまで巻き込むなんて!!」
一瞬、エレナの口の端がつり上がった。
「そんな……! ミューラ、どうしてそんな酷いこと……」
しかし、すぐに目頭を抑えた。大きな瞳からはポタポタと涙が絨毯に落ちる。
「……」
どうして、と問われてもやってないので答えようが無かった。
「だんまりか! まさか孤児院でもこんな事をしていたのか? 我が家の恥晒しめ」
「あの院長、ミューラは優しく良い子だ、と言っていたのに。とんだ嘘つきね」
「い、院長先生は良い人です!」
「口答えするんじゃありません!」
「痛……っ」
大好きな院長先生を嘘つき呼ばわりされるのは、我慢ならず、ついそう言ったら今度は夫人に頬を叩かれた。
「ミューラ、お前は今日は食事しなくてよろしい! おい、そこの赤毛の君、この子を仕置部屋へ。まったく、ここ何十年も使っていなかった仕置部屋を使うことになるとはな……!」
「……かしこまりました」
赤く腫れた頬の赤髪メイドは、今度は素直に男爵に従い、ミューラを仕置部屋に連れて行った。
◆
仕置部屋は小さな部屋で暗かった。
小さな窓があり、そこには鉄格子がはめられている。
わずかにそこから小さな光が入ってくる。
他にはガラクタのような古い調度品が詰め込むように置いて有り、倉庫のようだった。
「ホコリまみれ……」
そういえば何十年も使ってないと、ハミルトン男爵が言っていた。
「……庇ってくださってありがとうございます」
誰もいない為か、赤髪のメイドがそう言ってきた。
「いえ……。でも、貴女が危なそうだったから」
ミューラは久しぶりに人間に話しかけられた気分だった。
たった一言のお礼に心が潤(うるお)うのを感じた。
「出過ぎた真似をしたとは思ったのですが、あまりにも……ひどかったので」
彼女の言葉に、自分の感覚が正しかったのだな、と確認できた。
彼女がいなかったら、自分が悪いのだと思い込んでいそうだった。
「……ホコリまみれですので、あとでお掃除しに参ります。そして何か食べれるものをお持ちしますね」
「そんな事したら、また貴女が責められるわ」
「わからないように、やってみます」
お互い、打たれて赤くなった頬を見てフフ、と笑いあった。
それでは、赤髪のメイドは出ていった。
出ていった後で、ミューラは彼女の名前を聞き忘れたと思ったがあとで来る、と言っていたからその時には忘れないように聞こうと思った。
ただ、それきり――そのメイドと会うことはなかった。
ミューラは、仕置部屋で何日も過ごしたあとは、しばらく普通に生活できたが、そのメイドの姿は探しても見当たらなかった。
さらに、エレナの『孤児院で過ごしてきた子だから、全部自分で出来る』という主張が通り、ミューラ付きのメイドは配属されず、特別な時以外はメイドを利用することが許されなくなった。
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