不器用なきみの手をひいて

藤吉めぐみ

文字の大きさ
23 / 30

8-4

「深琴さん!」
 金吾の言葉に被るように遠くから聞こえた声に、深琴はあたりを見渡した。
「……銀次?」
 遠くから手を振りながら駆け寄ってくる人影に目を凝らす。次第にそのシルエットはいつも見ている人物に切り替わっていった。
「飲み会終わった?」
「あ、うん……」
 頷いてから隣を見上げると金吾が驚いた顔で弟を見ていた。
「兄ちゃんもおかえり。深琴さん、俺が送ってくから先帰っていいよ」
 銀次はそう捲くし立て深琴の手をとった。その様子に金吾が驚いた表情を見せる。確かに自分と銀次に接点があるとは思いつかないだろう。金吾は驚いた顔のまま、ゆっくりと口を開いた。
「銀次……? お前、澤島と知り合い、なのか?」
 金吾の質問に銀次は、うん、と口を開いた。
「深琴センセイのとこ、俺も通ってるしね」
「もしかして……お前、なのか?」
 金吾は銀次の顔を少し険しい表情で見つめた。銀次はそれに飄々とした顔のまま応じる。
「何が?」
「だから……澤島、お前がおれに応えられないのは、銀次のせいか?」
 深琴に視線を移した金吾が詰問する。深琴は銀次を悪者のように言うその言葉がなんだか解せなくて首を振った。
「銀次のせいじゃない。僕の気持ち、だから……」
 深琴が言うと、そういうことか、と金吾は言い、それから言葉を繋いだ。
「銀次はヒトのものが欲しいだけ。おれが澤島のことが好きだって知ってたから、近づいただけだ。コイツは男なんかより女が好きなんだよ」
 金吾の言葉に深琴は勿論、銀次も表情を歪める。
「あのさ、いくら兄ちゃんだからって、そういう嘘言うの、あんまりじゃない?」
 銀次が少し低い声で答える。銀次は、これでも相当我慢して言葉を選んでいるのだろう。次第に深琴の手を掴む指に力が篭るのが分かった。
「嘘なんかじゃないだろ。お前が会社辞めた理由……上司の奥さんと不倫して、それがバレて辞めたんだよな?」
「兄ちゃん!」
「それにお前、あと数か月もしたら、また戻るんだろ? 前の職場の先輩が独立するから付いてくって、親父に話したって……」
「いいから!」
 金吾の言葉尻に被るように、銀次が叫ぶ。繋いでいた手はいつしか冷たくなり、少し震えているのが分かった。けれど深琴も金吾の言葉は衝撃以外の何者でもなくて、ただその場に立っているのがやっとだった。
「帰ろう、深琴さん」
 銀次がぎゅっと深琴の手を握る。それから深琴は銀次に手を引かれるがままその場を後にした。

「落ち着いた? 深琴さん」
 ドライヤーで髪を乾かしてくれていた銀次がソファの後ろから顔を出す。深琴はそれにこくりと頷いて、銀次が用意してくれていたコーヒーに手を伸ばした。
 あの後、銀次はそのまま深琴の部屋へ行き、深琴を風呂に入れ、パジャマを着せてからソファに座らせ、テーブルには熱めのコーヒーを置いてくれて、髪まで乾かしてくれた。
「寒くない?」
 深琴の隣に腰を下ろした銀次が心配そうな目でこちらを見やる。深琴はそれにまた頷いた。
「どうして、こんな……?」
「……気づいてないみたいだけど、深琴さん、ずっと震えてた、から……」
 銀次は、ごめん、と俯いた。金吾の言葉に驚きすぎて、自分は今まで正気ではなかったのだと、銀次に言われて初めて気がついた。
「俺のせい、だね」
「……宮田の言ってたことは、ホントなの?」
 深琴がゆっくりと聞くと銀次は大きくため息をついた。
「なんで余計なこと言うかな、あのバカ……」
「否定しないのか?」
 口ごもる銀次を尚もまっすぐ見つめ、深琴が聞くと、銀次が小さく息を吐いた。
「……俺は深琴さんが好きだよ。それじゃダメなの?」
「否定しない、ということか」
 銀次の言葉に冷めた口調で返すと、違うって、と銀次が立ち上がった。
「俺は深琴さんが好きなの! もう他に何もなくてもいいくらい、深琴さんだけが好きなんだよ。それをちゃんと深琴さんが分かってくれてなきゃ話せないんだ……」
 訴えるように懇願するように語調を強めた銀次がこちらを見下ろす。好きだ、分かってくれ、分かってくれなきゃ話さない、なんて――傲慢だと思った。
「……もう、いい。帰ってくれ」
 深琴は立ち上がるとそのまま寝室のドアを開けた。
「ちょっ、待ってよ、深琴さん!」
「もう聞かない。もう……会わない」
 深琴はそれだけ言うと寝室のドアを閉め、銀次を視界から消した。
「深琴さん、なんで……分かってくれないんだよ……」
 深琴さん、とドアの前で銀次が呟く。涙声のそれを聞きながら、泣きたいのはこっちだと深琴は唇を噛み締めた。
 銀次が自分を好きでいてくれていることなんか、もうずっと前から分かっている。金吾の言葉に動揺した自分も悪いと思うが、すぐにきっぱりといつもの調子でただ否定して欲しかっただけだった。
 全部嘘だよ、兄貴の言うことなんか気にするなよ――そう言って抱きしめてくれたらそれで良かった。真実なんかどうでも良かった。
 遠くから玄関ドアの閉まる音が響く。
「……なんで帰るんだよ、バカ……」
 寝室に鍵などない。引けばすぐに開くドアだというのに銀次は開けなかった。こちらの気持ちなど完全に無視だ。
 待っていたのに。もし過去に女性と付き合っていたって構わない。この町を離れるとしても好きで居続けてくれるならそれでも良かった。今は自分のことが好きなんだ、だから信じろ、と言ってくれると思っていたのに――
 銀次の胸に飛び込む準備は出来ていた。
「……僕だって、銀次が好きなんだ……」
 好き。言葉にするとあっけないけれど、これまでずっと考えてきたことだ。
 これまで感じたことない感情を銀次はたくさん教えてくれた。その度にどうしたらいいか分からなくなる深琴を銀次は優しく見守ってくれていた。
 嬉しいのも悲しいのも寂しいのも腹が立つのも――
 全部、銀次のせい。全部、銀次のため。 
 それが好きだってことに気づいた。気づいたのに――
「バカ銀次……」
 深琴はそう呟くとそのままベッドへと突っ伏した。
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。