不器用なきみの手をひいて

藤吉めぐみ

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 結局、電話もメッセージもなんだか言葉が出なくてできなかった。クリニックを閉めた後、ただ銀次に会いたくて、深琴は彼の家まで自転車を走らせていた。
 商店街を抜ける直前にある古い造りの店先に、目的の人はいた。
 紺色のつなぎを着て、頭にはタオルを巻いて、店先に並べていた自転車を店の中に仕舞っている。今日はもう閉店なのだろう。銀次の表情は少し暗く見えた。一日忙しかったのか――自分とのことを考えてくれているのか。
 深琴は自転車を降りて、ゆっくりと銀次に近づいた。ふと、顔を上げた彼がこちらに気づく。
「……み、こと、さん……」
 銀次が驚いた顔で呟くように言いながら、持ち上げようとしていた自転車を手から滑らせ、ガタン、と大きな音を立てる。
「あ、ごめん、驚かせて……」
「いや、いいけど……てか、え……俺、振られたんじゃ……?」
「やっぱり誤解してる。僕は……ていうか、その前に……心にもないこと言って、ごめんな、銀次。僕……ちゃんと銀次の話聞くし、もう会わないとも思ってない、から……」
 そう言うと、銀次は深琴に駆け寄り、その体をぎゅっと抱きしめた。今度は深琴が自転車から手を離してしまい、そのまま地面に倒れて派手な音を立てた。
 でも、そんなのはどうでも良かった。
「ごめん、深琴さん、ごめん! 俺、怖くて……話したら、深琴さんが離れていくと思って……でも話さなくても振られたと思って、めちゃくちゃ後悔してた」
 ゆっくりと深琴の体を離し、目を合わせる。少しだけ潤んだ目がいつものように、へにゃりと垂れて笑う。
「だから、ちゃんと話すね」
 深琴がそれに頷いた時だった。
 何してんだよ銀次、と店の奥から声が響いた。その声に銀次が深琴から手を離す。
「さっきからガシャンガシャンって売り物なんだからもっと慎重に扱えって……澤島?」
 文句を言いながら店先に顔を出したのは金吾だった。銀次の奥にいる深琴を見つけ、驚いた顔をする。
「……こんばんは」
 深琴がどうしたらいいか分からず、とりあえず頭を下げる。
「お、おう……ちょうど、よかった。これから澤島のところに行こうと思ってて」
 金吾の言葉に深琴は、僕? と首を傾げる。
「ああ。おれ、明日一度向こう戻るから……その、この間の理由、ちゃんともう一度聞きたくて……ホントに、おれに望みはない?」
 金吾に言われ、深琴はしばらく記憶を辿った。それからそういえば金吾に告白されていたことを思い出した。そのことよりも、銀次の前職を辞めた理由と、この町を離れるかもしれないことの方が衝撃で忘れていたが、まだちゃんとどうしてダメなのか告げていない。
 じっとこちらを見つめる金吾から視線を外し、銀次を見やる。銀次は堪えるように唇を噛み、俯いていた。
 ――ホントにいざという時、ダメな奴だな、と深琴は小さくため息を吐いた。深琴は俺のものだ、と連れ去ってくれればいいのに、それをせず、ただ自分の言葉を待っている。ここで、金吾と付き合う、なんて言ったら、銀次はどういう反応をするのだろう。少し苛めてみたい気持ちもあった。けれど――
「……悪いけど、僕は宮田とは付き合えない。僕が好きなのは、銀次なんだ。僕は、銀次を信じるよ」
 深琴がはっきりと告げると銀次は弾かれたように顔を上げた。何か言いたそうに口を開いたが、先に言葉を発したのは金吾の方だった。
「……そっか。あれを聞いても銀次を選ぶって言うなら、仕方ないよな……ちゃんと、答えくれてありがとな、澤島」
 金吾がそう言い、爽やかな笑顔をくれる。深琴はそれに静かに頷いた。すると金吾は、銀次に向かって、おい、と低く呼んだ。
「澤島泣かせたら、力ずくでもおれのものにするからな」
 金吾の言葉に、銀次が深く頷く。
「泣かさない。もう、絶対……大事にする」
 そう言うと銀次は倒れていた深琴の自転車を起こしてから深琴に手を差し伸べた。
「送るよ、深琴さん」
 深琴はそれに頷いてから、ゆっくりと銀次の手を取った。
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