4 / 30
2-2
そう言われ、驚いた深琴は素直に頷いた。
濡れた髪を両手でまとめるようにひと撫でしてから、彼は、助かったよ、と笑う。
なんてスマートな言葉を使うのだろうと、深琴はただただ感心するばかりだった。受け取るでもなく、拒むでもなく、送るから一緒に帰ろう、なんて言葉は深琴からは絶対に出ない言葉だ。
ぼんやりと彼を見ていた深琴に笑いかけ、じゃあ行こうか、と彼が傘を持って歩き出す。想像もしてなかった相合傘に、左肩が少し緊張した。こんな距離感で誰かと歩くなんて久しくなかった。
「深琴センセイ、だったよね?」
名前、という彼に深琴が頷く。
「俺、宮田銀次。商店街にある宮田サイクルの一応跡取り」
「ああ……宮田さんのところの」
「知ってるの? うち」
深琴はそれに頷いて、今の自転車は宮田さんで買いました、と告げる。小さな田舎町に、自転車を売っているところは宮田サイクルだけだ。あとは電車で何駅か向こうにショッピングセンターがあり、そこで買うことも出来るが、配送などを考えると地元の方が便利だった。
「お買い上げありがとうございます。てか、センセイ自転車乗るんだ。なんか意外」
雨の音に紛れ、銀次がくすくすと笑う。それに深琴は首を傾げた。
「あ、別に変だとかじゃなくて、お医者さんってなんか高級外車乗ってるイメージ」
「それはあくまでイメージで……」
深琴は言いながら少し笑った。
実際クリニックの経営は決して順調ではない。赤字の月を黒字の月で補填して、なんとかやっている。この町に歯科医は二軒しかないから、やれているようなものだ。
「そっか。センセイ若いし自転車でまだどこでも行けそうだしね。てか、センセイっていくつ?」
「二十九ですが」
「俺より年上? 絶対同じか下だと思ってた! てか、じゃあ敬語やめてよ、センセイ」
俺も言葉直さないから、と銀次が言う。
「てことは高校被るかな? 俺、今二十七だし……高校地元?」
「虹陵です」
深琴は地元にある男子高の名前を口にした。町の中心から見上げた山の中にある高校で、九割が寮生活を送るなんとも世界の狭いところだった。
「だから敬語ダメだってー。俺も虹陵! じゃあ俺が一年の時、深琴センセイは三年だったんだ」
「そうなりま……なるね」
丁寧に言いかけて、銀次の鋭い視線を感じて語尾を言いなおす。すると銀次は満足そうに頷いてそれから、てことは…、と口の中で呟いた。
「じゃあ……あいつと一緒か」
銀次がぽつりと呟いた言葉に深琴が首を傾げる。けれど銀次はそれに気づかなかったようで、そっかあ、と懐かしそうな顔をした。
「俺、二ヶ月前までデザインの仕事してたんだけど、色々あってこっち戻ってきて……でも地元の友達全然残ってなくて寂しかったんだ。センセイが先輩だったって、なんか嬉しい」
「そう? まあ地元出身は少なかったしね」
片田舎の男子校は、スポーツと芸術が盛んで、それを目指して遠くから入学してくる生徒も多かった。
「そうだよね。そういや、みんな部活やってた気がする。センセイは、何かしてた?」
「いや、僕は……」
あの頃から他人と何かを一緒にやることが苦手だったので、部活なんか入るつもりはなかった。一人での作業が好きなら美術部はと勧められたが、結局三年間何も入らずに終わった。
「帰宅部仲間? やった、一緒だね」
銀次が嬉しそうに笑う。一つ一つ共通点を見つけては喜ぶ銀次に、深琴は少し羨ましさを感じた。こんなふうに話す事ができたら、きっと毎日楽しいだろうな、と。今日誰かに投げつけてしまった言葉に後悔して、ぐたぐだと考えたりしなくていいのかと思うと、やはりいいなと感じてしまう。
「あれ? センセイ、クリニック過ぎるけど?」
傘を持って、深琴の隣を歩いていた銀次が立ち止まる。深琴は、うん、とそれに頷いた。
「家はもう少し先なんだ。実家ではあるんだけど、ここで生活はしてないんだよ」
「へえ……いいね、メリハリついて。ウチは二階が自宅だから、なんだか起きてから寝るまで仕事って感じだよ」
「そう、かな?」
「うん、いいよ、絶対。だって、センセイだって二十四時間センセイじゃないでしょ? ただの深琴さんに戻る時間も大事だよ」
――自分は薄情なのではないか。
そう思った時もあった。けれど、どうしても父親のようにはできなくて、それが少し負い目だった。
でも銀次の今の一言で、その気持ちがすっと軽くなって、消えたような気がした。
「……あり、がと……」
「え? なんでお礼?」
「あ、いや、なんでも……あ、ここでいいよ。このマンションなんだ」
クリニックから五分ほど歩いた先にあるマンションの前で止まると、深琴はそう言ってエントランスへと入った。
「ここなんだ。何階?」
「三階。角の……ここからベランダ見えるよ」
深琴が、あそこ、と指を差す。銀次は、へえ、とそれを見上げた。
「いいとこだね」
「そうかな? あ、傘はあげるから、持って帰って」
「……うん。わかった。じゃあ、またね、センセイ」
銀次は笑顔で深琴に手を振るとそのまま歩き出した。深琴はその背中を少し見送ってからエレベーターのボタンを押す。
「……お茶とかに誘うべき、だったかな……」
電球をつけてもらったお礼に傘を差し出したのに、結局家まで送ってもらってしまった。これでは何もお礼ができていない。
「だめだろ、これじゃ……」
深琴は自分の情けなさに大きくため息を吐いた。
