24 / 30
9-1
翌日も、そのまた翌日も、銀次はクリニックに現れなかった。もちろん、なんの連絡もない。
当然だろう、こちらが会わないと言ったのだ。だけど――
「……いつも強引なくせに……」
あのバカは肝心な時に何もしない。ため息を吐きながら電子カルテに向かっていると後ろからくすくすと鈴の鳴るような笑い声が聞こえてきた。
「先生、またぼーっとしてる」
加奈が洗浄の終わった器具を揃えながらそんなことを言う。
「え、あ……ごめん……」
「いいですけど……宮田さん、最近来ませんね」
「いや……どうしてそこで銀次が出るかな……」
カタカタとキーボードを打ち、冷静を装いながら言い返すと、加奈は、だって、と笑顔を向けた。
「宮田さんが来るようになってから、先生すごく明るくなったし、とても話すようになりましたから。患者さんたちも先生が優しくなったって仰ってるんですよ。私も、それはすごく感じてて……クリニックの二階を貸してくれたことも、すごく嬉しかったです」
その言葉に、そうか、と深琴が頷いた。確かに銀次と会ってから、自分の世界は広がった気はする。自分だけの価値観で考えていたことも、他人に気持ちを寄せて考えることが出来るようになった。
「私、この間弁護士さんと一緒に夫に会いました。ちゃんと離婚の話をすることが出来て……全部先生と宮田さんのおかげです」
加奈が笑顔で言って頭を下げる。深琴はそれに、よかった、と微笑む。
「私は、宮田さんと居る時の先生、好きですよ。歳よりも幼い感じがして」
加奈が優しく微笑む。それに深琴は難しい顔を向けた。
「幼いって……」
「でも、宮田さんと居ると、飾らずにいる気がします。先生自身、許されてるって気がしてるんじゃないですか? それって、すごくいいことですよね」
加奈の笑顔に深琴は頷いた。
「そう、かもしれない」
自分に愛される価値はないとか、つまらないと言われるのが怖いとか、そもそも好きという意味が分からない――そんなことを思っていたから、人と距離を置いてしまうのが癖になっていた。なのに銀次は強引にその距離を詰めて、自分に好きだと告げた。好きってどういうことか、愛されるって、受け入れられるってこんなことだ、と教えてくれたのは銀次だ。
加奈の言う通り、銀次と居る時は、自然体に近い。そのままを受け止めてくれる、そんな信頼があるからだろう。
「最近、宮田さんが来ないのって、ケンカでもしたんですか?」
「……この歳になって、そんなふうに言われるのはなんだか恥ずかしいな」
「ケンカに大人も子どももないですよ。どっちが悪いじゃなくて、ケンカしたこと自体に謝ればいいと思うんです」
うちではそう教えてます、と加奈が笑う。それから更に言葉を繋げた。
「全部が悪いと思っちゃ、私みたいに失敗するので、相手も悪かったって思わせるようにするのがポイントですよ」
ようやく決着がついた、旦那とのことを言っているのだろう。加奈だって、旦那だって、最初は愛し合って、傍に居たいと思って結婚したのだ。それを『失敗』と言うには、どれだけの後悔や苦痛、悲しみを越えてきたのか、深琴には分からないけれど、今の加奈はとても優しい顔をしていた。深琴は素直に、ありがとう、と微笑んだ。
「肝に銘じて……銀次に連絡してみるよ」
待っててもダメだと思った。これまでずっと銀次を待っていた。銀次が自分の手を引いてくれていた。でもその手が今は空を掴んでいる――ならば、こちらから銀次の手を捜して取ればいい。
今度は自分から銀次との距離を詰めるのだ。
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。