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【38】勘違いで今は良い
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エドガーの仲間の治癒魔法を何回かに分けて受け、ミューラの傷はだいぶん良くなって、起き上がれるようになった。
その間、一度ガエルが訪ねてきた。
ガエルはミューラに土下座して謝ったあと、
「これは、ミューラお嬢様のモノですよね」
と、『アン』が入った袋を渡して来た。
「……良かった、探してたの、ありがとう、ガエル」
「良かったな、ミューラ」
「うん」
ミューラはもとより、ガエルを責めるつもりはなかった。
彼にも傷害の罪はあるが、許すつもりだった。
ガエルは、エレナ及び男爵夫妻から報復される可能性もあるため、宛があるわけではないが、男爵家を去るらしい。
――私がこれから新しい道に行けるように、彼にもやり直すチャンスがあるといい。
ガエルを心配したミューラは、ホエル兄に頼み込んで仕事先を斡旋してあげて欲しいと頼みに行った。
そこで意外な人物に遭遇した。
「あれ! ミューラお嬢様!?」
――いつか辞めさせられた、赤髪のメイドだった。
ホエル兄の結婚相手は、まさかの彼女だった。
「まさかミューラお嬢様が、ホエルの妹分だったなんて!」
「私のこと、覚えていてくれたんですね」
「もちろんですよ。とても心配でした。なのにお傍にいられなくて、すみませんでした!」
――彼女に、あの屋敷で出会っていなければ、私は自分の価値観を失ってた気がする。
なんと言えばいいかわからないが、ミューラは彼女に恩を感じていた。
「そういえば、ずっと気になっていたの。あなたの名前を聞いてなかった、と思って」
「私ですか? アンジュです! アンって呼んで下さい!」
ミューラはそれを聞いて、目をパチクリしたあと、ニッコリと微笑んだ。
◆
「さて……じゃあ、そろそろ荷物をまとめるね。といっても、そんなに荷物はないのだけど」
「本当にもう大丈夫か? これから長旅になるから、もう少し、しっかり治してからのほうが」
ミューラの部屋でずっと看病していたエドガーが、心配して言った。
「ううん。もうこの屋敷から、解放されたい。……おねがい」
「わかった」
そして、少ない荷物をまとめ終えたミューラは、エドガーにバンダナを差し出した。
「エドガー、遅くなったけど、やっとこれ渡せる」
ミューラはバンダナをエドガーに返した。
「ああ、ありがとう」
「あの日そのバンダナを貸してくれてありがとう。とても支えになったよ」
「そうか。それは良かった。俺も『アン』をずっと連れ歩いて、ずっとお前のことを思ってた……えっとそれで……」
そこでエドガーが目線をそらした。
「……」
「……?」
「……えっとそれでだな」
「うん?」
「王都に戻って報奨を貰ったら、一緒の家に住みたいんだが」
「わ、そうだ。そういえば、そんな話だったけど、本当にいいの?」
「もちろんだ。……ずっと子供の頃から実はそう思ってた。金ができたら一緒の家に住みたいって。今もその気持は全く変わってないんだ」
「うれしい、ありがとう! 働き口どうしようかと思ってたの。エドガーがこれから住む屋敷がどれだけ広くても。私、がんばってお給仕もお掃除もするね!」
「……うん?」
「この屋敷から出ようと思って、メイドの勉強がんばったんだよ! エドガーの屋敷で働くの楽しみ!」
エドガーは、こめかみをもんだ。
「……。(ちがう。そうじゃない)」
「がんばったら侍女に格上げお願するね。あ、ちゃんと雇ってもらったあとでは、言葉遣いはメイドらしくするから心配しないでね」
ミューラはこの二年ほど、男爵家を出るために、メイド業務を真面目にこなしてきて、いつかは外で働くというあまりにも強固な目的を持っていたため、エドガーの言った意味を取り違え、やっとメイドになる夢が叶うのだと思った。
「……メイドになりたいのか?」
「ええ。そしてメイドになってこの屋敷の外に行ければ……自由になって、エドも探せて……あれ?」
「メイドにならなくても、もうこの屋敷は出れるぞ」
「ほんとだ……」
「エドはここにいるぞ」
「そうだね……」
「エド……私、自由になれたけど、生きる目的を失ってしまったわ」
ミューラは自分の手をじっと見つめた。
「これは……心の傷が重症だな……。燃え尽きた……というやつか? ミュー。とりあえず俺の切り出し方が悪かった」
「え?」
「いや、なんというか。とりあえず今はそれでいい……。取りあえずなにも考えずに俺ん家こい……」
エドガーは考え直した。
良く考えたら今は、プレゼントどころか指輪も用意してない。
しかも薄汚れた旅の格好だ。
「(むしろ勘違いしてくれてよかった、か)」
「そうだね。そうさせてもらう、ありがとう」
「ミュー。色々落ち着いたら、俺の話をじっくり聞いてほしいんだが」
「うん、聞きたい。会えなかった期間のこと、いっぱい聞きたいよ!」
お互い、会わない間に成長して、大人の姿になってしまったし、自分のことは忘れてしまってるかもしれない、でも会いたい。そう思い続けた2人の間は、会ってみれば、そのブランクは無いかのようだった。
「(――エドガーとの関係が変わらなくて、良かった)」
「ああ、うん。そういうのも、勿論話す。……というか、そっちからまず話していくか。まあ、オレの屋敷に住むってのだけは、決定だ」
エドガーはそう言って、ミューラがまとめた軽いカバンを手に取り、空いてる方の手をミューラに差し出した。
