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カタン、と何かが落ちる音が耳に飛び込んできて、深琴は、はっと目を開けた。
目の前に広がるのは、見慣れた自宅の天井。
今何時だろう? というか銀次と居酒屋にいなかったか――そこまで考えて、深琴は体を起こした。
「あ、センセイ、起こしちゃった? ごめん」
ペットボトル落としちゃってさ、と言いながら深琴に近づいてきたのは銀次だった。
「な……え……?」
全く状況が理解できていない深琴に銀次は微笑みかけ、ベッドの端に腰を下ろしながら、持っていたペットボトルを深琴に差し出した。中身は水のようだった。
「やっぱりピッチ早かったんだよ。すっかり潰れちゃったから、勝手にここまで運んで勝手に鍵開けて勝手に寝かせたよ」
「……迷惑かけたみたいで、ごめん。もう、平気だから」
帰っていいよ、と言うと、銀次はそっと深琴に手を伸ばした。
「もう少しいるよ」
「僕なんかに時間割かなくていい」
受け取ったペットボトルの蓋に手をかけながら深琴は言う。けれど手に力が入らず蓋はするりと手の中で滑るばかりだった。それを見ていた銀次が、貸して、とペットボトルを持ち上げる。
「まだ酔ってる? 可愛いね、センセイ」
あっさりと蓋を開けたペットボトルを深琴に戻しながら銀次が笑う。それを見て深琴は唇を尖らせた。
「可愛くなんか、ない。そもそも三十路手前の男が可愛いなんておかしい。僕は、そんなふうに形容される人間じゃない」
酔いのせいか、考えていることがすぐに口に出てしまっていた。でもやっぱり酔いのせいで、それもどうでもいいように感じる。
「そうかな。俺にとってはすごく可愛いよ」
「君は……か、彼女がいるんだろう? 僕なんか放っておけばいい」
これ以上踏み込まれてがっかりされる前に離れたらいい――そう思っていると、銀次は彼女? と驚いたように言ってから、大きく首を振った。それからまっすぐに深琴を見つめ、口を開いた。
「彼女なんていないよ。誰に聞いたの?」
「……女将さん」
深琴が素直に答えると、銀次は少し黙って、それから、ああ、と思い出したように深琴に微笑んだ。
「大学の時の友達だ。深琴さんの話したら、見たいってこっちまで遊びに来て……その時、あの店連れてったかも」
「……僕なんか見ても面白くないよ」
「あー……それはね……」
深琴の言葉に銀次が言い淀む。それから、少しだけ逡巡してから、ゆっくりと口を開いた。
「深琴さんをっていうか……俺の好きな人を見たいって……初めて俺が好きになった人だから……」
珍しくしどろもどろになりながら銀次が言葉を選んで答える。それに深琴は首を傾げた。
「………好き?」
「センセイが……深琴さんが好き。こんなに好きって思った人初めてで……だから、放っておけないよ」
銀次はそう言うと、深琴の頬に指を伸ばした。頬を手のひらで包み込み、ゆっくりと銀次の顔が近づく。そのまま自然の流れのように、唇を重ねた。
驚きで何も反応できない深琴を見て、銀次も少し驚いた顔をする。
「うわ、キス……できた……嫌じゃ、なかった?」
嫌じゃなかったどころか、キスされた瞬間から体が熱くてドキドキしている。それが深琴にとって衝撃だった。
「嫌……じゃない、けど……いつか、僕の傍を離れるんだから、もう、しない」
例え今回は彼女ではなく友達だったとしても、この先は分からない。つまらない、と思われてしまうかもしれない。
それが怖い。だから、これ以上銀次には近づかない。
「どうしてそんなこと分かるの? センセイ。ここでさ、俺が、絶対離れないって言って安心してくれるなら、いくらでも言うけど、そうじゃないでしょ? でも、俺は今、深琴さんが好き。それは絶対だよ」
気持ちを誓うように、銀次がもう一度深琴にキスを落す。その唇は柔らかくて、熱くて、溶けてしまいそうだった。
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