不器用なきみの手をひいて

藤吉めぐみ

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 翌日も、そのまた翌日も、銀次はクリニックに現れなかった。もちろん、なんの連絡もない。
 当然だろう、こちらが会わないと言ったのだ。だけど――
「……いつも強引なくせに……」
 あのバカは肝心な時に何もしない。ため息を吐きながら電子カルテに向かっていると後ろからくすくすと鈴の鳴るような笑い声が聞こえてきた。
「先生、またぼーっとしてる」
 加奈が洗浄の終わった器具を揃えながらそんなことを言う。
「え、あ……ごめん……」
「いいですけど……宮田さん、最近来ませんね」
「いや……どうしてそこで銀次が出るかな……」
 カタカタとキーボードを打ち、冷静を装いながら言い返すと、加奈は、だって、と笑顔を向けた。
「宮田さんが来るようになってから、先生すごく明るくなったし、とても話すようになりましたから。患者さんたちも先生が優しくなったって仰ってるんですよ。私も、それはすごく感じてて……クリニックの二階を貸してくれたことも、すごく嬉しかったです」
 その言葉に、そうか、と深琴が頷いた。確かに銀次と会ってから、自分の世界は広がった気はする。自分だけの価値観で考えていたことも、他人に気持ちを寄せて考えることが出来るようになった。
「私、この間弁護士さんと一緒に夫に会いました。ちゃんと離婚の話をすることが出来て……全部先生と宮田さんのおかげです」
 加奈が笑顔で言って頭を下げる。深琴はそれに、よかった、と微笑む。
「私は、宮田さんと居る時の先生、好きですよ。歳よりも幼い感じがして」
 加奈が優しく微笑む。それに深琴は難しい顔を向けた。
「幼いって……」
「でも、宮田さんと居ると、飾らずにいる気がします。先生自身、許されてるって気がしてるんじゃないですか? それって、すごくいいことですよね」
 加奈の笑顔に深琴は頷いた。
「そう、かもしれない」
 自分に愛される価値はないとか、つまらないと言われるのが怖いとか、そもそも好きという意味が分からない――そんなことを思っていたから、人と距離を置いてしまうのが癖になっていた。なのに銀次は強引にその距離を詰めて、自分に好きだと告げた。好きってどういうことか、愛されるって、受け入れられるってこんなことだ、と教えてくれたのは銀次だ。
 加奈の言う通り、銀次と居る時は、自然体に近い。そのままを受け止めてくれる、そんな信頼があるからだろう。
「最近、宮田さんが来ないのって、ケンカでもしたんですか?」
「……この歳になって、そんなふうに言われるのはなんだか恥ずかしいな」
「ケンカに大人も子どももないですよ。どっちが悪いじゃなくて、ケンカしたこと自体に謝ればいいと思うんです」
 うちではそう教えてます、と加奈が笑う。それから更に言葉を繋げた。
「全部が悪いと思っちゃ、私みたいに失敗するので、相手も悪かったって思わせるようにするのがポイントですよ」
 ようやく決着がついた、旦那とのことを言っているのだろう。加奈だって、旦那だって、最初は愛し合って、傍に居たいと思って結婚したのだ。それを『失敗』と言うには、どれだけの後悔や苦痛、悲しみを越えてきたのか、深琴には分からないけれど、今の加奈はとても優しい顔をしていた。深琴は素直に、ありがとう、と微笑んだ。
「肝に銘じて……銀次に連絡してみるよ」
 待っててもダメだと思った。これまでずっと銀次を待っていた。銀次が自分の手を引いてくれていた。でもその手が今は空を掴んでいる――ならば、こちらから銀次の手を捜して取ればいい。
 今度は自分から銀次との距離を詰めるのだ。
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