濡れた髪を両手でまとめるようにひと撫でしてから、彼は、助かったよ、と笑う。
なんてスマートな言葉を使うのだろうと、深琴はただただ感心するばかりだった。受け取るでもなく、拒むでもなく、送るから一緒に帰ろう、なんて言葉は深琴からは絶対に出ない言葉だ。
ぼんやりと彼を見ていた深琴に笑いかけ、じゃあ行こうか、と彼が傘を持って歩き出す。想像もしてなかった相合傘に、左肩が少し緊張した。こんな距離感で誰かと歩くなんて久しくなかった。
「深琴センセイ、だったよね?」
名前、という彼に深琴が頷く。
「俺、宮田銀次。商店街にある宮田サイクルの一応跡取り」
「ああ……宮田さんのところの」
「知ってるの? うち」
深琴はそれに頷いて、今の自転車は宮田さんで買いました、と告げる。小さな田舎町に、自転車を売っているところは宮田サイクルだけだ。あとは電車で何駅か向こうにショッピングセンターがあり、そこで買うことも出来るが、配送などを考えると地元の方が便利だった。
「お買い上げありがとうございます。てか、センセイ自転車乗るんだ。なんか意外」
雨の音に紛れ、銀次がくすくすと笑う。それに深琴は首を傾げた。
「あ、別に変だとかじゃなくて、お医者さんってなんか高級外車乗ってるイメージ」
「それはあくまでイメージで……」
深琴は言いながら少し笑った。
実際クリニックの経営は決して順調ではない。赤字の月を黒字の月で補填して、なんとかやっている。この町に歯科医は二軒しかないから、やれているようなものだ。
「そっか。センセイ若いし自転車でまだどこでも行けそうだしね。てか、センセイっていくつ?」
「二十九ですが」
「俺より年上? 絶対同じか下だと思ってた! てか、じゃあ敬語やめてよ、センセイ」
俺も言葉直さないから、と銀次が言う。
「てことは高校被るかな? 俺、今二十七だし……高校地元?」
「虹陵です」
深琴は地元にある男子高の名前を口にした。町の中心から見上げた山の中にある高校で、九割が寮生活を送るなんとも世界の狭いところだった。
「だから敬語ダメだってー。俺も虹陵! じゃあ俺が一年の時、深琴センセイは三年だったんだ」
「そうなりま……なるね」
丁寧に言いかけて、銀次の鋭い視線を感じて語尾を言いなおす。すると銀次は満足そうに頷いてそれから、てことは…、と口の中で呟いた。
「じゃあ……あいつと一緒か」
銀次がぽつりと呟いた言葉に深琴が首を傾げる。けれど銀次はそれに気づかなかったようで、そっかあ、と懐かしそうな顔をした。
「俺、二ヶ月前までデザインの仕事してたんだけど、色々あってこっち戻ってきて……でも地元の友達全然残ってなくて寂しかったんだ。センセイが先輩だったって、なんか嬉しい」
「そう? まあ地元出身は少なかったしね」
片田舎の男子校は、スポーツと芸術が盛んで、それを目指して遠くから入学してくる生徒も多かった。
「そうだよね。そういや、みんな部活やってた気がする。センセイは、何かしてた?」
「いや、僕は……」
あの頃から他人と何かを一緒にやることが苦手だったので、部活なんか入るつもりはなかった。一人での作業が好きなら美術部はと勧められたが、結局三年間何も入らずに終わった。
「帰宅部仲間? やった、一緒だね」
銀次が嬉しそうに笑う。一つ一つ共通点を見つけては喜ぶ銀次に、深琴は少し羨ましさを感じた。こんなふうに話す事ができたら、きっと毎日楽しいだろうな、と。今日誰かに投げつけてしまった言葉に後悔して、ぐたぐだと考えたりしなくていいのかと思うと、やはりいいなと感じてしまう。
「あれ? センセイ、クリニック過ぎるけど?」
傘を持って、深琴の隣を歩いていた銀次が立ち止まる。深琴は、うん、とそれに頷いた。
「家はもう少し先なんだ。実家ではあるんだけど、ここで生活はしてないんだよ」
「へえ……いいね、メリハリついて。ウチは二階が自宅だから、なんだか起きてから寝るまで仕事って感じだよ」
「そう、かな?」
「うん、いいよ、絶対。だって、センセイだって二十四時間センセイじゃないでしょ? ただの深琴さんに戻る時間も大事だよ」
――自分は薄情なのではないか。
そう思った時もあった。けれど、どうしても父親のようにはできなくて、それが少し負い目だった。
でも銀次の今の一言で、その気持ちがすっと軽くなって、消えたような気がした。
「……あり、がと……」
「え? なんでお礼?」
「あ、いや、なんでも……あ、ここでいいよ。このマンションなんだ」
クリニックから五分ほど歩いた先にあるマンションの前で止まると、深琴はそう言ってエントランスへと入った。
「ここなんだ。何階?」
「三階。角の……ここからベランダ見えるよ」
深琴が、あそこ、と指を差す。銀次は、へえ、とそれを見上げた。
「いいとこだね」
「そうかな? あ、傘はあげるから、持って帰って」
「……うん。わかった。じゃあ、またね、センセイ」
銀次は笑顔で深琴に手を振るとそのまま歩き出した。深琴はその背中を少し見送ってからエレベーターのボタンを押す。
「……お茶とかに誘うべき、だったかな……」
電球をつけてもらったお礼に傘を差し出したのに、結局家まで送ってもらってしまった。これでは何もお礼ができていない。
「だめだろ、これじゃ……」
深琴は自分の情けなさに大きくため息を吐いた。
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。