「ありがとう、エドガー! そうだね。細かいことは色々落ち着いてから話そうね」
そして、ミューラは見ない間にとても大きくなった彼の手を、ギュッと握った。
その間、一度ガエルが訪ねてきた。
ガエルはミューラに土下座して謝ったあと、
「これは、ミューラお嬢様のモノですよね」
と、『アン』が入った袋を渡して来た。
「……良かった、探してたの、ありがとう、ガエル」
「良かったな、ミューラ」
「うん」
ミューラはもとより、ガエルを責めるつもりはなかった。
彼にも傷害の罪はあるが、許すつもりだった。
ガエルは、エレナ及び男爵夫妻から報復される可能性もあるため、宛があるわけではないが、男爵家を去るらしい。
――私がこれから新しい道に行けるように、彼にもやり直すチャンスがあるといい。
ガエルを心配したミューラは、ホエル兄に頼み込んで仕事先を斡旋してあげて欲しいと頼みに行った。
そこで意外な人物に遭遇した。
「あれ! ミューラお嬢様!?」
――いつか辞めさせられた、赤髪のメイドだった。
ホエル兄の結婚相手は、まさかの彼女だった。
「まさかミューラお嬢様が、ホエルの妹分だったなんて!」
「私のこと、覚えていてくれたんですね」
「もちろんですよ。とても心配でした。なのにお傍にいられなくて、すみませんでした!」
――彼女に、あの屋敷で出会っていなければ、私は自分の価値観を失ってた気がする。
なんと言えばいいかわからないが、ミューラは彼女に恩を感じていた。
「そういえば、ずっと気になっていたの。あなたの名前を聞いてなかった、と思って」
「私ですか? アンジュです! アンって呼んで下さい!」
ミューラはそれを聞いて、目をパチクリしたあと、ニッコリと微笑んだ。
◆
「さて……じゃあ、そろそろ荷物をまとめるね。といっても、そんなに荷物はないのだけど」
「本当にもう大丈夫か? これから長旅になるから、もう少し、しっかり治してからのほうが」
ミューラの部屋でずっと看病していたエドガーが、心配して言った。
「ううん。もうこの屋敷から、解放されたい。……おねがい」
「わかった」
そして、少ない荷物をまとめ終えたミューラは、エドガーにバンダナを差し出した。
「エドガー、遅くなったけど、やっとこれ渡せる」
ミューラはバンダナをエドガーに返した。
「ああ、ありがとう」
「あの日そのバンダナを貸してくれてありがとう。とても支えになったよ」
「そうか。それは良かった。俺も『アン』をずっと連れ歩いて、ずっとお前のことを思ってた……えっとそれで……」
そこでエドガーが目線をそらした。
「……」
「……?」
「……えっとそれでだな」
「うん?」
「王都に戻って報奨を貰ったら、一緒の家に住みたいんだが」
「わ、そうだ。そういえば、そんな話だったけど、本当にいいの?」
「もちろんだ。……ずっと子供の頃から実はそう思ってた。金ができたら一緒の家に住みたいって。今もその気持は全く変わってないんだ」
「うれしい、ありがとう! 働き口どうしようかと思ってたの。エドガーがこれから住む屋敷がどれだけ広くても。私、がんばってお給仕もお掃除もするね!」
「……うん?」
「この屋敷から出ようと思って、メイドの勉強がんばったんだよ! エドガーの屋敷で働くの楽しみ!」
エドガーは、こめかみをもんだ。
「……。(ちがう。そうじゃない)」
「がんばったら侍女に格上げお願するね。あ、ちゃんと雇ってもらったあとでは、言葉遣いはメイドらしくするから心配しないでね」
ミューラはこの二年ほど、男爵家を出るために、メイド業務を真面目にこなしてきて、いつかは外で働くというあまりにも強固な目的を持っていたため、エドガーの言った意味を取り違え、やっとメイドになる夢が叶うのだと思った。
「……メイドになりたいのか?」
「ええ。そしてメイドになってこの屋敷の外に行ければ……自由になって、エドも探せて……あれ?」
「メイドにならなくても、もうこの屋敷は出れるぞ」
「ほんとだ……」
「エドはここにいるぞ」
「そうだね……」
「エド……私、自由になれたけど、生きる目的を失ってしまったわ」
ミューラは自分の手をじっと見つめた。
「これは……心の傷が重症だな……。燃え尽きた……というやつか? ミュー。とりあえず俺の切り出し方が悪かった」
「え?」
「いや、なんというか。とりあえず今はそれでいい……。取りあえずなにも考えずに俺ん家こい……」
エドガーは考え直した。
良く考えたら今は、プレゼントどころか指輪も用意してない。
しかも薄汚れた旅の格好だ。
「(むしろ勘違いしてくれてよかった、か)」
「そうだね。そうさせてもらう、ありがとう」
「ミュー。色々落ち着いたら、俺の話をじっくり聞いてほしいんだが」
「うん、聞きたい。会えなかった期間のこと、いっぱい聞きたいよ!」
お互い、会わない間に成長して、大人の姿になってしまったし、自分のことは忘れてしまってるかもしれない、でも会いたい。そう思い続けた2人の間は、会ってみれば、そのブランクは無いかのようだった。
「(――エドガーとの関係が変わらなくて、良かった)」
「ああ、うん。そういうのも、勿論話す。……というか、そっちからまず話していくか。まあ、オレの屋敷に住むってのだけは、決定だ」
エドガーはそう言って、ミューラがまとめた軽いカバンを手に取り、空いてる方の手をミューラに差し出した。
「ありがとう、エドガー! そうだね。細かいことは色々落ち着いてから話そうね」
そして、ミューラは見ない間にとても大きくなった彼の手を、ギュッと握った。
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