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「ミーティング終わったの? どうだった?」
そう声を掛けたのは水谷だった。朝一で現場に行くと言っていたので、それが終わり、ちょうど出勤してきたのだろう。
匠の隣に並び、一緒にオフィスに入る。匠はそんな水谷に緩く首を振った。
「ダメでした。草野くんに取られちゃいました」
「えー、しっかりしなさいよ。先輩になったんだから」
「そうなんですけど」
草野くん優秀なんだもん、と言いかけた時、スマホからメールの着信音が鳴り、匠は画面を開いた。
そこには、今匠が手掛けているデザインの修正依頼があった。匠がそれを見て大きくため息を吐く。
「何? 修正?」
席に着き、カバンを降ろしながら水谷が聞く。匠はデスクにスマホを放り投げてから乱暴に椅子を引いて腰掛けた。そのまま目の前のノートパソコンを起動させ、今のメール画面を開く。
「予算もスペースも今のままで、キッチン隣にミセスコーナーを作って欲しいって……前に出したやつには作ってたんですよ、ミセスコーナー。でも要らないからキッチン広くしてくれって言われて修正したのに……なんだよ、スペースそのままって。異空間にでも作れって言うのかよ」
はぁ、とため息を吐くと、隣で水谷が笑い出す。
「異空間って……でも、あるあるな依頼だよ。建ぺい率もう一回計算して、デッドスペース探してみたら? あとは食品庫のドアを付けずに、その中にコーナー作っちゃうとか……それでダメならリビングが少し狭くなるけどって提案するかね」
隣の席に落ち着き、目の前のパソコン画面を見つめながら水谷が言う。そのアドバイスをメモしてから、匠は息を吐いて椅子の背もたれに背を預け、天を仰いだ。
「……やっぱり俺、センスないのかも……水谷さんみたいに、さらさらと対応策出てこないです」
「何言ってるのよ。これは経験値の差です。辻本くんだって、あと五年もこの仕事してたらこのくらいのことはすぐ思いつくから」
頑張れ、と言われ、匠は体を戻してパソコン画面に対峙した。大きく息を吸い込み、それから頷く。
「俺の次の現場これしかないし、頑張ります」
「え? そうなの?」
「はい……ずっと不採用続いてて……また誰かのサポートに戻りたくないし」
自分の現場が持てないと、結局誰かのサポートに廻るのがこの職場の暗黙のルールだ。そこに先輩も後輩もなく、手が空いてる人という扱いになるので、割とみんな必死で現場を取りに行く。現場自体がなくなった、という理由ならサポートも勉強になっていいのだが、取れなかったからというのは悔しい。それが万が一草野の現場とか言われたら素直にはサポート出来ないかもしれない。
「そっか。そういう時は勉強の時と思って、色んなもの見て来るといいと思うよ。美術館とか資料館とか好きでしょ? たしか」
「俺は別に。どっちかっていうと克……あ、いや、なんでもないです」
「……行っておいでよ。そういうところが好きな人と」
気分転換にもなるしね、と水谷に言われ、何か見透かされているのではないかと思いながらも、匠は素直に頷いた。
そう声を掛けたのは水谷だった。朝一で現場に行くと言っていたので、それが終わり、ちょうど出勤してきたのだろう。
匠の隣に並び、一緒にオフィスに入る。匠はそんな水谷に緩く首を振った。
「ダメでした。草野くんに取られちゃいました」
「えー、しっかりしなさいよ。先輩になったんだから」
「そうなんですけど」
草野くん優秀なんだもん、と言いかけた時、スマホからメールの着信音が鳴り、匠は画面を開いた。
そこには、今匠が手掛けているデザインの修正依頼があった。匠がそれを見て大きくため息を吐く。
「何? 修正?」
席に着き、カバンを降ろしながら水谷が聞く。匠はデスクにスマホを放り投げてから乱暴に椅子を引いて腰掛けた。そのまま目の前のノートパソコンを起動させ、今のメール画面を開く。
「予算もスペースも今のままで、キッチン隣にミセスコーナーを作って欲しいって……前に出したやつには作ってたんですよ、ミセスコーナー。でも要らないからキッチン広くしてくれって言われて修正したのに……なんだよ、スペースそのままって。異空間にでも作れって言うのかよ」
はぁ、とため息を吐くと、隣で水谷が笑い出す。
「異空間って……でも、あるあるな依頼だよ。建ぺい率もう一回計算して、デッドスペース探してみたら? あとは食品庫のドアを付けずに、その中にコーナー作っちゃうとか……それでダメならリビングが少し狭くなるけどって提案するかね」
隣の席に落ち着き、目の前のパソコン画面を見つめながら水谷が言う。そのアドバイスをメモしてから、匠は息を吐いて椅子の背もたれに背を預け、天を仰いだ。
「……やっぱり俺、センスないのかも……水谷さんみたいに、さらさらと対応策出てこないです」
「何言ってるのよ。これは経験値の差です。辻本くんだって、あと五年もこの仕事してたらこのくらいのことはすぐ思いつくから」
頑張れ、と言われ、匠は体を戻してパソコン画面に対峙した。大きく息を吸い込み、それから頷く。
「俺の次の現場これしかないし、頑張ります」
「え? そうなの?」
「はい……ずっと不採用続いてて……また誰かのサポートに戻りたくないし」
自分の現場が持てないと、結局誰かのサポートに廻るのがこの職場の暗黙のルールだ。そこに先輩も後輩もなく、手が空いてる人という扱いになるので、割とみんな必死で現場を取りに行く。現場自体がなくなった、という理由ならサポートも勉強になっていいのだが、取れなかったからというのは悔しい。それが万が一草野の現場とか言われたら素直にはサポート出来ないかもしれない。
「そっか。そういう時は勉強の時と思って、色んなもの見て来るといいと思うよ。美術館とか資料館とか好きでしょ? たしか」
「俺は別に。どっちかっていうと克……あ、いや、なんでもないです」
「……行っておいでよ。そういうところが好きな人と」
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